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冥府の先まで 〜記憶喪失なんだけど、闇も執着も底が見えない男に捕まった〜  作者: アマヤドリ


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ジゼルとレリアのお手紙騒動②





メイド長ジゼルは、優雅な佇まいで、主人の方へ振り返る。



「...おはようございます。ご主人様。」

見事な挨拶だが、内心は焦りに焦っていた。



(この方の事だから、ほとんど初めから聞いていたに違いない。)


幽霊は汗をかかないが、ジゼルは彼から感じとる圧から、冷や汗が全身から流れている感覚になっていた。



「どうやら、昨日から、彼女と手紙を交換し合っているようですね。」



(やはり、聞かれていましたか。…というより、昨日?なぜ…?)

なぜ自分でも知らない事を、普段城にいない主人が知っているのか。


だが、神出鬼没な主人にとって、この島中の会話は全て聞かれていてもおかしくは無いと、思い当たる。



ここは、素直に謝罪を先に入れておかなくては。


「この者が客人とやり取りしていた事、ご主人様の意向をお伺いせず、誠に申し訳ありません。」

「も、申し訳ありません!」

貴方も謝りなさいと、クルルに目で合図し、彼も慌てて謝罪する。



そう、ここでは彼女は使用人ではなく、立場的には客人だ。

使用人が客人から接触があったとしても、勝手に交流をはかること事態、マナー違反である。

だが、当の彼女は使用人のような事もしているため、見習いも分からなかったのかもしれない。


だが、マナーは一通りルパートから教えられているはず...。彼が、その様なミスを犯すとは思えなかった。



「…まあ、いいでしょう。」

「新人教育は怠らないよう、ルパートにも伝えて下さい。」

以後、気を付けるようにと付け加えられる。



裏を返せば、2度目はないという事。

ベテランのメイドや執事が相手とはいえ、同じ間違いをすれば、どうなるか分からない。

「はい、かしこまりました。」

深く礼をし、気を引き締めなおして伝える。



主人の目がジゼルから、縮こまる見習いへと移る。


「...クルルと言いましたか。彼女との内容を見せて下さい。」


恐る恐る、促されるまま手紙を差し出す

文字に目を通した瞬間、主人の目が少し見開く。



「...ほう。」



目に見えて機嫌が急降下した。

少し下がった声と、細まる目がそれを物語る。


「これはこれは…。どうしましょうか。」

同時に、廊下の周りの燭台の火が一瞬、暗くなった。

口元に笑みが浮かんでいるが、目は全く笑っておらず、主人の手が、ぐしゃりと手紙の端を握りつぶすのを、ジゼルは見逃さなかった。



(これは…機嫌が悪いどころの話ではないですね。)

このままでは、哀れなほど怯えている見習いが、灰になってしまう。

ジゼルは頭の中を大慌てで回転させ、現状の打開をはかる。


このクルルに聞いてもいいが、現状怯えて声も上手く出せなそうな雰囲気というのもあるが、万が一、彼女と何か…なんて事になっていたら…。



(灰も残らないかもしれない。)



「失礼ですが、ご主人様、手紙の真意については、直接レリア様にお尋ねしてはいかがでしょうか。」


(申し訳ありません。レリア様…。)

部下の魂のためですと、心の中で彼女に謝罪する。



「それもそうですね…ジゼル、今日は彼女と一緒に朝食をとれますか。」

どうやら、見習いから意識が逸れた様子。


「はい、レリア様はまだ自室に戻られたばかりのはずです。」


「では、後ほど食事を持ってきて下さい。」

「私は先に行きます。」



真意のほどが気になるのか、手紙と共に、主人は足早に北棟へと向かっていった。

ジゼルはお辞儀をし、その背中をただ見送る事しか出来なかった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ーーーーーーーーーー北東の一室、レリアが使っている部屋の扉前



温かな朝食が並ぶカートを手に、ジゼルはどうするか迷っていた。

今の所、扉の向こうから漏れる声は控えめだが、やはりどうなっているか気になってしまう。


主人の命が絶対とはいえ、彼女の状況次第では、覚悟して、朝食を持って突撃せざるをえない。

ジゼルは扉の前に身体を寄せて、2人の声を聞き取ろうとする。


耳に入る会話では、丁度、話の核心に入っている様だった。



「…どのような内容を?」


「ええと、料理とか趣味の話しとかですね。結構気が合うみたいで、昨日会ったばかりなんですが、随分と仲良しになりました!」


(レリア様…。)

黒火に油を注ぐような状態に、ジゼルは思わず頭を抱えそうになった。


「クルルさんって、色々なご趣味を持っているそうで、布で置物を作ってくれると約束してくれたんです。」

(ああああああああ…。)

もう聞いてられないと、首を振って思わず耳をふさぎたくなる。

それに、廊下の炎が一斉に掻き消えた。


悪化の一途を辿っている。





「それで、昨日熊はお好きですか?という手紙を貰ったので、

「好きです」という手紙を渡しに行きました。」




「…そうでしたか。それで彼にこの手紙を渡したのですね。」


(…。)



(あの手紙の内容は、そういう事だったのですね…。)



自分の早とちりに、思わず眩暈がするも、彼と気が合うと彼女が認めている手前、クルルが気に入られているという事実は変わらない。



「彼?クルルさんって2人もいらっしゃるんですか?」

彼女が疑問に思ったのか聞いている。

(2人?一体、どういう事でしょう…?)


「いえ、1人のはずですが?」





「あの…この城にいるクルルさんは、彼じゃなくて、彼女ですよ。」




「「?!」」





今日一番の衝撃を受けた。

おそらく、主人もだろう。



「…どうして彼ではなく、彼女だと?」

「え?どうと言われても…??勘…ですかね。出会った時から、男性と思っていなかったのですが…。」



(なんという事でしょう。)


思えば、確かに背は高く、髪も短いが、体格は細目で声も少し高めだった。

初見で女性だと感覚で分かった彼女に、以外にも鋭い無意識の洞察力がある事に、ジゼルは感心していた。



「…少し、彼女には悪いことをしました…。」

(あくまで少しなんですね。)

妬いていることに、変わりはなさそうな主人の雰囲気に、内心呆れるジゼル。



「でも、なんでこの手紙をシルドさんが?」

「彼…ではないですね、彼女から借りました。」

そう言い、後で返しますと伝えた。


「実は、手紙を交換するのは、親しい間柄で行うものだと聞き及んでいまして。」

「この様な手紙を、私も貴方と一緒にしたいと思いまして、参考のために借りました。」



「この1文しか書いてない手紙、どこが参考になるんです…?」



(ご主人様…。)

奪い取ったの間違いではと思いつつ、物は言い様ですねと、ジゼルは引き続き聞き耳を立てる。


「別に構いませんが…その…。」

「何か不都合でも?」

「あ、いえ、シルドさんお忙しそうなので、もっと上手に出来る様になったら、お渡ししたいと思っていたんです。」

添削が多いと大変かなと思いまして、と彼女は答える。


「どんな手紙をです?」

「それは秘密ですよ!言ったらつまらないでしょう?」


そういう事でしたら、待っていますよと、彼女に伝える主人の声色は、もうすっかりご機嫌だった。




(この雰囲気なら、お2人とも朝食を楽しめそうですね。)


廊下の明るさも戻ってきたことですしと、ジゼルはようやく安堵し、ドアを叩くのだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「ふう…。」

とても長い朝を過ごした様な気持ちで、ジゼルは北東を後にしていた。



その時だった。


「ジゼルさん!」

片眼鏡を掛けた壮年の幽霊…ルパートが慌ててこちらに向かってきた。

事の発端をどうやら聞いて慌てて来た様子。



「ルパート…。はぁ、なんとか収まりましたよ。」

深いため息をつき、ジゼルは事の経緯を説明した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ーーーーー使用人の使う休憩室に向かう途中



「てっきり、男性かと...貴方が教育しているものだと思っていました。」

機嫌が直られたようで、ひと安心ですと、ジゼルは胸を撫で下ろす。

「こちらも、申し訳ありません。私の生前住んでいた地域では、クルルは女性名でして、女性だと皆が知っているものと思っておりました。」

ルパートも、思い込みはいけませんねと反省の色を滲ませる。



「以後、気をつけないといけませんね。」

「対策については、後程。」


会話が済むと、ルパートは残っている仕事を片付けるため、この場から消えていった。




廊下に静寂が戻る。


(流石に疲れましたね…。)

幽霊に眠る必要はないのだが、のんびりしてゆとりある時間を楽しみたいと、ジゼルは思った。




(お2人は、楽しい時を過ごされているのでしょうか。)


ジゼルは、今歩いてきた北棟を振り返る。





「...今度こそ、幸せになれるといいのですが。」






彼女はそう呟くと、部屋の前から去り、騒動の渦中にいた見習いを教育すべく、去っていった。






ちなみにその見習いは、主人から直々に素敵な熊のぬいぐるみを作るよう命を受け、作り終わると詫びとして織り機を貰ったそうですよ。

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