表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

第8話 瞬いた秘密

 八月の夕暮れ。

 神社の境内に出店が並び、浴衣姿の人々でごった返していた。

 同じクラスの男子数人に誘われて、僕は夏祭りにやってきた。集合場所に向かうと、そこには――陽奈ちゃんがいた。白地の浴衣に朝顔の模様があしらわれていて、帯は淡い藤色。耳の横で結ばれたツインテールも、普段よりもずっと大人びて見えた。

 思わず息を呑む僕に、陽奈ちゃんは「やっ」と小さく手を振った。その仕草が、浴衣姿の落ち着きと不釣り合いなほど可愛らしくて、胸の奥がざわついた。


 集まった顔ぶれは男女あわせて八人ほど。誰かが屋台に行こうと声を上げると、一斉に散って歩き出した。

「ねえ、朋希くん、あっちにかき氷あるよ!」

 陽奈ちゃんが振り返り、ぱっと笑った。

 提灯の明かりを映す瞳がきらきらして、思わず胸の奥が熱くなる。僕はただ頷くだけで精一杯だった。

 そんな中、ひときわ大きな歓声があがる。

 振り返ると、射的の屋台で慧が銃を構えていた。長い腕を伸ばし、軽やかに的を落としている。

 「慧ってほんと上手!」と目を輝かせる陽奈ちゃんに、慧は得意げに「ほら陽奈、やるよ」と景品のぬいぐるみを差し出した。

 周りのクラスメイトが「お似合いだな」「ほら受け取れよ」と冷やかす。陽奈ちゃんは一瞬ためらったものの、結局「ありがと」と嬉しそうに抱きしめていた。

 その姿を見て、僕の胸に小さな棘が刺さる。

 なんだろう、別に二人は付き合ってるわけじゃないと思う。けれど、慧みたいに目立つ男子と並ぶ陽奈ちゃんは、あまりにも“絵になる”ようで――僕の出る幕なんてないんじゃないかと思えてくる。


 その後もしばらくみんなでわいわい歩いたが、人混みが激しさを増すにつれて、気がつけば僕と陽奈ちゃんだけになっていた。

「……あれ?」

「え、みんなどこ行った?」

 立ち止まって周囲を見渡す。浴衣の波ばかりで、知った顔は見えない。焦りがこみ上げた。

「ど、どうしよう……」

「まあいいじゃん。あっち、行こ!」

 あっけらかんと笑った陽奈ちゃんは、ぬいぐるみを抱え直しながら先に歩き出した。まるで迷子を楽しんでいるかのように。

 僕はその背中を追いながら、心臓が早鐘を打つのを抑えられなかった。二人きり――それは望んでいた状況のはずなのに、現実となると落ち着かない。

 やがて人混みを抜け、河川敷の芝生に出た。屋台の喧噪は遠ざかり、草いきれの中に夜風が涼しく流れていた。遠くで花火が上がる音がして、ちらほらと浴衣の人々がシートを広げている。

「ね、花火買おうよ」

 陽奈ちゃんが屋台で花火の袋を手に入れ、僕に一本差し出した。

 マッチをこすって、手持ち花火に火を移す。オレンジ色の火花がぱちぱちと散り、夜の闇を明るく照らした。浴衣の袖の奥で、陽奈ちゃんの手首が白く浮かび上がる。

 しばらく笑いながら遊んでいたが、袋の底に残った線香花火を手にしたとき、空気がふっと落ち着いた。しゃがみこんで火を灯すと、細い火玉がじりじりと赤く燃え、静かに丸まっていく。

 陽奈ちゃんが僕の近くに腰を落とした。川風に揺れるツインテール。火の粉に照らされて、横顔の睫毛が長く影を落とす。

 その瞬間――。

 しゃがむ拍子に浴衣の裾が少し乱れ、足元から一瞬だけ――()()()()()が覗いた気がした。

 視線を逸らそうとしたが、心臓が跳ね上がる。目の錯覚かもしれない。けれど、頭の奥に焼きついて離れない。

 慌てて火玉に目を戻す。小さな光が、ぽとりと地面に落ちた。

「……見た?」

 恥ずかしそうに囁く声。驚いて顔を上げると、陽奈ちゃんは頬を染めて僕を見ていた。瞳の奥が揺れていて、真剣なのか照れているのか分からない。

「え……いや、その」

「あーあ。ちょっと油断しちゃったな」

 少し視線を外し、諦めたように呟く。

 でも、ほんの少しの沈黙のあと、彼女は小さく笑って僕を再び見つめてきた。

「……内緒ね?」

 胸の鼓動が喉までせり上がる。何か言わなきゃと思うのに、言葉が出てこない。結局僕は曖昧に首を振ることしかできなかった。

 それ以上追及してこなかった陽奈ちゃんは、再び線香花火に火をつけて「ほら、またやろ」と笑った。その快活さに救われるような、でもどこか取り残されるような、そんな気分だった。


 残りの花火を終えて二人で帰る道すがらも、胸の奥にはさっきの一瞬が残っていた。

 祭りの賑やかさの中で交わした秘密。

 誰にも話せない、僕と陽奈ちゃんだけの秘密。

 それは小さな出来事にすぎないのに、僕にとっては胸を熱くするほど大きなものだった。

 この夏祭りの夜を、きっと一生忘れられない。

次回は木曜の19時半ごろに投稿予定です。

(月曜の昼・木曜の夜に更新)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ