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そして夜明け  作者: K+
第7章 闇
18/25

 朝食後すぐに、ユグージャの乗った立派な馬車が宿に到着した。

 府庁から連絡を受けていると言い、白髪の老爺は、昨日とは趣の違う仕立のいい服を着ていた。

 先ずは薬の詰まった箱の蓋を開いて見せられる。ティエの為の薬も含まれていて、丹亜(にあ)はやり切れない気分で、確かに、と感謝を告げた。代金を支払い、証書を受け取る。

 次いで、四人でリィリへ行くことになったので、これまで乗ってきた馬二頭と馬具をユグージャに買い取ってもらう。

 三ヵ月以上も背に乗せてくれた馬に別れを告げている間に、良い値で引き取ってもらえたようで、稔滋が機嫌良く、じゃあ行くか、と懐を押さえた。

 五人を乗せた馬車は、軽やかに走り出した。

 稔滋(ねんじ)とヒコは箱馬車が初めてだそうで、落ち着かなげに視線を彷徨わせていた。

 丹亜は大きめの窓から外に目をやる。夏の濃い色彩に溢れた景色が、これまでのように鮮やかに映らない。何処かぼやけていた。

 (なる)が緊張気味の声で、これ何処へ向かっているんですか、と問うた。

 府庁だよ、とユグージャが応える。

「ルウの民は瞬間移動の古代魔術を百年ほど前に改良した。陣に書き起こすことに成功したらしい」

 瞬間移動だ? と稔滋が小さく口を開ける。

「だーから、草原でいきなり現れたりするのか、ルウ」

「それは古代魔術のままの瞬間移動だな」

 馬車の揺れに重ねてユグージャは頷く。「昨今、そちらも改良を試みているらしい。指輪を用いてのモノへ」

「今は何使ってるんだ」

「何も。だから、なかなか危険なのだ」

 老人は白眉を撫でた。「行きたい場所を思い描くそうな。つまるところ、記憶を頼りに術を発動させているらしい」

「聞いただけでヤバそうな感じだな」

 稔滋が口を歪める。うむ、とユグージャは苦笑いする。

「移動先に生き物が居た場合や、大雨で河川の形が変わっていたりすると、大層困ったことになるようだぞ」

 心持ち青ざめて成が言う。

「ま、まさか、わたし達、そんな魔術でリィリまで移動させられるんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。安全にする為にルウの民は改良した。少し疲れるようだが、月区(げっく)から一気に他の地区の府庁に行けるらしい」

「そう言われると、興味が湧いてくるな」

 何だかんだで一人だけ公衆浴場を体験できた稔滋が、少年のような顔になる。うむうむ、とユグージャも似た顔つきになった。

「陣は一般には開放されていない。この機に体験しておかなくてはな」

 ふと丹亜が目を移すと、ヒコも成と同じくやや顔色が悪くなっていた。

 ちくりと罪悪感が胸を刺す。

 ヒコも好奇心が強めだと思うけれど、稔滋という反面教師を見てきた所為か、慎重でもある。無闇に得体の知れない魔術に関わるのは嫌だろう。

 それに昨夜、丹亜は殆ど眠れなかった。

 会談に同席したヒコも、同様だった気がする。

 せめてリィリへ入国する前に真名を、と思ったものの。

 思考が千々に乱れて決められなかった。



 案内されたのは府庁の地下だった。

 奥の広間のような場所に、大君(おおきみ)と主管補佐が待ち構えていた。僅かな明かりに照らされて、二人の背後、数段登った所に、大きな正方形の白石の台座がある。ぼんやりと、部分部分が発光しているようだった。

 何やら増えているな、と大君がこちらを見る。成で視線をとどめて、訊いてきた。

「ひとまずアル地区の北皇領府へ行く。この魔術は闇範囲なのだ。身籠っている者は避けた方が良い。大丈夫か?」

 成は怯えた様子でヒコの腕に縋っていたが、小さく頷く。

 では、と大君は傍らに目を流した。

「後はこれまで通りに」

 主管補佐は両手を重ねて拳にすると、恭しく額に掲げる。

 大君は台座の端に立つと、中央に進むだけでいい、と告げ、先に踏み出した。二、三歩で中心だ。長身が目の前でふっと消える。おぉ、と稔滋とユグージャが同時に声をあげた。

「これ、術力とやらが無くても移動できちゃうわけ?」

 稔滋が尋ねると、予め術力を陣に流してある、と主管補佐が端的に応じる。

 ウマが合うようで、稔滋とユグージャは肩を抱き合うと、一、二の三、と互いに声を揃えて踏み込んでいった。二人一度に居なくなって、丹亜はいつもの癖で慌てて後を追う。

 階段を上がった時、主管補佐が声をかけてきた。

「又いつか、お会いしましょう」

 込められた願いに、丹亜は首肯した。

 一つ深呼吸して、円く複雑な模様や古語らしき文言のかかれた台座に踏み入る。一瞬、視界が暗転した。

 瞬くと、台座を降りた所に大君、稔滋、ユグージャ、見知らぬ男性と女性が一人ずつ居る。

 稔滋が早くしろと言いたげに手招いて、丹亜は足早に階段を降りた。ほんの少し、足がだるい。一つ所に立ち続けた後のような感覚。

 初対面の男性は二十代か。女性は稔滋と同年代に見えた。女性がじっとこちらを見ていたが、微かに頷く。

「健やかです」

 丹亜が台詞に小首を傾げると、大君が紹介してきた。彼女が医事者だという。

 医事者というのは非常に優れた術者らしい。最近ヴィンラ島で編み出された秘術というのは、その医事者が扱うモノだった。

 命帯(めいたい)という光の膜のようなモノを人は纏っていて、医事者はそれを診て健康状態を判断できるという。怪我などを短時間で治すこともできてしまうようだ。

 胡散臭い話だが、本当だとしたら素晴らしい技だ。昔から伝わる薬と眉唾療法に頼るしかなかった大陸の医療水準が、格段に上がるだろう。

「遅ぇな?」

 稔滋が台座の方を見ながら言って、丹亜は振り返る。ヒコと成が続いて来ていない。

 成は怖がっているようだったから、先程の稔滋とユグージャのように、ヒコと一緒に来れば安心だと思うのだけれど……

 丹亜はつい、稔滋の背中を追って、深く考えずに二人をおいて来てしまった。

 このまま、稔滋に後を任せ、大君やユグージャ達と先に行くべきかもしれない。そうすれば、リィリ王家の乱れに無関係のヒコ達を巻き込まずに済む。

 考えを口にしかけたが、来た来た、と稔滋が言った。視界に、ヒコと成が現れていた。

 成がこちらを見てホッとした顔になる。だが、隣のヒコの顔色が蒼白だった。何かあったのか、と大君が不審げに台座へ向かう。

 薄い、と医事者が口走り、台座へ駆け寄る。ヒコがよろめき、狼狽の声をあげて成が支えた。大君も腕を差し伸べる。

「一体、何が。月の補佐は何故、そなたに結界を」

「ヒコが――ヒコが自分で頼んだのよ」

 成がおろおろと言う。ヒコの額にはびっしりと汗が浮いていた。一同が取り囲む中、石床に座り込む。苦しげな息をしながら、弱々しく唇を動かした。

「闇を、くぐる……負担、減らせる、と……」

 稔滋が床に片膝をついて、眉をしかめた。

「精霊級には、きつかったのか――」

 大君、医事者、ユグージャが、目を見張って単語を繰り返す。丹亜は医事者に取り縋った。

「ヤだ、嫌だ――こんなの嫌だ。お願い、助けて――ヒコを助けて――っ」

「弱ってはいますが、揺れは少ない。安静にしていれば戻りそうです、安心して」

 戻りそう(・・)なんて、いい加減な――

 丹亜は詰め寄りたかったが、焦燥が喉元にせり上がって声が出なくなってしまった。嗚咽に変わると、落ち着け、と稔滋が肩をさすってくる。

「後でお前が精霊級から遠ざけてやりゃ、万事解決だ!」

 そう言った途端、うぉ、と稔滋は声を漏らして体勢を崩す。ぐったりしていた筈のヒコが、渾身の力を振り絞ったのか、稔滋を蹴飛ばしていた。

 安静にっ、と医事者が怒ったように声を張り上げた時には、少年は気を失っていた。



 ヒコは一刻ほどで目を覚ました。容態は安定したけれど起き上がれず、医事者も寝ているように勧めた。

 その(かん)、大陸と半日の時差がある所から来ている大君も、今のうちに寝ておく、と府庁内の別室に消えた。

 他の面々が昼食をとる頃には、北皇領府の府司だというアル地区主管補佐が、〝皇領月区新首長及び元首長の、リィリ王国公式訪問〟を告げる使者を出していた。一行に偶然に会ったということで、丹亜も同行する手筈となる。

 リィリからの返事を携えて使者が戻って来たのは、翌日の夕刻。馬なら早くても往復で二ヵ月半はかかる行程の筈だが、使者が瞬間移動術を使った所為だろう、二日で済んでしまう。

 ――こちらの都合も考えずに訪問しようとは遺憾だ。しかしながら、我が国の王女も一緒のようだし、歓迎するにやぶさかでない――

 そんな内容の返書は、一理あるものの、父が指示したとは思えない居丈高な文面だった。


 夕食後、医事者と成が食事の盆を手にヒコの様子を見に行き、丹亜、大君、ユグージャ、稔滋の四人は、茶と共に円卓を囲んだ。

 今回の訪問に紛れた丹亜の事情を聞くと、最年長の老爺はしばらく無言で白眉を撫でていた。

「こうなってはリィリの宰相閣下も当初の予定通り、殿下を飼い殺す方向で来るのでは。わしらを立会人に仕立てて、御子息との婚約を進めるとか……」

 丹亜の成人を機にという話だったが、前倒しもあり得るだろう。

 本当なら帰国した時には成人となっていただろうが、未だ丹亜は十五に届いていない。七の月下旬の今、生誕日まで、ふた月ほど残している。

 息子って赤ん坊なんだろ、と稔滋が口を曲げる。

「断れ断れ。相手だって、年増と結婚なんて御免だろうよ」

 あけすけな意見に、大君が笑いをこらえきれなかったか相好を崩した。まぁそうだな、と応じる。

「我等立ち会いの(もと)、断るのも手だろう。ただ、そうなると宰相の残る手段が血生臭くなりそうだがな」

「……何だかなぁ。国を良くしてこうってのは、二の次か」

 稔滋が頭の後ろで両手を組みながら軽く身を反らす。「丹亜、お前、皇領のどっかで(おさ)選挙に立候補した方が有意義じゃね? 俺ぁ、一票投じてやるぜ?」

 可笑しそうにユグージャが笑った。

「立候補は月区でしてほしいものですな」

「からかわないで」

 丹亜は肩をすぼめる。

 国を出る前後だったなら、ティエから吸収しただけに過ぎない事々を、賢しらに口にしたかもしれない。けれど今は、己の未熟が骨身に沁みている。

 夢想を現実に近づけるのは、どれほど困難なことか。

 一個人の気持ちだけでは成り立たない。

 丹亜は、つと、ユグージャと大君を交互に見た。

「ユグージャ殿はまだまだ現役でしょうに、何故(なにゆえ)、首長の座をルウの民に?」

 そうですな、と考えを纏めるように老人は眉を撫でる。小さな物音がして、女性二人が戻ってきた。成を目で追って、ユグージャは顔をくしゃりとさせる。

「見たいモノだけ見ていたくなったというのは、答にならんですかな」

 解るような解らんような……と稔滋が椅子の背にもたれる。何の話と言いたげに、成が口をつぼめた。

 大君がゆるりと微笑する。

「一人で全てを目にするのは、なかなかに重責だ。まして月の国は広かった」

「かの国は、儲けを出すことこそ信条という者達が集まっているのですよ。国として何か決めようにも実に難しい」

 元首長の言葉に、現首長が静かに頷く。

 ユグージャはややの()、遠くを見る目をした。

「それでも昔は上手くいっていた。広義的な利益を解する者達も多かったから。しかし物が集まり、多くがそれぞれ豊かになると、一介の古い商人の考えは通用しなくなってきた。時代の流れとして、圧倒的に強い牽引力を持つ後継者が要ったのですよ」

「それで一時、完全に引き取った」

 大君は袖の中に手を入れつつ言う。「今はもう、他の皇領と同じく自治権は現地の者にあるが。今のところ纏まっているようだな」

 黙って耳を傾けていた丹亜は、大君と目が合う。己と似た色の双眸が半ば閉じた。

「リィリも一時引き取れとは、言うてはならぬぞ?」

 びくりと丹亜は肩が震える。胸奥を覗かれた気分だった。城で叔父から聞かされた、父の発言が蘇っていたのだ。

『〝もはや我が国も、王国である必要性は無いのかもしれない〟』

 父はもしかして、ユグージャのような心境に至っていたのではないか。

 もしそうなら、父は自ら私室に籠もっている可能性もある。丹亜が飛び込む意義はあるのだろうか。

 こんな風に考えてしまうのは、丹亜自身が責任から逃げ出したくてしょうがない所為か……

 動揺を振り払いたくて、申しません、と丹亜は応じた。


 話題は移り、一行はリィリ近郊の北東へ、二日後、再び瞬間移動することに決まった。

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