3-15
----星明かりが薄らと見える夜。
レリアとシルドは、広場で音楽鑑賞をした後、出店巡りをしていた。
土産屋や美味しい屋台が沢山あり、目移りしながらあちらこちらを見て回る。
そして、この焼き菓子は美味しいと、シルドに紹介された「ガナラータ」と呼ばれるこの地方の伝統菓子を買った。中にとろりとした、濃厚なジャムが入った焼き菓子を、レリアは摘みながら歩く。
「シルドさんのおすすめ、とても美味しいです!」
なんといっても、中にあるベリーのジャムが、まわりのしっとりとした生地と相性が抜群だった。
口の中に甘い余韻が残り、また食べたくなって1つ摘む。
「紹介した甲斐がありました。」
シルドも笑顔で、美味しそうに食べている彼女に返事をした。
(そういえば、シルドさんも甘いもの好きだったはず。)
レリアは思い出して、開けられた可愛らしい紙箱を、彼の方へと向ける。
「シルドさんもどうですか?」
「…おや、よろしいのですか?」
首を少し傾げて、隣にいるレリアの方を向く。
「勿論です!一緒に食べましょう。」
「…なら、遠慮なくいただきましょう。」
そう言うと、シルドは箱ではなく、レリアの菓子を持つ方の腕を掴んだ。
「へ?」
なんとも間抜けな声がレリアから出ていたが、気にせず彼女の手に摘まれた手の菓子を、シルドが口先で喰む。
彼の唇がレリアの指に当たる寸前、我に返ったのか、食べられそうになる指を、レリアは慌てて離した。
一口で口に含み、優雅に食べ終える。
そして「美味しかったです」と、先ほどの自分の行いは何ともないという仕草で、レリアに感想を伝えた。
「…シルドさん。」
レリアは周囲の視線にいたたまれず、シルドから顔を背ける。
その耳と頬は真っ赤に染まっていた。
「一緒にと仰られたのに。」
貴方が許可しましたと、言わんばかりだった。
「そう言う意味じゃないです...。」
なんで私も学習しないんだろうと、「ふふふ。」と笑う彼を見て、レリアは心の中で涙を流した。
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出店のお菓子を、レリアが食べ終えた頃だった。
満月の月はまだ雲に隠れていたが、あたりが暗くなって街に灯りが灯り始める。
すると、青い花びらを入れた籠を持つ、白い服を着た神官たちが通りや広場に出てきた。
祭りに参加している子ども達や大人が、彼らの周りに集まり、花びらを受け取っていた。
「神官さん達が出てきましたね。シルドさん、いよいよはじまるんですか?」
「はい。エイレーネの花びらを彼らが配っていますから、貰いに行きましょうか。」
近くに誰か神官がいないか探すと、直ぐに見つかった。
「私、貰ってきますね。」
籠を持つ神官の元へ、レリアは駆け寄った。
子どもの神官から、どうぞと、手のひらに溢れんばかりにのせられたものを、こぼさない様に持ち帰る。
「シルドさんも。」
「ありがとうございます。では。」
そう言って、レリアの手から花びらをとる。
ようやく手から零れない量に収まった。
「じゃあ、流しに行きましょう!」
周りの人々が、湖の方に坂道を下って行くのを見て、黒霧港の方にレリアも行こうとする。
「レリア。良かったら、眺めの良い場所があるのです。」
「眺めの?」
「この湖は、川と海が繋がる場所です。流れに沿って、花弁が海へと流れていきますから。
上から見ると綺麗な蒼い筋となって、光るのが見えると思いますよ。ですから少し移動して、川の桟橋からまきにいきませんか?」
「いいですよ!」
見に行きたいと、レリアも賛成する。
「では、ついて来て下さい。」
港へ行く人の流れと逆流する様に、レリアは素直にシルドの後に続いた。
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「静かな所ですね。」
川の桟橋にやってきた。
丁度その時、雲に隠れていた月が姿を現し、月明かりに照らされ、手に持っていた花びらが、薄っすらと蒼い光を帯びた。
「…わあ、すごいですね!」
思わず感嘆の声が出たが、想像よりも遥かに素晴らしい眺めだった。
上流から流れてきた花びらと、港の方の湖にある花びらが、幻想的な蒼い道を作り、流れに沿ってその姿を変える。人々が港から花びらを沢山まいているのか、暗い湖は、星空を宿した様に光り輝き続けていた。
「…そう言えば、花びらは何故流す様になったんですか?」
ふと、レリアは流そうとする前に聞いておこうと、シルドに尋ねてみた。
「…強いて言えば、願いの為、でしょうかね。」
綺麗に光る花びらを見ながら、シルドは答えた。
「このエイレーネの花は、守護神が好きだった花。そして彼女は、革命の際に亡くなった人々を弔うため、花を川へ流しました。彼らの叶わなかった願いが、叶う様にと。」
はらりと、一枚だけ、シルドの手から落ちた花びらが、川へと流れていく。
「今では、将来の夢や欲しい物を願って、流しているそうです。」
川の流れを見つめる彼の表情は見えなかったが、「今」の事を話すシルドは、まるで他人事の様だとレリアは感じた。
願う事に疲れた様な、そんな声だった。
「…シルドさんは?」
「…はい?」
「シルドさんは、今まで何を願ったんですか?」
質問対して、シルドの肩が少し揺れた。
その様子に、レリアは彼の顔を覗き込む。
「...前は再会を。」
寂しげな彼の横顔を見て、レリアは息を呑んだ。
誰との再会を願ったんですか、と聞きたくなる心を、レリアは必死に抑える。
なんで彼にそんな事を聞いて、どうしようと言うのか。
自分のままならない気持ちに、酷く動揺していた。
「でも、前の願いはもう叶っていますから。」
もういいんです、とシルドは言い、彼の掌にあった花びらは全て、川の流れに運ばれていく。
だが、それを見つめる彼の横顔には、愁いが残っていた。
「今、叶えたい願いは…内緒ですよ。」
願いは口に出しては、叶わないと言うでしょうと、シルドは彼女に向き合う。
先程の哀し気な表情は、もう微塵も見えなかった。
まるで、レリアには見せたくないという様に。
「貴方もお願いをして、流すといいですよ。」
シルドに言われ、自分の手の中にある花びらを見ながら、願い事について考える。
ーーー記憶を取り戻せる様に?
(記憶を取り戻したら、今の彼との関係はどうなるんだろう。)
ーーーシルドさんも、みんなの願いが叶います様に?
(…シルドさんが会いたい人が知りたい。)
その考えが頭を過った時、私ってば、なんて欲深いんだと内心で笑う。
(シルドさん、今の願いの時に何を考えていたんだろう。)
(前の願いは叶ったって言ったのに、なんであんなに…)
…悲しそうだったのだろう。
胸が締め付けられるような、彼のあの哀し気な横顔を、レリアは思い出す。
「…決まりました。」
レリアは一言言うと、桟橋にしゃがみ込み、花びらを全て川の流れに預けていく。
目を閉じて、心の内に願い事を紡ぐ。
ーーー「 守護神様 どうか 彼が 悲しみませんように。 」
花弁に想いをのせて、ゆっくりと、最後の花びらが水面に浮かんでいった。
その様子を、2人は静かな桟橋から暫く眺めていた。




