2ー⑤
「きゃあ!」
手を慌てて引っ込めて、レリアはびっくりと目を丸くする。
思わず悲鳴を上げてしまったが、その直後、護衛の幽霊さんが、一瞬で自分の隣にきた。
見えない敵…?を見つけようと、自分の周りをぐるぐる周回する。
ティアラ?
怪我したのか?
大丈夫か?
そんな感じの気配で、訴えてきている様な気がした。
屈強な彼らのこっちを見ながら、自分よりもおろおろとしているのをみて、少し可愛いなと思えるほど、レリアは動揺が収まっていた。
事情を伝えて、慎重に布巾にティアラを包む。
(今は何も聞こえてこない…。)
冠はそれきり声を出さなくなり、何も聞こえないが、
間違いなく、自分に関する事を握っている。
そんな気がした。
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霧の彼方の片隅で、焔を苛立ちながらゆらめつかせ、覗き込む男がいた。
「まだあったとは...。
全て灰にしたと思っていましたが。」
彼女が手に持つ物「それ」を、柘榴色の目を釣り上げて、憎々しげに見つめる。
「だが、彼女が聞こえたのであれば、あれは間違いなく手掛かり。」
壊すのは早計と、気持ちを落ち着かせる。
「しかし、莫大な量の「声」が残る部屋から、なぜ、これを選んできたのか...。」
「私の思う様にいかないというのは、彼女の魅力とはいえ...。はあ。」
城の方向を見て、仕方がないと言いたげに吐息を吐く。
「彼といい、今回といい...。私でないのは、妬けますね。」
炎が掻き消え、男の輪郭が霧に薄らとうつる。
「やはり、今度は私自ら...そうですね...アレを持っていくとしましょう。」
水面下で進む思惑に、深淵の怪物が舌なめずりをしながら待ち構えているのを、
彼女は未だ、幸せな事に気付いていなかった。
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ーーーー北棟に静かな時が流れており、その空間には、動かない彼女…レリアがいた。
机に置いたティアラと睨めっこしながら、彼女はシルドが来るのを待っていた。
暫くすると、扉の方から軽く叩く音が聞こえる。
「レリア、私です。」
「はい、お待ちしてました。」
そう言うと、レリアは扉を開けて、シルドを促す。
椅子に腰かけ、「護衛から聞きましたが…これが、例のものですね。」と冠を見る。
「今も何も聞こえないのですが、これから「声」が聞こえたのは間違いないです。」
シルドはその声を聴きながら、一度目をつぶり、机の中央のティアラに手を翳した。
「…ええ、貴方が最初に聞いたという、誘われた声は、私には小さいながら聞こえています。」
「全然聞こえないです…。」
(この綺麗な冠に、なんでそんなに嫌われるんだ…。)
記憶に意識でもあるのかと、納得いかないような目で、レリアはもう一度見てみる。
だが、やはり聞こえてはこない。
「このティアラの記憶を、読んでみますか?」
シルドに聞かれて、レリアは少し悩んでしまう。
「…。やっぱり触れても良いのかな…。」
(強く拒絶されてる手前…。どうしよう。)
自分に関係があるかもと思ったが、もしかして、あまりいい思い出ではないのかもしれないと、レリアは足踏みする。
「大丈夫ですよ。」
シルドはそう言うと、レリアの方に身体を傾けて、彼女の手をそっと握る。
不安そうな彼女の瞳が、シルドの目にも映っていたが、やがて互いの熱が伝わり、その知った少しひんやりとした肌に、なぜかレリアは恥ずかしさではなく、安心感を覚えていった。
「心配なら、私が一緒についていきますから、醒めたいと思ったら、私に意識を向けて下さい。」
「傍にいます。」
握った手に、力が込められる。
彼の真剣な眼差しを受け、立ち止まっていたレリアの心が動く。
(…こんなにも、協力を惜しまないシルドさんに申し訳ない。なにより、記憶を取り戻したいのは、私自身の願い。…見てみなくちゃ、何もはじまらない。)
「…分かりました。お願いします。」
レリアは記憶を読む事を決意し、シルドに頷きながら答えた。
手を繋ぎ、同時に怪しく輝くティアラにつく赤い宝玉に、レリアとシルドは共に触れた。
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次に目を開けると、視界には煌びやかなシャンデリアが続く、豪華絢爛な廊下が広がっていた。
だが、その見た目とは裏腹に、明らかに前に見たような記憶とは違う、不自然なほどに冷たい気配が身体全体を包み込む。まるで牢獄にでも、囚われているかのような感覚だ。
どうやら、今見ているのは、どこかの城のようだ。
突然、後ろから声が聞こえ、視界の主も後ろを振り返る。
「あら、誰かと思ったら...灰色鼠のお気に入りじゃない。」
視界の主が、ある人物を捉えると、慌てているのか、頭を下げていた。
(一瞬だったけど…。)
物凄い美女が見えた。
髪は銀髪で、靡くような艶があり、豊満な身体つきを、惜しげもなく魅せるような赤いドレスが、彼女をさらに惹きたてていた。
多分、誰もが彼女を見たら、目を奪われるだろう。
「また、あの子鼠ちゃん、この城に来たそうじゃない。」
そういうと、美女の扇子があごにかかり、床を見ていた所から急に視線を無理やり合わせられる。
彼女の瞳は青く、サファイヤの様な輝きをしながら、此方へ微笑んでいた。
しかし、内心笑っていないであろうというのが、瞳の奥の氷の様な鋭さが物語る。
「ただ、自国を守るだけで、手一杯な癖に。
神王にお目通りなど、立場を弁えていないのかしら。」
お前になど、会いにくる価値もないのに、という声が聞こえてきそうだった。
「剣をとって、戦う事しか頭にない、野蛮な者達…。小言を言う暇があるなら、さっさと自分の国に帰って、国境に戻る事が、よほど国のためだと思わない?…ねえ?」
同意を求めるかの様に、答えを促される。
「あ、あの…。どうやら、セザール様と■■■■■様に、よ、呼ばれたそうで、仕方ないかと…。」
記憶の持ち主が、戦々恐々としながら、圧倒的な美を前に声を震わせながら答える。
「なぁに?…宰相とあの方に呼ばれたの?…そう…仕方ないのね。仕方ない…。」
ーーーーーーー「貴方、誰に向かって、 仕方ない なんて言ってるのかしら。」
妖艶な手つきで胸元に手を置き、こてんと首をかしげながら、記憶の主の瞳は恐怖からか、視界の端に涙が溢れ続けていた。




