2-②
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橙の温もりを感じる夕日が、見渡す限り続く小麦畑を黄金に染め上げる。
(どうか見つかりませんように)
麦畑でしゃがみ込み、じっと夜が早く来る様に、祈っていた。
そんな少女の気持ちなど、お構いなしに
かさりと音を立てながら、麦色と同じ色の髪した少年が「自分」を見つけた。
「こんな所にいたのか。」
「…。」
「おい、なんとか言えよ。」
「…。」
「もうそろそろで日も暮れる。…戻るぞ、●●●。」
手を伸ばされるも、その手を見ない振りをしてやり過ごそうとする。
だが、それを見るやいなや、少年は肩を握って立たせようとしてきた。
「いや…。」
「は?」
「…っ、いやって言ったの。」
未だ立つのを拒む態度を変えない様子に、仕方ないなと、ぶっきらぼうだが、そっと彼女の座っている隣に腰かける。
「なんでだよ。」
「…。帰りたくないの。」
沈黙が降り、優しい秋の実りの風が、頬に寄り添う。
少年は、暫く何も言わなかったが、少女が何を思ってそう言うのか分かっている様だ。
「...。」
「...俺は別にいいよ。お前が◾️◾️にならなくても。俺が大きくなったら、守ってやる。」
「…貴方、全然剣術ダメダメじゃない。」
「確かにそうだけど、剣だけが大事なのを守れるわけじゃないだろう。」
「...。」
2人の間に、麦の香りを乗せた風が通り過ぎていく。
「嫌なんだろう。守れないのは。」
「俺たちは力をつけないと。」
「...うん。」
「辛い時は聞いてやるから、元気だせよ。」
「うん。」
自分を覗き込んでくる少年の瞳は、夕照に燃えるトパーズ色の宝玉の様に輝いていた。
「...これ、やるよ。」
包装紙で包まれた四角いものを、手渡される。
「前にお前だけ絵がないの、しょげてただろ?」
「描いてみたんだ。後で開けてみろよ。」
「...!ありがとう!」
ぎゅっと贈り物を抱きしめ、嬉しそうな声色で感謝を告げながら、少年にがばっと飛びつき、2人そろって麦畑を転がる。
抱きつかれた少年は、少し耳を赤らめながら「どういたしまして!」と答えた。
「もう元気になったな!流石、俺のおかげ!」
「そうやって、すぐ調子にのる...。」
「ほら、いくぞ!」
「うん!」
立ち上がって差し出された手を、今度こそ掴む。
だが、少女の手は、子どもの手とは思えないほど、傷だらけだった。
「俺が引っ張ってってやるから!」
小麦畑に広がる風が、彼の綻ぶような笑顔を後押しする。
「帰ろう!◾️◾️◾️◾️!」
「え、力強! ちょっと待って!」
少女は強引に手を取られ、少年と走り出す。
だが、楽しそうな声から、満更でもないらしい。
実りの時期を迎えた地に、2人の子どもが駆け抜けていく。
「もう、聞いてるの?ねえってば、
モリアス!」
手を引く少年の、その名前を口にした瞬間、
視界が開けた様に明るくなっていった。
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ーーーーレリアはいつの間にか自室にいた。
だが、夢と現実の境目が曖昧なのか、起きているにも関わらず、天井をぼーっと眺めていた。
「……モリ...アス。モリアス。」
間違いない。
所々記憶の穴が抜け落ちているが、私は「彼」を知っている。
覚えているという感覚ではなく、思い出したというのが正しいだろう。
(-----モリアス、私の友人であり、私の家族だった人。)
温かい、陽だまりの様な彼。
なんでこんな大切な記憶を、失くしてしまっていたのだろう。
モリアスとの事を思い出していた彼女へ、ふいに声が掛かる。
「…レリア、起きたのですか?」
「?!」
寝台の隣に自分の手を握りながらシルドが「何処か痛みませんか?」と尋ねてくる。
「あの、私…。どうして、ここに??」
未だぼーっとする頭を、懸命にレリアは起こそうとする。
「レリア、貴方は片付けをしている時に倒れたのですよ。」
(そうだった。私、声が聞こえて…あの絵に触れた後、倒れたんだ。)
「心当たりがありませんか?」
「それが…。」
レリアは、倒れる前にあったこと、そして記憶が少し戻った事を、シルドに包み隠さず伝えた。
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シルドは一通り彼女の話を聞くと、思い当たる可能性を伝えた。
「それは「祝福」の1つです。」
「しゅくふく?」
「冥炎の神が持つ、特殊な能力の1つです。物や人、全ての記憶を読み取れる力があります。この力は、亡霊の咎の裁量をする際に使います。」
「神によって祝福は様々なものがあり、また、神によって気に入られた者や目に止った者は、祝福を贈られる事があります。」
「もしかして、シルドさんも?」
炎をちらりと見ながら、レリアは尋ねる。
「まあ…色々な力を持っていますよ。」
確かに、前に出会った悪霊と呼ばれる彼が、どうして妻を殺したとシルドが分かったのか気にはなっていたが、そうだったのかと納得した。
「ただ…。」
「ただ?」
「この力…記憶を読む力は制御しないと、ありとあらゆる記憶を読もうとしてしまい、情報量によっては倒れてしまう事があります。とくに、今貴方は声が聞こえている状態なので、無意識に発動しています。」
(ああ、倒れたのはそういう事だったんだ。)
毎回倒れてたら、シルドさん大変だものと頷く。
「どうやったら制御出来るんですか?」
「…まずは、声が聞こえた対象を、小さめにするのが良いかと。物に宿る記憶は、大きさによって比例していく場合がありますから。それから、触れる前に、はじめは倒れる事を前提に、誰かが見ている時か、横になれる所で触る事をお勧めします。」
「分かりました。一応声が聞こえても、すぐに触れないよう、気を付けますね。」
「でも、どうして「私なんか」に祝福が??」
レリアはなぜ自分が祝福を貰ったのか、理解できずに思わず呟いた。
その言葉を聞き、シルドの眉が少し上に上がった。
不機嫌になった彼を見て、どうやら言葉を違えたらしいと分かる。
「「私なんか」ではありません。貴方だからこそ、祝福が現れたのですよ。」
「貴方には、力を授かるに足る、理由があるんです。」
手に力が込められ、シルドの真剣な眼差しを受ける。
(確かに、シルドさんに祝福をあげた神様に失礼だよね。)
卑下するのではなく、感謝の気持ちでこの力を授かった事を喜ぼうと、レリアは考えを改めた。
「そうですか。…私が記憶がないのを知って、取り戻せるように力添えしてくれたんでしょうか。…きっと優しい神様なんですね。」
「…優しいかどうかはさておき、貴方が記憶を取り戻せて私も嬉しいです。」
「はい!」
シルドの眼差しに、温かな光が戻ってきた。
(大事な記憶が、これからも戻ってくるといいな。)
そう思った後、起きようとすると、少しふらついてしまったため、
寝台にずっと横たえていた身体を、シルドが支えながら起こしてくれた。
「すみません、ありがとうございます…。ちなみに私はどのぐらい、寝ていたんですか?」
「半日ですね。それから、もう部屋はジゼル達が片しておいたそうですから、昼食をお取りになったら、今日はゆっくり休んで下さい。」
「…半日も?!」
(記憶が戻ったのは嬉しいけれど、こんな風に倒れてたら、身体に支障が…。)
声が聞こえても、触れるのはやっぱり慎重になった方が良いと、レリアは決意する。
「流石に寝すぎました…。とりあえずご飯を…あ、片付けのままの服…。」
(流石に少し汚れたままだと、台所には行けないかな。)
「着替えますので、外で待っていてください。」
そう言うと、クローゼットを開ける。
だが、シルドが動くような気配がない。
「・・・・。」
「いや、出て下さいな。」
「介添えが必要かと思いまして。」
にこりと微笑まれる。
「いくら寝すぎたとはいえ、そのぐらいは動けるので心配しないで下さい。」
レリアは、シルドの背中に手をやり、ずるずると押し出していく。
「後ほど、昼食を一緒にとりましょう。」
「分かりましたから、着替えるんで、一回外に出ててください!」
バタン!と、部屋の前に立つシルドの眼前で、大きな音を立てて扉が閉まった。
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「…もう。」
シルドを部屋から追い出し、適当に服を選び終えたレリアは、鏡の前に立つ。
支度をはじめる彼女は、自身の茶色の目の上が少し蒼見がかっているのに気付かず、
侵食されていく「何か」を、ただ甘く享受していた。
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廊下に出された男は、「ふふ」と笑みを浮かべながら、悪戯に黒炎を、左右に出して遊んでいた。
暫くすると、右手だけに炎が宿る。
「「私なんか」ではない。貴方だからこそ。」
片手に宿る炎を覗きこみながら、男は言った。
揺らめく炎の向こうには、彼が一番「気に入って」いるものが映し出されていた。
「貴方には一等、素晴らしい祝福を。」
そう言葉を残し、炎に息を吹きかけて消し去った。




