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そして夜明け  作者: K+
第4章 皇領の旅芸人
11/25

 午後二時が迫る頃、丹亜(にあ)達は楽器や僅かな小道具を携えて広場へ向かった。

 結構目立つのか、道行く人が目で追ってくる。

 丹亜の役目はオヒネリ集めだが、衣装は(なる)と揃いになった。淡い色の布を少しずつずらして重ね、筒衣のようにした物を腰から纏っている。段になった裾には、複数の色糸の房飾りが垂れていた。

 宿を出た時はまだ眠そうな顔だったヒコが、愉快そうに喉を鳴らした。

「丹亜の作った房、すぐ判るね」

 まったくだ、と鬚を少々整えたネンジが笑う。

 丹亜が纏う布の房は、糸の長さがまちまちだったり四方にはみ出していたり、いささか不格好な物が幾つかあった。

 初めてでここまで作れる人なんて滅多に居ませんよ、と成が早口に差し挟む。

 丹亜は顎を引いた。

「自分の手で作った物を身に着けている。わたしは満足だ」

 贅沢言ってらんねぇよな、とネンジがにやにやする。丹亜はもう無視した。

 当初は昼食後には広場へ向かうつもりだったが、丹亜の壊滅的な裁縫の腕前もあって、飾り作りが手間取った。

 加えて、昨夜、箸に〝緑の手〟を発揮した為、ヒコがなかなか目覚めなかったのだ。

 そもそも彼の手は不自然に植物を発生させるわけだが、より自然な状況の方が負担は少ないらしい。土や砂、水のある場所の方が楽で、昨日のように加工された木などに施すとなると余分に労力が要るようだ。

 己の勝手な振る舞いで、使わなくてよかった筈の力を使わせてしまい、丹亜はヒコやネンジにからかわれても文句を言えなかった。

 予定より遅くなったものの別段急がず、四人は広場の手前にあった配達所を通り過ぎる。

 ヒコが眠っている間に、丹亜は国への手紙を書いた。ここを発つ時に発送を手配すれば、追っ手がかかるとしても時間を稼げよう。


 街の広場では簡単な商いをしたり、見世物をする者が居る。

 ネンジは昨夕に成と買い物に出た折、警備所から今日の利用権をきちんと得ていた。東の一画なら、空いている場所を使っていいと許可が出たそうだ。

 目指す辺りが近づくと、既に芸を披露している者達と、それを見物する輪が幾つか見受けられた。

 技に一区切りがついたらしく、大きな拍手が起こる。

 その横を通るや、ヒコが笛を口に当てた。歩きながら吹き始める。

 明るい音色に、輪を形成していた何人かの見物人が、誘われるようについて来た。

 客には、たまたま立ち寄っただけでなく、初めからいろんな見世物目当てで来る人々も居るそうだ。

 街の住人には数少ない娯楽になるからな、とネンジが宿で説明してくれた。その分、目や耳の肥えている者も居る。叶うならばそういった面々からもオヒネリを捻り出してもらうようにと、丹亜には課題が出ていた。

 適度な空間を見つけると、ネンジは地面に胡坐をかき、細身の瓢琴(ひょうきん)を構えた。成に目をやり、受けた少女は丸い鈴が複数ついた棒を片手に握り締める。ヒコが二人の周りを巡りながら、旋律を一層盛り上げていく。

 横笛の一拍の後、瓢琴の音も乗せて踊りが始まった。

 長い腕を華やかに揺らし、成は楽しげに弾んだ。布を摘まんで翻せば、とりどりの色が鮮やかに閃く。

 合図の鈴が一際高らかに響くと、丹亜は手を打ち鳴らす。集まった観客も真似をし出す。

 伴奏を瓢琴に託し、ヒコは笛を帯に挟むと成の足元でとんぼ返りを打った。薄い芝地に桃色や黄色の花が咲き始める。歓声に合わせ、踊り子が軽やかに大地を踏み鳴らす。

 どうなってんだ――あの花、本物? と客達が言い交わす。

 まったく、他ではけして見られない〝芸〟だった。

 鈴が振り鳴らされ、ネンジが瓢琴を細かくかき鳴らす。丹亜は腕に提げていた駕籠の布をめくり、見物客の間を歩き出した。駕籠には予め、白銅貨や銅貨、棒銅貨を複数入れてある。

 丹亜は立場上からも、人の顔を覚えるのは得意だった。近くの者から順番に、上目づかいに見上げては微笑して見せる。すぐ懐を探って駕籠に追加してくれる者も居れば、芸に見入っているのか無視しているのか、反応してくれない者も居た。そんな相手の所には数人巡った後に戻っていって、なんとか入れてもらったりした。

 だが、曲が終わってしまうまでに丹亜は廻り切れなかった。

 喝采がわき、ネンジが足元に広げた風呂敷に向けて何人かが硬貨を放り始める。こうなってしまうと、誰がオヒネリをくれたのか判らなくなってしまった。

 束の間呆然としたけれど、目が届く範囲の動きは判断できた。丹亜は急いで、何の行動も起こさずに去ろうとしている年配の女性に向かった。斜め前にするりと回り込んで、笑んで見せる。

 女性は胡散臭そうに見返してきた。

「あんたは、踊りも何もしてなかったろ」

 だから金は出さないと言いたいようで、片手をひと振りするとそのまま行こうとする。

「わたしは修行中の身ですが、一員です」

 丹亜が縋ると女性は鼻を鳴らした。

「じゃ、言う通り踊ってみな」

 一瞬ためらったが丹亜が頷くと、女性は口を歪めて笑った。「三回まわってから、わんとお言い」

 カチンとし、丹亜は女性の目を見据えた。

「わたしが修行しているのは踊りではない、居合だ。少々披露して宜しいか?」

 何だい居合ってのは、と小馬鹿にしたように女性が応じる。丹亜は手刀で実演するつもりだった。

 踏み出そうとした瞬間、ネンジの声が名を呼んだ。

「おいー、油売ってるなよぉ」

 へっ、と嗤い、女性は丹亜の肩を小突くようにして立ち去る。

 唇を噛んで、丹亜は散らばり落ちている硬貨を拾い集めた。



 夕餉の前に一旦宿に戻り、丹亜は又してもネンジに叱られた。

「捻り出してもらえとは言ったが、恐喝しろとは言ってねぇ! ああいう客は必ず居るんだ、いちいちつっかかってくんじゃねぇよ」

 距離があったのに、丹亜が例の女性に何をしかけようとしていたか、お見通しだったようだ。

 今日も立ったまま床に目を落とす丹亜に、くどくどとネンジは続けた。

「渋ちん一人にかまけてる暇があったらな、気前のいい御仁にさっさと移った方が建設的だ。賢いお前なら解るだろう」

 矜持の問題だと言い訳するのは、昨日の今日ということもあって幼く思えた。場数を踏んでいるネンジにしてみれば、抑えの利かないコドモの行動としか見えないだろう。

 今日はヒコもとりなしてくれない。駕籠に初めから入れていた分を除いて、集まった硬貨を黙々と数えていた。種々の支払いは常にネンジがしているけれど、金銭管理自体は少年がやっているらしいのだ。

 ヒコの傍に座ってちらちらと視線をこちらに送っていた成が、やや上擦った声で誰にともなく言った。

「この棒銅貨、一体、誰が入れてくれたんでしょうねぇ?」

 ネンジが成の方に目を投げてから、椅子を引っ張ってきて片胡坐で座り込む。そうして、丹亜を見上げた。

駕籠(そっち)だな?」

「美髭を蓄えた御仁だった。にこにこして、向こうから入れてくれた」

「ほれみろ。渋ちん相手にする間が勿体ねぇだろ?」

 オヒネリは白銅貨が大半で、銅貨は数枚。棒銅貨は、その男性が出してくれた一本きりだった。それでもその一本で、昨日の夕食を五十回は食べられる。

 棒銅貨を差し引くと、得られた日銭は昨日と今日の出費がようやく賄える程度だった。ネンジとヒコだけで旅をする分には利の出る稼ぎだろうが、丹亜と成が一緒となると、厳しい収入だった。薬代を貯めるどころではない。

「この街は大きくもないのに、運命神(リ・コウ)が気を利かせたみてぇだな」

 膝頭を掻きながらネンジが言うと、ヒコが硬貨を三つの袋に分けながら応じた。

「風が吹いているなら、先に進むべきかもね」

 おし、とネンジは膝を叩いて立ち上がる。

 夕飯食ってとっとと寝よう、とネンジはヒコから袋の一つを受け取り、部屋の戸口へ向かう。今日は麺が食べたいと、成が早速に希望を言い始めた。

 疲れた肩を落として丹亜がついて行きかけると、ぽんと腕に何か触れる。見れば、ヒコが袋の一つを当てていた。

「丹亜達の分」

「――成が受け取るべきなんじゃ……」

「成は丹亜に渡すんじゃない? 薬を買うんでしょ」

 残る一つの紐を服の腰帯に絡めつつ、ヒコは目を細めた。「まぁ、全員よく働いたと思うよ。明日はいい日だね」

 ネンジがたまに言う台詞を口にして、ヒコも戸口へ歩き出す。

 小さな袋を握り、丹亜は続いた。

 疲れが、充実したモノに変わっていた。



 翌日、比較的早めにヒコも目を覚まし、昼食後には街を出ることになった。

 下階の食堂から買ってきたバタ塗り焼きパンをヒコが食べている間に、丹亜達は荷物を整える。

 寝台近くの小卓から、成が小椀を持ち上げた。

「これ、どうするんですか?」

 あぁ、と丹亜は曖昧に応じて受け取る。椀には薄く水を張って、箸から咲いた白い花を活けていた。なんとなく、捨てられなかったのだ。

 置いていけば、宿の者に処分されるだろう。だからといって、持って行ってもすぐ枯れよう。

 丹亜は椀から花をすくい、やむないなと小卓に移す。ネンジが面倒臭そうに言った。

「道端にうっちゃっとけば根付くんじゃね」

 どれどれ、とヒコが手をのばすので、丹亜は素直に手渡す。〝緑の手〟に渡るや、するりと短い茎の先から白い根が数本生えた。

「後はコイツの頑張り次第」

 ヒコが花を向けてきて、ありがとう、と丹亜は手にする。何故だか、無性に嬉しかった。

「配達所寄るついでに、広場の適当なとこに植えりゃいいさ」

 ネンジの言に大きく頷き、植えてくる、と丹亜は部屋を飛び出す。今かよ、と慌てたようにネンジがついて来た。

「道は覚えている」

 足を止めずに丹亜が青みがかった黒眼を見上げると、お利口だもんな、とネンジは白髪混じりの頭を掻いた。

「お前も成も、湯あみで汚れを落としたら、まだまだお嬢ちゃんな雰囲気が滲み出てんだよ」

 揶揄にムッとしかけていた丹亜は口をつぐむ。浮かれて一人で出歩こうとした己の甘さに頬が熱くなった。「ちゃんと出してやるから、着いたら手紙も俺に任せろ。な?」

 まるで童子に言い聞かせるようで、子供扱いするなと言いたかったが我慢する。吐露すれば、四人の中で一人だけ未成人という点に、丹亜が負い目に似たわだかまりを抱えているのが知れてしまうに違いない。伊達に年を食ってないのか、この中年は妙に察しがいいから。

「ネンじいは、花、好きなの?」

 別に、とネンジはひょいひょいと歩を進めながら言った。

「ま、生きることに貪欲なヤツぁ、嫌いじゃねぇ。自然ってヤツは、文句も言わずにひたすら生きるよなぁ。その花も、ぽっと出にしちゃあ、あんな環境でよく咲いてたもんだぜ」

 ヒコが生み出したからじゃないのかと問うと、さぁな、と返ってきた。

 草にしろ木にしろ花にしろ、生やしたら放置が多かったらしい。故に、その後どうなっているのかは定かじゃないようだ。

「色々与えられて満ち足りてそうな嬢ちゃんが、そんな花を後生大事にするとは思わなかった」

 可笑しそうにネンジに言われ、自分が執着した理由に、丹亜は小首を傾げた。

「多分、懸命に咲いているから見捨てられなかったんだ」

 浮かんだままを丹亜が口にすると、どうしてか、ネンジは笑った。

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