表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして夜明け  作者: K+
第6章 月の滲む日
17/25

 その晩、十一時を過ぎても府庁からの訪れは無く。

 明日にはユグージャが来てくれるので、四人は(とこ)に就いた。

 瞼を閉じたものの、父と義母(はは)がどれほど嘆いていることかと浮かぶ。遠い東の果てに居る己の不孝ぶりが、胸にしくしくと刺さった。

 寝つけずにいるうち、部屋の外でひたひたと小走りに近づいて来る足音を、耳が捉えた。

 扉の前でぴたりと止まり、控え目に叩く音が起こった。お客さん、と呼ぶ小声がする。

 闇の中で丹亜(にあ)が身を起こした時には、斜向かいの寝台からヒコが滑り出す気配があった。

 薄く扉が開き、淡い光が細く漏れ入った。夜分すみません、とひそめた声も近くなる。

「お客さんを訪ねて、ルウの人達が来てるんです」

「手紙か何か、じかに手渡したいって?」

 ヒコの声が口早に尋ねる。光を頼りに丹亜が上着を羽織る間に、いやー、と相手が首を傾げたような声で応じた。

「三人も来てるんですよ」

 単に返書を携えて来たにしては変だ。目を凝らして柱時計を見れば、十二時になろうとしていた。

 隣の寝台では(なる)が寝息を立てている。向かいでも、くかー、と稔滋(ねんじ)が洩らしていた。

 革靴の紐を足首で縛り、丹亜は戸口に向かった。振り返ったヒコに、会って来る、と告げる。オレも行く、と少年は突っ掛けていた靴の紐を手早く縛った。

 宿の店員が提げる角灯を頼りに階下へ降りる。

 営業時間を終えて明かりの減った食堂の一角に、いささか店の格に沿っていない者達が居た。二人座していたが、泰然とし過ぎている。

 一人立っていたのは、昼間窓口で対した男性だった。お待たせしました、と丹亜が歩み寄ると、朱華色の上着を纏う男性の前に促し、椅子を引いてくれた。丹亜が腰を下ろせば、今一人の年嵩の者の脇へ移動し、影のように佇む。

 目の前の人物は三十代だろうか。若そうなのに、やけに落ち着き払っていた。座ってよい、とヒコに目を細める。少年はしかし、首を振った。成のように、丹亜のやや後ろに立つ。

 男性は気を悪くした風も無く、店員の足音が遠ざかると、されば、と口火を切った。

「丹亜殿、お初にお目にかかる。わたしは初代大君(おおきみ)の栄誉に浴した者」

 瞠目の後、丹亜は顎を引いた。

「光栄に存じます。丹亜・シャラ・リィリです」

 一つ頷き、大君は隣を示す。月区(げっく)の主管補佐とのことだった。黙って一礼してくる。

 朱華色の上着に手を差し入れると、大君はティエの封書を出してきた。封蝋部分が欠けていて、開封されたと判る。

「懐かしい印章だ。そなたには運命神(リ・コウ)の加護があるのやもな。覚えている者へ託したのだから」

「……わたくしには、ソレの持つ意味が判りません」

「かつてアル地区で主管をしていた者の印章だ。その後に我等が住まうメイフェス島で、長くわたしを支えてくれていた。数年前に天寿を全うしたが」

 大君は苦笑を閃かせた。「よもや、印章を養子に贈っていたとは思わなんだ」

 亡くなった後のことなのだろうが、拙いといえば拙いかもしれない。

 まぁ、と大君は笑みをおさめた。

「わたしも聡い養い子のことは知っていた。アレは印章が何を意味するのか解らぬような者ではない。それが敢えて捺してあったのだから、余程のことだ。故、わたしが中を見た」

 丹亜は少々頭から血が引く。

 私的な薬の融通を頼む内容は、余程のこととは言えない気がする。

 畳まれた紙を開き、大君はこちらに向けた。久しぶりに目にする、丁寧なティエの筆跡だ。

【リィリ王家、後継者を巡り不審有。

 筆頭である王女を退ける動きと共に、第二位の王子には毒物投与の疑い有。

 不肖の身は察知に遅れ、首謀者の特定あたわず。

 今後、王家にとどまらず、国、荒れる恐れ有。市井への影響を憂慮す。

 よって大陸の守護者に、我が教え子、ニアの後見を切に願う。】

 思いもよらなかった内容に、歯を食い縛っていないと、震えが止められなかった。

「そなたに、首謀者の心当たりは……?」

 自分と似た赤土色の双眸に見据えられ、丹亜は微震する声を絞り出した。

「わた、くしが、継承から、退けられようと、していたなら、ば……叔父、か……父……」

 一度深く息を吸い込んで、丹亜は目を閉じる。「しかしながら、異母弟(おとうと)の命も脅かされていたならば、わたくしの頭に残るは、叔父のみです」

「リィリの王弟と言えば、現在はかの国の宰相を務めていたな」

 誰にともなく、呟くように大君が言う。はい、と初めて主管補佐が声を発した。

「今年、初子が。男児だったかと」

 なるほど、と大君は広めの袖に手を交差してもぐらせる。丹亜は頭を抱えたい気分で白状した。

「わたくしは、成人した後、その従弟との婚約を叔父より申しつかっておりました」

 前三人の目が、ちらりと、揃って丹亜の後方に注がれた。振り返りかけた丹亜に、大君が言う。

「大体判った。その婚約話も、どうなるやら怪しい。ティエはややぼかして書いている部分もあるが、そなたの王位継承権の正当と保護を明確に求めている。つまりリィリに在っては、異母弟君(おとうとぎみ)同様に命が危うくなっていたということだ」

 理不尽な話に胸焼けがしてくる。

 唇を噛んだ丹亜を、大君はひたと見た。

「そなたは、王位に就きたいのか」

 返答に詰まった。

 女に継承権が無いと言われるまでは、やがて就くものだとずっと思っていた。個人の意思で決められる類のモノだとは、考えたことがなかった。

「叔父から継承権が無いと聞かされた時は落胆しましたが……それまでの努力が無駄になった気がしてのことでした。正直、就きたいのか……今は、判りませぬ」

 考え考え伝えると、大君はいたわるような眼差しになった。

「我等は他国の王位継承問題に口を出すわけにはいかぬのだ。ただ、あまりに凄惨が過ぎれば国民(くにたみ)に影響が及ぶ。国と地域の均衡を保つ為にも、そのような場合には干渉することもあり得る」

「此度は違うと仰るのですか――既に、異母弟(おとうと)が、犠牲になったのでは――!?」

 丹亜は声を荒げそうになるのをこらえた。「王位に就きたいかは自分でも判らなくなっています。ですが、わたくしの一存でどうにかなるものではないでしょう」

「なるものと思う」

 大君は断言した。「リィリの宰相は悪政を布いているわけではない。望み通り王位を得れば満足だろう。国民にさしたる不都合はあるまい。異母弟君(おとうとぎみ)は気の毒なことだったが、この上、そなたまでむざむざと命を捧げることはない」

「しかし――叔父はこの数年、私益優先の政策へと移行しつつあります。(まこと)に国民は不都合をこうむらずに済みましょうか」

「ようやく成人を迎える程度のそなたが王位に就いたらば、それはそれで国民は不都合をこうむりそうだが?」

 痛いところをつかれて、丹亜は口ごもる。大君は追い打ちをかけた。「病弱な王はそれだけで国民には迷惑な話だ。これまで宰相は、それを市井に悟らせずよく補ってきていた。それが為に、王も我が子を危うくするような隙を生んだのだろうが……」

 言葉を切った後、大君は改めて、丹亜、と名を呼んだ。

「そなたは若い。無駄に死なせるのが、わたしは惜しい。この先、一介の庶民として生きるならば皇領で保護できるのだ。ティエもその遺書にて、暗にそうなった際の後見も求めている。我等は叶えるにやぶさかでない」

 愕然とした後、遂に抑え切れず、丹亜は卓に手をつき身を乗り出した。

「遺書とは――っ」

「先程、確認した。ティエは異母弟君(おとうとぎみ)以前に、亡くなっている」

 思わず両手で口を覆った身体が傾いで、後ろから支えられた。

 辛うじて丹亜が体勢を保たせる間に、大君が続ける。

「本来の王位継承者を国外に逃がした。そのような一矢を放つのは、覚悟あってのことだったろう。ティエは首謀者を特定していたと思う。しかと我等に書簡が渡れば、そなたの口から導き出せると踏んでいたに違いない。そして恐らく、そなたの出した答であっている」

「そんな話は、一言も……っ」

 何も知らされないまま――丹亜は、少しでもティエの足の痛みが和らぐような薬を、ユグージャに頼んだのに。

 大君は、丹亜を抱きとめたままのヒコへ目を流した。

「そも易々と口に出来る内容ではない。そなたの周りに、宰相と通じている者の可能性もあったのだろう」

 丹亜はぎょっとして少年を背に庇った。

「ヒコは違うっ――偶然、助けてくれたのだから」

「うむ。だからこそ、無事に今日まで辿り着いたやもな」

 柔らかく、大君は目を細めた。「この先も、皇領で共に生きていったらどうだ。なれば我等も、声高に後見を申し出ることはせぬ。しかし、ティエの遺志に背くことはしない。困った時は頼ってくれていい」

 頭がガンガンした。

 成もこうなっては、リィリに戻るのは危険そうだ。皇領でヒコと添い遂げ、普通の幸せな一生を送った方がいい。

 けれど丹亜は。

 師を死なせ、異母弟(おとうと)を救えず、もう長くないかもしれない父と、か弱い義母(はは)を国に残して。

 どうして異なる地で、のうのうと生きていけよう。

 鼻持ちならない知識だけしか持たぬ不器用な女を、娶りたがる皇領の男などおるまい。稔滋の老後を世話した後、自分は、孤独に朽ちていくだけではないのか。

 近日無駄に死ぬのと、やがて無駄に死んでいくのと、何の違いがあるだろう。

 懐の指輪を、丹亜は握り締めた。

「大君、ティエ師の現状を御存知なれば、父の現状は。御存知なら、お教え願いたい」

 凪いだ表情で、大君は見上げてきた。主管補佐の脇に控えた男性は、憐れむ目を向けてくる。

 頬を涙が伝うのが判ったが、丹亜は構わず言い切った。

「我が国の宰相はあくまで王の補佐。悪政を布かずきたのも、王の方針あってこそ。父が存命ならば、主権は父にある筈です。わたくしは子としても王女としても、父の快癒を願って、この地まで薬を求めに来た。お蔭を以って良薬を得たからには、この手で持ち帰ります」

 卓に置かれている角灯の火が、頼りなげに揺れた。

 散り急ぐも若さ故か、と大君が呟く。

「王は、王子が亡くなって以降、心痛を理由に廟議にも出なくなっていると聞く。自室に籠もっているようだ」

 丹亜は頭を下げる。顔を上げ、部屋へ戻ろうとすると、待ちなさい、と大君が引き止めた。

 袖口から小さな手巾を出し、向けてくる。受け取る丹亜の手元を見ながら、大君は言った。

「これ以上は止めまい。ただ、わたしも共に行く。サージソートが関に人を集めているそうな。リィリも東の方面に同様の動きを見せている。どういうつもりなのか、月区首長として就任挨拶を兼ねて様子を見に行く故」

「……わたくしは、明日にもユグージャ殿の御好意に甘え、馬車を借りて発つつもりでした」

「おや、丁度いい。ではユグージャにもついて来てもらおう。より正式な移譲だと証明できよう」

 軽く言うので、丹亜は手にした布を握り締めた。

「ユグージャ殿は御高齢。良き馬車を手配していただけるようですが、早くともふた月半はかかる長旅にお連れするのは……」

「そうかからぬ。確かに齢八十の身には少しきついかもしれぬが、かくしゃくたる御老人ゆえ大丈夫だろう」

 念の為にイジシャをお呼びしては、と主管補佐が述べた。そうだな、と大君は頷く。「ついでにリィリ国王も診てもらうか。生来の身体の弱さでは、滋養の薬を処方するぐらいしかできぬだろうが」

 イジシャと言うのは侍医のような者か。丹亜が縋る目で見れば、大君は苦く笑んだ。

「一時しのぎでしかないのだ、丹亜。我等が滞在中は宰相もナリをひそめているやもしれぬが、その後、状況を変えられるのは王とそなた自身しかない」

 なけなしの強がりが不安に押し潰されそうになった時、ヒコが一歩進み出た。

「オレも連れてって」

 まぁよかろう、と大君が諒承する。丹亜はうろたえて首を振った。

 ユグージャが帰国も含めた種々の手配をしてくれることになって、ヒコと稔滋とは月区で別れる予定だった。

「今、聞いてなかったの? どうなるか判らないのに――ヒコ、成を連れて行けそうにないから、成の傍に――」

「ネンじいが居てくれるよ。オレは丹亜と一緒に行く」

「で、でも、何かあったら、わたしは……」

 まだ、真名さえ贈れていないのに――

「大君はいいって言った。オレはついてく」

 角灯の火を反射して緑金に煌めく瞳が、頑としていた。

「丹亜、こういう時は立ててやるものだ」

 大君が微笑し、丹亜はそれ以上、思いとどまらせる言葉を口に出来なくなってしまう。



 翌朝、一旦ヒコと二人で帰国すると説明すれば、成が自分も行くと言って譲らなかった。

 似合いの二人なだけあって似た者同士なのか、どう説得しようとも折れず。しょうがねぇな、と稔滋も肩をすくめ、結局、四人共リィリへ向かうことになってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ