3-⑤
ちょっとした事件が起きます
気分が暗くなりそうなのは、次まで続きそうです。
赤灼けから星を宿した夕闇になり、街に灯りがつき始めると、2人は今夜を過ごす宿へと向かった。
「あの、シルドさん。」
「なんでしょう。」
「宿って、「宿」ですよね...?」
「ええ、そうですね。」
それがどうかしましたかと、シルドがレリアへと聞き返す。
「すみません...私の目の錯覚でなければ、宿ではなく、城が見えるんですが?」
レリアは目の前に広がる噴水庭園と、白い大きな豪邸に圧倒されていた。
大理石の柱や床が、艶々と輝き、明らかにこちらを出迎える人が、微動だにせずに待っている。
ただ者ではない。
「宿ですよ。正確に言うと城ではないですが...元は貴族の別荘になります。私が所有していますが、経営は従業員に任せていますね。」
さあ、入りますよと、シルドに促される。
「…シルドさんて...何者?」
墓守りに、祝福持ちに、帆船の所有に豪邸持ち…まだもしかしてなんかあります?
レリアの呟きは、冷えてきた空気に儚く攫われていった。
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「レリア、また夕食にお会いしましょう。」
シルドと約束をして、左右の部屋に別れて入る。
部屋は2部屋しかない最上階で、外観と同じく白を基調としていた。
机や椅子、化粧台の細部に至るまで磨かれ、汚れ1つない。
そんな豪華で広めのリビングに、ぽつんとレリアだけがいた。
特にやる事も思い浮かばず、取り合えず荷解きをする事にする。
(夕飯は、新鮮な海鮮が食べられるみたいだから、楽しみだなー。)
そんな事を考えながら、がさがさと鞄に入っていた服を、クローゼットに入れている時だった。
「ん?なんだろう...?」
外から聞こえてくる音が気になり、ベランダへと出る。
すっかり暗くなった夜の街には、沢山の光で溢れ、祭りを楽しんでいる人々の顔を照らしていた。
「わあ、素敵!」
音楽の鳴る方を見てみると、ベランダから見える広場の方で、踊り子が陽気な音楽と共に軽やかに舞っているのを見つけた。
華やかな紅の衣装と金の装飾が、キラキラと流れ星のように瞬き、後を引くように目にうつりこむ。
うっとりと見ていると、銀の髪を靡かせた踊り子と、遠くにいるはずなのに、視線が合ったような気がした。
ーーーー「 私を 見て 」
(...?誰…なの。)
まるで甘い果実に、どっぷりと浸かった様に溺れる。
でももっと沈んでいたい。そんな感覚だった。
誘惑に抗えず、すっと右手が前へと自然と伸びていく。
まるで自分の目の前に、赤と銀の「彼女」がいるかの様な錯覚をしていた。
ーーーーー「 我(美しさ)を忘れるな。 」
紅の色が
纏わりつく銀が
あの焼き尽くすような金色が、頭から離れない。
その瞬間だった。
ーーーーーーーー「レリア!!!」
突然自身の名前を叫ばれ、身体が、後ろへと抱きしめられる。
「は、え?」
訳が分からず目を白黒する。
だが、はっと目が覚めたのか、自分が何をしていたのか直ぐに自覚した。
レリアは、ベランダから身を乗り出していたのだ。
「し、シルドさん。すみません。」
どうやら上半身が前のめりになっており、落ちそうな所を、彼が助けてくれた様だった。
「…。」
「あ、あの?シルドさん?」
もう大丈夫だと声を掛けるも、余計に腕に力が込められて抜け出せなくなる。
「落ちるかと...。」
背中越しに感じる彼の声色は、酷く怯えている様だった。
自分を抱き止めている腕も、心なしが震えている。
「...はい、心配をお掛けしましました。」
「私の落ち度です。最上階になどしなければ良かった。」
「いや、ベランダに出なければ大丈夫ですって。」
「もう2度と...。「あの様な」事になるのは。」
「だから、大丈夫ですって、落ちてないですから。」
ーーーーーーー「大丈夫ではありません!」
慟哭の様な響きが、レリアの胸に突き刺さる。
(私への大丈夫じゃなくて...シルドさんが、大丈夫じゃないみたい。)
レリアの言葉に、シルドの不安が一気に増幅したのか、言葉が強くなった。
それに自分の言っている事が、まるで彼に届いていない。
(一体、どうしたのシルドさん?)
レリアは無理矢理、彼の腕の中で後ろを振り返り、向き合う。
慌てて助けに来たのか、息も髪も乱れている。
そして、自分を見ていない、焦点の合わない蒼の瞳に、硬く強張る身体。
…正気を失っている人のそれだった。
こんなにも取り乱した様な姿を見るのは、レリアもはじめてだった。
「シルドさん!」
レリアは彼に声を上げる。
まるで先ほど聞こえた声「 私を 見て 」に呼応したかの様だった。
「!.....すみません、取り乱しました...。」
ようやく現実に戻ってきたのか、遠くを見つめていた瞳が、レリア(私)に向けられる。
本当に平気ですよと、レリアはシルドの腕を優しく叩く。
詰めていた息をシルドは安堵と共に吐き、拘束がゆっくりと解かれていった。
(…私の知らない…違う誰かと、何かあったのかな。)
誰と重ねたのかと、心の中に澱みがずるりと重く入り込む。
彼の自分を見ない瞳を思い出し、胸がツキリと痛んだが「大丈夫」と、レリアは胸にしまい込んだ。
彼の行動の意味は、いずれ分かってきます。




