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ーーーー北の棟の一室、霧が珍しく晴れた日の夜。
「・・・・・・・・。」
寝台の上で、大の字になってレリアは寝れずにいた。
無理もない。あの炎の光景が、目に焼き付いて離れないのだ。
ふいに、炎の色が黒ではなく、紅蓮に染まる光景が目の前に広がったような気がした。
目をこすると、いつもの寝台の綺麗な天井が見えるだけで、気のせいかと目を細める。
「はぁ…。」
レリアは深く溜息をつく。
お腹は空いているのに、あまり食べる気はせず、すっかり料理は冷めてしまい、そのまま机の上に残されていた。
(情けない…。)
元気は自分の長所だと思ってたけどなと、レリアは感じていた。
(…明日からは、「いつもの」自分に戻らないと。…いや、でもいつもってなんだろう。記憶もないのに。)
どんどん思考が俯き加減になっていく。
未だ、消沈気味に気持ちを持て余し、寝ようと思えば思うほど、寝れなくなって、ごろりと枕を抱えて、姿勢を変えた時だった。
シルドがくれた蝋燭と、黒い炎が宿る燭台が目にとまる。
穏やかに、小さく揺れるその灯を見て、涙を拭い、自分を慰めてくれたシルドが頭を過った。
(…シルドさん。)
誘われるかのように、寝転んだまま、燭台の方へ手を伸ばす。
そして、指先でちょこんと炎の先端に触れる。
(…熱くない。)
生きているものには、効果がないと、前に彼が言っていたが、確かに仄かに温かいだけで、とくに熱さも、自分に燃え移るような事もない。
なんとも不思議な火だ。
指先に感じる温かさの移ろいが、彼のいたずらを思い出させる。
「ふふっ。」
シルドの笑い方がうつったかの様な、笑みが溢れた。
ーーーー笑っていてください。
私の笑顔が、少なくとも、彼の辛さを和らげるのであれば。
(…少なくとも、彼の前では笑顔でいよう。)
レリアの顔に、明るい日差しが戻り始めたその時だった。
蝋燭の灯りが風もないのに、ぼんやりとゆらいだと思ったら、急な眠気に襲われる。
流石に疲れが限界に達していたのだろう。
レリアは、誘われるがまま、重くなった瞼を閉じた。
(おやすみなさい)
手は、まだ温かさの残る燭台の近くに置かれ、安らかな寝顔で、彼女は眠りに落ちた。
暫くすると、控えめな寝息が聞こえ、カーテンの隙間から星々の光が入り込む。
レリアの近くにある蝋燭の灯りが、先程よりも小さくなっていく。
「…私の魂が、貴方に安らぎをもたらすなら、喜んで傍にいますよ。」
静かな夜の気配に、囁く声が消えていった。
もう眠りの世界へと誘われていった彼女には、近くから声がするのに気付かず、ぐっすりと深く沈んでいった。
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レリアは視界が白く覆われたと思った瞬間…。
周りはなぜか原っぱや草木になっていて、そこにポツンと立っていた。
青空が広がり、鳥が天高く飛び回って囀っている。
ここはどこ?と、シルドと出会った時の様な、デジャヴュを堪能する事になった。
しばらくすると、突然視界が上下に動く。
遠くの方に城が見えた。何処かで見たことがあるような…。と考える暇を与えてくれない。
なぜなら、自分の視界のはずなのに、きょろきょろと勝手に動く景色に、酔いそうになっていたからだ。
(どっどうなってるの…?これ、夢なの?)
夢にしては景色がはっきりと見える。
レリアは戸惑うも、目を閉じる事も出来ず、ただひたすら視界の暴力(物理)に振り回される
それにしても、なぜか目線がいつもより低い。
まるで、子どもの背の高さぐらい。
(私…、憑依した?それとも生霊???)
よそ様の身体に勝手に入っていたら、ごめんなさいと心の中で呟く。
現在、不法侵入は、したくてしている訳ではないので、許してください。
どうやら、周りを見渡しながら森の近くの草木をかき分けている様子だ。
足元の花を、しゃくしゃくと、こぎみよく踏む音が聞こえている。
しばらくすると森に入った。なおも、がさがさと何かを探すような素振りを見せながら、うろうろとしている。暗かったが、すぐに陽の当たる開けた空間に出た。
そこには、白い小さな木が生え、水色の花が一面に咲き誇っていた。
(この木…名前を借りてる白い木みたい。)
自分の見た木より、随分と小さいが、幹は太く、伸びしろが期待されるような、輝く太陽の祝福を貰って輝いている。
「…ねぇ、そこにいるの、だあれ?」
突然頭に響くような、高めの声が聞こえる。
(!!びっくりした…!えっ?誰の声?)
視界には特に何も見えないが、どうやらこの自分が憑依…?している小さな彼女には、見えているらしい。
「いるんでしょ。お話ししたいの!」
「…。」
がさがさと、白い木の後ろから、観念したように、マントを深々と被ったような布の塊が、のそのそと見えた。全身真っ黒で、表情も何も見えない。明らかに好意的ではなさそうな様子も、この身体の持ち主はお構いなしに、ずんずんと近づいていく。
「あの?…。聞こえてますか?」
「…。」
「ねえ、名前は?」
「…◾️。」
ノイズが入ったように、上手く名前は聞こえなかったが、ぶっきらぼうな返答故、子どもにしては、暗いような雰囲気を感じる。だが、不思議と自分も怖さは感じなかった。
「私はね、◆◆◆◆って言うの。」
どうぞよろしく!と手を伸ばす。
だが、伸ばされた手は摑まれる事なく、空しく伸ばされただけだった。
伸ばした本人は、気にしてはいない様子で手を引っ込める。
物凄いポジティブさ。
「よろしく?」
訝しげにマントから顔の半分が見える。顔からは、何言ってんだ?という表情がみえる。
やっぱり、よろしくはしたくないらしい。
「これが、れーぎって聞いたの!」
「でも、僕と一緒にいると、君もよく無いよ。」
「どうして?」
こてん、と視界が斜めになる。
「だって、僕といると、みんな不幸になるから。」
「ふこう?」
「…不幸。嫌な事が起こるって事。」
(なんか、可哀そう。)
自分を不幸の象徴かの様に語る子どもに、何があったのかは分からないが、少しばかり同情する。
「なんで?私、いま、■に会っていやなことはなかったわ。
きっと、嫌なことがあった時、貴方がたまたま近くにいたからよ。」
(そう、そう。)
うんうんと、自分の気持ちを代弁しているかのように、頭の中で聞こえる声に同意する。
その通り!
「それに、あなたに会う前、私なんて、モリアスにお花をとられたのに、怒ろうとしたら、泣き出したの。メリーがモリアスを泣かすなんて!って、怒られたのよ。しかも、嘘泣きよ!だから、■に会ったから嫌なことが起きたわけじゃないわ!」
「もう、私のせいじゃないのにー!!」
空に向かって叫ぶ子ども(自分?)…。
「…そういう嫌な事じゃない。」
(でしょうね…。)
恐らく、彼が言う不幸とは、もっとネガティブな事なのだろう。
多分、借金、病気とか…死とか。でも、まだ彼女はそんな事に遭遇していないから、自身の最上級の嫌な事が、これだったのかもしれない。
「んーじゃあ、分かったわ!私、また明日、貴方に会いにいく!それで、嫌な事があったら、教えてあげる!」
「なんで、ぼくにそこまで・・・?あったばかりなのに。」
「…?■の事を知りたいから、友達になるのよ!」
だって、貴方も自分のせいじゃない!ってスッキリするでしょ!
と当然かの様に自信満々に言う。
「実はわたし...ちょっと1人でお家をぬけてきちゃったから...お友達、全然出来なくてつまらないの...。
だから、お友達を探しにきたの。」
お友達って、がさがさと探すものなのかという疑問は、純真そうな彼女の手前、胸にとどめておこう。
「でも...。僕…。」
彼の渋る顔を、小さな少女は覗き込むようにして見る。
彼のフードに隠れていた顔が、視界一杯に広がる。
赤い瞳に黒い髪。
黒い髪はありそうだが、赤い瞳はきっと珍しいだろう。
(…もしかして、それが原因で「不幸」の象徴にされているのかな。)
そんな考えを吹き飛ばすかのように、少女が言う。
「貴方の髪色、とっても素敵!赤い瞳は見た事ないわ!まるで、朝に食べたベリーみたいに綺麗ね!」
ベリーかどうかはさておき、自分から見ても、確かに宝玉の様に美しいと思った。
「…そうかな?」
「そうよ!」
綻ぶ様な声色に釣られて、彼の顔に少しだけ笑顔が灯る。
すると、遠くで鐘の音の様な音が聞こえてきた。
「あ、大変!もう行かないと!」
そう言うと少女はスカートの皺を直して、彼と向き合う。
「じゃあ、明日ここで待っててね!私が「不幸にならなかった」って言いにくるから、絶対友達になりましょう!」
「…うん。」
「約束よ!」
ーーーーーーーーーーーー約束
(…変な気持ち。)
温かな子ども同士の友情の場面だというのに、
なぜか締め付けられるような、息苦しさを感じる。
約束と称して、彼女は、もう一度手を彼の方へと差し出していた。
明るい、太陽の様な輝きに見せられたのか、
赤い瞳の少年は、彼女の手に、ゆっくりと己の手のひらを重ね合わせた。
その瞬間、視界がまた真っ白に染まっていった。
彼にも彼女にもまだ謎が多いキャラなので、伏線頑張って回収します。
もっと話が進んだ何話目かで、昔やっていたようなリクエスト募集をしたいと思います。




