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そして夜明け  作者: K+
第5章 月へ続く道
12/25

 奇術と踊りで稼ぎながら、丹亜(にあ)達は街道を東へ進んだ。

 数をこなして、(なる)の踊りだけで客の目を引きつけられるようになっていったし、丹亜の立ち回りも上達していった。

 大きめの街で公演すれば、見物人も多く集まる。その分オヒネリも増え、額の高い硬貨もたくさん貰えた。

 そんな一ヵ月が過ぎ、皇領月区(げっく)への道のりも残り三分の一になろうとしていた。

 五の月の末、ネンジと共に馬の背に揺られる丹亜の目に、又、街が映った。

 大きそう、と見たままを述べると、ちょい面倒だな、とネンジが応じた。

「いよいよ明日は投票日だ」

 ここ二週間ばかり、通過した街で、(おさ)候補という人物達が演説しているのを聞く機会があった。

 皇領の基本自治権は、ルウの民でなく住人にあるという。故に長候補は、現地の人々だった。ルウの民は、選挙管理をするそうだ。

「面倒っていうのは、何が」

「選挙に関する諸々(もろもろ)が。大きい街だと候補者も多いから盛り上がる。旅人も投票していくから、投票所もごった返すし」

 驚いて、思わず丹亜は振り返った。

「通りすがりの者が(まつりごと)に口を出せるの?」

「皇領は全地区そうだ。いい長を当選させときゃ、利が巡り巡って旅人にもあるだろって考え方らしい」

 丹亜はしばらく考え込んでから、疑問を呈す。

「不正が簡単じゃない? 街は関が無いから、旅人を装って何度も同じ人に投票できるんじゃ?」

「無理だな。ルウが変な術を使うんだ。投票に行くと、指に妙な輪を嵌められる。痛くも痒くもないんだが、投票時間が過ぎるまで外れねぇ。一人一票は揺るがねぇのさ」

 魔術があってこその選挙方法か。

「そんなわけの解らない術をかけられてまで、投票する旅人が居るんだ?」

「多いぞ。白銅貨五十枚貰えるからな」

「えっ」

 今一度、丹亜は振り返る。「何歳から投票できる?」

「……お前、守銭奴になったな……つーか、よちよち歩きみたいなのも投票所で見た覚えがあるぜ。年齢制限、あるのかな」

 ネンジが首を捻る間に、近づく街が相当に賑わっているのが判った。入口付近で馬車が列を作っている。合間を馬で通り抜け、丹亜達は街に入った。先ずは宿を探す。

 一苦労だった。

 条件に合う宿を見つけるのも大変だのに、明日の投票は誰それにと言いながら、寄ってくる候補者やその応援者が後を絶たない。馬を引いていた為、派手に騒ぎ立てたり、しつこくされないのだけが幸いだった。

 日が長くなってきたから、午後五時を回っていたが辺りは明るい。馬車道でもお構いなしで、候補者の似顔絵を描いた板を掲げ、練り歩いている者も大勢居る。街路は人で溢れていた。はぐれんなよ、とネンジが度々声をかけてくる。

 結局、少し余裕があるよ、とヒコから所持金の保証を受け、いつもより少々値段の張る宿に転がり込んだ。

 部屋に荷を置き、早々に階下の食堂へ降りる。運良く()いていた隅の卓に着けた。成がぐったりした顔で、疲れた、と洩らす。

 立てかけられた品書を手にしながら、ネンジが苦笑いした。

「明日はとっとと投票済ませないとな。候補者はどっかの投票所に居座ってなきゃいけない筈だが、後援者が投票投票って寄ってくる」

 明日もこんななの、と成がげんなりした口ぶりで嘆く。〝投票済〟を見せりゃすぐ立ち去ってくれる、とネンジは小指だけ立てる。

 丹亜は眉根を寄せた。

「こんな短期間で候補者の人柄や公約を見極めるなんて、無理がない?」

「ピンと来た奴に投票すりゃいいのさ。そいつがろくでなしだったら、見る目が無いってだけのことよ」

「それじゃ、もしもそんな長に治められることになったら、この街の人は迷惑じゃない?」

 口をすぼめる丹亜の斜向かいで、ヒコが頬杖をつきつつ緑眼を細めた。

「候補者にそんな人はそうそう居ないよ。候補になるだけで、かなり大変なことだからね」

「ま、そうだな。何せ金貨一枚の立候補料をルウに納めないと、候補になれねぇし」

 ネンジの相槌に、金貨、と成が目を剥く。このひと月の稼ぎを全て足しても、まるで届かない額の硬貨だ。

「もしかして、それが投票者への白銅貨五十枚になってる?」

 丹亜が向かいを見れば、だろうな、とネンジは頷いた。

「当選したところで、名誉以外の旨味なんて皆無に等しい。一年きちんと務めあげれば、ルウが立候補料の半額ばかり返してくれるらしいけど。とにかく、候補者連中の根っこの考えはそう違わねぇ。街をより良くしたいって一点だろう」

 なるほど、とひとまず納得し、丹亜はやっと品書に目をやる。

 例によって〝オススメ料理〟を注文するだろうに、成が懲りずに、コレ美味しそうね、と絵を指差して楽しみ始めた。



 翌午前七時過ぎ、簡単に朝食を済ませ、丹亜達は宿を出た。

 街路には既に、人の流れが出来ている。道半ばや角には、投票所の場所を示す看板が数種あった。

【文字が書ける人← 五歳未満の子供連れ→】

 公用語で書かれた下には、別な方角を示す矢印と共に、箱に何か入れる人の絵が描いてあった。皆、それぞれの方へ足を向ける。

 この人出で別行動は危険だ。丹亜も成も、ネンジとヒコにくっついて、文字が書ける者の投票所へ向かう。

 集会場のような所だった。予想より人が集まっている。皇領は年々、識字率が伸びているそうだ。

 得票数がたまたま同じだった場合、きちんと候補者の名前を書いてある票かどうかが加味されるらしい。故に、上に立つ者達が教育に熱を上げているという。

『わたし、真名はあんまり書けない……』

 出がけに成が心細げに言うと、大丈夫だ、とネンジは応じた。

『自分の名前が書ければいい。候補者の名前は投票所に書いてあるから、見ながら写しゃいいのさ』

 確か候補者の名前も片仮名で書いていい筈だよ、とヒコが添えていた。

 入口に、各候補者の名前と公約が書かれた大看板があった。それを横目に建物内へ入る。入ってすぐ、壁近くに長い机が並んでいた。つばの無い臙脂色の帽子をかぶった者達が、机に向かっている。アレが選管だ、とネンジが教えてくれた。

 真っ先に手指を開いて見せてから、(おの)が名を書かされるようだ。投票者数を把握する為、御協力お願いします、とにこやかにルウの民の女性が繰り返している。文字が書けるかの判定も兼ねているのだろう。

 ネンジが竹筆を受け取り、〝稔滋・スー〟と角張った癖文字で記名する。女性が確認し、薄い板を渡していた。ソレに票を投じたい者の名を書くようだ。

〝成・トウズ〟の小さな字が連なり、丹亜は寸時迷ってから〝丹亜・リー〟と記した。幕家(ユルト)で咄嗟に名乗った姓。

 板を貰ってちらりとネンジを見ると、青みがかった双眸が、いいんじゃね、と言うように微かに頷いた気がした。

 ひと月前にリィリ王国へ手紙を出したことで、ネンジには本名も素性も知れている。白い花を植えながら国を出た経緯を語れば、正真正銘の厄介者だったな、と皮肉られた。その一言のみで、何ということはなく、月区への旅は続いている。

 なんとなしに、丹亜は続くヒコの手元に目を移した。果ての地生まれの精霊級は、どんな真名を授けられているのか。

 すいっと少年は書きつけた。〝ヒコ〟。

 姓は無し? と優しく女性が問いかけ、うん、とヒコが笑むと、女性は頷いて板を渡した。

 丹亜の脇で成も見ていたようで、えー、真名は? と不思議そうに訊く。

 候補者の名前はあちらで記入してください、と臙脂の帽子に案内されながら、ヒコは成を見て口の端を上げた。

「オレ、古風な人だから」

 あ――そうか。

 ヒコは十五歳まで時の流れが違う果ての地に居たのだ。こちらの暦で考えるなら六暦一三四年生まれだろうか。ティエより七年も前に誕生していたことになる。

 合点する丹亜の隣で、何それ、奥ゆかしいと言いたいの? と成が楽しそうに応じる。

 さっさと済まそうぜー、とネンジが促した。

〝広場や公園の充実〟と公約を掲げていた候補者の名前を書き、丹亜は板を投票箱に入れた。近くで見ていた臙脂帽の男性が、お疲れさま、と握手を求めるように手を差し出してくる。

「利き手はどちらかな」

 右です、と答えれば、じゃあ左手にしようか、と男性は丹亜の片手をとった。男性の人差し指が淡く光る。くるりと宙で輪を描くようにするや、あつらえたように、丹亜の左の小指に輪が嵌まった。澄んだ緑色かと思えば、光の加減で青色にも見える。

 しげしげと丹亜が輪を眺めていると、男性は投票箱の近くにあった卓上から、五十枚を一括りにしてある白銅貨をくれた。

「はい。投票ありがとう」

 どうもありがとう、と手の中に加わった重みに、丹亜は頬が緩む。白銅貨五十枚あれば、食堂で軽食がとれる。こうして投票者に金を配り、街で使ってもらえば活性化にも繋がるのだろう。

「あからさまに顔がにやけてるぞ、お前」

 ネンジが自分の分を財布にしまいつつ、呆れたように言う。「しっかりしまっとけよ? スリが活躍する日でもあるからな」

 丹亜は慌てて顔を引き締めると、成の分も併せて大事にしまい込んだ。


 四人とも投票が済み、外に出た。一段と人が増えてきている。

 人混みの中、広場の利用権を得る為、丹亜達は警備所を目指した。すれ違う顔の大半は明るい。祭日と同じ感覚なのだろう。

 時折、投票がまだの方は是非この人に、と声を張り上げて近づいてくる者が居る。四人で揃って小指を見せ、やり過ごす。

 広場の利用も通行証での割引が有効だったから、申請には大概、成の通行証を提示していた。今回も仮代表として成が署名する。

 無事に今日の午後と明日一日の許可が下り、今度は食堂を求めて街路を歩き出す。

 署名の際に墨が指についてしまったようで、成は手を擦った。ふと思い出したように言い出す。

「さっき、ヒコはなんで姓を書かなかったの。スーなんでしょ」

 前に書いたんだけど、とヒコは苦笑いした。

「今時、片仮名で名前をつけたのかって顔つきで、ルウの民がネンじいを見る目が冷たくなってね」

 あん時ぁ居たたまれなかったな、とネンジが笑う。成は服の裾でも指を擦りながら、軽く口を曲げた。

「真名を贈ってあげたらいいのに」

「どっかの街で長に頼むのもアリだけどな。まぁ、なかなか難しいもんだぜ? 名前ってヤツぁ、一生ついてまわるしな」

 ネンジは、帯の間に両の親指を突っ込む。「〝ひこ〟って音が難儀だ。俺ぁ学がねぇから真名を見つけられねぇ。一字でなら浮かぶが、男に一字名なんてつけたら、変な目で見られるだろうし」

 身分の高い者に三字や四字の真名を使って寿ぐのとは逆に、〝もういい〟という意味合いが秘かに含まれているのが一字名だった。特に女子。働き手としての男児が生まれず、女児が続いた家の子に、次こそはと期待してつけられるのだ。

 成の表情が少し翳る。己が字数に隠された意味を知っていたようだ。

 話題を打ち切るつもりで、丹亜は提案した。

「よければ、わたしが良い真名を探しておくよ」

 おぅそりゃいいな、とネンジがヒコを見て、あったらね、と少年は微笑する。

 そこへ、投票はお済みですかー? とやって来た者が居て、四人は相次いで小指を見せる。

 ほどなく入った食堂でも、お客さん、投票しちゃった? と給仕に訊かれた。四人で一斉に手を出せば、息が合ってるね、とおどけたように肩をすくめられた。


 その日の昼過ぎと翌日に(おこな)った公演は大盛況。丹亜は走り回ってオヒネリを集めた。

 紐で括られた白銅貨も多く、地面に投げられても拾い易かったのは助かった。



 街を後にする時、選挙結果を告知する看板が出ていた。

 丹亜が投票した人は副長に当選していた。

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