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冥府の先まで 〜記憶喪失なんだけど、闇も執着も底が見えない男に捕まった〜  作者: アマヤドリ


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24/41

2-⑧

最後の方に、物語の核になってくる話が入っています。

まだ今までの話を読んでいない方は、注意して下さいね!



次の日の朝、レリアはメインホールに早めに着いていた。


無理もない。


(記憶が戻ってくるかもしれない…。)

そう思うと、どうにも落ち着かず、昨日の夜からずっとそわそわしていたからだ。



バタン。

メインホールの大扉が開く音がした。



「待たせてしまったようですね。」

外套を被ったシルドが、外の扉の方からやってきた。

てっきり自室にいるのかと思っていたレリアは、あれ?と思うも、直ぐにある可能性に辿り着いた。


「もしかして、彼女に会ってきたのですか?」

「ええ、話しをしてくれるかどうか、確認してきました。彼女は、「勿論、喜んで。」と仰っていましたよ。」


「よ、よかった…。」

安堵の息をつき、手に持つ燭台の黒火の炎が揺らめいた。

「お手数をお掛けしました。」


私よりも朝早く出て、彼女に聞いてきてくれたシルドに礼を言う。


「いえ、貴方のためなら。…そう、そうでした。今日はこれを置いていきましょう。」

そう言うと、レリアが手に持っていた燭台の火を、自分の手に戻す。

そして、彼女の肩の近くに手を広げると、まるで鬼火の様に、火がふよふよとその近くに漂い始めた。


「わお。」

つんつんと指でつつくと、仄かに温かい。

不要になった燭台を近くの台に置き、鬼火と戯れる。



「いつも持っているのも、大変でしょうから。」

燭台の近くにいけば、勝手に戻っていきますよと伝えられた。


(シルドさんの持ってる祝福って、面白いなぁ。)

顔周りをくるくると回る小さな火に、可愛いなと愛着を持ち始めていると、シルドが準備が整いましたと手を差し出す。




「では、案内します。…お手をどうぞ。」

「はい。よろしくお願いします!」


そして2人は、彼女が待つ墓まで、共に歩き始めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



暗い霧の中を、シルドの黒火を頼りに進んでいく。


前の方に四角のような石が、沢山並ぶ場所に来た。

(これ…。)

自分が目覚めた時にも見た、墓石が並んでいる場所に辿り着いた。


シルドが見分けがつかないような石の間を、どんどん歩いていき、ある所で止まった。



「ここにいます。」


そう言うと、杖を墓石の傍に刺し、前に手をかざす。

すると、下の方から随分と輪郭がはっきりと分かる幽霊が、ゆっくりと顔を出した。

記憶で見た時よりも、少し髪の毛が短かったが、面影は「彼女」だった。


(この顔…。)

やっぱり見覚えがあると、彼女をじっと見つめる。

(あ、そうだ、挨拶しないと。)

そう言って、紙とペンをポケットから取り出そうとしたが、シルドに静止される。


「私には、彼らの言葉が聞こえます。」

「手を。…久しぶりの友人の再開です。」


筆談ではなく、直に会話がしたいと、向こうからもお願いされていますからと、シルドから手を握るように促される。




(友人…。私は彼女と友人だったの?)


「…分かりました。」

意を決して、彼の手をとると、頭の中で響くように「彼女」の声が聞こえた。


ーーーーーーーーーーーーーー



「事情は聴いたわ。」


「久しぶりね。私のお友達。」



ーーーーーーーーーーーーーー


鈴の鳴るような、可愛らしい声の持ち主だった。


「貴方は「はじめまして」かもしれないけれど、生前、私は貴方と交流があったのよ。」


「覚えていなくて、ごめんな…」

そう言い終わる前に、レリアの口元に幽霊…アリスの人差し指が添えられる。


「そうやって、すぐに謝る。記憶を失っても、やっぱり性格って変わらないのかしら。」

こてんと首を傾げる。

「いいわ、取り合えず自己紹介から。私はアリスよ。アリス・フィルニール。」

「レリアです。」



ふわふわと浮かぶ彼女は、自身の墓石に腰かけると、レリアのために昔話を聞かせてくれた。


「ねえ、レリア。実は、私は貴方と顔を合わせて、3度くらいしか会ったことがないの。」

「だから、ほんとうに貴方が友達だと…思ってくれてるか分からないけど、それでも聞きたい?」

話し始めた彼女は、少し不安げだった。だが、アリスの懸念を聞いて、そんな事はないと、レリアは思った。

(今、話を聞いているだけでも、アリスがとてもやさしい人だって、分かったから。)



「…過去の私がどうだったかは分かりませんが、3度でも、きっと私は貴方の事を友達と言っていたと思います。」



「…。まあ、昔の貴方と、同じことを言うのね。」

「え?」

ふわりとアリスは微笑むと、楽し気に話を続ける。



「貴方は違う国の方だったのだけれど、城にはよく来ていたの。」

あの使用人をしていた時とは思えない、アリスは優雅な佇まいでこちらを見る。



「最初は、落ちぶれてしまった直後の私が、周りの令嬢に虐められていた時、貴方が助けてくれたの。」

「2回目は城下町で迷子の貴方を、私が城まで案内した時に。」


「3度目に会った時は、色々な国の情勢が安定していない頃だったわ…。それが貴方に会えた最後。」

「私、あの頃に家宝のネックレスも盗られてしまって…。ひどく落ち込んでいたの。そしたら貴方にまた会えた。」

(家宝のネックレス…。記憶で見た時の場面かな。)

あの苛烈な美女を思い出す。大切なものを失って、彼女もきっと落ち込んだろうと、レリアも思った。



「泣いている私に、貴方は手を差し伸べて、話を聞いてくれたのよ。事情を話し終えたら、貴方も泣いてしまって…。ふふふ。お互い泣きはらした顔だったけど、私、勇気を出して友達になってくれますか?って聞いたの。」


「そしたらね…。」


「「回数なんて関係ない。3度しか出会ってないけれど、私は貴方の事をはじめから友達だと思ってる。」って言ってくれたの。その言葉に、私がどれだけ救われたか…。」

目を伏せて懐かしむかのように、彼女は言葉を紡いだ。



「また会いたい。そう思っていたけれど、あの後、すぐに戦火に飲まれてしまって…私は亡くなってここにきたの。」

「だから、私はもう一度、貴方に会いたいと思って、ここで待っていたのよ。」

レリアの方を見つめて、嬉し気に目を細める。


「だから私、今とても嬉しいわ!」

そう言うとアリスは立ち上がり、レリアをそっと抱きしめた。


「私も、会えてうれしいです!」

レリアも彼女の話を聞き、アリスを抱きしめ返す。


その様子を隣で見ていたシルドが、ほほえまし気に暫く見ていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



触れられないものの、心で抱きしめ合った彼女と離れる。

そして、元の場所に戻ると、シルドがレリアと繋いでいない手を差し出した。

手の中には、赤い宝石が杖の灯りで照らされて、ゆらりと輝いていた。


「…とある女性の持ち物についていましたが、この紅玉は、貴方にお返ししたほうが良いと思いまして。」


「…まぁ!私の…。一体どこでこれを?」

シルドはちらりと、横のレリアを見る。

「彼女が見つけたのですよ。」


驚きに満ちた表情が、喜びに変わる。

「…!ありがとう!!本当にありがとう!…あぁ、なんて幸せなのかしら。心残りだったことが叶うなんて!」



ふいに、空から一筋の細い光がアリスを照らし出した。



「…これは、魂の輝きです。」

「え?」

「彼女の願いがかない、天へと向かうのでしょう。…そうですよね、アリスさん。」

突然の現象に驚いていたレリアが、アリスを見る。



「えぇ、ようやくですが、随分と待ったかいがありました。古い友人にも会え、これも戻ってきましたから。」

胸に赤い宝石を抱き留め、アリスは2人を見る。


「え、せっかく…。」

会えたのにという言葉は、あふれ始めた寂しさからか、レリアの口から出るよりも先に、瞳から出る雫が物語っていた。


「涙もろいのは、記憶を失っても、ちっとも変わらないのね。」

その様子を見て、アリスがもっと近くに寄る。


「もう私は涙をぬぐってあげられないけど…。」

アリスはレリアの涙が流れ落ちる頬に、そっと手を添える。


「もう、その役目は必要なさそうだから。」

隣にいた彼女を支えるシルドを見ながら、アリスはそう言い、レリアの元を離れてゆく。




「レア。私の友達…さようなら。これで、幸せな気持ちで向こうに行けるわ。」


「今度は…私を忘れないでね。」



最後に言葉を伝えると、アリスは優雅なカーテシーをし、満足したかのように綻ぶ様な笑顔を見せた後、彼女の身体は、光の粒となって解けていった。


そして、霧の晴れた満天の天の川へと、瞬く間に消えていく。


同時に、彼女が眠っていた墓石も、砂の様に崩れ去っていき、アリスが眠る痕跡は儚くなくなったのだった。




「…もう忘れないよ。アリ。」





(…。思い出したよ。貴方の事。)


レリアはシルドと共に、彼女が消えていった美しい星空をしばらく眺めていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ーーーー彼女は気付いていなかったが、消えてしまった友人アリスの墓石には、享年が掘られていた。


それは、この島で彼女が目覚める、およそ500年前の年であった。

お見送りの回でした。

この話を書いてからというもの、最後の方に不穏な感じをつけたくなります。

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