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冥府の先まで 〜記憶喪失なんだけど、闇も執着も底が見えない男に捕まった〜  作者: アマヤドリ


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契約を思い出せ

読みにきてくれた方ありがとうございます!

評価やリアクション、嬉しいです。



こつりと彼の足音が闇夜に響いた。

レリアは、彼の一挙一動に敏感になって反応する。


「...思い出したのですか?」


「レムリア。」



ひくりと、身体が動く。


自分の危機意識が警告を発する。

緊張感が限界を迎えたレリアは、黄金の光を身体に纏い、咄嗟に自分の周りへ半円に守護領域を張った。瞳は星夜のごとく青々と輝いており、力を出していると誰が見ても分かる姿だった。

(…懐かしい。)

暫くぶりに己に返ってきたと言うべきか、温かな守護の力が全身を巡る。


その動きを見て、確信を得た様に黒い鬼火を引き連れた彼が一歩ずつ近づく。


「記憶を取り戻しつつあるのは、なんとなく分かっていましたが、全て思い出したのでしょうか。」


すっと、シルドは手を黄金のバリアに寄せた。

赤目に光る彼の目が暗がりで光って手を置いたと思った瞬間、守護領域が金の欠片となって粉々に砕け散る。


「え…。」

守護領域は本来そうそう敗れるものではない。

壊れたという事は、自分の力が弱すぎるのか…相手が己より遥かに強いかのどちらかだ。

エルスはずりずりと後退しながら距離をとる。

だが後退した分、シルドはゆっくり足音を立てながら近づいてくる。


「全てを思い出さなくても良かったのに。ですが、これはこれで好都合です。」

何か言われているのは分かっているが、耳に入ってこない。

彼の顔を...恐ろしくて、見る事が出来なかった。


(だって…私の記憶喪失は...。)



彼が私に何をしたのかが、分かってしまった。

噂でしかなかったが、確信があった。


まさか、私にも、神格に…自分の力を無理矢理入れたのかと。

(だから記憶を失った…。)


どうしてとなじってしまいそうになる。



(まさか、私は実験されたのか。)

よりによって、記憶を失っても、失う前にも好きになった彼に。



「ねえ、どう言う事なの。」


ーーー「...シグルード。」

愛称ではない、本来の彼の名前を言う。

己の名を聞いた冥炎の神は、怯えるエルスの表情とは正反対に嬉しそうな綻ぶ顔をした。


「あぁ…レリア!いや、レムリア...今はそう呼ぶべきでしょうか。」


コツコツと此方に近づく足音。

ついに、道の行き止まりまで追い詰められる。

どうされるのかと、ただただ審判を待っていた時だった。



突然、そのまま強い力で抱きしめられる。


「えっ。」

「レムリア、ようやく思い出したのですね。この日が来るのを、長い...本当に長い間どんなに待っていた事か。」


圧力がかかり、背骨が軋む程の抱擁に、暫しレリア、いやレムリアは呆然とする。

背の高さと体格差故か、すっぽりと腕ごと抱きしめられる。



「…!離して!」

どんと両手を出してシルドの胸を押す。

余りにも不審すぎる彼に、警戒心を露わにしながらレリアは距離をとった。


「貴方、博物館で一緒にいた時は青目だったはず…瞳が違う…!」

赤く輝く瞳が弧を描くように此方を見ている。

「目の色は...力を使うと変わるんです。」

「でも、昔はそうじゃなかったはず…。赤目だけのはずよ。」

ぴりぴりとした緊張感がレリアの心も覆いつくす。

「ふふっ。それは…貴方が先ほど持っていた「神格」のせいですね。」

だが、レリアの感情とは正反対に、まるで質問される事をシルドは喜んでいるようだった。


「神格…?神樹じゃないの?」

「貴方にはそう見えたのでしょうね。まぁ、あながち間違いではないのですが。」

天からの授かりものとして、白い木が貴方の近くに生えて徐々に力を与えたのを覚えているでしょうと告げられた。確かにその通りだ。昔、人であった時に樹と共に成長し力も大きくなっていったのは事実だ。

「貴方の神格は大地に根付く神樹と繋がっています。貴方が故郷で記憶を見た時、何故記憶と共に力も戻ったのか疑問に思っていましたが、あれは僅かに残っていた大地に眠っていた力が戻ったのでしょう。」

神としての力の源は、あの木と密接にある事は間違いないのだろうとシルドはレリアへ教える。


「ですから…博物館に収められていた過去の記憶が宿る神樹の一部を、私の中に入れていた貴方の神格に入れ込みました。一部でもあれば記憶にも力にも結び付くかもしれないと思ったのですが、今のレムリアの反応を見る限り、このやり方は正しかったようですね。」

こうして貴方は「過去」を取り戻したと言われる。


「ずっと私の神格にしまっておいたもので、馴染んでしまいました。おかげで貴方と同じ蒼の目を堪能出来ましたが。そうそう、髪も全て黒に戻りました。」

手放したので、もう蒼目にも毛先の違う髪にもなりませんと伝えられる。


(神格という事は、やはり私のは砕けていたという事…!)

その欠片をシルドがずっと持っていたという事実がある以上、記憶喪失の原因が彼にあると分かった。


「私の欠けた神格に、シルドの神格に入れ込んだの?」

「そうです。」

にこりと微笑みながらシルドが告げた。


「私の力を、貴方の神格に半分程度注いだからですね。記憶がない時の、貴方の眼も、髪も、前とは違いますが…とても似合っていましたよ。」



ーーふと、自分が記憶を失ってから目覚めた時の事を思い出す。

あの時、起きたばかりの私の顔...いや、私の眼を見ていたのは、自分の力が馴染んでいるか、確認するためだったのか。



「まさか、貴方に私の権能がうつるとは...。それは想定していませんでしたが、それによって記憶も思いの他、早く戻ってきた様ですね。」

得意げに語る彼の異様な姿にレリアはたじろぐ。


「何故、そんな事を…。」

神格とは神の命そのもの。

それをいじるというのは、双方にとって危険が伴うからだ。


「…何故?」

レリアの言葉に、シルドの動きがぴたりと止まる。


「それを貴方が言うのですか…レリア。」

先程まで笑っていた瞳が、突然暗く濁る。

分からないとは言わせないと言いたげにレリアの前に立ち塞がった。




「...いや、レムリア・フロンテ・シューリクス。」


「...!!」

(...私の名前、しかも...神名をなぜ、全て知っているの!誰にも教えてない。モリアスしか知らない筈なのに!!)

名を告げて1歩近づいて見下ろしてくる彼の口元に笑みがあったが、明らかに分かる。「笑っている」笑みではないと。

一気に警戒心が跳ね上がり、先ほどよりも強固なバリアを展開する。


「…そうか、権能...!」

自分の故郷で「思い出した」記憶の一部に、モリアスとの神名を通した約束をしたのを思い出す。シルドも見たのかと理解し、状況的にかなり追い込まれているとレリアは焦る。


「ふふっ。私は神名を見届けたであろう、貴方の白亜の剣から読み取りました。随分と前から知っていたのですよ。」

神名が知られてしまっている以上、再び神格をとられればどうなるか分からない。

また破壊されるのか。

記憶を失うのか。

その恐怖がレリアの心を縛り上げる。


「さて、随分と待たされましたが、約束を果たしてもらいましょう。」


「約束...?」

(何の事…?)

自分の思い出した思い出に、そんな記憶はないと内心首を傾げた。



「ええ  契約(約束) です。」

撫でさする様な声色が、レリアの背筋をぞわりと這う。

早く果たせと言わんばかりに、シルドがまた一歩近づいてくる。


(契約…?一体何の事?)


「そっ、そんなの、知らない!」

「私、覚えてない!」

レリアは首を振って答えた。


「本当に?」

「本当よ!」

シルドはレリアの瞳をじっと探るように見つめ、本当かどうかを確かめる。


「嘘はついていない様ですね。」

「...まだ全て思い出した訳では、なかったのですね...。」

「よりにもよって肝心な記憶を…。」

少しシグルードは落ち込んだ様に顔を横に伏せて、バリアをさすった。

彼の気持ちに呼応するかの様に、暗かった裏通りがより一層暗くなる。

彼の傍らにいた鬼火が、風も吹いていないのに消えたからだ。

哀しみを滲ませる言葉に、思わずレリアは大丈夫かと瞳を向けた。



「シルド…。」

酷く哀し気な彼に手を伸ばす。


悲しむ彼に気を取られて、思わず強固なバリアが薄くなる。



「貴方が覚えていなくとも...。」


(!!)

(バリアが…!!)

バリンと音を音を立てて、黄金の欠片が宙を舞った。

油断したと再び粉々になったバリアを見ながら、レリアは茫然としてしまう。



赤黒く、ぎらりとした目が自分を見下ろす。

まるで、積年のつもりに積もった、どろりと憎悪に燃えるような瞳に怯えて、壁に縋る様に後ろに下がろうとした。だが、シグルードの片腕が伸びてきて腰を抱き止められてしまう。

腕は押してもびくともせず、互いに距離がどんどん縮まっていく。



「...私は1日たりとも忘れた事はありません。忘れたくとも、忘れられない。」

「…あの光景を。」


赤の瞳からは一筋の涙が流れて、ぽたりと地面へと吸い込まれていった。

彼がここまで感情を露わにするのを目の当たりにし、レリアはただただどうすればいいか分からずに戸惑う。


「知らないと言い張るのであれば、お見せしましょう。」



「貴方に、あの日、何があったのか。」


「...さあ...。」

ぐっと手を掴まれ、何故か眼球に指先を持って行かれる。

強い力で引っ張られて、足が浮き上がった。




「いやっ、ねえ!何するの!」

拒む力をものともせずに、シルドによってレリアの指先がついに涙の零れる瞳に触れた。



「おみせしましょう。」


ーー「 私の眼が記憶した  500年前の あの日を。 」




(あ…!)

記憶の波が己に襲い掛かり、レリアの視界がどんどん白くなっていった。






完結まで最後まであと少しですね。

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