青さの残る思い出
ーーーー月花祭の出店を楽しんでいる最中
マルウェルの一番大きな広場で歌う人々を、シルドと共に見ている時だった。ふと、彼が振り向いて、何かを探すような仕草をしているのに、レリアが気付く。
「シルドさん?」
隣の彼の様子を見て、訝しむ表情をする。
「…少しここで待っていて下さい。」
シルドが後ろに視線を向けていると、「黒の使徒」と思わしき人々がいた。
「直ぐに戻ります。」
そう言うと、レリアの横に炎をすっと出す。
この光景も見慣れたものだなと、頬に炎のくすぐったい感触があたる。
「分かりました。ここにいますね。」
(何か仕事かな…?)
足早に去るシルドの背を、レリアは見ていたが、陽気な音楽と歌に誘われるまま、また祭りを楽しみ始めた。
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ーーーーーーーー夕闇の迫る神殿近くの柱
2人、いや、1人と1神が話していた。
「…我らが主様。」
シルドに話しかけたのは、白い神官の服に身を包んだ、年を重ねた男性だった。
「…今回は神託で一応、言ったんですがねぇ。グレゴリー神官長。」
ウォーレムス帝国の最高神官が、シルドに話したいことがあると、都市の神殿から遥々(はるばる)尋ねてきた。
「申し訳ございません。」
違う国に行かれる前に、お会いしたかったのですと、グレゴリーは深々と礼をした状態で話す。
「貴方だからこそですよ。顔をあげて下さい。…何かありましたか。」
シルドにとっては、神託以外に実は何度か直に話した事があり、真面目な彼が約束を破ってまで会いに来たのには訳があると踏んだ。
「…これをお持ちしました。」
そう言うと、グレゴリーは懐から黒い木箱を取り出し、蓋を開けてシルドに見せた。
「…なぜ、これを?持ち主がいたはずです。」
中には銀の細工と蒼い宝石が施された、アンクレットが入っていた。
黒の使徒の支部で、美の女神の記憶を燃やしていた時にあった、あのアンクレットである。
「実は、黒の使徒の1人が、貴方の様子を見て、それに何か思い入れが会った様だと、相談してきたのです。」
「持ち主の家に確認したところ、これは、あの「3日戦争」の際、守護神から他の金品と一緒に渡されたそうです。他の金品は当時の生活の為、残っていませんが、これは家宝として残しておいたと、家主が申しておりました。」
ごほんと軽く咳ばらいをし、神官は話しを続けた。
「そして、いつの日か、自分の家族を守ってくれた守護神が帰ってきたら、これだけでも、返すようにと。」
宜しければと、箱ごとシルドに手渡される。
誠実と博愛を象徴する、蒼いサファイア。
平和を象徴する、エイレーネの花を模した銀の飾り。
あの時と変わらない美しい輝きを放つ装飾を見て、彼女も、そして彼女が渡したという家族も、大切にしていたというのが分かる。
「…。そうだったのですね。ちなみに、その500年前、逃れた者の名は、分かっているのですか?」
「はい。ジゼル・アルトリムスと言います。」
その名を聞き、シルドは目を見開く。
「ジゼル…そうでしたか。」
500年近く長い間、城に努めている1人の女性の霊を思い出した。
彼女はある女性に恩があり、出会う機会があるかもしれないと言って、城で働く様になった経緯がある。
「一応持ち主には、冥炎の神の目に止まったと説明しています。そして、現在の持ち主から、もし守護神にお返し出来るのであれば、是非貴方様からと。」
「なぜ、私からと?」
疑問に思い、グレゴリーに尋ねる。
「この、アンクレット、古い文献でしたが、守護神がつけていたものだと確かに記録がありました。美の女神と何度か戦い、一度奪われたが、烈火のごとく取り返したと。確か劇になったのを観た記憶がありまして。」
「そしてこれは、貴方が作って、守護神に渡したもの。違いませんか?」
グレゴリーの言葉に、目を伏せてシルドは思いを馳せる。
「…ええ、そうですよ。まだ、壊れずに残っていたのを見て、つい、感慨深く感じました。」
グレゴリーの持つ箱に入ったアンクレットの縁を、指の先でそっとなぞる。
彼女に渡した時の、温かな記憶が脳裏に蘇った。
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「これを私に?いいの?」
掌にのせて、目を輝かせるレリアに、シルドも作った甲斐があったと微笑む。
「ええ。」
「わぁ!ありがとう!大事にするね!」
そう言うと、何処につければいいの?と言いながら、レリアは腕にはめていた。
「これは、アンクレットですから、足首に身に着けるものですよ。」
手は空いていた方がいいでしょうと、シルドが言う。
剣を握る彼女の為に、なるべく邪魔にならない様な装飾品を考えて、シルドは誕生日の記念に贈ったのだ。
「こんな感じ?」
そう言いながら、レリアは左足首につける。
きっと意味は分かっていないのだろうが、シルドはあえて訂正しなかった。
「飾り気がないから。シルドも見かねたのか。」
金髪の髪を持つ彼が、彼女へ皮肉を言い放つ。
きっと、同じ様なものを準備していて、先に喜ばれて悔しくなり、捻くれてしまったのだろう。それにつけた場所が場所だったために、尚のこと、言葉に棘があった。
「…。」「...。」
「…2人とも、剣を仕舞って下さいね。なんでも直ぐに力で解決しようとは…。」
賢王と守護神の名が泣きますよと、2人に伝える。
「貴方にだけは言われたくない!」
「お前にだけは言われたくない!」
レリアと彼の主張が重なる。
「おや、息がお揃いで。」
暫くすると、レリアがこの馬鹿らしい状況を笑い、皆で笑いあっていた。
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(あの頃が懐かしいですね。)
幸せだった記憶を思い出しながら、シルドは触れていた手を離した。
「...主様。守護神は、戻られたのですか。」
彼女の状況を知るグレゴリーが、自身の主へと尋ねる。無理もない。彼の先祖には、守護神に祝福を与えられた者がいたため、彼女を慕う気持ちも強いのだろう。
「難しいですね。敢えていうなら、力は完全ではありませんし、純粋ではありませんから。ですが...やはり彼女でした。」
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「仕草」
「口調」
「好きな食べ物」
「喜怒哀楽の表現が豊かな所」
「落ち込みし易く、抱え込む性格」
「少し怖がりな所」
ーーー特に、他の者を見捨てられない所も。
(どれをとっても。彼女のまま。...記憶がない事以外は。)
「主様…?」
「考え事をしていました。」
心配するグレゴリーを他所に、アンクレットの蓋をゆっくりと閉める。
「別とは考えていませんよ。魂は同じですから、平行線で考えているのに近いですね。」
思い出す過程を見るのも、楽しいですとシルドは言う。
そして蓋をした箱を、グレゴリーに返した。
「…これは、元の家に。」
「よろしいので?」
「見られただけでも、十分です。わざわざ持ってきていただき、ありがとうございました。」
「それに、彼女が、もし記憶を取り戻せたのなら、私より、あなた方から渡された方が、嬉しがるでしょう。そう伝えて下さい。守る事が出来たと、分かる証拠ですから。」
その光景を想像したのか、優しげな笑みを浮かべながら、シルドは彼に伝えた。
「では、家の物に返しておきます。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。私はこれで失礼します。」
グレゴリーは己の主神の言葉に納得したのか、箱を再び懐へ戻す。
そして、神殿の奥の柱に控えていた使徒と共に、去っていったのだった。
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「...。」
いなくなる彼らの背を見つめながら、シルドは、今、思い出した記憶を胸に仕舞い込む。
もう戻らないあの3人の日々。
そして、彼女から返ってこない愛を。
(やはり寂しいものです。)
(私ばかり、いつも彼女を想い、追いかけ続けていますから。)
祭りの喧騒が、この哀愁の気持ちを、押し流してくれる様にと願いながら、シルドは自分を待つ彼女の元へと、戻って行った。




