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そして夜明け  作者: K+
第4章 皇領の旅芸人
10/25

 次の日、ルウの民から教えられたとおりに進むと、整った街道を行き交う人馬や居並ぶ建物が見えてきた。

 砂地は薄れてきていた。東西に走る街道を挟んで、更に北は緑が増えている。あちら側は又、草原の民が遊牧をしているのだろう。

 街に近づけば、夕方という時間帯もあるのか気忙しい。人や馬車、荷車や家畜がいそいそと街中へ消えていく。流れに乗って、丹亜達も街に入った。

 三軒目にくぐった宿で、ようやく部屋を取れた。

 馬車旅の折は、侍士が手間取らずに案内してくれた。それなりに値段の張る宿だったから、空き部屋も多かったようだ。対して旅芸人が泊まるような宿は、早い者勝ちというわけだった。

『ちと、物入りだからな』

 ネンジはそう言って、最低限の条件だけを満たす宿を探していた。管理された(うまや)があり、湯あみの一式が宿代に含まれている所。

 (なる)は結局、踊ります、と表明した。それで、少々衣装を揃えることになったのだ。

 部屋に荷を置いてから、ネンジと成は、その買い物に出ていった。

 丹亜(にあ)の指輪をネンジは持っている筈だが、こうもケチケチしているところをみると、指輪はとうに馬二頭に化けたのか。衣装代はもう、ネンジの自腹かもしれない。

 草原の民のお蔭で丹亜は所持金に手をつけずに済んできたが、この先は稼がなければ、いい薬が買えない。

 成が踊るなら、丹亜は何としても、オヒネリをしっかり集めなければならなかった。



 ほどなくネンジと成が帰ってきて、四人で改めて外に出た。

 あちこちの軒に下がる灯りを頼りに、夜の街路を歩く。成が、口早に食べたい物を列挙していた。

 宿の階下にも食堂はあったが、既に満席だった。宿代に食事は含まれていなかったから、何処で食べようと自由だ。成の希望を参考にしているのかいないのか、ネンジもヒコも時々店先を覗く。

 丹亜は一人、別モノを探していた。配達所を。

 皇領は街規模になると、商店や宿泊施設の他に、集会場付の広場、療養所、配達所、警備所が必ずあった。恐らく、この街も同様の筈だ。

 木の葉をかたどった看板を見つけ出せないうちに、ここにするか、とネンジが一店を親指で示した。賑やかな人声が聞こえてくる。タレを絡めて火に炙ったらしい匂いも漂ってくる。ヒコが頷き、もう干し肉以外なら何でもいい、と成が目を潤ませて呟いた。

 店内は薄暗く、やや煙たかった。

 四人、とネンジが告げると、恰幅のいい女性店員が、空いたばかりらしき中程の卓に導く。品書コレね、と汚れた皿の下敷きになっていた板を示し、皿を重ねて運び去る。

 おざなりに台拭きで払われた卓には角灯が置かれているものの、おおいの煤を綺麗に拭っていないようで、ともし火の光が鈍っていた。

 そんな状態でも客達は気にしていない様子で、奥の席では笑い声も起こっている。他の客は男性ばかりだった。

 食い入るように板を見る成の横から覗くと、片仮名の他に絵で品物が描かれていた。

 第二希望まで善処するぞ、とネンジが言い、丹亜は適当に美味しそうに見える絵で選んだ。成はしばらく、コレ――いや、やっぱりコレ、と指を彷徨わせていた。ヒコは、オレ何でもいい、と卓に頬杖をつき、向かいで真剣な成を可笑しそうに見ていた。

 店員は女性二人で、休む間も無い様子で割と広い店内を動き回っていた。けれど、見計らったように、決まった? と先程の女性がこちらに来る。

 今日のオススメなんてある? とネンジが訊いた。コレだね、と店員は絵を一つ指差す。

「じゃ、ソレ四人分と葡萄酒の湯割り三杯、黒茶一杯」

 選び出した品ではなく、成が唖然とした顔でネンジを見る。丹亜も呆れて前を見やれば、ネンジは笑いをこらえるように無精鬚を撫でた。「後、コレ二人分を四人で分けたい」

 店員は板の絵を指差しながら数を確認し、卓を離れる。

 成はすぐに、ネンジに食ってかかった。

「何処が善処なのっ」

「お前の選んだヤツ、頼んだじゃねぇか」

「こんなことなら、わたしも何でも良かった――こっちを注文してよ」

 当惑顔で、成は丹亜が選んでいた絵を指す。

「今にも涎垂らしそうにして決めた奴の願いを、無碍にはできねぇよなぁ」

 ネンジが同意を求めるようにこちらを見る。「品書眺めてる間に、少し食った気にもなったろ」

 かもな、と丹亜が頬を緩めると、成は口と肩をすぼめて小さくなった。


 しばらくして料理が運ばれてきた。

 飴色のタレをつけて焼いたらしい鶏肉に、刻んだ香草と蒸し野菜が添えてある。同じタレを薄めて絡めたのか、薄茶色の焼き飯が半円に盛られていた。

 他に、四つの小椀に分けて、春野菜と透き(サメ)が入った琥珀色の(スプ)

 どの品も、湯気が出ているという点だけでも何やら嬉しいのに、大層食欲を刺激する香ばしさも伴っていた。

 皿が並ぶまで大人しくなっていた成も、歓喜を抑えきれない様相でそわそわと箸を手にする。

 二日ぶりのまともな食事だった。

 鶏肉は、噛めば干し肉とは全く違う、コクのある肉汁がしみ出した。小さくほぐして焼き飯と共に食べると、鼻腔と喉をほわりと甘辛いタレの香が通り抜ける。爽やかな野菜で口直しすれば、幾らでも食べられそうだった。

 一国の王女付き侍女としてはどうかと思うが、成は度々舌足らずに、おいひい、と幸せそうに洩らした。

 そのことに苦言を呈すなど、丹亜には到底できなかった。本当に成の言う通りだったから。

 成以外の三人は、感嘆を洩らすのも惜しんで食べていたかもしれない。あっと言う間にそれぞれの皿は空になっていった。

 出された料理をすっかり胃におさめ、残った飲み物を空けつつ、もう後は宿に戻り、湯あみをして早く寝ようと決まる。

 店は客が入れ替わるのみで、満席の状態が続いていた。

 もはや長居する理由は皆無で、成の通行証を手に、ネンジが立ち上がって店員を呼ぶ。丹亜達も席を立った。

 ネンジに支払いを任せ、ヒコが店の入口へ歩き出す。丹亜と成も後を追った。

 一つの卓の脇を通り過ぎた時、葡萄酒三杯追加、と近くで聞こえた。続いて成が、ひぇ、と声をあげる。

 丹亜が振り返った時、成は背後に両手をまわし卓から距離を置いていた。卓に着いていた赤ら顔の若い男が、片手を横に突き出している。

「ねーちゃん、いいケツ。葡萄酒四杯にしちゃおう」

 察した次の瞬間には、身体が動いていた。

 袖の中、手首近くに縛っていた小刀を鞘から抜き放ち、男の首筋を狙う。寸前、品書の板が割り込んだ。

 殺すつもりは無かったから、丹亜も動きを止める。目だけ流し、板を立てた少年を見た。緑眼が、やや驚いたように見張られている。

 ヒコより余程目を見開いていたのは卓に居た三人の男達で、な、なんだ――何の真似だ、と腰を浮かせる。

 痴れ者が、と吐き捨てそうだった丹亜に板を押し付け、ヒコが卓上に引っくり返った杯や小皿を起こす。その隙にネンジが来て、場違いな笑顔を店中に振り撒いた。

「なかなかの居合でしょう? まだまだ練習中なんですが」

 店内はいつの間にかシンとなっていて、ネンジの声だけが響いていた。「さて、ここに今し方、釣りで受け取った白銅貨がございます」

 店員を見やって真ん中に穴の開いた硬貨を掲げれば、相手は頷く。ネンジはそれを、ぎゅっと拳の中に握り締めた。()をおかず、順に指を開けば消えている。おぉ? と注目していた一同から声があがった。もう一度拳にしたかと思うと、指の合間から硬貨が覗く。

「更にこちら、いい感じに使いこまれております、箸です」

 ネンジは卓から、片づけられていなかった箸の片方をヒコに放る。ヒコは片手で受け取ると、指先でくるくる回してから、ぴたっと立てて持つ。ポンと先端に白い花が咲いた。するすると若葉まで生え始めるに至り、どよめきと拍手が起こる。

「これじゃ使い辛いから綺麗にしないとね」

 立ち尽くしていた成にヒコが手渡し、慌てたように少女は花を摘んで葉を除く。その(あいだ)にネンジがにこやかに告げた。

「明日の正午過ぎから夕刻までが本番でございます。良かったらお誘い合わせの上、広場にお越しをー」

 周囲に笑声が湧き、ネンジは成から白い花を取ると丹亜のつむじにぷすりと挿した。



 宿の部屋に戻ってから、丹亜は座る(いとま)も与えられず、ネンジに叱られた。

「あんな程度で見境なく刃物チラつかせるな! 大体、油断も隙もねぇ――いつの間に俺の小刀くすねてやがったんだ」

「……髪を切った時、返せと言わなかった」

 だから護身用に持ち歩いていたのだ。

 椅子に跨るようにして座ったヒコが、背もたれの上で両腕を組んで苦笑する。

「あんな動きを身に着けてちゃ、剣舞ならともかく、ただの踊りじゃ違和感が出るわけだよね」

「剣舞なんてとんでもねぇ。丹亜に刃物持たせる理由作るな。こいつは頭に花咲かしたオヒネリ集めで充分だ」

 ヒコが吹き出して腕に顔をうずめる。丹亜がハッとして頭に手をやれば、花がまだしっかりくっついていた。

 なんてこと言うのっ、と成が悲痛な面持ちで身を乗り出す。

「わたしが不甲斐なかったんです。丹亜様の手を汚させるわけにはいきません。刃物なぞは、わたしが持ちます」

 意固地に自分が持とうとすれば取り上げられるだけだろう。丹亜は腕から小刀を外すと、鞘ごと手渡した。恭しく、両手で成は受け取る。

 なんとしても刃傷沙汰を起こす気か、とネンジが白けた口調で言った。起こさないよう努める、と丹亜は木製の床を見つめた。

「状況もわきまえず、浅はかな行動だった。すまなかった」

 今頃気づいても遅ぇんだよ、とネンジが鼻で息をつく。ヒコが笑みを含んだ声音で言った。

「まぁ、明日の宣伝になったよね」

 そうだ、お前も房飾り作りを手伝えよ? とネンジがこちらを見て、丹亜は一も無く頷く。


 しかしながら、やる気と実力は同一ではなく。

 翌日、裁縫を初体験した丹亜は〝不器用〟なる不名誉な称号をネンジから与えられた。

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