とある男達の密談
モリアスの最後が書いてあります。
死と病の描写あります!
----真夜中の古い城の中
男が独り立ち尽くしていた。
もう扉もなく、至る所が欠けて汚れた場所は、かつて彼らと共に過ごした楽しい記憶が眠る。
同時に、哀しい記憶も。
鬼火の様な灯りを手に、シルドは2階の一室に入った。
小さな部屋には何もなく、ただ、がらんとした時の風化が寂し気に物語る。
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一歩踏み込むと、部屋には、死の気配が充満していた。
男にとって、馴染みのあるものだ。
「…ああ、来たのか。」
「ごほっ、すまないね...もう起き上がるのも億劫になってしまった。」
1人の白髪の老いた男性が、寝台の上で横たわっていた。
「元気が取り柄な貴方が... モリアス...随分と老いましたね。」
「..シルド、君は相変わらずだな。」
態度も姿も変わりないようでと、少しだけ笑いながら言う。
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寝台があったそこには、埃と壁が剝がれたのか、崩れた石や煉瓦が散らばっていた。
「…。」
脚の下に、じゃりと踏まれた欠片がさらさらと、夜風に吹かれて散っていく。
シルドは、あの日、彼の最後に立ち会った...
その時の話しを、思い出しながら目をつむる。
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「彼女を貴方の元に縛りつけた理由ぐらい、検討がつきますよ。」
貴方が「人」で良かったですと、モリアスに伝える。人でなければどうなっていたか...水神がいい例だろう。
「ぁあ、そうだろう。君は私の事を良く知っているだろうから。...私が生きている間、誰かのになるのが、耐えられなかったからこそ、父に頼んだ。」
モリアスは苦しげに笑った。
「…私が渡した剣を、嬉しそうに受け取るレリアは可愛かったなぁ。」
その時の事を思い出したのか、自慢気にシグルードへと教える。
「...。」
「ごほっ、ははっ、おいおい、そんな目で見るな。」
モリアスが此方を見ながら、咳で胸を上下しつつ笑っていた。
何がそんなに可笑しいのかと、紅い目を向けた。
「そんな目?」
「あぁ、羨ましいって顔だ。…はは、いいだろう?」
にやりと笑う彼に、若かりし頃の面影が見える。
神を畏れないモリアスの変わらない姿に、シグルードはふんと鼻を鳴らした。
「…いい性格をしていますね。」
「お前もだろう。私がいなくなれば、とって食おうとしてるくせに。」
可哀想にと、彼女に想いを馳せる。
「まあ、あの頃は私も小さかったし、契約は私で終わりだと思っていたんだ。」
「なら、息子に契約を継がせなくていいですね。」
良かったと、シグルードは言いたげにモリアスへと目を向けた。
「おっと…。それについて伝えたいことがある。」
「なんですか。」
モリアスは寝台の横を向き、視線をやる。
そこにある小さな棚を開けろと言う事なのだろうが、シグルードは、死に際まで自身をこき使う彼に呆れた。とりあえず引き出しを開けると、中にはぐるりと紐で結ばれている紙が入っていた。
「これは…。」
---唯の手紙ではなかった。
黄金に輝く彼女の文字が見える。
原初の神に誓いを立てた…神の契約書である。
「…父が交わした守護の契約は、国と王家が亡びるまでだ。つまり、国が滅亡しない限り、彼女は国に縛られる事になる。」
「モリアスとではなく、国と王家?」
シグルードは腕を組みながら、彼の方に巻いてある紙を手に近寄る。
なんでこんな大事なモノをこんな棚にとおもったが、彼の事だ…自分と彼女を結ぶ大切なものを、近くに置いておきたかったのだろう。
「そうだ。一代限りではない、強力な契約だ。」
「つまり、私が死んでも、契約は切れない。」
彼の真剣な目を見て、嘘ではないと悟る。
「…契約書をみてみるか?」
「ええ、見させて下さい。」
そう言うとシグルードは紐を解く。
神の契約書はふわりと彼の前に浮かび、その全容を見せる。
文字は金に輝き、彼女の癖のある丸みを帯びたサインが目に入った。
「彼女が刻んだ契約は、この国と王家だ。しかも、契約の破棄は双方の同意が必要になる。国の存続は王の存続と同じ。王家がある限り、彼女は契約を破棄する事は出来ない。それに、レムリアはここにいる民を好いている。民もそうだ...。自分から破棄する事はないだろう。」
私で終わりにしようと提案したが、断られてしまったと、モリアスが言う。
「…。」
シグルードは、黙って話の続きを聞く。
「自分の父が私ではなく、国と王家の盾として、守護神として彼女と契約したあの日、永劫、レムリアは私の隣と国にいる事が決まった。父は統治者として賢くはなかったが、私の事をよく見ていた...ごほっ、ぐふっ、ぁあ…支えになると踏んだのだろう。」
咳混みながら、モリアスは契約について話を終えた。
「事実、そうでした。」
「レムリアは、国の盾と柱...。今後も続いていくという事ですね。…ふむ。」
じっと紙を見つめながら、指を顎に当てて考え込む。
「...はは、何か契約に穴があった様だな、シグルード。」
「…言わなくても、目がそう言ってる。」と、確信めいた言葉で彼に伝える。
「…。」
シグルードは「穴」については言わなかったが、くすりと笑って契約書の紐を宙に投げた。
するすると紐は再び契約書に纏わりつくと、綺麗な結び目を作って手に収まった。
「ええ、自分を大事にしない彼女は、みていられませんから。時期がくれば、動くとしましょう。」
契約書は後で返しますと、モリアスに言った。
「さて、私の子孫に、私以上の愚かな者が出ないといいがな。王家の滅亡の時期が早まりそうだ...。」
「ごほっ。」
咳き込みをすると、口の端から血が垂れていた。
彼も限界を迎えているのが分かる。
魂が肉体から離れようとしているのが、シグルードには見えていた。
震える手がこちらに伸びてくる。
近くに寄れと言うのだろうと、寝台の近くにある椅子に腰かけた。
「彼女の尊厳が…危ぶまれるような事態になるなら…」
「まあ...もし、そうなったら...ごほっ、好きにするといいさ。彼女を傷つけるのであれば、たとえ我が子孫であっても許せないからな。」
「それに、国や王家がなくなれば、彼女はただの守護神だ。力は弱くなるが、違う国に行く事も出来るし、契約もし直せる。」
出来ればそうならない、平和な時代が続けば嬉しいんだがとモリアスは言った。
「今生は、彼女が側にいてくれて満足さ。あんまり欲張れば、死が、死んだ後に牙を剥くだろう?」
「はは、ごほっ、お前の考えぐらい、よめているぞ。結婚してたら、お前は間違いなく、私を呪ってきそうだったしな!」
「...なら、何故婚姻を結ばなかったのですか?」
一瞬、部屋には静寂が訪れた。
「なぜ、そうしなかったか...。言ってくれるな...。」
聞かなくても分かるだろうと、ぽつりとモリアスは悲し気に呟く。
「私はな、レムリアを幸せに出来ないから、婚姻を結ばなかった。はぁ...臆病者だよ。」
「結局、貴族たちの力は私の代では、抑えられなかったからな。それに、彼女は私の事を、家族として、弟として見ていた。」
「だが...本当に、側にいるだけで幸せだった。」
疲れた顔の中に、彼女との思い出が蘇っているのか、にこりと笑みが浮かぶ。
「…お前は違うだろう。」
目をシグルードに向ける。
瞳には、決意の籠る生の色を宿していた。
彼女の輝きと同じ、黄金の瞳を。
「私は、お前にも幸せになってほしいんだ。シグルード、お前なら、きっと...。2人とも幸せになれるさ。」
掠れたような声で、最後の願いをシグルードに伝えた。
「...何故、そう断言出来るのですか。」
それを聞くと、モリアスの顔に「は?」と言う表情が現れ、突然笑い出した。
「ははは、はっあ゛、ごほっ、ずっと、君達を見てきたからさ!」
「同じ女神に惚れた者の好敵手であり...友人だからな。そう思っていたのは、私だけだったのか?」
つれない事を、言わないでくれと笑う。
「なら、遠慮なく。私は傍では満足しないので。」
「まあ、しばらくは彼女の意思を尊重しましょう。」
「流石、神は強欲だな!...かはっ...。」
赤々とした血の塊が出て、寝具にべたりとつく。
苦しむ彼に、見ていたシグルードも胸が痛くなる。
「モリアス...。」
「ごほっ、うっ...。っ...。おいおい、心配そうだな。」
「私に死が迫ってきたから、わざわざお前が迎えにきたんだろう?死の権化みたいな神が、死を心配するとは...滑稽だな。ふふっ。」
「そこまで、死を前にして冗談を言えるとは...。死期を早めても?」
だが、それが最後の最後まで彼らしいと、シグルードは思った。
「分かった、分かった!ごほっ、うぁ...はぁ...。次に見える時は...私が、死んでからだろうな。」
重そうにモリアスの瞼が閉じはじめる。
「はあ...。冥府か…。」
「そういえば...お前の家に行くのははじめてだ...。」
息が続かないのか、絶え絶えに言葉を紡ぐ。
「手土産...が必要か...。」
「上等な...酒を...持っていこう...。」
「そう...だ...。隠し、棚に...。」
「お前の...す..きな...あぁ...。」
「レ...ア。」
それっきり話さなくなった彼の顔に、黒い薄布を被せる。
モリアスの魂は、もうすでに此処にはない。
潔く自ら冥府へと向かったようだ。
冥炎の神が部屋に入ったことで、廊下ではすでにすすり泣く声が聞こえていた。
「最後くらい、彼女に会えば良かったものの。強情っぱりですね。」
ーーー渋い顔になったけど、その顔も素敵だよ!モリアス!
死に顔を見せたくないとは。
最後の瞬間…2人きりになる、そのぐらいは許していましたよ。
さて、冥府でまた会おう、我が友よ。




