2-⑥
記憶の持ち主は慌てふためいて、ひたすら泣きながら申し訳ございませんを、繰り返すばかりだった。
「いやねぇ。…ちょっとぐらいの「失敗」は見逃してあげても良くてよ。」
「私は優しいから。…そうでしょう?」
有無を言わさない、見下ろしてくる圧倒的な気配に、自分も後ずさりしそうになる。
「誠意をみせてくれるなら…そうね、これがいいわ。」
そういうと、首元に手が伸びて、何かを引き千切られるような音がした。
どうやら、視界の人…女性の首にかかっていた装飾を奪い取ったのだろう。
(いくらこの美しい人でも、これはやりすぎなんじゃ…。)
もしかして、この人が私の知り合いなのかと思うと、あまりいい気持ちはしない。
そして、とられてしまったネックレスが、先ほどの強引な力を出したとは思えない、嫋やかな手にわたる。
「これ、素敵ね。んふふ。私に似合うでしょう?」
そう言ったとたん、視界が突如切り替わる。
妖艶な美女ではなく、赤い髪の毛をした、俯く女の使用人を、なぜか自分が見ていた。
(これって…?どういう事???)
ーーーーー「レリア、これは、宝玉に宿る記憶の持ち主が、変わったためですよ。」
(うわ!!!!)
急に耳元で声がしたかのようだった。
(びっ、びっくりした…。)
「言ったでしょう?傍にいると。今、私は、貴方の頭の記憶に入り込んで見ています。」
(こんな傍にいるとは、思っていなかったもので…。)
てっきり、現実の方で手を握って励ましているとばかり思っていた。
という事は、宝玉の持ち主の記憶を見ている、その私の頭の中の記憶を読んでるって事???
(ややこしい…。)
どういう原理です?と質問しようとすると、次の持ち主になった彼女が、彼女が話し出した。
「…さあ、私はあの方の元へいくとしましょう。似合うと褒めて下さるでしょうか。」
そう話す彼女は、本当に先ほどの激情があったのかと思うほど、無邪気に、楽し気に話していた。
(二重人格か何か?)
怖い…とレリアは記憶の中で縮こまっていた。
美しい人は廊下の奥へ行こうとすると、振り向きざまに、使用人らしき人物に「そうそう。」と何か言い残したのか声を掛ける。
「では、落ちぶれた、元侯爵令嬢サマ、ごきげんよう。」
最後、言葉を吐き捨てると、優雅にドレスの裾を持って、彼女は去っていった。
ーーーーー(あ。)
俯いていた使用人の彼女が、悔しそうに少し顔を上げる。
その顔を見て、直感的にレリアは何かを感じ取った。
(…知ってる。彼女の事を、私は…知っている!)
そう思った瞬間、意識が引っ張り上げられるような気配がした。
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「…リア……レリア…、醒めましたか?」
薄っすらと目を開けると、机に突っ伏した状態の自分に声を掛けるシルドが見えた。
「…はい、もう目が覚めました…。」
そう言うと身体を起こす。
「…。私、あの…。彼女、赤い髪の女性、知ってると思います。」
(既視感というのか、あの顔に見覚えがある。)
レリアは最初、あの美人さんが自分の知り合いなのかと思っていたが、もしそうなら、過去の自分の交友関係を清算した方が良いと思えるぐらい、あの苛烈さにはついていけないと感じた。
(確か、落ちぶれた 元侯爵令嬢って言ってた…。貴族の記録に名前があるかもしれない。)
「…シルドさん、私、今日このまま、本の所に行ってもいいですか?」
宝物庫の片付けは、また明日しますからと、レリアは頼み込む。
「かまいませんよ。貴方の助けになるなら、私も喜ばしいです。」
「ありがとうございます!」
そういえばと、レリアはふと思い至った。
(あのティアラの声…彼女の…美女さんの声しか聞こえなかったんだろう。)
元の持ち主の人の方が、私は知ってそうなのに、なぜあっちの人(圧倒的美女)の声が聞こえて来たんだろうと疑問に思う。
「…レリア?」
「あ、すみません、考え事をしてしまっていて。」
「かまいませんが…もう落ち着きましたか?」
シルドはそう言うと、レリアと握っている手を持ち上げる。
「…!すみません!」
(無意識だったなんて…。)
ずっと手を自分から握りしめているのに気付き、レリアは慌てて手を離そうとするも、逆に握りこまれてしまう。
すっぽりと覆われる彼の大きな手のひらに、不思議と嫌な感じがせず、むしろ離れがたく感じてしまった。
「いえ、いつまでも必要ならこの手、差し上げてもいいのですよ?」
手を彼の口元にまで運ばれ、口づけの一歩手前で止まる。
恥ずかしさのあまり、耳まで真っ赤になるレリアに、シルドはさらに追い打ちをかけてきた。
「どうです?四六時中私と一緒にいる事が、条件になりますが。」
くすくす笑いながら、こちらへ微笑んでくる。
もうこうなると、彼が満足するまで、揶揄われ続けるであろう事は、レリアにも想像がついた。
「…。もう何も言わないで下さい…。」
「ふふふふふ。」
「笑わないで下さい…。」
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彼女が、蔵書のある部屋へと去っていった後、細く、折れそうなティアラを片手で男は持ち歩いていた。
廊下の明かりに照らされて、時折、冠の宝石が瞬く。
「どうりで、私が気付かないわけですね。2つの記憶をもっていたとは。…上手く隠れていたものです。」
「お2人にとって、これが…それだけ思い入れがあったという事ですか。」
ゆっくりと歩きながら、大変珍しいと、彼は一番上についている紅玉を見つめながら呟く。
「あの宝の山から…それに気づいた彼女も…まあ、流石ですね。」
視線を上げた時だった。
ーーーーーーーーーー「ねぇ…。」
唐突に、蛇の様な絡みつくような声が聞こえる。
「…。」
男は急に立ち止まった。
瞼を閉じ、目を開ける。
すると、先ほどまでは青いスターサファイアの様な瞳が、赤黒い、憤怒の瞳に満ち満ちていた。
呼応するかの様に、一気に、廊下の燭台の灯りが掻き消えた。
ーーーーーーーーーー「■■■■ 、…さま。」
濃い闇の中、なおも此方へと呼びかけるその「声」に、男の怒りが頂点に達する。
「不快極まりない。」
冷たい、凍える様な声で、手に持っていた冠を見下ろす。
一瞬で、男の腕ごと黒い炎に包まれていった。
さらさらと、砂のように、あっけなくティアラが崩れ去り、空気へと溶けていく。
「...貴方も存外執念深い。」
「…。待ち続ける「彼女」には悪いですが、「これ」だけ返して差し上げましょう。」
そう言うと、手のひらに残った紅の粒を摘み上げて、暗い城の奥へと男は消えていった。
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2章は記憶探しがメインになってきますが、登場人物が出揃ってきたら、紹介ページを作ります。




