4-⑤
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「まさか、記憶を見てこんな事になるなんて…。」
先程の出来事を思い出しながら、レリアは自分の手をもう一度見る。
もう光ってはいないが、気を抜くと小さな粒の様な光が出てしまうため、暫くは気を張らないと難しそうだと、神殿に向かってシルドと共に歩く。
「永遠の女神様、こうなるって分かってたんでしょうか?」
「どうでしょう。彼女が指した記憶が、今回のものとは限りませんから。」
「確かに…。」
一理あると彼の隣でうんうんと、レリアは頷く。
「あ、…記憶、あれ、そういえばなんか途切れ途切れになっていたんですが、あれってどうしてなんですか?」
「…あれとは?」
(…ん?一緒に見てたよね?)
最後の方の場面を思い出していたのだが、レリアは流石に「あれ」では分からなかったと反省し、シルドに具体的に伝える。
「あの…黒い人とか、顔が見えてなかったり、声も聞き辛くなってしまった理由って分かりますか?」
「…。」
「…シルドさん?」
(…もしかして、覚えてないとか?…いや、それはないか。)
深く考え込む彼を見て、まさか記憶を覗けていなかったとはつゆ知らず、レリアは何やら難しそうな顔をしているシルドに尋ねた。
「…おそらく記憶を宿す本体の…赤い欠片は、一度加工されてタイルになっていたのでしょう。」
「その影響で、他の小さな記憶の声と混ざり合い、本来の「声」が傷ついてしまったと考えられます。」
「成程…。」
あの雑音のような、途切れた絵を繋ぎ合わせた感じは、確かに傷ついたり、混ざってしまったと例えるとしっくりきた。そして、あの記憶をみる限り、この場所に自分が過去にいたというのは、ほぼ間違いないと思い、断片的な記憶を思い出しながら、レリアは手掛かりをどう探すか考える。
「うーーん。まずは守護神様について、色々と知りたいです。」
あの瓶のお酒、外の景色、モリアス、黒髪の男性…色々手掛かりはあるが、取り合えずは「守護神」から調べる事にレリアは決めた。
(なんで祝福を貰ったのか分からないし。)
何か本で色々調べられないかと、シルドに聞いてみる。
「でしたら…まず、守護神について、私から色々とお伝えしましょうか?」
「神殿には、神に関する資料が沢山置いてありますし、やはり一度部屋に戻りましょう。」
レリアの方を見ながら、教えましょうと提案を受ける。願ってもない事だったため、レリアは「分かりました!」と返事をし、歩みを速めた。
少し先に行ったレリアが、「あ!」と言いながらシルドの方をくるりと振り返る。
「シルドさん!取り合えず、私の故郷かもしれないと思って、明日は色々聞き込みしたいと思います!いいですか?」
「…かまいませんよ。」
シルドの了承を得て、明日の予定を入れた。
モリアスと私を知っている人、いないかなーと、レリアはのんびり言いながら、神殿へと向かう。
「…故郷かもしれないではなく、故郷なんですよ。」
彼女の背に向けられた言葉は、稲穂の香る優し気な風にのっていく。
やがて、真実はふわりと溶けて消えていった。
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ーーー暫くシルドの部屋にいると、神官の方が、沢山「守護神」に関する資料を張り切って持ってきてくれた。
ついでに、ティーセットやお菓子まで持ってきてくれる。
寄付の効果は絶大だった様だ…。
レリアとシルドはぺらりと分厚い本をめくる。
「…レリア、これを。」
そう言うと、シルドは歴史書と思しき本を、エルスの方へと差し出す。
これなら、絵も多そうですからと勧められ、一緒に覗き込んだ。
「これは、フィリア王国ですか?」
黒と白の挿絵には、城と街の周りに沿って半円の球体が描かれていた。
「はい。そしてこれが、守護神の権能…守護領域の展開です。」
シルドの長い指が、とんとんと球体を指さした。
「黄金のバリアは主にフィリア王国の周囲を取り囲む様に、張られていました。」
「外的要因から、これに傷をつける事は出来なかったそうです。」
「外的???」
突然の難しい言葉に、レリアの頭がこてんと傾いた。
「弓、槍、剣での攻撃は勿論ですが、魔法なども全てはじき返すものです。」
「それ故、絶対守護の名を誇っていました。」
下の方の挿絵に「絶対」の名がついた所以となる、武器を弾き返すような絵があった。
「戦争を仕掛けられる事はありましたが、フィリア王国は自国で全てを賄えていたため、籠城…いや、籠国して相手がただ疲弊していくのを待ち、勝利を収めていました。」
「それでもしつこ…いや、戦い続ける国は、守護神だけが戦場に出て戦いました。」
(…ん?…今、しつこいって言おうとした?)
まるで見てきたかのような物言いだったが、シルドが「守護神だけ」と言った言葉にあれ?と首を傾げる。
「え、神様一人で??」
無謀すぎやしないかとレリアは思ったが、次のページの絵をシルドに見せられる。
「はい。戦い方も実に斬新でした。…これを。」
「なんですか、これ?」
大きな丸い球体の様な絵に人々が群がる姿の他、壁の様なものに、何かを突き立てている様な絵が描いてあった。
「蛮族が治めるバルバローズと呼ばれる国が、奴隷を使って、バリアを破壊しようとする絵が描かれています。
「…。」
(…可哀そう。)
戦争奴隷なのだろうが、彼らだけ危険な前線に出されていたと記述がある。
よく見ると、絵には鉄球を足に付けられた状態で、瘦せこけた身体で斧や剣を使いバリアを叩いていた。
「…シルドさん?」
自分を見るシルドが、口元を緩めて笑って目を細めていた。
「…。いえ、きっと当時の守護神もそれを見て、バルバローズの疲弊を待つのではなく、戦争を終わらせようと考えたのでしょうね。…見て下さい。」
シルドの指先の方を見た。
「…え。」
次のページには、沢山の球体に閉じ込められている人々が描かれ、なんだこれと首を傾げる。
「バリアは変幻自在に形を変える事が出来たそうで、奴隷と基地にいるバルバローズの兵士の間にバリアを張って彼らを離した後、まず奴隷を開放し、フィリア王国で保護しました。同時に、バルバローズの全ての砦周りに、バリアを張ったのです。
(この球体の絵は、そういう事だったのか…。)
泡の中に閉じ込められたような人々の絵には、確かに兵士らしき剣や斧の武器を持っていた。
「彼らはバリアに閉じ込められて、外に出る事は叶わず、全ての砦から白旗が上がり続けるまで解かれる事はありませんでした。中には掘って出ようとする兵士もいたそうですが、下まで球体に張られていたため徒労に終わります。」
ーーー「貴方達の負けです。潔く国へ帰りなさい。」
挿絵には、堂々と女神の勝利を掲げる絵と宣言文が書かれていた。
「彼女の国も、民も犠牲を払うことなく、こうやって時には追い出し、弱き人々を助けていたそうです。」
(守護の力って、戦い向きではないかもって思ってたけど、結構使い方次第だったんだ…。)
1人で平和を維持してきたのもそうだが、そのやり方に関心しながら守護神の話しを聞く。
「フィリア王国にいる民は、「3日戦争」が起こるまで、戦争を経験した者はいないと言われています。」
「すごいですね。」
「…平和を何よりも愛した神です。」
ふわりと、何かを懐かしむかのように挿絵の女性をなぞると、レリアの方を見た。
「貴方も、先ほど奴隷を見ながら可哀そうだと、視線が言っていましたよ。」
「…そりゃあ、誰でもそう見ちゃいますよ。」
(自分がもし彼らを見たら、助けてあげたいって思う。)
レリアは考えていると、また心の内が表情で読まれたのか、シルドは口元を緩めて笑っていた。
ーーー「ふふふ。貴方らしいですね。」
星の様な瞳が、優し気に細くなりながら、レリアを見つめる。
(…久しぶりに、シルドさんが笑ってるの見たかも。)
レリアは思わず、綻ばせている彼の顔から目が離せなくなる。
自身も幸せな気持ちに漬かっているのに気付かず、シルドの一旦休憩にしましょうの声で、レリアは視線を本へと移したのだった。
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沢山ある本を、シルドとレリアの2人は抱えて神官の元へと運ぶ。
途中、おっとっととなるレリアとは違い、体幹がしっかしりているのか、シルドはよろめく事なく多くの本を運んでいた。
「よいしょっ…そう言えば…シルドさんって…守護神様の事、よくご存じなんですね?」
段々疲れてきた腕を叱責しながら、レリアは彼へと尋ねる。
「…何故、そうお思いに?」
少し不思議そうな声色で、レリアに尋ね返した。
「…なんか、ちょっと楽しそうだったので。」
「…確かに、そうとも言えますね。」
シルドは苦笑すると「ここです」といい、どさりと重そうな音を立てて本を置いた。
その横に、レリアも本を積む。残念ながら、横に雪崩を起こしてしまったため、慌てて置いた本を直す。
「というか、そもそもバルバローズはなんでフィリス王国に戦争を?」
神官が置いておいて下さいといった場所に、丁寧に本を並べながら尋ねる。
「…持ってきた資料にはありませんでしたね。」
「そうですか…。」
まあ知らなくてもいっかと、レリアは楽観的に考えて、再び片付けに夢中になった。
「…。」
シルドは嘘は言っていない。
持ってきていた資料にはないが、彼自身は知っていた。
シルドは、じっと片付けをする彼女の後ろを眺める。
その彼女の後ろには、タイルで出来た壁画あった。
水色と黒い炎の様なものが、渦巻き状になり、真ん中には掠れていたが「バルバローズ」と書かれているものだった。
水の神を崇めていたバルバローズは沈み、もう地上には残っていない事を示す壁画である。
その国はある神の逆鱗に触れ、地上からその名を消し去られていたのだ。




