2-⑧
最後の方に、物語の核になってくる話が入っています。
まだ今までの話を読んでいない方は、注意して下さいね!
次の日の朝、レリアはメインホールに早めに着いていた。
無理もない。
(記憶が戻ってくるかもしれない…。)
そう思うと、どうにも落ち着かず、昨日の夜からずっとそわそわしていたからだ。
バタン。
メインホールの大扉が開く音がした。
「待たせてしまったようですね。」
外套を被ったシルドが、外の扉の方からやってきた。
てっきり自室にいるのかと思っていたレリアは、あれ?と思うも、直ぐにある可能性に辿り着いた。
「もしかして、彼女に会ってきたのですか?」
「ええ、話しをしてくれるかどうか、確認してきました。彼女は、「勿論、喜んで。」と仰っていましたよ。」
「よ、よかった…。」
安堵の息をつき、手に持つ燭台の黒火の炎が揺らめいた。
「お手数をお掛けしました。」
私よりも朝早く出て、彼女に聞いてきてくれたシルドに礼を言う。
「いえ、貴方のためなら。…そう、そうでした。今日はこれを置いていきましょう。」
そう言うと、レリアが手に持っていた燭台の火を、自分の手に戻す。
そして、彼女の肩の近くに手を広げると、まるで鬼火の様に、火がふよふよとその近くに漂い始めた。
「わお。」
つんつんと指でつつくと、仄かに温かい。
不要になった燭台を近くの台に置き、鬼火と戯れる。
「いつも持っているのも、大変でしょうから。」
燭台の近くにいけば、勝手に戻っていきますよと伝えられた。
(シルドさんの持ってる祝福って、面白いなぁ。)
顔周りをくるくると回る小さな火に、可愛いなと愛着を持ち始めていると、シルドが準備が整いましたと手を差し出す。
「では、案内します。…お手をどうぞ。」
「はい。よろしくお願いします!」
そして2人は、彼女が待つ墓まで、共に歩き始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
暗い霧の中を、シルドの黒火を頼りに進んでいく。
前の方に四角のような石が、沢山並ぶ場所に来た。
(これ…。)
自分が目覚めた時にも見た、墓石が並んでいる場所に辿り着いた。
シルドが見分けがつかないような石の間を、どんどん歩いていき、ある所で止まった。
「ここにいます。」
そう言うと、杖を墓石の傍に刺し、前に手をかざす。
すると、下の方から随分と輪郭がはっきりと分かる幽霊が、ゆっくりと顔を出した。
記憶で見た時よりも、少し髪の毛が短かったが、面影は「彼女」だった。
(この顔…。)
やっぱり見覚えがあると、彼女をじっと見つめる。
(あ、そうだ、挨拶しないと。)
そう言って、紙とペンをポケットから取り出そうとしたが、シルドに静止される。
「私には、彼らの言葉が聞こえます。」
「手を。…久しぶりの友人の再開です。」
筆談ではなく、直に会話がしたいと、向こうからもお願いされていますからと、シルドから手を握るように促される。
(友人…。私は彼女と友人だったの?)
「…分かりました。」
意を決して、彼の手をとると、頭の中で響くように「彼女」の声が聞こえた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「事情は聴いたわ。」
「久しぶりね。私のお友達。」
ーーーーーーーーーーーーーー
鈴の鳴るような、可愛らしい声の持ち主だった。
「貴方は「はじめまして」かもしれないけれど、生前、私は貴方と交流があったのよ。」
「覚えていなくて、ごめんな…」
そう言い終わる前に、レリアの口元に幽霊…アリスの人差し指が添えられる。
「そうやって、すぐに謝る。記憶を失っても、やっぱり性格って変わらないのかしら。」
こてんと首を傾げる。
「いいわ、取り合えず自己紹介から。私はアリスよ。アリス・フィルニール。」
「レリアです。」
ふわふわと浮かぶ彼女は、自身の墓石に腰かけると、レリアのために昔話を聞かせてくれた。
「ねえ、レリア。実は、私は貴方と顔を合わせて、3度くらいしか会ったことがないの。」
「だから、ほんとうに貴方が友達だと…思ってくれてるか分からないけど、それでも聞きたい?」
話し始めた彼女は、少し不安げだった。だが、アリスの懸念を聞いて、そんな事はないと、レリアは思った。
(今、話を聞いているだけでも、アリスがとてもやさしい人だって、分かったから。)
「…過去の私がどうだったかは分かりませんが、3度でも、きっと私は貴方の事を友達と言っていたと思います。」
「…。まあ、昔の貴方と、同じことを言うのね。」
「え?」
ふわりとアリスは微笑むと、楽し気に話を続ける。
「貴方は違う国の方だったのだけれど、城にはよく来ていたの。」
あの使用人をしていた時とは思えない、アリスは優雅な佇まいでこちらを見る。
「最初は、落ちぶれてしまった直後の私が、周りの令嬢に虐められていた時、貴方が助けてくれたの。」
「2回目は城下町で迷子の貴方を、私が城まで案内した時に。」
「3度目に会った時は、色々な国の情勢が安定していない頃だったわ…。それが貴方に会えた最後。」
「私、あの頃に家宝のネックレスも盗られてしまって…。ひどく落ち込んでいたの。そしたら貴方にまた会えた。」
(家宝のネックレス…。記憶で見た時の場面かな。)
あの苛烈な美女を思い出す。大切なものを失って、彼女もきっと落ち込んだろうと、レリアも思った。
「泣いている私に、貴方は手を差し伸べて、話を聞いてくれたのよ。事情を話し終えたら、貴方も泣いてしまって…。ふふふ。お互い泣きはらした顔だったけど、私、勇気を出して友達になってくれますか?って聞いたの。」
「そしたらね…。」
「「回数なんて関係ない。3度しか出会ってないけれど、私は貴方の事をはじめから友達だと思ってる。」って言ってくれたの。その言葉に、私がどれだけ救われたか…。」
目を伏せて懐かしむかのように、彼女は言葉を紡いだ。
「また会いたい。そう思っていたけれど、あの後、すぐに戦火に飲まれてしまって…私は亡くなってここにきたの。」
「だから、私はもう一度、貴方に会いたいと思って、ここで待っていたのよ。」
レリアの方を見つめて、嬉し気に目を細める。
「だから私、今とても嬉しいわ!」
そう言うとアリスは立ち上がり、レリアをそっと抱きしめた。
「私も、会えてうれしいです!」
レリアも彼女の話を聞き、アリスを抱きしめ返す。
その様子を隣で見ていたシルドが、ほほえまし気に暫く見ていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
触れられないものの、心で抱きしめ合った彼女と離れる。
そして、元の場所に戻ると、シルドがレリアと繋いでいない手を差し出した。
手の中には、赤い宝石が杖の灯りで照らされて、ゆらりと輝いていた。
「…とある女性の持ち物についていましたが、この紅玉は、貴方にお返ししたほうが良いと思いまして。」
「…まぁ!私の…。一体どこでこれを?」
シルドはちらりと、横のレリアを見る。
「彼女が見つけたのですよ。」
驚きに満ちた表情が、喜びに変わる。
「…!ありがとう!!本当にありがとう!…あぁ、なんて幸せなのかしら。心残りだったことが叶うなんて!」
ふいに、空から一筋の細い光がアリスを照らし出した。
「…これは、魂の輝きです。」
「え?」
「彼女の願いがかない、天へと向かうのでしょう。…そうですよね、アリスさん。」
突然の現象に驚いていたレリアが、アリスを見る。
「えぇ、ようやくですが、随分と待ったかいがありました。古い友人にも会え、これも戻ってきましたから。」
胸に赤い宝石を抱き留め、アリスは2人を見る。
「え、せっかく…。」
会えたのにという言葉は、あふれ始めた寂しさからか、レリアの口から出るよりも先に、瞳から出る雫が物語っていた。
「涙もろいのは、記憶を失っても、ちっとも変わらないのね。」
その様子を見て、アリスがもっと近くに寄る。
「もう私は涙をぬぐってあげられないけど…。」
アリスはレリアの涙が流れ落ちる頬に、そっと手を添える。
「もう、その役目は必要なさそうだから。」
隣にいた彼女を支えるシルドを見ながら、アリスはそう言い、レリアの元を離れてゆく。
「レア。私の友達…さようなら。これで、幸せな気持ちで向こうに行けるわ。」
「今度は…私を忘れないでね。」
最後に言葉を伝えると、アリスは優雅なカーテシーをし、満足したかのように綻ぶ様な笑顔を見せた後、彼女の身体は、光の粒となって解けていった。
そして、霧の晴れた満天の天の川へと、瞬く間に消えていく。
同時に、彼女が眠っていた墓石も、砂の様に崩れ去っていき、アリスが眠る痕跡は儚くなくなったのだった。
「…もう忘れないよ。アリ。」
(…。思い出したよ。貴方の事。)
レリアはシルドと共に、彼女が消えていった美しい星空をしばらく眺めていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーー彼女は気付いていなかったが、消えてしまった友人アリスの墓石には、享年が掘られていた。
それは、この島で彼女が目覚める、およそ500年前の年であった。
お見送りの回でした。
この話を書いてからというもの、最後の方に不穏な感じをつけたくなります。




