3つの言葉「永遠に待ってて」@小野チカ
「本気ですか……」
「我々は至って本気だ」
そう言われて自分の手の中に収まっているステッキを見る。誰だよこれつくったの。これに呪文を唱えると光の刃が出て来ますとか言ってたけど、鞘に装飾しすぎ。百円均一で売っている“お姫様セット”とかについていそうなてらってらの宝石が所狭しとくっついている。シンプルイズザベストという言葉を知らんのか。そうか。投げていいか。
っていうか、デコステッキはどうでもいい。
なんで私、二十八歳という齢で魔女っ子選抜に受かっちゃってんの?
***
ことの始まりは昼食時だった。
いつも通り会社の近くに売りにくる、安さとボリュームが売りだという三百五十円という破格の弁当を買って、公園で食し、缶コーヒーと煙草を片手に空を見上げた時だった。
子どもの頃からUFOと言えばこれ、という形をした浮遊物がうろうろしていて、あぁ私またパソコンの画面凝視してたのかしら、疲れ目だわー、なんて思っていた。
特に二度見をすることなく煙草を吸って長く吐く。
やめなきゃなぁ、と思いつつ煙草を吸った時の脳がぼーっとする感覚がやめられない。その時間だけは、上司のお小言もクライアントの我が儘も、上手く行かないスケジュールも忘れられるからだ。営業からの愚痴も、他の班長からのヘルプもちゃぶ台に全部のっけて投げたい。なんで自分のところで処理できないのを私に言うのだ。自分で計画たてろ、計画!!
休憩時間終了まで十分程になった時、煙草の火を消して立ち上がった。それと同時に光につつまれて、気がつけばUFOの中でした、という経緯だ。
まぁ、なんとかかんとか——名前長過ぎて覚えられない——っていう人間に化けた怪物が侵略を企てていて、なんたらステッキ——名前を覚える気がない——だけが唯一その人間に化けた怪物を退治できて、それの適合者として反応したのが私らしい。
オフィス群のなかにぽつりとある、綺麗に舗装されたこの公園は晴れの日はとても賑わっている。昼食時には若い女の子たちがきゃあきゃあ言いながら芝のところで慎ましやかな大きさのお弁当を広げてたむろっているのが常だ。
おいステッキのやつ、選び間違いにも程があるだろ!!
こちとら酸いも甘いも男も世も知っちゃったアラサーなんだよ!
「っていうか無理。締め切り近いし」
「いつまで待てば良い?」
「永遠に待ってて」
紙と鉛筆でかけそうな顔をした中華髭を二メートルくらい伸ばしたやつが、なんたらステッキの生まれた国の王様だか魔術師だか、あれ。なんだっけ、とりあえず偉い人らしい。重力にさからってまるで触覚のように持ち上がっているその様は、人間に化けている怪物より立派な怪物だ。あんたを怪物と言わずに、誰を怪物と言えよう。不気味で気持ち悪い。
「……強情なところが良い! なぁ、皆の衆!!」
そう言って中華ヒゲは周りで飛び跳ねる丸い球体に問いかけると、そうだと言わんばかりに跳ねた。何が皆の衆だ。あんたら全員科学研究員かなにか捕まって検査してもらえ。
「で、このままだと立派な拉致監禁なので帰して欲しいんだけど」
「なっ! 我々は正義の味方だ」
「なーにが正義の味方よ、馬鹿馬鹿しい」
そう。このステッキを使ってこっぱずかしい呪文を唱え、相手を倒して何になるか。地球を滅亡から救ってくれるのかと思いきや、この中華ヒゲの国が侵略から免れるだけなのだ。地球全然関係ないし!! 侵略されているのは中華ヒゲのお国で、敵は地球を拠点に行動しているだけらしい。なにこの果てしないとばっちり感。っていうか休みが終る。
「休みが終るので帰して下さい」
「駄目」
「か・え・せ・これ抜くぞ」
「駄目だ。これはワシの本体だ、気安く触んないで。いいと言ってくれるまでは駄目!」
どこのだだっこだこのヒゲジジイ!! っていうか本体こっちかよ! 私の締め切りは見たことも聞いたこともないヒゲの国より身近な危機だわ!
「いいわ、自分で帰るし」
そう言ってUFOへと迎え入れられた時の入り口のハッチを開ける。透明になれるらしいUFOは、泣く子も黙る高さ……などではなく、普通に地上から一メートル程度を低空飛行していた。
私が科学者とかなら透明になれる原理とか、人一人とヒゲと丸いのを運びつつ周りに影響を与えない飛行の仕組みの研究とか、ものすごくそそるところがあるのだろうけれど、残念私はしがない会社員なので何とも思わない。後ろ髪ひかれるどころか早く帰って仕事を仕上げたい。
「じゃ!」
「ま、待て! 怪人はどうする!! 我が国の未来は!?」
「自分の国ぐらい自分達でどうにかしやがれって言ってんのよ。なーんで拠点にしてるだけの地球で私が魔女っ子しなきゃなんないのよ。そんなことするより、あんたが相手の親玉の所行って寝首でもなんでもかききればいいんじゃない? 全く人様に迷惑かけてんじゃないわよ」
ぎゃあぎゃあ言う中華ヒゲの言葉は途中で噛んだのか、いだひいだひと繰り返されるだけで何を言っているのかわからない。っていうか、舌あったんだ。ふーん。
「どうでもいいや、帰って仕事しよ」
あーやっぱり疲れてるわぁ、と言いながら会社への道をだらだらと歩いた。
「本気ですか」
「まあね」
そう言って喫煙所で煙を吐いた男は我が社の五イケメンズのうちの一人だ。背が高く、ハーフだと言う両親から惜しげもなくイケメン遺伝子が配合された整った顔の持ち主だ。同期入社ということで今でも部署違いのこの男と喫煙所であえば、挨拶や他愛もない話のひとつやふたつは交わす仲だ。
好きなときに休憩を取って良いフリーダムな我が社には喫煙所が一つしかない。大抵誰かがいるのだけれど、今日はたまたま私とその男だけだった。
私を見るなり匂うと言った失礼なこの男はさらりと爆弾を投下した。
「ヒゲジャマイカ閣下と接触したね?」
白い歯をこれでもかと見せつけながら五イケメンの一人が言う。
何それ。芸人?
「こういう特徴があるのだけれど」
そう言ってスーツの内側からメモを出し、さらさらと描かれた人物には見覚えがあった。むしろそいつしか覚えがなかった。中華ヒゲだ。
「あぁ、知り合い?」
「まさか! 彼は我々の友好的侵略を阻む悪の組織の頂点だ」
真面目な顔して言い切った男をこいつも疲れてんなぁ、と思いながら見る。
っていうか、侵略に友好もくそもあんの?
お互い悪って言ってるあったり、おつかれーすっと言って逃げたい。面倒くさい。
「……まさかとは思うけれど、キラリン・トゥナイト・タクティスに選ばれたとか」
なんだその名前。キラキラしすぎだろ。
「なにそれ」
「こういうやつだ」
そう言って男が描いたのはデコステッキだった。あー痛い。イケメンだけにこの脳みそ楽しい感じが痛い。
「デコステッキね、そういう名前なの」
「引き受けてないよな!?」
がっつりと前のめりで聞いてくる男に私は今日めんどくせぇ、とごちた。その上、目をきらきらさせながら男が私の手を取るもんだから上手い煙草も不味くなる。
その上、あらぬことを提案されたのだ。
「あれに選ばれたのだったらあなたは間違いなく戦力になる。どうだい、僕たちと一緒に戦わないか?」
で、本気ですか、まぁねに繋がるのだ。
勘弁してくれ。何今日、厄日?
「ごめん、あなたのことは目の保養と思っていたし、営業成績もまぁまぁだから特別変な目で見たことはなかったけど、今日から無理」
「いつまで待てば良い?」
「地球が滅亡するまで」
「なん……だ……と?」
「じゃ、私仕事あるから。おさきー」
そう言って灰皿に煙草を落とすと缶コーヒーを飲み干して喫煙所を出た。
「あぁもうみんな疲れて頭湧いてんだなぁ。今日は早めに切り上げて飲みにいくか」
根詰めて作業している自分の班の後輩を思って、階段を上った。




