運命の赤い糸は
見えない方が幸せ
ーーー黒の使徒 マルウェル支部
「悪霊の目撃情報、チェック済みと。」
「子どもの霊の情報、これは…解決済み。」
ここで働く受付嬢マリーは、今日もいつもと変わらない1日を送っているはずだった。
茶色のミディアムヘアをハーフアップにし、こげ茶の目の色をしている彼女は、「黒の使徒」の一員でもあり、冥炎の神の祝福を持っている。ちなみに、能力は幽霊といった、人には見えないものが見えるのは勿論だが、それとは別に、彼女には「糸」が見えていた。
この糸は、知らない人同士にはついていない。
親愛、恋愛、家族愛…そんな人同士の絆を「糸」が見せてくれるのだ。
大抵はオレンジや黄色、ピンクや赤等だが、色が濃いのは夫婦や恋人によく見られていた。薬指から伸びる「糸」の色は、相手への気持ちや感情で変わってくる。
そしてこの「糸」を、彼女は勝手に「愛の糸」と名付けている。
ちなみに、嫉妬や憎しみは紫色や青色をしているため、マイナスイメージは寒色が多い。友人だと思っていた女性から、紫色の憎しみの色の糸が伸びていた時、悲しいかな、マリーは付き合いを辞めた。
糸のせいで、見たくないものが見えてしまう時もあるが、幽霊の未練になっている人を繋いでいたりするため、成仏には役立つのだ。
特に、初恋の人に告白できずにいる、未練タラタラの幽霊とか。
黒霧港で働いている彼氏がいるが、自分とを結ぶ可愛らしい桃色の糸が繋がっているのを、マリーは一等気に入っていた。
「よし、今夜は行けそう!」
書類に判子やサインをしながら、あと少しの書類の山を見た。
この調子なら、今日は早く上がって、彼氏と飲みに行けると気分が良くなっていた時...
「彼ら」が入ってきたのだ。
(あれ、今日は特に、来訪者の予定はなかった筈...。)
「ご用件は何でしょう。」
マリーはいつものように、入ってきた2人組へと声を掛けた。
「…黒主が来たと、お伝えください。」
「…?!!!」
背の高い男性の言葉に、言葉を失って驚きながら立ち上がる。
黒の使徒として、「黒主」と聞けば誰もが分かるからだ。
(く、くくく、黒の?!)
思わず、動揺から能力が発動してしまう。
彼を取り巻く凄まじい、冥炎の力のオーラが、彼の異常性を物語っている。
そして、男性の隣にいるであろう「人」の存在に、マリーは固まった。
極太の赤黒い糸で絡まり、見えなくなっている人を、マリーは生まれて初めて見たからだ。
「?!」
もはや、糸に連行されているとしか思えない絡まり方をしている。ただの動く毛糸の塊にしか見えない。
暫くマリーは視界に入る情報量に、金縛りにあっていた。
「いいですか?」
「はははは、はいーーー!!」
その声に慌てて、マリーは支部長を呼びに行った。
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「何?!黒主様?!主様が??」
支部は一瞬でバタバタと大騒ぎになった。
無理もない。支部始まっての大事件だ。
「大きい部屋って2階?」
「裏から片付けに回れ!」
「支部長以外に誰呼べばいいです?」
「今いる奴全員に決まってるだろう!!」
「お茶は、菓子は?」
「支部長の食べかけと飲みかけしか、残ってないです!」
「買ってこい!」
マリーもオロオロとしながら、受付嬢として何をすればいいのか、支部長に指示を仰ぐ。
「お連れの方もいらっしゃるのですが、どうすればいいですか?」
「主様自ら...誰かを?」
支部長がぼそっと、あり得ないと言いたげに呟いた。
そして、本当かどうか、ドアの隙間から何人か覗こうとするが、努力虚しく上手く見えなかったらしい。
「なあ、マリー、どうだったんだ?お前の目からなら、何か見えるだろう。」
「それが...。」
先程見てしまった光景を、支部長に伝える。すると聞いていた全員の顔が青褪めた。
「もしかして...。」
「支部長、何か知ってるんですか?」
マリーが、訳を知っていそうな支部長に尋ねる。
「前、本部から報告が来ていてな...。本当かもしれん。」
「まだ、お前たちには訳は話せないんだが...。」
難しい顔をしながら、支部長は言葉を続けた。
「気をつけろよ、マリー。」
先輩に肩を掴まれ、忠告を受ける。
「見とれたりしてないよな。まして、話しかけたり。」
「し、してないです!」
首を横にブンブン勢いよく振った。
あの毛玉に、どう見惚れると?と思ったが、同じ様に糸が見える先輩や支部長の顔を見る限り、冗談で言っている訳ではないのが分かる。
「いいか、主様が 連れの方と話していい と言うまでは、絶対、こっちから話しかけるなよ。」
「もし、粗相をしてみろ。」
「...呪われるぞ。」
思わず、喉が緊張で ゴクリとなってしまった。
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支部長が主様と話している間、マリーは例の毛玉と残る羽目になっていた。
「ひいいいいい!」
「私は見てません。私は見てません。私は何も見ていないです!!!」
マリーは、自分が何を口走っているのかすら、極度の緊張状態でよく分かっていなかった。
とりあえず、呪われないために、必死に見ないようにする他なかった。
暫くすると、毛玉は周辺をウロウロしはじめた。
どうしてあんななのに、倒れないのか。
激重な感情を気にする事なく、動き回っている。
こっちに来ないでくれと、ひたすらこの状態を生み出した神に祈っていた。
「おかえりなさい!」
そんな声をかけながら、毛玉がズルズルと彼へと駆け寄っていた。
(はあ...。)
助かったと、緊張状態がようやく解かれて、深々と心の中でため息をつく。
彼らの話を見守っている時だった。
マリーは見た。
毛玉になっている人物から、彼へと伸びている細い糸が、淡い桃色をしているのに。
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----その日の夜
マリーは彼氏と一緒に、港の新鮮な魚介が食べられる酒場に来ていた。
「はぁ、今日はまじで大変な目にあった。」
お酒を飲みながら、マリーは彼氏のジムに愚痴る。
ちなみにジムは、海の神の祝福を持つ船で働く人だ。
「どうしたんだ、マリー?」
「実はね…。」
「もしかして、その2人ってさ、1人はその…主様であってる?」
「そうそう!…って、なんで知ってるの?」
マリーは驚きながジムを見た。
「いや、この前さ、仕事で会ったんだよ。あの島から、黒霧港にまで送っていったんだ。」
「連れの…多分女の人なんだけどさ、めちゃめちゃ濃かったんだよ。主の痕がべったりってどこじゃない。なんかもう、纏わりついている感じでさ。」
新人の奴らが、大変な目に遭ってたと、ぐいっと酒を飲む。
「私もその人見た!赤黒い糸で、全身ぐるぐる巻きで、身体のどこも見えなったの!」
「お前の力って、確か繋ぐ糸の色で相手がどう思ってるか分かるんだよな。なら赤黒い色って何だろうな。」
「私にも、分からないけど...。」
とてつもなく、重い片想いって事なのか?そんな事を言いながら、酒を煽っていた。
そして、ふと薄い桃色の糸を思い出す。
「あ、でも彼女の方からも...。」
その時だった。
「…!これ以上言うな!」
ジムが急にマリーの口を塞いできた。
「何よもう!急に!」
モガモガと手の中で話すが、彼の目が窮状を訴えていたため、声のトーンを落とした。
「どうしたのよ。」
「…見られてる。」
彼の視線の先を追うと、窓の外から、此方を覗く黒い影が見えた。
目も口も見えない、猫の様な生き物が座って此方をじっと「みている」
そして、黒い炎を上げて、ふわりと空へ消えていった。
恐らく、主人の元へと戻ったのだろう。
「…。」
「…。」
((今夜、呪われる。))
互いの死期を感じ取り、2人は机に頭を突っ伏した。
そして、見えてしまう不幸に、互いのグラスをこつんと当てて慰め合った。
言いふらしてなければ今回は見逃しましょうと、報告を受けた彼が「ふふっ」と笑いながら言っています。
ちなみに、彼は自分の糸は見えてないです。
見なくても分かっているからです。




