2-⑩
2章も終わりに近づいてきました。
ーーー日はとっくに落ち、偶に星や月が窓の外から覗いている時間
北の棟に続く廊下を、誰かが歩いていた。
「シルドさんは今、部屋にいるって聞いたけど…。」
今日の掃除が終わり、レリアはシルドの部屋へと向かっている最中だった。
理由は、例の「渡し守」が来る日が迫っており、今後どうするかの話しを、シルドと共にする予定が入っていたからだ。
(といっても、特に明確に浮かんでいない。)
自身の事なのに、この日までレリアは悩み続けていた。
(モリアス、それに…アリスがいれば、相談に乗ってくれたのかな。)
ーーーーアリスとの別れ…あの日から数日が経った。
今でも胸が痛むが、悲しみを受け入れられるようになったと思う。
シルドは受け売りと言っていたが、泣く事でレリアにとって立ち直るきっかけになった。
(みっともない姿をみせちゃったな…。)
そのみっともない姿を頭に描いた瞬間…レリアはシルドに抱きしめられたのを思い出す。
身長差があり、屈まれた事で彼の顔が自分の横になっていた事で、いつもより、互いの息遣いが聞こえる距離だった。
ーーーーーーー「私が、ずっと傍にいますから。」
そんな場面を急に思い出して、顔を赤くしてしまう。
「あーーー!だめだめ!今日は話しをしにきたんだから!」
頭の中に出てきた彼を、レリアは慌てて振り払った。
だが一度思い出すと、もうなかなか消えない。
(あー!もう!シルドさんは「そんなつもり」ないのに!)
どんなつもりに感じたのか、考える余裕もなく、
レリアは、顔をぶんぶん横に振り、懸命に今晩のご飯のメニューを思い出して、心を落ち着けた。
暫く歩くと、ようやく目的の場所につき、シルドさんの部屋を叩く。
「すみません、シルドさん!いらっしゃいますか?」
「はい、いますよ。どうぞお入りください。」
扉が開き、レリアは促されるまま入っていった。
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椅子に座り、レリアは周りを見渡した。
シルドの部屋は、自身の部屋とは違い、暗い色で全体的にまとめられている。
寝台や棚も黒や灰色で、重厚感を醸し出していた。
それもあって、彼の自室にも関わらず、生活感があまり感じられない。
本人曰く、別部屋に自分用の倉庫があるらしく、自室は物が少ないそうだ。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
温かな紅茶を差し出され、レリアは口をつける。
(…!!シルドさんの入れる紅茶って、いつも美味しいなあ。)
今日は生の果物が入れられているのか、芳醇な香りが漂う。
暫く2人で他愛のない事を話しながら、2人きりのティーパーティーを楽しむ。
お茶がなくなった頃、シルドが尋ねてきた。
「…レリア、前に話していた3か月の事ついて、貴方の考えを、お聞かせ願えませんか。」
どうやって話を切り出そうかなと思ってたが、彼の方から話題を出される。
(私の気持ち…。)
きっと彼は、自分の事を優先して考えてくれるのかもしれないが、まだ答えは出ていない。
「あまり、上手く考えがまとまった訳ではないのですが…。」
レリアは正直な今の気持ちや考えを、シルドに伝える事にした。
「色々と考えてみましたが、やっぱり、私の今の一番は、記憶を取り戻す事です。」
「いつまでも、ここでお世話になるわけにはいかないかなと。」
「なので、祝福を使って…他の場所でも見つかる可能性があるなら、渡し守と共に行きたいです。」
もし失った記憶が、アリスやモリアスの様に大事なものだったらと思うと、探しに行きたい気持ちが強くなる。それに今の所、記憶を取り戻す手段が「祝福」の力による所が大きい。
(だからこそ、この島にはない「声」を、探しにいかないと。)
「…この島の者たちは、私も含め、貴方の事を「世話している」とは思っていませんよ。ですが…やはりここを去りたいとお考えですか?」
寂しそうな表情で、シルドはレリアを見る。
「…最初はこの島の幽霊に、おっかなびっくりしてましたけど、今はとても居心地が良くて。…ここを離れるって考えると、寂しく感じました。」
(…ここに居たい気持ちもある。もしかしたら、まだここに私の見つかっていない記憶があるかもしれない。けど…。)
レリアは、胸の内にあるつっかえを、どう表現すればいいか少しだけ悩み、ゆっくりと話し始めた。
「不思議と…その「去る」というのも選択肢に浮かばなかったんです。多分ですけど、記憶がない私にとっての「故郷」みたいな感じなのかもしれません。」
「…ほう。」
目を細めて、優し気な瞳でシルドはレリアの方を見る。
「そう思っていただけて、私も嬉しいです。でしたら…こちらから提案があるのですが。」
聞いて下さいませんか?とシルドはレリアに尋ねた。
「提案?というのは?」
「一緒に、この島を出て、外の国々を見てみませんか?」
「一緒に??えっと、シルドさんとという事ですか?」
どういう事だと思いながら、レリアは首を傾げてシルドの方を見る。
「貴方はまだ、島以外の文化やマナー…法律といった部分は、分からないでしょう?」
「ええ、まあ…確かに。」
レリアは素直に同意する。
シルドは組んだ長い脚に手を置き、話しを続けた。
「ここでは法に触れなくとも、国によっては違います。ですから、ここから近い国がいくつかあるので、案内しますよ。」
「色々な国を見ながら、「声」を探してみてみるのはどうですか?」
「そして、一緒に…共に島へ 帰りましょう。」
真っすぐに彼女を見つめる。まるで、そうであってほしいと願うかのように。
「…この島を、ただいまって、行ってもいいですか?」
シルドが言った提案に、レリアは瞳を輝かせる。
彼も嬉し気に勿論ですと答えた。
「…!願ってもない提案です!…でも、私に付き合っていくの、迷惑じゃないですか?」
「いえ、そんな事はありません。それに、貴方の今の知り合いの中では「私」でないと、案内は出来ませんからね。」
(…あ。)
確かに、仲の良い幽霊さんでは、案内は出来ないのだろう。
私も久しぶりに行きたいですしと、シルドが一度言葉を区切る。
「貴方と一緒に、行ってもいいですか?」
そしてレリアに目線を合わせ、少し懇願したような眼差しで見つめながら伝える。
「シルドさんが迷惑でないのなら、勿論です!」
嬉しそうに、レリアは頷いた。
(もし、気に入った国があれば、そのまま住む事も出来るかな。)
そんな考えをしながら、レリアは外の世界へと思いを馳せていた。
ーーー「…ふふ。…住めると、いいんですが。」
「…?何か笑いました?」
呟いた男ーーーシルドは、いえ、何もとレリアに返す。
そして、楽しみにしている彼女の様子を、じっくりと見ながら堪能していた。
3章からは、話しの通り、島の外がメインになってきます。
記憶の「声」を真面目に探す彼女と、そうでない彼の姿が出てきます。




