②
ようやく崖を登り切って、城の前に着く事が出来た。
門の扉は外されているのか、なくなっており、鳥の様な彫像が両方の柱に残っている。
「はあ。つ、ついた...。」
「お疲れ様です。」
手に膝をついて疲れ切る自分をよそに、彼は息一つ乱していない。
(墓守は、タフじゃないとやっていけないのか。)
そう思うほど、たどり着くまでにへとへとになっていた。
「では、私の後について来て下さい。」
そういうと、片手で重たそうな扉を開けて中に促される。
引き続き、シルドの案内の元、城の内部へと入っていく。
中庭の青い薔薇の咲いた庭園を抜けると、
その外見とは裏腹に、かなり中は綺麗にされていた。
廊下にある調度品は磨かれ、蠟燭の明かりが、煌びやかで豪華なシャンデリアと共に光を放つ。
違う部屋に続いているドアや、上部を支えている柱には、木々や花と思われる、美しい模様が彫られていた。
さらに先へ進むと、メインホールのような、開けた場所に出た。奥には上に上がれる2手に分かれた階段や、シャンデリアが続く廊下があり、下は大理石なのか、足音がコツコツとなり、艶やかな印象を受ける。そして、月明かりが入る、ホール奥の上には、大きいステンドグラスが飾られていた。
(わぁ、きれい…!)
美しいステンドグラスには、鳥や花々、そして神様…女神様と思しき白い服を着た銀髪の神が描かれている。それだけは割れておらず、綺麗に残っており、月の光でさらに美しさが増している。
突如、夜の風のひんやりとした、澄んだ空気を感じた。
風がきた方へ、顔を向けると、上へ続く階段の横が、崩れているのか、ふわりと靡くカーテン越しに外が見える。
最初にいた、あの白い木も見えた。
だが、その階段近くには何故か、寝台や本棚、机や椅子、後付けにしたと思わしき簡易的な調理場が置かれている。
....まさか、ここが自室という事なのか。
片隅とはいえ、メインホールを拠点にするとは。
開放感が凄いし、なにより、隙間風所ではない風だ。
こんな所で寝れるのかと、ある意味尊敬してしまいそう。
シルドが持っていた杖を立てかけ、歩みが止まった。
「さぁ、お掛けください。」
(やっぱり、ここなんだ。)
予想を裏切らない展開かつ、自然な形で促され、引かれた椅子に腰をかける。
(所作がとても綺麗…。)
思わず見とれてしまうほど、華麗な手さばきで今度は飲み物を準備しはじめた。
促されて座ってしまったが、やることもなく、どう話しを切り出せばいいかも分からず、なんだか落ち着かずにそわそわしてしまう。
「あの…お手伝いしましょうか?」
「いいえ、お招きした手前、手伝わせるわけには…でしたら、貴方のお話をお聞かせください。」
コトリと、美しい白のポットを置き、細い銀の棒で中身をかき混ぜながら、シルドが尋ねた。
「先ほどお聞きしましたが、何も覚えていらっしゃらないという事ですが...どうですか?何か思い出しましたか?」
「それが…自分の名前すら思い出せなくて…。」
(本当に、思い出せない。)
思い出そうとしても、頭に靄がかかるばかりで、分からなかった。
「やはり、記憶喪失、という事でしょうか。」
「はい。簡単に言えば、そうなりますね。本当に、起きる前の記憶が全部思い出せなくて…。」
「…。」
シルドはしばらく考えると、でしたら…と提案をする。
「流石に名前がないのは不便ですので、思い出すまで、仮の名前をつけてはいかがですか。」
「名前…。」
(確かに、いつ思い出すかも分からないし…。)
とはいえ、仮の名前は直ぐに思い浮かばず、余計に悩むはめになる。
「うーん、自分で自分に名前をつけるのって難しいですね。」
うんうん唸りながら考え込む彼女を見かねたのか、一度手を止めてシルドが声を掛ける。
「よろしければ、私が名をお付けしても?」
「いいんですか?なら、何かいいのありますか?」
「そうですね…あの白い木が見えますか?」
「はい、私がさっきいたとこですよね?」
カーテンの外にある白樹を、ちらりと見る。
風に靡いて、花びらや葉がはらはらと舞っていた。
「えぇ。あれはレリアの木と呼ばれています。
10年に一度しか花をつけない、珍しい木です。
丁度、貴方が目覚めたその日、花をつけていましたから、あの木から名をとり、
「レリア」と名乗ってはいかがですか。」
「レリア…」
(…なぜだろう。すごいしっくりくる感じ。この人、名づけの天才かも。)
とくにいい名前が浮かんでいたわけではなかったが、名前の響きが気に入り、とりあえず、これにしようと頷く。
「はい、レリアでかまいません。
シルドさん、ありがとうございます。」
「シルドで、呼び捨てにして頂いてかまいませんよ。」
「いや、それは流石に…。私の事は、それこそ呼び捨てで、レリアと呼んでください。」
そうシルドに伝える彼女…レリアは、にこりと笑顔で頷いた。
「気にいっていただけて良かったです。・・・・本当の名前を思い出したら、私に教えてください。」
「ええ、勿論です。」
「...約束ですよ。」
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「さぁ、さめないうちにどうぞ。」
温かい飲み物を差し出される。
(…毒なんて入れないよね。案内しておいて。)
思い切って一口飲んでみる。
(甘い…。柑橘の香りもする。これ好きかも。)
少しだけ、心にゆとりが生まれる。
白く、ぼんやりとした温かな湯気が上にのぼり、ステンドグラスへと続いていく。
自身の目線が上にいっているのが分かったのか、彼も上部を見上げる。
「...美しいでしょう。私も気に入っています。」
「ええ、そうですね。」
大きいステンドグラスは、まるで時が止まったかの様に、その美しい造形を保っている。
よく見ると、その周りには、文様の様な文字が刻まれていた。
さっぱり読めないレリアは、記憶喪失で文字も読めなくなったのかなと、早々に解読を諦めた。
「気に入っていただけて、何よりです。
…少しは落ち着きましたか。」
ずっと緊張状態だった私を、気遣ってくれていると分かり、彼に聞きたいことが山ほどある事を思い出す。
ただ、まだ彼が得体のしれない人であるのは間違いないので、警戒する事にこした事はない。
「シルドさん、そういえば、貴方は私を知っているのですか?」
彼からしたら、棺桶に1人寝ている自分は、かなり不審者なのでは?と思いあたる。
「どこから話せば良いか...実は…貴方は、この城で倒れていたんです。」
「え、そうだったんですか?」
(もしや、城で倒れていたという事は、自分こそが城の持ち主…?)
思わぬ事実に驚愕するレリアをよそに、シルドは話しを続ける。
「…少なくとも、王族ではありませんよ。」
飾られている肖像画に、貴方の絵はありませんから。と教えられる。
冴えわたる察しの良いシルドと違い、冴えわたらない自分の迷探偵ぶりに、何故…というような顔をするも、自分が王族とか、そんな訳ないかとすぐに納得した。
「ええ…お酒の入ったグラスを持って。倒れ込んでグラスは散り散りになってしまいましたが。確か、そこのメインホールですよ。」
(えっ…さっ酒を持って…まさか、私は酒豪だった???)
しかも、人様の家(城)に酒持って入りに行くなんて、どんだけ度胸があるんだ。過去の私。
「そ、それで…?」
審判を待つかのように、次の言葉を待つ。
「色々と見たところ、最終的に寝ていると分かりました。…次の日に起きると思ったのですが、何日も目が覚めず…。まるで冬眠のようなご様子。
ぐっすり寝ておられる様子だったので、静かに寝られる場所をと思いまして、景観が美しい所を探し、私が棺桶に入れました。」
よく出来ていたでしょうと、若干誇らしげだ。
(…あなたの趣味だったのか。)
「寝心地はどうでしたか。」
(最悪です。なんで寝てる人を棺桶に??)
そう思ったが、自分がやらかしている手前、言葉は飲み込んだ。墓守という仕事上、棺は作り慣れているのかもしれないが、生きているもの(可能性も含め)は、今後是非入れないでいただきたい。
「…。寝心地というよりも、びっくりしました。」
「ふふ。でも、目覚めて良かったです。
何日も寝ていたので、心配していました。」
「すみません。ご迷惑をおかけしたようで…。」
「迷惑だとは思っていません。身体も大丈夫そうですね。」
「はい。もう大丈夫です!」
元気ですよと、言うと、一度シルドはレリアに紅茶を入れ直し、自分の分も注ぎ入れると、席に腰かけた。どうやら長話になりそうだ。
「では、これからの事をお話ししましょう。
次の渡守りが来るのは、前に来た時の領収書を見たのですが...大体3ヶ月後ぐらいです。」
(3か月後・・・・長いなあ。)
そう思うも、歩いていた時に聞いたが、連絡手段もないそうなので仕方ない。
待つほかないのだろう。酒を飲んで他家(城)に上がり込んだ私がいけない。
「その間は、この城にいる事をお勧めします。
理由は、分かるとは思いますが…。外は亡霊がひしめいていますから。
見えるのは怖いですか?」
「今まで見えた事はないので、ちょっと…いやだいぶ怖いです。」
レリアは素直に答えた。
「ここにいる霊の多くは、善良です。ですが、中には悪戯をする者もいますから、散策をご希望なら、私と共にいたほうがいいですね。」
「私がいない際は、今私といるこの場所か、違う部屋でお過ごしいただくのはどうですか?」
片隅に置かれたランプが視界にちらつく。
ランプがあるからなのか、城に入ってから霊は見えていない。願ってもない提案なのだが、流石に仕事もしないでゴロゴロというのは良心が痛む。
「…でも、ここに置いてもらう以上、何もしない訳には…。」
「この城は私の仮住まいです。元の持ち主は違いますから、過ごしていただくのに遠慮はいりませんよ。」
そう言うと、優雅な佇まいで紅茶を一口飲むシルド。
あまりにも様になっていたため、思わず目で追いかけてしまうも、提案に「うーーーん。」とレリアは唸りながら考え込む。
(どうしよう…。)
うんうんと悩んでいると、シルドがソーサーにカップを置き、話を切り出す。
「でしたら、この城で過ごしていらっしゃる際、対価として、雑用をしていただくというのは、どうでしょう。」
「雑用...掃除とかですか?」
「主な業務はそうです。何処まで忘れているか、貴方も把握出来るでしょう。」
「どこまで?」
「例えば、炊事、洗濯等、やり方は覚えていますか?」
確かに、生活をしていく上での事で、さっき手伝うといったものの、調理の仕方が全然思い出せない。
そもそも、さっき見えてなかったけど、どうやってポットに火をかけていたのか。
まずい。掃除と洗濯は出来るとしても...他にやれる事が分からない。多分、文字に関しても思い出せないとなると…大人として自立出来てないし、情けない。
このままでは、ただの面倒くさい居候になってしまう。
「…。」
すっかり、消沈して黙り込んでしまったレリアに、やさしくシルドが言う。
「記憶というものは、ふとした拍子に思い出すかもしれませんが、生活する上で必要な事は、早めに覚えておいた方が便利でしょう。」
「やり方が分からないようでしたら、お教えします。」
真っすぐにこちらに向けられる善意を無下には出来ず、レリアは受け入れる事にした。
「お世話になります...。」
手を差し出し、了承の意を表す。
対価との釣り合いがとれていないのは、分かっている。申し訳のなさで、胸が一杯になるが、致し方ない。それに、多分私は一歩外に1人で出れば、きっと取り憑かれてしまうし、この城に居候する以上、働かざる者食うべからず…まずは生活の基盤を記憶がない以上、しっかりと覚えなくてはならないだろう。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
シルドは微笑みながら、レリアと握手を交わし、その後離れていく手をしばらく見つめていた。
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「さて...硬い話はそのぐらいにしましょう。焼き菓子があるのですが、後で自室に案内しますので、よかったら明日以降、時間がある時に食べて下さい。」
机の上にそっと置かれた麻の様な袋を覗くと、茶色の焼き菓子が見えた。
「いいんですか...?わあ、美味しそうですね!
もしかして、これってシルドさんが...?」
目を輝かせながら、麻袋を受け取る。
「そうです。実質、一人暮らしなものでして。趣味も兼ねています。」
バターの食欲を唆る香りが、鼻腔をくすぐる。
ぐうと、腹の音が鳴ってしまった。
「とりあえず、目覚めたばかりですし、お腹に優しい料理を今から作るので、良ければ調理の仕方をご覧になりますか?」
「はい!」
そう元気にレリアは返事をする
「まずはここを片付けましょうか。」
シルドがそう言うと席から立ちあがった。
「私も机のティーセット、片づけるの手伝います。」
レリアも慌てて後を追う様に立ち上がる。
「では、こちらを…。そこの水場にお願いします。」
「分かりました。…あの、水ってどうやって出すんですか?」
「この青い石に、指をかざしてみて下さい。そうすると水が出ます。赤い石は温かい湯が出て、真ん中の黄色い石は止める事が出来ますよ。」
さっそく壁にぶつかるレリアに、シルドは丁寧に教える。
水がざーと勢いよく流れる音がする。カチャカチャと食器のぶつかる音が、メインホールに反響していく。
「本当に、こんなに目が覚めるまでに時間がかかるとは…思っていませんでした。」
「…?何か?」
「…いえ、なんでもないですよ。」
レリアの後ろに立ち、艶のある紺色の髪を目で追いながら、
シルドが呟いた言葉は、食器を洗うレリアの耳に、終ぞ入る事はなかった。




