第1話 隣に居たあの子
木漏れ日が心地よい、いつもの通学路。
今日から中二になると言っても、不思議と実感はわかない。
一年が過ぎたところで、昨日とそう変わらない日常が続くだけ。勉強も友人関係も、まあまあ順調。これ以上望んだら贅沢なのかもしれない。
でも、ときどき考える。――何かちょっとした刺激があればいいのに、と。
そんなことを思いながら歩いていると、ひゅうっと風が吹き抜け、桜の花びらが舞い散った。
朝の光に浮かぶ花びらは、季節の移ろいを告げているようで。
その一瞬だけは、変化の予感が胸の奥でひそかに揺れた。
校門をくぐって、ざわめく廊下を抜けていく。見慣れた校舎のはずなのに、どこか空気が新鮮だ。
新しいクラスの教室に入り、座席表を指でたどりながら自分の席に向かうと――隣の席に座っている女子の姿に、僕は息を飲んだ。
耳の横で結んだツインテールが肩にかかり、窓から差す春の光を受けて柔らかく揺れている。
顔立ちは整っているのにどこか幼さが残っていて、まるで小動物みたいに愛らしい。さらに右目の少し下、鼻筋の横に小さなほくろが浮かんでいて、それが妙に印象的だった。
「よ、よろしく……」
なるべく平静を装って声をかける。
「うん、よろしくね」
振り向いた彼女は、すっと笑った。澄んだ笑顔だった。
周囲では男子たちがざわめいていた。
「マジで同じクラスかよ」「やっぱ可愛いな……」――そんな声が聞こえてくる。ちらちらと彼女の方を盗み見ては、顔を赤らめているやつもいた。
「去年から人気あったよな、なんて名前だっけ」
「ツインテ似合いすぎだろ」
「うわ、ほくろあるの知ってた?」
そんな囁きが飛び交って、まるで教室の真ん中にアイドルが座っているようだった。
中には「お前、隣とか羨ましすぎ」と直接冷やかしてくるやつまでいて、僕はただ苦笑するしかなかった。彼女はただの可愛い子じゃない。みんなが一目置く存在なんだ。
だけど、不思議と引け目ばかり感じるわけでもなかった。
背は低いし、運動も得意ではない。だけど勉強はそこそこできるし、友達だってゼロじゃない。冴えない部類には入るだろうけれど、完全に消えた存在じゃない。……そう思えるくらいの自負は、一応ある。
それでも、こんな子が隣の席にいることに、どうしようもなく胸がざわついた。
翌日の放課後。
部活に入っていない僕は、まだざわめきの残る教室でノートを広げていた。
ふと窓の外を見やると、グラウンドを駆ける人影があった。軽やかに跳ねるツインテール。見間違えるはずがない。
彼女は本気で走っていた。頬に汗を光らせながら、それでも顔は晴れやかだった。教室で見せる上品な笑顔とはまた違う、まっすぐで快活な輝きがそこにあった。
その横顔を見ていると、言葉にならない何かが胸に広がっていく。目を逸らすことができなかった。
やがて彼女はこちらに気づき、手を振った。
思わず身体がびくっと反応してしまう。動揺を隠そうと手を振り返したものの、我ながらなんとも情けなかった。けれど同時に、胸の奥で確かに芽生え始めたものを感じていた。
――あの子の名前は、高瀬陽奈。
クラスの男子がざわめく理由も、今ならよく分かる。
でも僕にとっては、ただ「隣の席の子」以上の存在になりかけていた。