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冥府の先まで 〜記憶喪失なんだけど、闇も執着も底が見えない男に捕まった〜  作者: アマヤドリ


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ようやく崖を登り切って、城の前に着く事が出来た。

門の扉は外されているのか、なくなっており、鳥の様な彫像が両方の柱に残っている。


「はあ。つ、ついた...。」

「お疲れ様です。」

手に膝をついて疲れ切る自分をよそに、彼は息一つ乱していない。

(墓守は、タフじゃないとやっていけないのか。)

そう思うほど、たどり着くまでにへとへとになっていた。

「では、私の後について来て下さい。」


そういうと、片手で重たそうな扉を開けて中に促される。

引き続き、シルドの案内の元、城の内部へと入っていく。


中庭の青い薔薇の咲いた庭園を抜けると、

その外見とは裏腹に、かなり中は綺麗にされていた。


廊下にある調度品は磨かれ、蠟燭の明かりが、煌びやかで豪華なシャンデリアと共に光を放つ。

違う部屋に続いているドアや、上部を支えている柱には、木々や花と思われる、美しい模様が彫られていた。


さらに先へ進むと、メインホールのような、開けた場所に出た。奥には上に上がれる2手に分かれた階段や、シャンデリアが続く廊下があり、下は大理石なのか、足音がコツコツとなり、艶やかな印象を受ける。そして、月明かりが入る、ホール奥の上には、大きいステンドグラスが飾られていた。



(わぁ、きれい…!)


美しいステンドグラスには、鳥や花々、そして神様…女神様と思しき白い服を着た銀髪の神が描かれている。それだけは割れておらず、綺麗に残っており、月の光でさらに美しさが増している。


突如、夜の風のひんやりとした、澄んだ空気を感じた。


風がきた方へ、顔を向けると、上へ続く階段の横が、崩れているのか、ふわりと靡くカーテン越しに外が見える。

最初にいた、あの白い木も見えた。


だが、その階段近くには何故か、寝台や本棚、机や椅子、後付けにしたと思わしき簡易的な調理場が置かれている。

....まさか、ここが自室という事なのか。

片隅とはいえ、メインホールを拠点にするとは。

開放感が凄いし、なにより、隙間風所ではない風だ。

こんな所で寝れるのかと、ある意味尊敬してしまいそう。


シルドが持っていた杖を立てかけ、歩みが止まった。

「さぁ、お掛けください。」

(やっぱり、ここなんだ。)

予想を裏切らない展開かつ、自然な形で促され、引かれた椅子に腰をかける。


(所作がとても綺麗…。)

思わず見とれてしまうほど、華麗な手さばきで今度は飲み物を準備しはじめた。


促されて座ってしまったが、やることもなく、どう話しを切り出せばいいかも分からず、なんだか落ち着かずにそわそわしてしまう。

「あの…お手伝いしましょうか?」

「いいえ、お招きした手前、手伝わせるわけには…でしたら、貴方のお話をお聞かせください。」

コトリと、美しい白のポットを置き、細い銀の棒で中身をかき混ぜながら、シルドが尋ねた。



「先ほどお聞きしましたが、何も覚えていらっしゃらないという事ですが...どうですか?何か思い出しましたか?」

「それが…自分の名前すら思い出せなくて…。」


(本当に、思い出せない。)

思い出そうとしても、頭にもやがかかるばかりで、分からなかった。


「やはり、記憶喪失、という事でしょうか。」

「はい。簡単に言えば、そうなりますね。本当に、起きる前の記憶が全部思い出せなくて…。」


「…。」

シルドはしばらく考えると、でしたら…と提案をする。

「流石に名前がないのは不便ですので、思い出すまで、仮の名前をつけてはいかがですか。」

「名前…。」


(確かに、いつ思い出すかも分からないし…。)

とはいえ、仮の名前は直ぐに思い浮かばず、余計に悩むはめになる。

「うーん、自分で自分に名前をつけるのって難しいですね。」


うんうん唸りながら考え込む彼女を見かねたのか、一度手を止めてシルドが声を掛ける。

「よろしければ、私が名をお付けしても?」

「いいんですか?なら、何かいいのありますか?」


「そうですね…あの白い木が見えますか?」

「はい、私がさっきいたとこですよね?」

カーテンの外にある白樹を、ちらりと見る。

風に靡いて、花びらや葉がはらはらと舞っていた。


「えぇ。あれはレリアの木と呼ばれています。

10年に一度しか花をつけない、珍しい木です。

丁度、貴方が目覚めたその日、花をつけていましたから、あの木から名をとり、

「レリア」と名乗ってはいかがですか。」


「レリア…」

(…なぜだろう。すごいしっくりくる感じ。この人、名づけの天才かも。)

とくにいい名前が浮かんでいたわけではなかったが、名前の響きが気に入り、とりあえず、これにしようと頷く。


「はい、レリアでかまいません。

シルドさん、ありがとうございます。」


「シルドで、呼び捨てにして頂いてかまいませんよ。」

「いや、それは流石に…。私の事は、それこそ呼び捨てで、レリアと呼んでください。」

そうシルドに伝える彼女…レリアは、にこりと笑顔で頷いた。


「気にいっていただけて良かったです。・・・・本当の名前を思い出したら、私に教えてください。」

「ええ、勿論です。」











「...約束ですよ。」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「さぁ、さめないうちにどうぞ。」



温かい飲み物を差し出される。

(…毒なんて入れないよね。案内しておいて。)


思い切って一口飲んでみる。

(甘い…。柑橘の香りもする。これ好きかも。)

少しだけ、心にゆとりが生まれる。


白く、ぼんやりとした温かな湯気が上にのぼり、ステンドグラスへと続いていく。

自身の目線が上にいっているのが分かったのか、彼も上部を見上げる。


「...美しいでしょう。私も気に入っています。」

「ええ、そうですね。」

大きいステンドグラスは、まるで時が止まったかの様に、その美しい造形を保っている。

よく見ると、その周りには、文様の様な文字が刻まれていた。

さっぱり読めないレリアは、記憶喪失で文字も読めなくなったのかなと、早々に解読を諦めた。



「気に入っていただけて、何よりです。

…少しは落ち着きましたか。」


ずっと緊張状態だった私を、気遣ってくれていると分かり、彼に聞きたいことが山ほどある事を思い出す。

ただ、まだ彼が得体のしれない人であるのは間違いないので、警戒する事にこした事はない。



「シルドさん、そういえば、貴方は私を知っているのですか?」

彼からしたら、棺桶に1人寝ている自分は、かなり不審者なのでは?と思いあたる。



「どこから話せば良いか...実は…貴方は、この城で倒れていたんです。」

「え、そうだったんですか?」

(もしや、城で倒れていたという事は、自分こそが城の持ち主…?)

思わぬ事実に驚愕するレリアをよそに、シルドは話しを続ける。


「…少なくとも、王族ではありませんよ。」

飾られている肖像画に、貴方の絵はありませんから。と教えられる。

冴えわたる察しの良いシルドと違い、冴えわたらない自分の迷探偵ぶりに、何故…というような顔をするも、自分が王族とか、そんな訳ないかとすぐに納得した。


「ええ…お酒の入ったグラスを持って。倒れ込んでグラスは散り散りになってしまいましたが。確か、そこのメインホールですよ。」


(えっ…さっ酒を持って…まさか、私は酒豪だった???)

しかも、人様の家(城)に酒持って入りに行くなんて、どんだけ度胸があるんだ。過去の私。


「そ、それで…?」

審判を待つかのように、次の言葉を待つ。


「色々と見たところ、最終的に寝ていると分かりました。…次の日に起きると思ったのですが、何日も目が覚めず…。まるで冬眠のようなご様子。

ぐっすり寝ておられる様子だったので、静かに寝られる場所をと思いまして、景観が美しい所を探し、私が棺桶に入れました。」

よく出来ていたでしょうと、若干誇らしげだ。


(…あなたの趣味だったのか。)


「寝心地はどうでしたか。」


(最悪です。なんで寝てる人を棺桶に??)

そう思ったが、自分がやらかしている手前、言葉は飲み込んだ。墓守という仕事上、棺は作り慣れているのかもしれないが、生きているもの(可能性も含め)は、今後是非入れないでいただきたい。

「…。寝心地というよりも、びっくりしました。」


「ふふ。でも、目覚めて良かったです。

何日も寝ていたので、心配していました。」

「すみません。ご迷惑をおかけしたようで…。」

「迷惑だとは思っていません。身体も大丈夫そうですね。」


「はい。もう大丈夫です!」

元気ですよと、言うと、一度シルドはレリアに紅茶を入れ直し、自分の分も注ぎ入れると、席に腰かけた。どうやら長話になりそうだ。


「では、これからの事をお話ししましょう。

次の渡守りが来るのは、前に来た時の領収書を見たのですが...大体3ヶ月後ぐらいです。」

(3か月後・・・・長いなあ。)

そう思うも、歩いていた時に聞いたが、連絡手段もないそうなので仕方ない。

待つほかないのだろう。酒を飲んで他家(城)に上がり込んだ私がいけない。


「その間は、この城にいる事をお勧めします。

理由は、分かるとは思いますが…。外は亡霊がひしめいていますから。

見えるのは怖いですか?」

「今まで見えた事はないので、ちょっと…いやだいぶ怖いです。」

レリアは素直に答えた。


「ここにいる霊の多くは、善良です。ですが、中には悪戯をする者もいますから、散策をご希望なら、私と共にいたほうがいいですね。」

「私がいない際は、今私といるこの場所か、違う部屋でお過ごしいただくのはどうですか?」


片隅に置かれたランプが視界にちらつく。

ランプがあるからなのか、城に入ってから霊は見えていない。願ってもない提案なのだが、流石に仕事もしないでゴロゴロというのは良心が痛む。


「…でも、ここに置いてもらう以上、何もしない訳には…。」

「この城は私の仮住まいです。元の持ち主は違いますから、過ごしていただくのに遠慮はいりませんよ。」

そう言うと、優雅な佇まいで紅茶を一口飲むシルド。

あまりにも様になっていたため、思わず目で追いかけてしまうも、提案に「うーーーん。」とレリアは唸りながら考え込む。



(どうしよう…。)

うんうんと悩んでいると、シルドがソーサーにカップを置き、話を切り出す。


「でしたら、この城で過ごしていらっしゃる際、対価として、雑用をしていただくというのは、どうでしょう。」

「雑用...掃除とかですか?」


「主な業務はそうです。何処まで忘れているか、貴方も把握出来るでしょう。」

「どこまで?」

「例えば、炊事、洗濯等、やり方は覚えていますか?」


確かに、生活をしていく上での事で、さっき手伝うといったものの、調理の仕方が全然思い出せない。

そもそも、さっき見えてなかったけど、どうやってポットに火をかけていたのか。

まずい。掃除と洗濯は出来るとしても...他にやれる事が分からない。多分、文字に関しても思い出せないとなると…大人として自立出来てないし、情けない。

このままでは、ただの面倒くさい居候になってしまう。


「…。」

すっかり、消沈して黙り込んでしまったレリアに、やさしくシルドが言う。

「記憶というものは、ふとした拍子に思い出すかもしれませんが、生活する上で必要な事は、早めに覚えておいた方が便利でしょう。」

「やり方が分からないようでしたら、お教えします。」



真っすぐにこちらに向けられる善意を無下には出来ず、レリアは受け入れる事にした。


「お世話になります...。」

手を差し出し、了承の意を表す。

対価との釣り合いがとれていないのは、分かっている。申し訳のなさで、胸が一杯になるが、致し方ない。それに、多分私は一歩外に1人で出れば、きっと取り憑かれてしまうし、この城に居候する以上、働かざる者食うべからず…まずは生活の基盤を記憶がない以上、しっかりと覚えなくてはならないだろう。





「こちらこそ、よろしくお願いします。」

シルドは微笑みながら、レリアと握手を交わし、その後離れていく手をしばらく見つめていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「さて...硬い話はそのぐらいにしましょう。焼き菓子があるのですが、後で自室に案内しますので、よかったら明日以降、時間がある時に食べて下さい。」


机の上にそっと置かれた麻の様な袋を覗くと、茶色の焼き菓子が見えた。

「いいんですか...?わあ、美味しそうですね!

もしかして、これってシルドさんが...?」

目を輝かせながら、麻袋を受け取る。

「そうです。実質、一人暮らしなものでして。趣味も兼ねています。」


バターの食欲を唆る香りが、鼻腔をくすぐる。


ぐうと、腹の音が鳴ってしまった。


「とりあえず、目覚めたばかりですし、お腹に優しい料理を今から作るので、良ければ調理の仕方をご覧になりますか?」

「はい!」


そう元気にレリアは返事をする

「まずはここを片付けましょうか。」

シルドがそう言うと席から立ちあがった。


「私も机のティーセット、片づけるの手伝います。」

レリアも慌てて後を追う様に立ち上がる。


「では、こちらを…。そこの水場にお願いします。」

「分かりました。…あの、水ってどうやって出すんですか?」

「この青い石に、指をかざしてみて下さい。そうすると水が出ます。赤い石は温かい湯が出て、真ん中の黄色い石は止める事が出来ますよ。」

さっそく壁にぶつかるレリアに、シルドは丁寧に教える。



水がざーと勢いよく流れる音がする。カチャカチャと食器のぶつかる音が、メインホールに反響していく。







「本当に、こんなに目が覚めるまでに時間がかかるとは…思っていませんでした。」




「…?何か?」

「…いえ、なんでもないですよ。」




レリアの後ろに立ち、艶のある紺色の髪を目で追いながら、

シルドが呟いた言葉は、食器を洗うレリアの耳に、終ぞ入る事はなかった。


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