ジゼルとレリアのお手紙騒動①
1章の中の出来事の一つを、前編と後編に分けました。
小話で少しコメディ要素があります。
-------ある、霧の晴れない暗い朝の事。
この城で働く1人の幽霊が、北棟の階段を登り、レリアのいる一室へと足を運んでいた。
...正確には、足は地面から少しばかり浮いているが。
幽霊の名はジゼル。
長年、この城でメイドをし、
今では執事長と同じ立場のメイド長を務めている、大ベテランの女性である。
しばらく、この城には長らく客人も女性もおらず、主人の世話は基本的には執事であるルパートが、行っていた。
レリアの存在はメイドのジゼルにとって、自分の仕事を最大限生かせる、まさに輝かしい存在であり、分け隔てなく優しく、努力家な彼女の性格も相まって、ジゼルはレリアの事をとても気に入っていた。
その彼女から、昨日どうしても体内時計ではなかなか起きれないため、起こして欲しいと相談を受け、快くジゼルは引き受けた。レリア曰く、朝早くから蔵書の場所で自学したいとの事だった。
彼女の部屋の前に行き、金縁の重そうなドアノッカーを鳴らそうとした時だった。
扉の前に、一枚の紙が落ちているのを見付けた。
「...?」
ジゼルは落ちていた手紙を拾い上げる。
そこには簡潔に、文字が書かれていた。
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好きです。
レリア
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「...。」
まだ歪なこの筆跡は、間違いなく彼女。
咄嗟にジゼルは、手紙を胸に抱える。
(こ、こ、これは恋文...?!)
まさか…主人以外の誰かに、心を寄せる事態が起きているのか。
滅多な事では動じないジゼルの頭は、真っ白に染まった。
不味いどころの話ではない。
幽霊のため、元から青ざめている顔が、更に青くなる。
もし、これを城の主人以外に渡そうと、彼女が考えているのであれば...手紙を送られた哀れな幽霊は、文字通り、火炙りにされるだろう。
いや、もしかしたら、主人に渡す可能性も考えられるが…。
(ですが、レリア様からは、まだそのような気配は感じられませんし…。)
周りに誰もいないかを確認し、
念のため、もう一度手紙をみてみるも、やはり宛先は誰かは分からず、内容に変わりはなかった。
(レリア様には悪いですが、誰にお渡しするのかだけでも…)
その直後、扉のドアが開き、彼女が顔を覗かせる。
「あ、ジゼルさん!」
彼女らしい、溌剌とした声が聞こえた。
「すみません、今朝、ベッドから落ちた衝撃で起きちゃいました。」
来ていただいたのに、すみませんと、素直に謝罪する彼女。
いつもならば、スマートにいえいえと、首を横に振っているかもしれないが、
今のジゼルにそんな余裕はなかった。
「…?どうかしましたか?…あ、その手紙!」
胸に抱きとめていた手紙に気付いて、レリアが声をあげる。
「ジゼルさんが、拾ってくださってたんですね。ありがとうございます!」
真っすぐ曇りない笑顔で感謝を述べられる。
そう言われると、渡さざるを得ない。
ジゼルは、レリアの前に手紙を差し出した。
「実は、ジゼルさんの他にも、手紙のやりとりをして練習してる方がいまして…。」
にこにこと晴れやかな笑顔を浮かべながら、やり取りしている相手がいるのを教えられる。
「クルルという、ここで働いている方なんですが。きっと返事を待っていると思いますから、ちょっと早速行ってきますね。」
主人であってくれというジゼルの願いは虚しく、レリアは、火炙りになるかもしれない男の元へ向かっていった。
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小走りで、クルルという名前の男の元へ向かうレリア。
ジゼルは気配を消しながら、彼女の後をついていく。
(確か、最近料理人として入った、見習いの男だったはず。)
だが、それ以上の情報が思い出せず、
取り合えず彼とレリアの関係が、本当に手紙をやり取りする、友人の様な関係なのかを確かめなくてはならない。
やがて1階の台所の扉が見えてきた。
その近くに、1人の幽霊が野菜のかごを運んでいる姿が見えた。
背の高さは彼女より少し高いぐらいで、年も同じくらいに見え、
若くして、その幽霊は亡くなったのだろうというのが伺える。
「あっ!クルルさん!」
ぱたぱたと、彼のもとへと走り寄る。
「はい、これを。」
ジゼルの前でクルルという見習いに、手紙が渡った。
彼からはジゼルの事が見えているため、なぜレリアに引っ付いているのか分からない様子だったが、とりあえず彼女からの手紙を受け取っていた。
「じゃあ、またお返事待ってます!」
では、また明日の昼頃に、会いましょうね!と言いながら、廊下の奥へと消えていった。
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ジゼルは、彼女が去ったのを見計らい、クルルの前に姿を現す。
「あの…自分、何かしてしまったのでしょうか?」
素朴な顔立ちの青年の幽霊は、ジゼルが何故怒っているのか分からず、ただ首を傾げていた。
「彼女…レリア様と手紙のやり取りをしているというのは、本当ですか?」
「はい。そうですが??」
それが何か?と言わんばかりの彼の態度に、ジゼルが深いため息をついた。
「…どんなやり取りをしているか、洗いざらい全て今ここで吐きなさい。」
「なぜです?ただ、文字の練習に付き合っていただけですが??」
「貴方の魂を守るためでもあるんです!!」
あまりに真剣なジゼルメイド長の姿に、圧倒されて、クルルは黙ってしまった。
「いいです?事と次第によっては…。」
ーーーーーーー「・・・・事と次第によっては、何ですか?」
ジゼルの言葉は長く続かず、
彼女の背後から、今は絶対に聞きたくなかった、冥炎の主の声が寒々しく聞こえた。
後編もお楽しみください。




