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6/8

その ご。

 シーン……………………。


(うぅっ……空気が重い……)

 やらかした。やってしまった。失敗だ……それも大失敗だ。

 英雄は思った。


 そして、そんな非常(非情という字を当てても可)に重く長ったらしい沈黙を破ったのは、英雄自身でも総統Xでもない、女の子の明るく可愛らしい声だった。


「平和な真昼の静寂を破り、甲乙丙学園のグラウンドに突如現れたチャイナドレスを広めようと目論もくろむ謎の組織DCスクエア! その野望を食い止めるためか、これまた彗星すいせいのように現れたのは、正義の特別風紀委員ペパーミント・ヒーローと名乗る少年でありますっ!!」

 グラウンドの全員の視線が別の一点に集中する。


「放送部のみこちゃんだ……」

「そういえば1年D組も体育の授業だったな」

「しかも放送席が勝手に出来上がってるし……」

「放送部員がマイクを常時持ち歩いているってウワサは本当だったのか」

 

 黒く長い髪を背中側で可愛らしいリボンで束ね、1年生用の若草色をしたジャージの左腕に『放送部』と書かれた腕章をつけ、右手にはマイクを握り締めた放送部のアイドルこと京野美琴、愛称みこちゃんが、英雄の立つ朝礼台のすぐ隣に、放送席と書かれた札を立てた机を用意してちょこんと座っていた。


「現在、ここ甲乙丙学園グラウンドの特設放送席より、実況はわたくし京野美琴がジャージ姿でお送りいたしております!」

 愛らしいみこちゃんボイスがマイクを通して、学校中の全スピーカーから響き渡る。


 それを聞きながら、英雄は感動していた。

(恥をかかずにすんだ)

 少なくともそう思った。


 英雄は朝礼台を降り、素早く移動すると、放送席に座るみこちゃんの前に立っていた。

 そしてひと言、

「あ、ありがとう」

 と礼を言った。

 それは非常に素直な気持ちから出た言葉だった。


「あ……あの……」

 みこちゃんが恥ずかしそうに、英雄の顔を見上げる。

「ん?」

 英雄はみこちゃんの方を見つめ返す。


「あの、手を、はなしてください……」

 そうとだけ言うと、彼女は顔を赤らめてうつむいてしまう。

 そう言われて、英雄はゆっくりと視線を下ろした。


(はっ!?)

 感激の思いが強かった英雄はいつの間にか、何気なくさりげなく、ちゃっかりしっかり、みこちゃんの手を握りしめていたのだった!

 英雄は慌てて、みこちゃんの手をはなした。


「ご、ごめんっ……わ、わざとじゃ……!」

「そ、そうですよね……たまたまというか、偶然というか、ちょっとしたアクシデントみたいなもんですよね……」

 そんなふたりのラブコメのようなやりとりをぼんやりと眺めていた総統X(実際は英雄の名乗りに固まっていただけ)だったが、ふと我に返った。


「うぬぬぬぬ……正義の特別風紀委員だと? ペパーミント・ヒーローだと? おのれ、妨害が入ることは予期していたが、こんなにも早く我が野望の前に立ちふさがる者が現れるとは……」

「この場はわたくし紅心姫ハートにお任せ下さい、総統閣下」

 どこからともなく、襟元を軽くはだけた紅いチャイナドレスに白衣をまとったロングヘアの美少女が現れ、総統Xに告げる。


 襟の黒い縁取りは必要以上にはだけないように、鳳凰ほうおうをかたどった金色の小さなブローチでとめられ、胸元の飾りボタンは紅心姫の名にふさわしい薄桃色のハートマークになっている。

 ひざ下まで伸びたスリットからすらりと伸びた素足には、赤みを帯びた桃の実のような色合いの布靴を履いていた。


 彼女はエピソード『そのいち。』に登場した丘道ジュン、DCスクエアにおいては紅心姫というコードネームを持つ幹部の座をになっている。


 そんな格好のジュンにめざとく気づいて、

「おおっ、あらたにすんごい美少女が」

 ツユハルがほうけたように呟く。

 しかし、彼は彼女の正体が生徒会書記の丘道ジュンとは気づいていない。


「白衣にチャイナか……いっけんアンバランスな組み合せだが、色のコントラストは絶妙だ。白衣によって際立った色濃い紅が相対効果によって肌を白く見せることにより、そこに美しくも妖しい雰囲気をかもし出している」

 松飛台も感心したように言う。

 慧眼けいがんである彼であっても、紅心姫=ジュンであることには気づいていないようだ。


「なるほど。それと、ほのかに赤と白が混じってピンクのように見えるのも計算の内かもな。しかし立て襟を軽くはだけただけで、こうも目線と心を引き付けるとはチャイナドレスあなどりがたし……」

 ツユハルが感慨深げに相づちを打つ。


「おまえら、DCスクエアの素質ばっちりだよ」

 またまた竹ヶ花があきれ顔で呟いた。

 ところで、感性がとりあえず一般人に近い竹ヶ花くんが紅心姫=ジュンである、と気づいていないってことは、生徒の中では誰も紅心姫の正体に気づいた者はいないという良い証拠だった。


「おお、紅心姫くんか。ほう、チャイナに白衣というのも意外と……」

 途中まで言いかけて、総統Xは傍らに立つ幹部Jことジョーくんを小突く。


「なんだ、ギンナ……なんでしょう、総統?」

 暗いオーラを発したままうつむきがちだったジョーくんが力なく返事をする。


(鈍いヤツだな。ボクが彼女をほめてもどうしようもないだろ。君が彼女をほめないと)

 総統Xは小声で幹部Jへと告げ、紅心姫として現れたジュンのほうへ押し出す。


 チャイナドレスと白衣をまとったジュンの前に立たされたジョーくんは、

(うおぅ……ジュンちゃん超カワイイ! 白衣とチャイナがこんなに似合うなんて……まさか天使? そうだ、白衣の天使だ! 白衣の天使ってのはナースのことじゃなくてジュンちゃんのことなんだ! ああ、色々とほめる言葉はたくさんあるはずなのに、俺の語彙力じゃとてもじゃないけど表現しきれない!)


 ジョーくんはどぎまぎしながら、

「あの、えーと……その、似合っている」

 とだけどうにか絞り出した。


「フフッ、ありがと」

 ジュンが少し照れたように、にっこりと可愛らしく微笑む。


(あー、もうダメだ! かわいすぎが大爆発すぎる!)

「総統!」

 ジョーくんは元気を取り戻し、振り返って明るい声で言う。


「なんだね」

「このままデートに行ってもよろしいですか!」

「よろしいわけないだろ。さすがに作戦行動中なんだから。デートはひと区切りついてからにしたまえ」


「残念……」

「大丈夫、手早く終わらせちゃうから」

 と答えて、ジュンは英雄のほうへと進み出る。

                 

「さあ、ペパーミント・ヒーローとやら、DCスクエア四天王がひとり、紅心姫が相手をしてあげるわ」

 ジュンは肩にかかった長い髪を手で軽くくように後ろへやり、人差し指を英雄へと突きつけた。


「の、のぞむところだ!」

 英雄はみこちゃんのそばから少し離れると、身構えて答える。


「フフ……いい度胸ね。でも、キミのお相手をするのは、この子たちだけど」

 小悪魔めいた微笑を浮かべてジュンが言い放つと、彼女の前に、お化けニンジンたちがズラリと横一列に並んだ。


(げっ……)

 英雄、ひるむ。

 いちばん最初に戦わなくてはならない相手の存在をすっかり忘れていたのであった。


「さあ、やっておしまい、キャロッ!」

 ジュンがリーダー格らしきお化けニンジンに命令する。


「キャ…キャロッ太……?」

 DCスクエア以外の皆さんが一気に脱力する。

 正義の味方のネーミングが安直なら、敵さんのそれも案外安直なものである。


「ちょ、ちょっと! キャロッ太たちを馬鹿にしないでよね! この子たちはねえ、最新のオカルト超科学と超絶生物学スーパーバイオロジカルで生み出されて愛情たっぷりに育てられた高品種改造野菜ハイグレード・ベジタブルなんだからっ!!」

 生徒たちのリアクションがお気に召さなかったらしく、ジュンが大声をあげる。


(あれ、着ぐるみじゃなかったんだ……)

(というか、最新のオカルト超科学ってなに?)

超絶生物学スーパーバイオロジカルって、全然ロジックって感じじゃないよな)

(ベジタブルって、その領域をはるかに越えてるじゃありませんか……)

 みんなが心の中で思い思いにツッコミを入れる。


「ま、いいわ。アナタたちがどれだけすごいか、みんなに見せてあげなさい。さあ、手始めにあの坊やをやっつけちゃって!」

 開き直ったジュンが手を翻すと、お化けニンジンたちはどこから取り出したのやら、いっせいにロケットランチャーをかまえた。


(ロ、ロケットランチャー!? そんな武装してるなんて聞いてないよ!! だいたいチャイナドレスに着替えさせるのに、そんなの必要ないだろっ!!)

 予想外の敵の装備にパニクる英雄。


「撃てーッ!!」

 ジュンの号令とともに、お化けニンジンたちがランチャーのトリガーに手をかけた。

 ポンッという音と白い煙とともにランチャーから次々と人参型ミサイルが飛び出す。


 ポスポスポス……。

 飛んでくるそれは人参型ミサイルというか、本物の人参、ナマ人参だった。


「DCスクエアによる先制攻撃がペパーミント・ヒーローにヒーットォ!」

 みこちゃんの実況のとおり、よける間もなく、生人参が英雄の体に次々とぶちあたる。


「イタッ、イタタタタッ……」

 強化服にはそれなりの防御力があるのだろうが、それでも鋭い速さで撃ち出される生の人参の硬度にはあなどれないものがあった。

 英雄が痛がっているうちに、空になったランチャーに次発ニンジン弾装填完了。


 ふたたび、人参ミサイルが発射され、

(マズイ!)

 英雄は慌てて逃げ出す。

 

 たった今まで英雄の立っていた場所に転がる人参ミサイル人参ミサイル人参ミサイル


 標的が移動したのを見て、お化けニンジンたちはランチャーと予備の人参ミサイルの入ったカゴをかついで、英雄のあとを追って走り出す。


 英雄が逃げた方向にたまたまいた生徒たちも身の危険を感じて走って逃げ出す。

「ウワッ、こっち来るな!」

「なんで、私たちの方に逃げてくるのよ!」

 悲鳴をあげて逃げながらも、英雄に怒鳴る生徒たち。


「そんなこと言われても……」

 止まれば人参ミサイルの餌食えじきになるのは目に見えてるから止まるわけにはいかない。


 そのうちに、生徒、英雄、キャロッ太たち、生徒、英雄、キャロッ太たち……といつの間にか全員で綺麗な円を描くようにグラウンドを走っていた。


「漫画とかでよくある光景なんだが、実際にこの目で見てみるとコミカルというよりはちょっとブザマだな」

 騒動から見事にのがれて、それを放送席のすぐそばから見つめる松飛台の言葉に、

「ああ」

 これまた、うまく避難していた梅・竹の二人がうなずく。


「しかしまあ、なんというか撃ち出す弾がただのニンジンとはいえ、ロケットランチャーとはえらく物騒な物を使ってるよなあ」

「チャイナドレスに着替えさせるのにまったく必要ないよな、あれ」

「力ずくの戦法なのか? だとすると、そういうやり方はあまり感心せんがなぁ」

 と松竹梅が会話をしていると、


「それではァ、そこら辺の事情をォ、先輩たちに代わって私が聞いてこようと思いまァす」

 甘えるような舌っ足らずな口調とともに、若草色のジャージの左腕に新聞部と書かれた腕章をつけた、ウェーブのかかったショートカットの少女が横からひょっこりと現れると、ジュンや総統X、幹部Jが立ち並ぶほうへと、トテトテと小走りに走っていく。


「だ、誰、あの子?」

 竹ヶ花の問いに、

「新聞部の1年、八重崎やえざきさくらだな」

 ツユハルが答える。


「知り合い?」

「いや、顔と名前、それとクラスと部活動ぐらいしか、俺のデータベースには入ってない」

「なんだ、その『俺のデータベース』って」

「え? 普通、おなじ学校の女子全員の名前と顔ぐらいは頭の中に叩き込んでおくものじゃないのか?」

「できて当たり前のことではあるな」

「そんなの、お前らだけじゃないかな」

 松竹梅がそんなやり取りをしてるうちに、


 桜はどこから取り出したのか、ペンとメモを手に、

「えとえと、えーと、私、甲乙丙学園新聞部の記者で、八重崎桜と申しますが、2、3質問してもよろしいでしょうかァ?」

 総統Xたちの前に立って、やはり甘えるような舌ったらずな口調で話しかけていた。


「ほう、新聞部の生徒さんか。これは我らDCスクエアへの理解を深めてもらうのにちょうどいい。では、お嬢さん、チャイナドレスの魅力と、私こと総統Xとチャイナドレスとの邂逅かいこう、いかにして私はチャイナドレスと出会い、そして愛するようになっていったかを、またDCスクエア設立までの経緯をとくと聞かせてさし上げよう」

 と答えた総統Xの言葉を、


「えーとォ、そこら辺はちょーっと長くなりそうなんでェ、文書にして新聞部・八重崎桜宛にぃ送っていただけますかァ?」

 桜はさらりとかわす。


「む、そうか。では質問というのは?」

「ハイ、まず新聞部としてズバリお尋ねしますが、あなた方はどこの誰なんですかァ?」

 桜のあっけらかんとしていて、なおかつストレートすぎる質問に、


(しゃべりかたのわりには、妙に鋭い質問をしてくれる……)

 総統X、幹部J、紅心姫の3人は少し困ったように顔を見合わせる。


 ややあって、

「それについてなのですが、我々は秘密結社という体裁ていさいをとっている以上、そういった質問にはお答えすることが出来ないのです。申し訳ありません」

 幹部Jことジョーくんが冷静を装って答える。


(ナイスだ、幹部Jくん!)

 総統Xがジョーに向けてサムズアップをする。


「そうですよねー、秘密結社って言うぐらいですものねー」

 桜はひとり納得するようにうなずいて、

「では次の質問でーす。えーと、これは一般生徒さんからの質問なんですけどォ、ニンジンさんたちは意外と物騒なものを使っていますけど、力押しってのはチャイナドレスを広めるっていう目的には逆効果なんじゃないですかぁ?」


 その指摘に、総統Xは、

「たしかに。私はあんな武装を命じた覚えはないのだが、そこのところを説明してもらえるかね、紅心姫くん」

 と彼女に答えをうながす。


 紅心姫ことジュンは胸の前で腕を組んだまま、桜の方を見ると、

「では説明するわね。あの武装は女の子に向けるものじゃなくて、チャイナドレスを着た女の子を不埒ふらちな目で見る好色漢こうしょくかんを成敗するための物なの」


 成敗との言葉を聞いて、総統Xとツユハルの両名がすくみ上がって肝を冷やしてたりなんかするが、それにはかまわず、ジュンが続ける。


「まあ、ペパーミント・ヒーローとかいう邪魔者が現れるとは思ってはいなかったけど、使ってみて効果のほども分かったし、結果オーライってやつかしら。あとはまあ、関係ない生徒に当てないように注意すればよさそうだし」


「ところで、どうしてロケットランチャーを選んだんですかぁ?」

「うーん、なんていうか個人的趣味ってヤツかなあ」


「趣味!?」

 この答えには、それを聞いていた生徒たちだけでなく、総統Xと幹部Jも目を丸くする。


「え? だって、ロケットランチャーと思わせておいて、そこからニンジンが飛び出してくるなんて、キャロッ太たちに似合ってて、ファンシーでしょ? プリティーでしょ?」

 周りの反応をものともせず、ジュンは言ってのけ、桜に感想を求めるが、

「いちおうは公正な報道を心がけてるつもりなんでェ、そこら辺のコメントは控えさせてもらいますゥ」

 桜はすっとかわす。


 いっぽう放送席の近くでは、

「ファンシーでプリティーねえ……」(ツユハル)

「『親のひいき目』ってヤツかな」(松飛台)

「というか、なんでさっきから向こうの会話の内容がこちらに分かるのだろうか」(竹ヶ花)

「ああ、それはですね、八重崎さんが身につけてるミニマイクを通して、向こうの会話が放送されてるからです」

 ここで、放送席の美琴が身を乗り出して松竹梅の会話に入ってくる。


「なるほど」(竹ヶ花)

「丁寧な説明いたみいる」(松飛台)

「どういたしまして」(みこちゃん)


「ん? ということは、こっちでも会話をすると向こうはおろか、校内に丸聞こえって可能性もあるのか」(竹ヶ花)

「可能性もあるのか、じゃなくて完全に丸聞こえだろ」(ツユハル)

「実際の所、『漫画とかによくある光景なんだが』の辺りからマイクが音拾ってると思います」

 美琴の指摘に、


「ってことは……」

「我輩たちの会話は全校に絶賛生放送中ってことだ」

「全校? マジで?」

 と、ツユハルが真顔で尋ねる。


「はい。バッチシだと思います」

 との美琴の答えに、


「うう、これは恥ずかしい」

「当然、うかつなことは言えないわけだ」

「たとえば、ここでうっかりチャイナドレスの悪口とか言おうものなら……」

「あのペパーミント・ヒーローみたいに追い回される羽目になるんだろうな」

「チャイナドレスの美少女たちに追い回されるなら、大歓迎といったとこなんだがなあ」

「いや、お前はピコピコハンマー持った総統さんに追い回されるほうが似合ってる。というか、お前はそういうキャラクターだ」

「その設定はちょっとノーサンキューだな。洒落た感じに言うとノンメルシー」

「フランス語にしただけじゃないか!」

 松竹梅がくだらないやりとりを繰り広げていると、


「あの~、先輩方。その会話も全部マイクが拾ってます」

「げ!?」

「これはもうどうしようもないほど恥ずかしい」


「しかし話を元に戻すと、あのミサイルランチャー、ファンシーでプリティーとは言っても、ペパーミント・ヒーローの痛がりようと逃げっぷりを見ているかぎりはかなり効果があったみたいだな」

 妙に冷静な分析をする松飛台の言葉に、

「でも実際のところ、ニンジンよりはダイコンとかにした方がもっと痛そうですよね」

 美琴が反応する。


「たしかにな」

「想像するだけでも痛そうだ」

「まあ、我輩ならダイコンのミサイルはあまりオススメしないがね」

「なんでまた?」

「『大根役者』って言葉の意味分かるか?」

「いきなりまた唐突だな。たしか大根役者ってヘボい役者のことだろ?」

「大意はそうだな。で、この大根ってのは食中毒になりにくい=当たらない、って意味で使われてるんだ」

「つまり?」

「だからさ、役者同様当たらないミサイルに意味はないんだ」

「ああ、なるほど」

「当たらない=命中しないってことですね」

「ダジャレじゃないかよ。ったく、コントじゃあるまいし」


 いっぽうDCスクエアサイドでは、

「なるほど。紅心姫くん、縁起をかついで大根のミサイルは採用しない方がよさそうだ」

 松竹梅&みこちゃんの会話を聞いていた総統Xが告げ、

「肝に銘じておきます」

 紅心姫はうなずいてみせる。


 とまあ、そんなふうに外野が好き勝手な会話を繰り広げている中、英雄はブザマと評された円軌道を走り回っていたわけだが、実のところ、これからの展開に困っていた。

 生徒を巻き添えにするわけにはいかないし、ニンジン軍団に対抗できるような武器も無い。

 そんなわけで立ち止まるわけにもいかない。


(とはいえ、こうしてても無駄に疲れるだけだな……どうしたもんかな? って、別に生徒のみんなの後ろを走る必要ないじゃん!)

 ようやくその考えにいたった英雄は、さりげなく、さっと混乱の輪の中から脱出。


 そしてそのまま様子を見ていると、キャロッ太たちは生徒のみなさんといっしょに当初の目的を忘れて一心不乱に円軌道を走っていた。


(ひょっとして、これはチャンスなのだろうか?)

 そう考えた英雄は通信機でサエを呼び出した。


「サエちゃん、なにか武器はないの?」

〈えっとね、腰の両わきについてるプロテクターは武器にも盾にもなるよ。プロテクター裏にある突起部を腕の装甲にあるくぼみに装着できるから、まずはシールドとして使ってみて。習うより慣れろって感じになっちゃうけど〉


(よーしっ!)

 キャロッ太たちや生徒のみなさんが相変わらず走っているのを横目に、腰の左側のプロテクターを外すと、突起部をサエに言われたとおりに腕の装甲にあるくぼみへと装着してみる。


 すると、楕円形だったプロテクターはその形状を見る間に変えて、円形の盾(バックラー)となった。


「うわぁっ……」

 英雄が感心したようにバックラーを眺める。


 それにめざとく気づいた美琴が、

「ペパーミント・ヒーローの腕に、あれはなんでありましょうか? なにやら円形の物体が現われました。どうやら武器かシールドのようです! ここからペパーミント・ヒーローが反撃に移る模様ですっ!」


「シーッ! そんな大きな声で実況したら気づかれちゃうっ!!」

 美琴の実況とそれに続く英雄の声に、標的が円運動の中から脱出しているのにようやく気づいたキャロッ太たちは足を止めると、いっせいにミサイルを発射した!


「うわぁっ!!」

 英雄、『うわぁっ』のアクセントを変えつつ、腰を沈め、バックラーを顔の前に持ってきて防御を試みる。

 射出された人参ミサイルが次々とバックラーやプロテクターにぶつかって砕け散る。

 若干心構えが出来ていたのと盾があるという安心感からか、さきほどよりも激しいニンジンの弾幕を受けていても、さほど痛みを感じなかった。


(なんとなく、もったいない……)

 そんなことを考える余裕さえあった。

 そして、ニンジンによるニンジンの集中砲火にしばらく耐えていると、攻撃の手が急に止んだ。


(ん?)

 おそるおそる、バックラーから顔を出して敵さんのほうを眺めてみると、ニンジン軍団が慌てふためいているのが見えた。


「どうしたの、みんな?」

 ジュンの問いに、ニンジン軍団がランチャーとカゴを交互に指さし、肩をすくめるようなジェスチャーで答える。


「えっ! まさか……弾切れ?」

 ジュンが驚きの声をあげる。

 そう、彼女の言葉どおり、ニンジン軍団の背負うカゴの中はスッカラカンになっていた。


「い、急いで、使えそうな人参を拾い集めて!」

 ジュンが慌てて叫び、キャロッ太たちは地面に落ちている比較的無事なニンジン弾を捜し始める。


「おぉーっと! キャロッ太率いるニンジン軍団、某サバイバルホラー・ゲームのようにロケットランチャー弾数無制限とはいかなかったぁっ! これは、ペパーミント・ヒーローに大きなチャンス到来だーっ!!」


〈そのとおりチャンスだ、数破くん!〉

 レシーバーにノゾムの声が響いて、それに続くようにしてサエが英雄に解説する。

〈さっきも言ったようにプロテクターは盾としても、フライング・ディスクっていう武器としても使うことができるよ! さあ、必殺技を決めよう、お兄ちゃん!〉


「分かった!」

 そう返事をして、深呼吸をするとバックラーを右手へと持ちかえる。


「私も拾うのを手伝うから、早く!」

 ジュンがキャロッ太たちに駆け寄るのとほぼ同時に、英雄は右腕をまっすぐ伸ばして、その瞳は前を見据えたまま腰を大きく左へとひねる。


「おっと、ペパーミント・ヒーローが攻撃に移る模様です」

 美琴がさっきの反省をかしてか、ささやくような声で実況する。


 英雄は、

(なんかアメコミのヒーローみたいだな……ま、あれと同じようにすればいいわけだ)

 そんなことを考えつつ、ひと呼吸おいて、腰を勢いよく右にひねって蓄えた力を一気に解放する。


「くらえ、フライング・ディスク!」

 その叫びとともに、ディスクが英雄の手を離れて飛んだ。


「む、いかん! 紅心姫くん、よけるんだ!!」

 総統のひと声で英雄の起こした行動アクションに気づき、逃げようとしたジュンは、地面に尻餅をついてしまい、思わず目を閉じて頭を抱え込む。


 そんなジュンを守ろうとするニンジン軍団。

 ジョーくんも慌てて走ると、キャロッ太たち同様に彼女を守るように立ちはだかる。


 だが、英雄の放ったディスクは彼らとは全く見当違いの方向へと飛んでいき、地面に落ちるとカランカランと悲しい音をたてた。

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