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「...ん....はっ!」
がばりとレリアは寝台から勢いよく身体を起こす。
辺りを見渡し、薄暗い、いつもの見覚えのある部屋の空間にいると分かって、ほっと胸を撫で下ろした。
「...夢...?」
夢にしては、随分とはっきり頭の中で記憶に残っていた。
(一体何だったんだろう。)
男の子と、自分が成り代わっていた少女は、あの後どうなったのか、少しだけ気になるが、夢で続きが見られるとは思えない。
それに...
------「約束」
その言葉が、妙にまだ胸をぐずつかせる。
シルドと最初に出会った際、自分の名前を思い出したら、教えて欲しいという約束を思い出すも、それとは違う「約束」の響きを、何か知っている様な気がする。
(...うーん。唯の考えすぎ?
それに、寝過ぎたのかな?...頭が痛い。)
そんな、ぐらぐらする頭に鞭打って時計を見てみると、どうやら随分と寝過ごしてしまっていた。
(もう昼だ...。)
昨日の落ち込んでいた気持ちは、何処へ行ってしまったのか、2食も食べ損なってしまったと、食いしん坊な思考が頭の中で叫んでいた。
レリアは、布団から身を出して起き上がる。
机に昨晩置いてあった料理は、いつの間にかなくなっていた。
食べれなくてごめんなさい、と言う気持ちでいっぱいだったが、とりあえず、気持ちを切り替えて、支度を大慌てではじめた。
(昼食を食べにいくか、作るか、料理番の幽霊...ルークさんに尋ねてみよう。)
支度を終え、燭台を持ちながら勢いよく扉を開ける。
「え」
なんか同じ様な反応をした事が...あったなと思いつつ、そうも言いたくなる光景が広がっていた。
自室の扉の前の廊下に、びっっっしりと幽霊達が集まっていたからだ。
「い、一体、どう言う事なんでしょうか...。」
今から何か、廊下で儀式か何か始まるのかと、
訳が分からずに戸惑っているレリアに、突如転機が訪れる。
「昨日の出来事もあって、皆さん心配で様子を見に来ていたんです。こんなに集まってくるとは、私も想定していませんでしたが。」
「⁈」
開けた扉の横から、声が聞こえて、レリアは驚きのあまり、固まっていた。
聞こえた方に視線を向けると、自室近くの壁に少し寄りかかっていた身体を、すっと戻すシルドの姿があった。どうやら、自分が起きるのを待っていたらしい。
「...はじめからいました。
流石に今、揶揄おうとする気持ちは、ありませんよ。」
レリアの驚き様に、シルドは釈明を述べた。
そして彼女に近づくと、何やら手にある物を渡してきた。
「はい、これを。蝋燭はお預かりしますから、読んでください。」
「...?」
シルドから手紙の束を渡される。
とりあえず、かさりと、1番上から読み始めた。
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「大丈夫ですか?
無理しないで下さい。」
「掃除は任せなさい!
今日は寝てなよ。」
「怖いなら、俺たちが窓の向こうにいるから、いつでも呼んでくれよ。」
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「これって...。」
読み進めると、自分に宛てられた手紙だと分かった。
どれもこれも、自分を気遣う物ばかり。
「昨日の貴方の姿を見て、彼らが貴方を慰めようと、ここで待っていました。まだ伝える手段が文字だけなので、手紙を渡して欲しいと。」
「...皆、心配していましたが、貴方なら立ち直れると、信じてもいました。」
周りの幽霊達も、うんうんと頷き、彼の言葉に同意している。
ここにいる幽霊達は、本当に優しい人達ばかりだ。
勿論、シルドさんも。
「ごめんなさい皆さん。シルドさんも。
...それから、ありがとうございます!」
もう元気になりましたからと、レリアは笑顔で答える。
その直後、お腹が盛大に鳴り響いた。
誰かは、皆直ぐに分かった。
レリアは恥ずかしさのあまり、顔から火が出るほど赤くなるも、自分を囲む彼らが、肩を震わせて笑っている様は、不思議と温かな気持ちにもさせてくれた。
「では、昼食を食べに行きましょう。
…お手をどうぞ、お嬢さん。」
「...もう、さっそく揶揄わないで下さいよ。」
レリアは、怒るではなく、楽しそうにシルドに言いながら、差し出された手を取った。
すっかり元気になったレリアは、夢の事など忘れて、彼女にとっての現実の世界に足を踏み出した。
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ーーーー時は遡って、彼女がまだ起きていない頃の出来事
男は「収容所」と呼ばれる、悪霊になりかけた亡霊を閉じ込めている場所にいた。
収容所は薄暗く、深く地下に螺旋状に続いており、錆びついた檻が並んでいる。
捕らえた者を逃がさないように、檻は常に黒い炎に覆われ、時折、亡者のうめく声や慟哭が冷たい石壁に木霊していた。
そんな中、囚われていない亡霊たちが、何やら忙しそうに動き回っている。
「●●●!」
「はい…例の彼ですね。どうぞ此方へ。」
その言葉と共に、重苦しい音がして収容所の両扉が開かれる。
「ちっ、くそ、離せ!!この野郎!!」
暴れている亡霊の腕を、体格の良い亡霊2人が抱え込みながら入ってきた。
「あいつは、俺の物だ!!!」
「なのに…あぁ…くそっ!あんな野郎と…!」
「俺は悪くない…。悪いのはあいつらだ!!!」
髪を振り乱し、窪んだ眼はギラギラと、何かに飢えているようだ。
「戻ってくれば、許してやってたのに。」
「あいつを…あの女を…馬鹿な所も…全部、ぜんぶ、愛していいのは俺だけだ!!!」
暴言を吐き続けながら、未だ抵抗を続ける亡者は、引き摺りながら彼の前に連れてこられた。
罪人として裁きを待つ身の亡者は、胸の中心がひび割れ、
時折隙間から、黒い汚泥の様な液体が垂れていた。
「…おや、随分と呪いが濃くなりましたね。愚かさも此処まで極まるとは。…魂の消滅をお望みで?」
男は、彼の胸のあたりを見つめながら、冷たく言い放つ。
その言葉に、亡者は怒りで歪んだ顔を男に向け、唾を吐きつける。
だが、飛沫は男の顔をすり抜けていき、石畳へと消えていった。
「おや、随分と情熱的な方ですね。」
男は、不自然に口元だけ笑っている顔を亡者に見せたあと、瞬時に真顔に戻り、眼光を鋭くさせる。
拘束を続ける幽霊に、空きが出来た牢に入れる様に伝えた。
それを聞いた亡者の顔が、さらに歪になる。
「くそ、くそくそっ!くそ!!離せ!」
再び亡者は引き摺られ、螺旋の暗がりへと空しく消えてゆく。
「…では、さようなら。」
男は亡者の姿が見えなくなるまで、じっとその背を眺めていた。
その姿を見て、1人の幽霊が近づく。
「●●●?」
「何ですか?…別にあの悪霊堕ちが、気になるわけではありませんよ。」
「●●●。」
「…見送るのが珍しい?…いえ、なんといえばいいか。」
「あんな愚か者でも、私が少しばかり共感できる事がありまして。」
「…?」
「 彼女の全てを 愛していいのは 私だけだ 」
男の呟きは誰にも聞こえず、底の見えない螺旋の穴へと吸い込まれていった。




