呼び声のカルテット3-①
いよいよ、船で旅に出る2人。
重要な記憶が戻ってくる回になります。
ーーーーー古城を後にしてすぐの頃
城の後ろには崖下へと続く長い階段があり、ひたすら2人で降りて行った。
下まで到着すると、石畳と濃霧が広がり、先が見えない湖が広がっていた。
「すみません、ここで少し待っていて下さい。」
シルドはそう言うと、手にしていた蝋燭の灯りを、強く燃やして掲げた。
すると、霧のむこうから、ぼんやりとした白い光が、ちかちかと瞬いているのが見える。
どうやら、船に合図を送っていた様だ。
暗がりから、その姿が水面の上を滑るようにして、ゆっくりと現した。
「うわぁ!」
渡し守と言っていたので、てっきり小型の船が来るかと思いきや、立派な大型帆船だった。
「…私の思っていたよりも、凄い船がきてびっくりです。」
(この島に物資を届けるのに、こんな船が寄ってくるの?採算取れなそう。)
そのぐらい、船は大きいものだった。
「この船は、私の所有する帆船でもあるんです。」
普段は様々な国に、物資の運搬をして外貨を稼いだり、船の護衛をしたりしますと、さらっと言っていた。
「え…。船を?これを???」
指を指して呆然とする。
「えぇ、だから3か月に1回ほどしか、この島に寄る事が出来ないんです。」
外洋にいる事も多いので、連絡をしたとしても、早くは来れないんですという。
(船を所有するなんて…すごいお金持ち。いや、お金持ちだった…。)
レリアの頭の中に、宝物殿の様子が過る。
すると、船の上から慌ただしい足音や声が聞こえる。
甲板の上から太い紐の梯子が下され、船員と思しき人物がこちらに近づいてくる。
「主人!お久しぶりです。」
黒と青の服を着た、船員がシルドに向けて声を掛ける。
「い」
「?」
「生きてる人だーーーーー!」
「レリア、貴方も私も生きてますよ。」
シルドは冷静に返していたが、思わず、彼女は久しぶりにみた、自分とシルドさん以外の「生きている人」に出会えて感動していた。
そして、「生きてる人」と言われた船員は、状況が飲み込めず、ただ首を傾げていた。
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「すみません…。」
(穴があったら入りたい…。)
綺麗な甲板には穴がないため、どこにも入る事が出来ず、ただ船の隅で顔を赤くして立ち尽くしていた。
その間を船員が、行ったり来たりしながら大きな箱を、城に向けて運んでいる。
どうやら、数か月分の物資を下ろしている様だ。
「いえ、高揚する気持ちは、私も分からなくはないですから。」
レリアの隣にいたシルドが言う。
「?」
(シルドさんも久しぶりに見た、生きてる人に感動したのかな。)
そんな事を考えていると、船の甲板と島とを繋いでいた板が外された。
「出発するぞーーー!」
「帆を張れーー!」
あちらこちらから声が飛び交い、船員たちが続々と持ち場についていた。
どうやら、もうそろそろで出発する様だ。
「…そういえば、この船が最初に行くのは、どこの国なんですか?」
「ウォーレムス帝国です。この世界において、最も国土が広く、力がある国です。」
なぜか自慢気にシルドが伝えてきたが…おそらく彼の出身地なのだろうと、あたりをつけた。
(…ん?ウォーレムス帝国…?)
頭の中で知っている響きだったため、レリアは一生懸命にひねり出そうと考える。
「ウォーレムス…。あ!思い出しました!アリスの故郷です。」
(どこかで聞き覚えがあると思ったら…。)
アリスの故郷…という事は、自分の記憶が眠る「声」が、聞こえてくる可能性が高い。
「…色々と思い出せるといいですね。」
「はい!」
(…記憶を取り戻せるかな。)
レリアの期待感が、より胸に高まっていた。
「錨の巻き上げ完了!」
「出航準備完了!」
シルドと話していると、全ての準備が整ったのか、大き目の帽子を被った、船長らしき人物がこちらに近づいてきた。
「いつでも行けます。…今日は客人もおいでとは。珍しいですね。」
立派な髭をなでながら、自分を見下ろしている。
なかなかの風格だ。
シルドが徐に船長に近づくと、彼に耳打ちをする。
ーーー「…ラルフ…くれぐれも…。」
ーーー「分かっていますとも。「詮索しない」。…船員にも徹底させていますから、ご安心を。」
船を燃やされては、たまりませんからと呟いていた。
レリアは2人の話す内容が気になるも、話し終えた船長が自分の方を見たため、好奇心は何処かへと消えてしまった。
「船長のラルフ・ローヴィルです。」
「レリアと言います。船旅の間、よろしくお願いします。」
「こちらこそ。ーーようこそ、メラーキ号へ。」と握手を求められ、レリアも応じる。
「では、主人、出航してもよろしいですか?」
「ええ、ウォーレムスの黒霧港までお願いします。」
シルドが許可を出すと、船長が「出航ーーー!」と大きな声で合図を送る。
レリアはその声に驚いて、暫く固まっていたが、船のゆらぎを感じると、シルドと共に、船の縁の所までいった。
ぎいぃと音を立てながら、船はゆっくりと島から離れていく。
うっすらと島の上の方に、古城の灯りがぽつぽつと見えていたが、やがて霧の中へと消えていった。
ーーーー「あの街を、共に歩けるとは…。高揚もしますよ。ふふ。逢引きが楽しみです。」
そんな事を男が考えているとはつゆ知らず、彼女は、霧の中を進んでいく船の外を眺めていた。
ここまでお付き合いしてくれて、ありがとうございます。
3章は話数が多くなりそうです。




