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霧が少し晴れて、雲の間から月明かりが漏れる夜。
石畳みを下る足音が、1人分聞こえていた。
「あー!やっばり外の空気は違うなー!」
レリアは喜びの声を上げながら、念のためと持ち歩いている蝋燭を、今夜はランタンに入れ、シルドと待ち合わせている場所へ向かう。
久しぶりの外歩きに、幽霊はいるも、やはり心が踊る。この前の事があって、城の中でも外でもマッチョさんが護衛を進んでしている。
ちなみに、本日の護衛さんは、エリックとカインという方々。
護衛については、どうやら、シルドさんが言ったらしいが、大人数で取り囲んでくるので、いかんせん視界の筋肉暴力が凄かったし、何より申し訳なくて...。
人数を減らして欲しいと頼むと、仕方なく、すごすごと2人ぐらいまで人数が減った。
相変わらず、筋肉の祭りはしてくるが、彼らなりに、知らない幽霊が近づいてくると、素早く待ったをかける護衛らしい一面もちゃんとある。
ようやく待ち合わせの、白い木に到着した。
すると、エリックとカインは、空気に溶ける様に見えなくなっていった。恐らく、私から見えなくなっただけで、近くにいるのだろう。
(ここで、私は目が覚めたんだよね。)
木の葉も、花も、すっかりなくなっており、
起きたばかりの日々が、遠く感じてしまう。
「あれ?これって....。」
レリアの木の下に埋まったままの、自分が起きた棺桶が残っていた。
よく見ると、木の後ろに同じ様な棺桶が、もうひとつ並んでいる。
(色も似てるけど、こっちの方が大きいなぁ。これも、シルドさんが作ったのかな?)
もしや、これから来る人?いや幽霊用かな?
しげしげと眺め、再び視線を上げると、ふよふよと周りで遠巻きに見ている幽霊も、いつの間にかいなくなっていた。
どっかいっちゃったのかな?と思っていると...。
「お待たせしました。」
「?!」
心臓に悪い登場の仕方をされたが、木の近くからシルドが顔を覗かせていた。
顔を見ると...笑っている。
恐らく自分を驚かそうと、気配を消してこっちまで来たなとレリアは推測した。
ジト目でシルドを見る。
「ふふ、失礼しました。」と涼しげな顔だ。
ここ最近、彼は私を驚かす事に余念がない。
(やっぱり、その趣味はどうかと思います。)
今日こそは驚かないぞと決めていたのに...!と、
悔しげに、レリアはシルドを見上げていた。
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「さて、外回りをご案内しましょう。
こちらへ」
促され、隣に並ぶ。自身の首が痛みそうなぐらい、身長差があるが、見下げる彼も同じなんだろうなと思う。
「では、行きましょう。」
さくさくという小気味良い音をしながら、進んでいく。歩幅が大分違うのにも関わらず、自分が遅れないのは、シルドが歩調を合わせてくれているからだと、最近気付いた。
「ここ暫く、城の中ばかりで、退屈だったでしょう。」
「いえ、そんな事はありません!
最近、文字が書けるようになったので、お城にいる幽霊さん達と沢山交流出来て、楽しいです!
掃除のコツとかも、教えてもらえますし。」
本当に、ここで過ごす日々は毎日楽しいと感じている。
あと少しで去らないといけないのを、惜しく感じてしまうぐらい、レリアの生活は充実していた。
「そうですか。貴方はやはり適応力が高くていらっしゃる。」
突然シルドに褒められて、思わず頬が赤くなる。
「ありがとうございます。」
「シルドさんも、お仕事の合間に、文字の練習に付き合って下さって、感謝しています。
残り1ヶ月ぐらいになるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
島の海岸線近くを歩きながら、レリアはシルドと話しを続ける。
「...ええ、こちらこそ。楽しい時は、あっという間に過ぎていくものといいますから。」
ふいに、隣にいるシルドが歩みを止め、レリアに視線を真っ直ぐ向ける。
「貴方がいてくれるだけで、私も毎日が色鮮やかに見えます。早く城に帰りたいと、願っていますから。」
そう言われて尚のこと、レリアの顔が耳まで赤く染まった。
隣の彼の顔を直視出来ず、レリアは目を逸らしてしまったが、そのうち、ふふっと笑う声が聞こえてきたため、ちらっと上を見ると、案の定、目を細めて笑っていた。
「もう!」
(か、勘違いしそうになる...。)
火照る顔に、夜の冷んやりとした空気が、心地よく頬に流れていく。
(顔も悪く無いし、性格も優しいし。
...意地悪な所は、まああるけれど。
お付き合いされる方は、今までいなかったのかな?)
そう言えば、私が使っている部屋...女性部屋で到着した時から手入れがされていた....。
(まさか、過去に別れた人でも...!)
女性に慣れた様なエスコートや、言い回し。
間違いない!
ぴーんと、レリアは冴え渡る自身の考えに拍手した。
そんな彼女の様子をみて、また変な事を考えているなと、シルドは小さなため息をついていた。
「...良ければ記憶が戻るまで、此方にいていただいても構わないのですよ。」
「いやいや、そんな!
お世話になりっぱなしになっちゃいますよ!」
流石にこの島では、自分がお荷物である事に変わり無い。それに、レリアはあくまで、ここでは居候という考えだった。
「シルドさんにとって、ここは大切な居場所なのは、分かります。だからこそ、私も、記憶がなくても、自分の居場所を見つけたいんです。」
まだ、頑なな彼女の気持ちに、
シルドは、口元の笑みを壊さず、目だけを細めていた。
「そうですか...。もし、気持ちが変わったら教えて下さい。」
残念そうなシルドの様子に、レリアはそのぐらい、自分との距離が縮まっていたというのを、少し嬉しいと思っていた。
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暫く散歩を続けた後、はじめに待ち合わせた木の近くに戻ってきた。
「...ここへ。」
シルドの言葉と共に、先程の護衛さん2人が自分の後ろに立つ。
「では、今夜の散歩はここまでにしましょう。」
シルドはそうレリアに伝えると、外していた外套の頭を被せ、彼女の正面に立つ。
「私は、用事を済ませて戻ります。もう夜更けですから、先に寝ていて下さい。」
「はい、分かりました。お仕事気をつけて下さいね。お休みなさい。」
「えぇ、良い夢を。」
手を振って、レリアはシルドと別れを告げ、護衛の幽霊と共に、城へと戻っていった。
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彼らの姿が見えなくなり、静かな気配の中、唯、夜風が耳を掠めていく。
「...いつか、同じ時に眠りたいですね。」
2つの棺桶を見つめながら、控えめに呟く音が儚く消えていく。
未だ独りよがりな願望を、共に出来るかを思案する男の横顔は、酷く寂しげだった。
だが、それも一瞬の事。
男の持つ杖が、ギリギリと音を立てる。
尋常ではない、手の力が、杖に伝わっていた。
「...外に行きたがるのは、彼女の定め。ですが、この地を永遠に去る事は許さない。」
そう言うと、感情が昂るまま、杖の下を地面に叩きつける。
「ならば...。」
深淵から出てきた幽鬼の様に、全身に黒い炎が吹き上がる。
「...否が応でも「居場所」とやらを、作ってさしあげましょう。」
彼の気性が乱高下するので、書いていると自分の気持ちも乱高下しそうです。




