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冥府の先まで 〜記憶喪失なんだけど、闇も執着も底が見えない男に捕まった〜  作者: アマヤドリ


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9/40

前の話の続きです



シルドに言われたとおり、目を瞑っているが、

低く、呻くような声が時折聞こえるたびに、体の底から凍り付くような感覚になる。


その声から逃げたくなり、レリアは耳も塞ぎ、独り静寂に取り残されていた。




暫くすると、肩が叩かれる。

ようやく、自分に温かな呼吸が戻ってきたように感じ、耳から手を外した。


「さぁ、目を開けて・・・・安心して下さい。悪霊はもういません。」



そう言われ、レリアはそっと目を開ける。




焦げ付くような匂と、シルドの背後に未だくすぶる炎が見える。

黒い炎は随分と小さくなり、自分をさっき襲ってきた者は、もうただの黒い塊のように成り果てていた。



「あ、悪霊...?あれが?」

やはり、ただの幽霊とは違ったのかと、レリアは炎を見ながら思った。


「ええ。見るのは初めてでしょう。…怖い思いをさせましたね。」


「いえ、いや、あの、…助けて下さってありがとうございます。」

シルドの心配そうな瞳が、じっと此方を見ていて、もう大丈夫ですとレリアは伝えた。



「…本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫ですってば。怪我もないので、心配しないで下さい。」

レリアの大丈夫を信じていないのか、暫くシルドは訝し気な目線でレリアを見ていた。


「・・・なら、いいのですが。」

自身の目でも、レリアの体に傷がないかを確かめたシルドが、少し納得したように頷いた。


「本当ですって。それより…あの、悪霊って、一体何者なんですか?」

手を伸ばしてきた、あの存在は何なのか、シルドに尋ねた。


「悪霊とは、亡霊の堕ちた姿と言えるでしょう。」


(まさか、シルドさんってあんなのと対峙してるの?)

レリアは、ちらっと炎の中の塊を見るも、先ほどの光景がやはり頭から離れずに、もう動いていないのを見て、再び安堵の息をつく。




「生前犯した罪の重さにより、死者には苦しみを伴う呪いが纏わりつきます。

反省し、悔い改めれば呪いは消えていきますが、そうでなければ呪いは強くなり、やがて狂う事になる。


こうなると、悪霊になり、周りの亡霊や生者にも危害を与えるため、魂ごと焼き尽くすか、地下の収容場所に連れて行くかの2択になります。」

杖の先の炎を見せながら、レリアに伝える。



「先ほどの 彼 は、生前に妻を殺しました。罪の意識は低く、悪霊化が進んでいたため、収容されていましたが…。どうやら、逃げ出してここまで来たようです。」


(彼・・・・。男の人だったんだ。)


性別など、分かるような感じではなかったが、業の深さが、彼をあのような姿に変えていったのだと思うと、背筋が寒くなる。


「ちなみに、焼かれるとどうなるのですか?」

「...文字通りの消滅です。次の旅路へは、残念ながら行けません。」




ぱちぱちと、炎がはじける音が、耳に残る。





(・・・・私が、あそこにいたから、シルドさんは、私を守るために・・・彼を・・・。)






「...レリア、もうあの姿は、悪霊なのです。まして、罪から逃げて、生者を傷つけようとする者に、情けは無用。貴方が罪悪感を感じる事はありません。」

顔が曇るレリアに、シルドは声を掛ける。


「慰めてくれてありがとうございます。…でも、もし、罪を認めて、反省する機会があったのかと思うと・・・。」

レリアの目は伏せられ、行き場のない苦しさが、胸に渦巻く。


「悪霊堕ちになると、元の亡霊には戻れません。それに、悪霊の力は自らの魂。悪霊でいる期間が長引けば、いずれ魂を使い果たし、どのみち自壊していきます。」


シルドに、貴方は悪くないと、言われていても、あの燃やされていく魂をみて、生前に殺人を犯していたとしても、どうしても胸が痛む。



(それに、彼らを燃やさなくてはいけない時、シルドさんは...)


悪霊に、毅然とした態度だったが、思うところがないわけではないはず。




「…シルドさんは、その…この仕事、辛くないですか?」


未だ、目が伏せられているレリアを見て、シルドがさらに窓に近寄る。


「…。辛くないと言えば、嘘になります。」




「ですが…。」



言葉を区切ると、レリアを優し気に見つめ、城の壁に杖を置く。


「ここには、私を支えてくれる者が沢山います。」

「...貴方も含めて。」




窓の縁に手を乗せて、落ち込んでるレリアの両手に、そっと手を乗せ、下に向けられている彼女の瞳を覗き込む。

外は城の内よりも低い位置にあるからか、レリアとシルドの2人の目線が重なった。



「この仕事をするにあたり、私は決めていることがあります。」

重なるシルドの手が、優しくレリアの手を包み込む。




「それは、私にとって、大切な人たちを、最後まで守り抜く事です。」


今まで見たことがない、シルドの真剣な眼差しを、一心に受け止める。




「貴方を守るためにした事を、私は後悔しません。」

「ですから、笑っていて下さい。私は、そのために、ここにきたのですから。」




だから泣かないで下さいと、シルドは、レリアの雫が光る瞳に、指を添えて掬い上げた。







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ジゼルに連れられて、レリアは部屋へと戻っていった。

流石に今日の出来事は、堪えたのだろう。

夕食もとらずに心配だと、料理番から伝えられた。



「後で様子を見に行きましょう…。」


先程2人が触れ合った場所の窓の縁を、名残惜しそうにシルドは撫で、窓の扉を閉じる。



次の瞬間、彼女を想っていた瞳の輝きが、一気に消え失せ、ほの暗い怒りに支配される。

そして、もう、命の輝きが一切失われた、灰の塊にしか見えない「もの」に近づいた。



「・・・・よくもまあ、私の前で。」

未だ燻る炎と、黒い塊に、靴の底を乗せる。


その様子を、膝をついている霊たちが無音のまま、見守っている。




「貴方方も気を抜かないように。

遊ぶのも、ほどほどにして下さい。」



周りにいた亡霊は、シルドの言葉に立ち上がり、敬礼を表して、闇に溶け込んでいった。






「...永夜の眠りから、醒める事が無いよう。」



黒炎によって、跡形もなくなって炭になった「それ」を、ぐしゃりと黒檀色の靴の底で、シルドは丁寧に踏み潰した。


大分、登場人物の性格が見えてきた回かなと思います。

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