③
話しは、もう何個か出来上がっていますが、いつのタイミングであげようか迷いますね。
見に来てくれた方、ありがとうございます。
今が、朝なのか夜なのか分からない時間の中、
今日も木桶と掃除用具一式を持って、るんるん気分で移動しているレリア。
常日頃、外は霧が立ち込めて薄暗いこの島は、太陽の光がほとんど入らないため、時間間隔も分からなくなりがちだが、とりあえず部屋にある時計を見たりしてなんとかなっている。
掃除以外は、基本食べて寝て、知識をつける…いや戻す?ためにちょっと勉強しているぐらいだ。
ちなみに、明るいこの城は、外にいる幽霊が嫌うのか入ってこない様子で、今の所、お城の中では会った事がない。
この古城で過ごし始めて、早1週間。自分の図太さに呆れるぐらい、それなりに過ごしやすさを感じていた。
「ふんふんふーん♪」
鼻を鳴らし、機嫌良く歌に興じる。
余りの布を使って、手始めに階段の手すりを、リズム良く拭いていく。
しかし、広い城を掃除するのは、本当に大変。
メインホールだけでも、かなりの力と時間を要する。まあ、元は城に仕えていた人達が沢山いたのだろう。しかし、今の今まで、どうやってこの綺麗さを維持してきたのか。
手すりを拭き終わり、今度は床を隅から拭いていこうか考えていると、ドラゴンの様な金銀の装飾がされた大きな扉が目にとまった。
「...ん?」
メインホールの横にあった、その重厚な両扉には、昨日まで鍵がかかっていたが、今日はついていない。
(ーーーー鍵がかかっていない部屋は、自由に行き来していいですよ。)
シルドの言葉を思い出すも、どうしようか悩み始める。
(今日は掃除してほしくて、開けたのかな?
いや、かけわすれという場合も...!)
頭の中で、しばらく天使と悪魔が入り混じるものの、
結局、好奇心に天使が負ける事になった。
「ぐぬぬ…。し、失礼しまーす...。」
ギィィと音を立てて、重い扉を開け、大きめの部屋に入り込む。
中は暗かったが、外壁にある松明の明かりが、窓に差し込み、うっすらと部屋の全貌が見えた。
天井が高く、部屋の両端に、何人も座れる大きな黒い机があり、石で出来ているのか、重厚感が漂う。
右手側にはボロ切れの様なカーテンが残っており、霧が立ちこめる窓の外が見えた。
城の中だから、謁見したり、会議する様な場所なのかと、机を挟んだ間の通り道から、考えながら進むと、更に奥の方に、大きな椅子が二つ、並ぶ様に置かれているのが見えた。
「はっはくしゅん!」
鼻がムズムズし、思わずくしゃみが出てしまったが、机や椅子、いたるところが埃にまみれていた。
なんで、ここだけ今まで掃除しなかったのだろうか。
辺りを見渡し、机の上に置いてある蝋燭が目に入る。
シルドさんが使っているのと、よく似た太めの蝋燭だった。
それだけ埃を被っておらず、最近使われた事が分かる。
恐る恐る前へ進みながら、他に何もないのを確認していると、先程は遠かった奥の2つの椅子が目に止まる。
椅子は年季が入っても分かるほど、豪華な飾りがついており、埃を被っていても金や宝石の様な色味が覗いていた。
だが、座るところにあたる所に、何故か棒..いや剣?があるのが見えた。
しかも、椅子にずっぷり刺さっている。片方は一つ。もう片方の左の椅子には、なぜか10本以上。
(あっアートかな。...そんなわけ無いね。)
恐る恐る近づいてみると、埃を被っているものの、綺麗な飾りがついているのが伺える剣がみえた。
沢山突き刺さりまくる椅子の剣は、どれもボロボロで、触れたら崩れそうなぐらいだったが、
右の一本の剣は、埃で汚れているものの、白い輝きがみられる。
(きっと拭き直せば、綺麗な鳥の姿が浮かび上がるだろうに。)
...あれ?この剣、見たことあったっけ?なんで鳥って思ったんだろう。
ぼんやりとした思考から、下を見ると、剣の突き刺さる椅子が、赤黒く染まっていた。
「ひぇ!」
近づいたのを、一瞬で後悔してしまった。
多分これ...血...だよね。いわくつきの部屋だったか...。早いところ出ようと、踵を返す。
「 ....や は.. そ ...だ 」
「えっ?」
後ろから何か声が聞こえた様な気がする。
くるりと振り返るが、しーんと静寂が漂うだけだった。
あたりを見回すも、何も見えない。
(...見られているような雰囲気がする。
もしかして、ここの部屋は暗いから、霊がいるのかな...。城にはいないと思ってたのに。)
カタっ
(!!!)
また何か音がした。今度は確かに聞こえた。
何かが動く様な音。
(気味が悪い...。早く出よう。)
レリアは、掃除をする気分に到底なれず、足早に大部屋から去っていった。
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「すみません、開いていたもので、入ってしまってすみません。」
シルドが丁度帰ってきたため、床と同化しそうな土下座で平謝りをするレリア。
「....レリア、立ってください。別に入っても構わないのですが、手入れをしていない部屋なものでして...。気分は大丈夫ですか?」
手を差し出され、アグレッシブ平謝りから抜け出したレリアは、シルドの気を遣っている雰囲気を察し、より一層居た堪れない気持ちになった。
「...はい、気分は大丈夫です。暗かったのか、幽霊っぽい気配を感じて、思わず逃げちゃいました。」
「そうでしたか。悪霊ではないので、彼らの事を許してあげて下さい。」
「・・・・ん?幽霊は城にもいるのですか?」
(え…今、すごい重要な事を聞いた。)
「いない訳ではありません。ただ、外の方が霊気が濃いため、貴方には見えにくいのかもしれませんね。てっきり見えているものだと思っていました。
貴方については、一応あまり驚かさない様、伝えていたのですが...。」
「…。全然気づきませんデシタ。」
城に実は幽霊がいた事実を、1週間経って知ったが、それ以上に、彼が霊と交流出来るというのに驚く。
「というか、シルドさん、会話出来るんですか?」
後出しの様に情報がポンポン出てくる。
「はい。大抵の亡霊とは会話が出来ますが、例外もあります。」
「例外?」
「ええ、俗に言う悪霊や、生前の性格にもよります。」
「性格?」
「そうですね...。次の世界に送りたくても、行きたくないと私から逃げたりする事があります。話を聞いてくれず、ポルターガイストの様に悪戯をする者も。」
オウム返しの様に、ただただ聞き返すレリアに、シルドは丁寧に返す。
「そうなんですね...。墓守って結構大変なんですね。」
「やりがいはありますよ。次の旅立ちを促すのが、私の仕事なので。」
(天国はいかがですか、とか、次の世界へ私が案内しましょう…みたいな事をしてるって事か。)
穏やかに話すシルドを前に、...営業周りは大変だな、と思うレリアだった。
「私も鍵をつけ忘れてしまって、申し訳ありません。あそこの部屋は、何人かの霊があの場所にいたいと、なかなか動いてくれなくてですね...。触れるな、掃除もするなの一点張りで、思い入れがある様です。」
(思い入れ…?あの剣が突き刺さる椅子の部屋に、何の思い入れが?)
聞きたくても、理由が怖くて聞けず、そうだったんですね…。とレリアは言葉を濁した。
「ですが、城にいる亡霊のほとんどは、私に仕えたいと残る霊や、ここで仕事をしたいと残った霊ばかりなのです。中には、この場所を第二の人生として、いるだけいて、天国に向かう者もいます。ですが、それはごく少数になります。」
「わお…。」
(死んでからも仕事がしたいとは…。勤勉がすぎる。)
それに、さっきの話では、そんな彼らが今まで、脅かさない様にと、私に気を遣っていたと思うと感激する。
(ま、だからといって、幽霊が怖くなくなるわけではないけれど…。)
「ここの生活に慣れるためにも、私がくる前と同じようにしていただいていい事を、彼らに伝えてくれますか?」
そう言った瞬間、レリアは少しだけ右の腕をさする。妙な寒気を腕に感じたからだ。
「ええ、構いませんが宜しいのですか?」
「はい。大丈夫です。気を遣われていたのが心苦しくて…。」
「分かりました。彼らにも伝えておきましょう。」
シルドはそういうと、レリアの身体の右横に視線をずらして「だそうです。城の皆にも伝えて下さい。」といった。
(まさか、こ、こんな近くにいたのか…。全然気付かなかった。)
思わず自身の右を見ながら、表情も身体も固まっているレリアだったが、ちらりと目線だけシルドを見ると、ふふっと口角が上がっていた。
「…。そこにいるの、知ってて言わなかったんですか、今。」
やはり右隣を見ても何もないが、彼の反応からして、何か…いや誰か見えていたらしい。
「ふふふ、つい。」
「もう!」
ここ何日か過ごしていて、シルドが偶に仕掛けてくる悪戯に、むすっとレリアは呆れた様に言う。
案外彼には、見た目と裏腹に、ちょっとばかりお茶目な部分があると知った。
...幽霊関係は心臓に悪いから、やめてほしいって言ったのに。
ただ、やめない所を見る限り、ちょっと…いやだいぶ、私の反応を楽しんでいる節がある。
こんな所に住んでいるから、生きてる私と遊ぶのが楽しくなってしまったのか。
可哀想に。歪んだ趣味だ。
意地悪される私はもっと可哀想だけど。
だが、自分があまり強く出れないのは、彼の...シルドの顔が、生き生きと見えるからなのだろう。
多分これが素に近いと思っている。
まあ、生きてるのここじゃ2人だけだから、信頼を置くのも、なんだかんだ自分は早かったが...。
シルドのそんな表情を見る度に、許してしまっている私も大概なんだろうな。
そう、目尻の下がった、自分をみる優しげな星天の瞳をみながら、レリアは思っていた。
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笑いをちっとも堪えないシルドの姿を見て、じとりとレリアは目線で釘を刺す。
「…ふふ、失礼しました。そこにいる彼女は、とても気配を消すのが上手なんです。ですが、レリア右腕をさすっていましたが、なんとなく、いる という感覚を無意識に感じとっている様子ですね。」
「うーん。そうなんでしょうか…。」
霊を感じ取れる力は、別にいらないんだけどなと、心で呟くも、なんだか嬉しそうな彼を前にしては言い辛かった。
「今、貴方は亡霊が見えていないようですが、見える可能性はあります。無意識とはいえ、気配を感じた…というのは見える様になる前触れかもしれませんから。」
「存在が分かる様になれば、貴方も楽しく交流出来ると思います。」
「み、見える様に…。そうですか。」
(見えても見えなくても、霊はどのみちまだちょっと怖いな…。)
ましてや、楽しい交流はまだ遠慮しますと、レリアは心の中で呟いた。
「私、今まで色々掃除とかしてましたけど、どうりで城中ずっと綺麗だなーって思ってました。」
「貴方の近くで掃除を見守っている者もいたのですが、気付いていなかったとは…。先に言っておくべきでしたね。怖がらせてしまい、申し訳ありません。」
「いえいえいえいえいえ、むしろ臆病な私がいけないんです。幽霊さんたちはむしろ悪くないかと。私こそ、勝手に入ってしまってすみません。」
謝罪の応酬が続き、終わりにしましょうとシルドから提案される。
「さて、話しは一旦ここまでにしましょう。そろそろお昼の時間ですから、昼食を取りましょう。」
「なら、私が作ります!」
さっきの謝罪も兼ねて、料理をしてみようと考えた。
「...レリアが?よろしいのですか?お疲れでしょう?」
「いえ、驚いただけで、元気は有り余っていますし、前にシルドさんから、使い方を教えて貰いましたから。」
レリアは、料理本の内容を思い浮かべながら、昼食の献立の候補をいくつか考える。
「では、食料庫と氷室に行って来ますね!
...ん?もしかして、そこにもいたりしますか?」
今さっきの事を思い出し、シルドを見る。
「いいえ、そこは大丈夫かと。…まだ怖いですか?」
「…いや、全然、前ほどじゃないですけど…。」
でもいるかもしれないと分かると、なんだかわずかな音でも警戒してしまいそうだった。
不安がるレリアに、シルドは自分の持っていた杖を差し出す。
「心配なら、私のこの蝋燭を持って行って下さい。」
「いいんですか?」
「予備もありますから。よろしければ差し上げます。……どうぞ。」
独特な色合いをした黒い火がついた蝋燭を、近くにあった燭台に移して渡される。
「えぇ!流石に貰うわけには…!。」
「好意を無下になさらないで下さい。」
そう言うと、シルドはレリアの片手をそっと掴み、燭台を渡される。
「今後、私も少し遠くまで見回りをしにいくので…。万が一の事もあります。私がいない間、この火が貴方を守ってくれますから。」
少しかがんでレリアと視線を交える。
燭台を差し出すシルドの両手の熱が、冥界の底から湧き上がる暗い炎のように、ゆっくりとレリアの手に伝わってきた。
「それに、安心出来るでしょう?」
陰になる彼の顔に、星の映る暗い湖のような瞳がこちらを見る。
レリアが持っていくまで、視線を外すのを許さないかのようだった。
「なら…。ありがとうございます。」
圧を感じて、レリアはおどおどと受け取る。
(まあ、これあると寄ってこないのは事実だし、安心出来るからいっか。)
「では、私は少し寄る所があるので、先に行っていて下さい。」
「何処へ?」
「貴方が入った部屋です。鍵を閉めに行ってから行きますね。
貴方も亡霊と交流しますか?よろしければ...」
「分かりました!先に食料庫見て来ますね!」
バビュンと彗星のごとく、レリアは燭台の炎が消えそうな勢いで、すっ飛んでいった。
まだ霊に怖がるその様子を、少し笑ってシルドは見送った。
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「さて...。」
彼女の姿が視界から消えたのを確認し、シルドは先程の鍵の掛かっていない部屋に行く。
重そうな扉をいとも簡単に片手で押して入り込む。
バタン
扉が重苦しい音を立てながら、シルドの背の後ろで勝手に閉まる。
静寂が部屋を支配し、埃が月明かりに舞う。
「…ふふふ。」突然顔を手で覆い、堪えきれなかった笑いが、手の隙間から漏れ出る。
扉が閉まった後...。外壁の炎が消えて、窓の月明かりすら入らない、真っ暗な闇に部屋が覆われた。
だが、扉の前には双玉が赤黒く輝いていた。
「ははははははは!こうも、私に都合よく進むとは。」
暗がりに、男の高笑いが木霊する。
「…はぁ、いけませんね。なんせ、「彼女」ですから。最後まで油断は禁物。」
ひとしきり笑い終えたのか、愉悦を滲ませた瞳が冷静さを取り戻す。
暗い中、ゆったりとした足取りで、2つの椅子が並ぶ所に向かう音が、こつり こつりと聞こえる。
壁にある蠟燭が、黒緋の眼を灯したシルドが前へ向かうのと同じ速度で、黒い炎を上げて順々に燃え上がった。
目的の場所に到着すると、黒い机の方に身体を向けた。
「・・・・・・・・・・●●●。」
シルドが何かを話す。
すぐに、椅子がガタリと揺れ動き、下から、誰かが歩く様なミシミシとした音がする。
机からもカタカタと鳴りはじめた。
「●●・・・。」
「■■■!」
何か話すような音があちらこちらからする。
そのうち、ポツポツと小さな拍手音が聞こえると、それに続けて拍手が続いていく。
拍手 拍手 拍手!!
まるで何かに喜んでいるのか、それとも何かに興奮しているのか。
その「彼ら」の様子を見ていたシルドは、段々と大きくなる音に、口元に長い人差し指を当てる。
「…。しー。お静かに願います。」
黒緋の目が弧を描いて細まる。
2つの中央の机にある蝋燭に、突然黒炎が上がり、しーんと音が一斉に止んだ。
静寂が空間を支配する。
「...気持ちは分かります。ですが、まだ早まらないで下さい。」
シルドは左側の方に、顔を向け、その方向に右手をそっと差し出す。
「◆◆」
「…鍵を。」
「◆◆◆…」
「貴方が持っているのでしょう。」
観念したのか、机の上に、突然ごとりと大きな錆びついた錠前が落ちる。
落ちた瞬間に、溜まっていた埃が舞い上がった。
錠前が瞬時に黒炎に包まれ、シルドの元にまた炎となって手に収まる。
「…。時を待つのです。」
暫くすると、一斉に部屋中の黒い炎が消え、気配も霧散した。
「・・・・今までの時に比べれば、待つのは苦痛ではなくなりましたから。そうでしょう。◆◆◆◆。」
シルドの錠前を持つ手から、徐々に全身が黒い焔をゆらゆらと蜃気楼の様にあげはじめた。
外套は外れ、長い黒髪にも、幽鬼のごとく炎が靡く。
黒い焔を身に宿す男の口元は、獲物を射る弓のごとく、歪んでいた。
さて、だんだんとホラーというより、不穏さが目立つようになってきました。
一応恋愛なんですがね。




