4-③
彼女にとっては、懐かしい記憶です。
よく耳を澄ませながら、自分の声と思しき音の方へ、歩きながら出所を探す。
灯りのない、窓の光だけを頼りに、城の暗い廊下を進んでいく。そして扉がない眩しい出口へと…そのまま広い中庭へと出ていった。
足を踏み出した瞬間、今まで歩いてきた石畳とは違う、何か硬い感触が足から伝わる。
枯れた草で覆われていたが、もっと硬質なものだった。
「なんでしょうこれ…。」
レリアは足をこんこんと鳴らすと、しゃがんで草をかき分ける。
石とは違う、艶のある光沢が陽の光を反射した。
「これ、ガラス?ですか?」
下に敷き詰められていたのは、色とりどりのガラスタイルだった。
「その様ですね。…レリア、どうやら何かの形になっています。」
後ろの方に立つシルドの言った通り、下がって少し遠目で見てみる。
タイル張りになっている地面には、艶のある光沢があり、一部がガラスで出来ていた。
オレンジや茶色、水色や緑など、草に埋もれて見えにくくなっていたが、何かを模っているというのは分かり、暫く観察してみる。
大きな円形に残るガラスのタイルには、欠けている部分があったものの、左側にグラス、右には剣の模様になっていた。
「…お…だろ…」
「…これ」
すると、強めに聞こえる所へ引き寄せられるかのように、レリアは真ん中へと向かった。
「…これです。私の声が聞こえたの。」
中央にある、剣の一部分だけ赤いグラスがあり、そこから自身の「声」が聞こえている。
(これは、間違いなく私のものだ。)
レリアはその直感を信じて、記憶を覗く決意をし、赤いグラスに触れないように周りの芝生を、しゃがみ込んではぎ取る。
そして見付けた「声」に触れる前に、シルドへと声を掛けようとした時だった。
「…。」
「…?シルドさん?」
ーーー外套で影になる暗い青の瞳は、ガラスのタイルも、自分も、映してはいなかった。
何処か遠くを見るその姿が、酷く哀し気なものに見える。
レリアは心配になり、外套を被る彼の近くに寄って顔を覗き込む。
シルドは彼女の視線にすぐ気が付いたのか、哀愁の表情は消え去っていた。
「…あぁ、すみません。少しぼんやりしていました。」
そう言うとしゃがみこみ、レリアの見付けた赤い欠片へ先に手を伸ばす。
まるでなんともないと、言いたげな彼の姿に、大丈夫ですかと、先ほどの表情を思い出して声を掛けようとするも、レリアは躊躇ってしまう。向けられているシルドの背が、まるで自分を拒むように、酷く遠くに見えていた。
(…。)
彼の先程の、何かを悲しむ顔は、気のせいだったとは思えない。
何を考えていたのだと聞きたくなるも、聞いて自分はどうしたいのか分からず、レリアは結局何も尋ねる事が出来なかった。
「レリア、一緒に見てみましょう。」
そう言うと、シルドは自分の方へと振り返る。
突っ立っていたレリアの手を強く掴み、同じように翳された。
「あ…はい。」
誤魔化された様な気がしたが、指先から伝わる記憶の波に飲まれて、すぐに気持ちも流されていった。
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ーーー視界に黄金が広がる。
記憶の世界では、香りも風も感じないはずなのに、「懐かしい」と思わせるのには十分だった。
稲穂と色づいた木々が揺れるのが見えるこの場所は…
城のベランダだった。
遠くに一か所だけ白い所…白い木が見える。
(あれ、ここって…。)
この城の場所だと気づくが、視界が下にぶれたと思うと、机の上の赤い瓶とグラスに目が注がれる。
そして唐突に会話が始まった。
---「なあ、美味いだろう!」
そう声を掛けてきたのは、金に輝く髪と、オレンジ色のトパーズの様な瞳を持つ男性だった。
机にあった瓶を傾け、グラスに瞳の色と同じような琥珀の液体を満面の笑みでグラスに注ぎ入れる。
グラスの中でぱちぱちと泡の弾ける音がし、その度に、レリアの頭に眠る記憶へさざ波をたて、呼びかける様に小さく揺らしていく。
(あ…。)
ーーーー大人になったモリアスだった。
これは彼との記憶だったのかと、レリアの胸は喜びに満ちる。
だが、記憶に見えるのは、彼だけではなかった。
「私は全然分からない。何が美味しい?これ。」
まだ封のされている、赤い瓶を持ち上げ、じっと眺めている自分に、横から声がして視線が移動した。
「おや、これは……よ。飲……。いとは、も……無い。」
声が途切れ途切れだったが、もう1人、背の高めの人物がグラスを優雅に持ち上げていた。
長めの黒い髪で、顔には靄がかかった様に見えにくくなっていたが、声の低さから男性だとレリアは考えた。
(誰だろう?)
記憶に出てきた新しい人物に、見覚えはなかった。
だが、小間切れになっている声色は、穏やかに感じる安心感をレリアに与えていた。
「お前はまだお子様なのさ!この酒の味が分からないとは。」
「は?」
モリアスの揶揄う様な声に、不機嫌そうに視線が彼へと戻っていった。
「貴重な酒なんだぞ!死ぬまでに呑みたい酒だと言われているんだ。」
自信に溢れるモリアスが、机にあった琥珀色の液体の入るグラスを持った。
「ほら一口!」
そして無理矢理、机に置いたあったグラスを、自分の口元へと持っていかれる。
「嫌!」
ふいと、自分は嫌がって顔を背けて、視線が壁に移動した。
「たく、---に、飲んど-たーって、--するぞ。」
「まあ、--さ。-はレリア--水が----ぞ。」
「やっ-流----様!------つ--す!」
「------」
「------」
どんどん周りの景色も、声も、雑音が入っていく。
記憶を覗いてきて、こんな事はレリアははじめてだった。もっと見たいと思うも、意識が引っ張り上げられるような感覚がし、赤い欠片の持つ記憶がここまでだったのかと、諦めて身を預ける。
(今回はどうしてこんなに、記憶が途切れ途切れなんだろう。)
後でシルドさんに聞いてみようと、考えていた時だった。
--乾杯!
カツンと、グラスがぶつかる高い音がした。
反響するかの様に、頭に響いていく。
すると温かな、眩い光が自分を包み込むかのように、抱き寄せられた。
(何これ...。)
だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、身体に馴染む様にふんわりと、記憶の中にいる筈なのに纏っていく。
そしてそのまま、レリアは幻の様な世界から、現実の世界へと戻っていった。
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「..レリア。」
隣から声がし、一気に意識が戻る。
頬にするりと風が掠めていき、戻ってきたのだと実感した。
そっと目を開けると、視界一杯に彼の顔があった。
「うわ!」
あまりの近さに驚き、離れようとするも、手が繋がれたままで、体勢を崩してしまう。
しゃがみ込んでいたレリアは、そのまま勢いよく尻餅をついた。
「いたた...。」
「大丈夫ですか?」
そのままシルドがゆっくりと立たせ、怪我はないかを尋ねてくる。
「へ、平気です。」
パンパンと、草がついてしまったワンピースを叩き、シルドの方を見ると、何故か彼が自分を見ながら、とても驚いた様に、目を見開いていた。
「...レリア、気付いていないのですか?」
「...?」
シルドの言葉になんの事だと思い、首を傾げる。
「...腕が。」
「腕?」
彼の言葉に、手の方へと視線を下へ向ける。
するとレリアも、異変に直ぐに気付いた。
「...え??」
----自分の手が、薄らと光を帯びていたのだ。
この記憶の詳細は、ほんとの最後に明らかになります。
ちなみに、皆さんはお酒好きですか?
私は量に気をつけてないと、記憶がレリアと同じく吹っ飛びます。




