●●の言う事は絶対
2章前の小話です。
シルドが彼女の居場所を、自分の所にするために奔走しております
---------とある帝国
今宵は満月。
月が大層美しく光り輝く夜。
こういった日は、敬虔な信者が、神に捧げ物を持ってくる場合が多い。
荘厳な雰囲気のある神殿に、1人の神官が祈りを捧げるため、信者からの供物である新鮮な果物を手にして歩いていた。
ちなみに、供物は祈りが終わったあと、神殿が運営する孤児院や、神官達に振る舞われる。
これは、命を大切にという、女神の教えからきている。
(今日はウクルの実があるな。)
下っ端の神官は、どうやら籠に入っている赤く熟れた実を見て、神殿の方に回ってくるかなと楽しみにしている様だ。
コツコツと硬い石の作りをした廊下を、ゆっくりと歩き、目的の場所へ着く。
「我らが神よ。今日も安らぎを与えてくださり、感謝します。」
髪の長い男神と、三つ編みに髪を結う女神の2柱に、深々と祈りを捧げる。
いつも通り、祈りを捧げ終え、供物を置こうとしたその時だった。
いつも通りとは、明らかに違う事が起きた。
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「し、神官長!!神官長!
た、た、大変です!」
豊穣祭に向けて、準備をしていた神官の最高位の元へ、息を切らした様子の神官が、扉を勢いよく開けて、慌てて入ってきた。
「一体どうしたのだ?」
この帝国の最高神官、グレゴリーが駆け寄る。
本来ならば、きちん約束をしなければ、お目通りすらなかなか叶わないのだが、入ってきた神官にとって、そんな悠長な事をしている場合ではなかった。
「し、神像が燃えています!く、黒い、黒い炎で、燃えております!」
「…な、なんだと!」
グレゴリーは驚愕に満ちた顔で答える。
同時に、部屋にいた全ての神官達が騒ぎはじめた。
「黒い炎…まさか!」
「す、直ぐに全員を、祭壇に集めよ!」
「寝ている神官も全て、叩き起こせ!」
全員が我先にと、慌ただしく部屋を出ていった。
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先程の祭壇の部屋には、もう既に異常を聞きつけて、沢山の神官達が集まっていた。
燃えているのは、男神の方で、火の勢いは衰えていない。
未だ黒い炎を上げ続ける像からは、人には成せない圧倒的な力の強さが見て取れる。
「神官長...。これは…。」
「間違いない。これから、神託が始まる。」
神像を確認したグレゴリーが、確信を得たように部下の神官に伝える。
「神託ですか...?ここもう何年もなかったのに。」
「確かに、今はどの国も、戦争などしていない、平和で穏やかな時を過ごしている...。
一体何故...。それともこれから、何かはじまるとでも言うのか。」
神官長を筆頭に、皆、考えを巡らせていた。
「王城へは?」
「通達済みです。使いの者が、急ぎ此方に向かっているとの事でした。」
「そうか。他の国では、どうであったか?」
「はい、間違いなく、全ての国の冥府の像から、炎が吹き上がっているとの事です。」
(やはり、ここまでの規模は...。古文書に載っていた通りだとするなら...。)
グレゴリーは、生まれて初めての神事に直面し、何か間違いがあったはならぬと気を引き締める。
(やはり、この国だけの問題ではない事が、何か起きているというのか。
一体どの様な、大掛かりな神託をされるのか...。)
暫くすると、神像が再び激しく燃え上がる。
「いよいよ、はじまる...。冥府の神の守護を持つ私が、皆に神託を代弁する。」
「書記官、ここへ。」
「はい。」
質素な衣を纏った者が、最高神官の隣へと移動する。
「一語一句聞き漏らさぬ様に書き記せ。」
「かしこまりました。」
グレゴリーは振り返り、跪いて待つ神官たちに向かって大声で伝える。
「神の御心は、我らの絶対。国の礎となる。」
ーーーーーーーーーーー(神の言う事は絶対なのだ。)
「皆、心して聞くのだ。」
「「「はい。」」」
この神殿が始まって以来の、大仕事が、物々しい雰囲気と共にはじまろとしていた。
------だが...
神官達も、まさか、たった1人の者を囲うがために、神が外堀を埋めにかかっている事など、知る由もなかった。
では、いよいよ2章がはじまります。




