2ー④
ーーーーーーーーーーー朝日の昇らぬ、濃霧に包まれた島の一室
起き上がりに天井にむけて「うーーん」と伸びた後、
レリアは寝台から起き上がり、まだ少し寝ぼけ眼で、着替えを行う。
(今日はどうしようか…。書庫の整理か…いや収穫の手伝いに行こうかな。)
収穫を行っている、ガラス張りで出来た家庭庭園と植物園の場所は、レリアのお気に入りの場所だ。
とくに植物園は、月光の光でのみ花開く青い花が、幻想的な雰囲気を作り出し、彼女のちょっとした癒しの空間になっていた。
鏡の前に立ち、服の長さを確認していると、少しばかり疲れ気味な自分の姿が映し出されている。
(あれから色々と探してるけど…。)
「モリアス」に関する記憶を思い出してからというもの、レリアは幽霊たちに筆談で聞き回りながら、情報を集めていた。だが、この島で彼を知る者は、どうやらいないようだ。
生きているのか、もう既に亡くなっているのかも分からない。
(あれから、特に進展がない。やっぱり、「声」を頼りに探すべきかな。)
シルド曰く、レリアは無意識に、未だ記憶を読む力を発動しており、欠けた部分を補おうと本能で探しているのかもしれないといっていた。
(という事は、声が聞こえる物は、自分の記憶に関する可能性が高いってことだよね。)
前の絵画と同じように、手掛かりがこの城に残されているのなら、去る前に調べておきたいところだ。
もし、声が聞こえたのなら布か何かに包んで、寝室に持っていこうと、彼女が考えていた時だった。
「レリア、すみません。」
扉を軽く叩く音が聞こえると同時に、向こうから自分を呼ぶ声が聞こえた。
「どうしたんですか?」
慌てて扉を開けると、シルドさんが部屋の前に立っていた。外套を被っていたため、どうやら仕事の前に立ち寄ったようだ。
「実は頼みたい事がありまして。」
「という事は、掃除ですか?」
頭の中に入れていた、予定はまた今度かなと、彼の話しに耳を傾ける。
「実は、片付けてほしい部屋がありまして。
…宝物殿です」
「ほうもつ...え、宝物?お宝のある部屋ですか?」
(そんな部屋に、一応部外者ですけど、入っていいんですか?)
レリアの驚いたような顔を見て、シルドは少し笑みを浮かべながら、彼女の顔が物語る疑問に答えた。
「ええ。貴方ならと。任せてもいいですか?」
「はい!」
信頼してくれていると思うと、途端にやる気が出て、感じていた気の疲れも吹き飛んだ。
シルドから、詳しい場所の地図と、護衛の幽霊が来る時間の紙を手渡される。
「…それから、今日は早めに帰れるので、夕食をご一緒しても?」
「勿論です!」
やがて、いってらっしゃいと、廊下の奥へとシルドがいなくなるのを見送り、レリアは扉をゆっくりと閉めた。
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ーーーー彼女が宝物殿に訪れる前日の夜の事。
男が一人、宝の山の中に佇んでいた。
蝋燭の明かりも、部屋の明かりもないが、なぜか男の周りだけは、ぼんやりと光っている。
何も言わず、何も動かず、ただひたすらにじっと立っている。
暫くすると、顔をゆっくりと上げて、赤月の様な目を伏せた。
「…ここには、随分と「雑音」が多い様ですね。」
「記憶を呼び覚ませそうなものが、あるかと思ってきましたが…。」
私では難しそうですと、独りごとを呟く。
金貨を一つ掴み取り、黒々しい炎をあげたかと思うと、黄金は一瞬で消えた。
「…貴方が聞こえるかどうか、賭けてみましょうか。」
男が宝の部屋を後にして、扉を閉めようとした瞬間、
金の山に、1つ、何かが落ちたような音が響いた。
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レリアは、「宝物」と聞き、期待に胸を膨らませながら、到着までの道のりを楽し気に歩いていた。
宝物殿と呼ばれる所までは、護衛の幽霊さんが案内してくれる事になっており、本日はベイルさんとチャーリーさんだ。
重たい扉を、マッチョな幽霊お二人さんにお願いして、開けてもらう。
いっておいでと手を振られ、燭台の黒い火を手に、中へといざ入る。
「う、うわー!」
中は広く、期待を裏切らない、まさに金銀財宝だらけだった。
しかも壺やグラスの様な物、冠や指輪...多種にわたる。足の踏み場もないほどの量。
ただ、片付けは見ての通り行われていないのか、ごろごろと雑多に置かれて、所々蜘蛛の巣が張っている。
(前も思ったんだけど、美術品の数々を放置していた部屋と言い、価値がありそうなものをそのまんまにしっぱなしじゃない?)
きっとお高いものばかりなはずなのにと思いながら、床が辛うじて見えている所を歩き、レリアは奥の方を目指す。
(埃はそんなにないけど、蜘蛛の巣を払って、種類ごとに片づけたいな。)
掃除に慣れて来たのか、手順を頭の中で考えながら、この部屋の最奥まで歩みを進めていった。
遠くからも見えていたが、大き目のガラスケースに花が飾らせていた。
よく見ると、ガラスや宝石で出来ており、光を乱反射して美しく輝きを放つ。
(凄く綺麗…)
思わずレリアはうっとりと見つめる。
(これ一つでいくらぐらいするんだろう。)
恐れ多くて触れないやと、暫く鑑賞した後、さっそく片付けに入った。
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「ふんふんふ~ん。」
鼻歌を歌いながら、宝物殿の空いている宝箱に金貨を詰めている頃だった。
腕が宝物の山にぶつかってしまった。
「あああ…。」
(やってしまった…。)
ジャラジャラと音を立てて金貨の山が崩れていった。
(どうしよう。とりあえず入れられる分は詰めるしかないかな。)
そう思い、金貨に触れた時だった。
ーーーーーーー「ねぇ。」
「!!!!!」
(この感覚…。)
間違いない「声」が聞こえると、耳を澄ませる。
ーーーーーーーーー「こっち。」
麗しい、艶のある様な、こちらへと手招く女性の声が聞こえた。
宝同士がぶつかって、高い音がひたすら響きわたる。
金貨の山をひたすらかき分けると、細いティアラを見付ける事が出来た。
金と銀の細い線が、葉や花を描き、紅玉に輝くルビーやガーネットが散りばめられている、素晴らしいものだった。
レリアは誘われるまま、手を伸ばす。
指先が「それ」に触れようとした時、
「ーーーーお前か」
ーーーー甘い囁きが突如として、鋭い殺意となって言葉を紡いだ。




