その よん。
(な、な、なに言ってんだ、この人!?)
突然現れた怪しさ大爆発の男が唐突に言い放った途方もないことに、校庭にいた連中は絶句するしかなかった。
「そして、いつしか全世界の婦女子がチャイナドレスを普段着として過ごすのだっ! な、なーんと素晴らしい文明の夜明けッ!!」
(すごいムチャクチャ言ってるよ、この人……)
「喜ぶがいい! 君たち甲乙丙の女生徒諸君は、我が壮大な計画の輝かしい第一歩となる栄誉ある存在なのだ!!」
高らかに叫ぶ総統Xの横に立つ背の高い方の覆面さんは心なしか雰囲気が暗い。
彼がジョーくんであることは言うまでもないし、なんで雰囲気が暗いのかも説明するまでもないだろう。
「幹部Jくん、そう暗いオーラを発しないように。日頃のストレス解消だと思って気を楽にしたまえ」
総統X(目下の所、最大のストレス要因)が励ますように言う。
「はあ……」
ジョーは返事の代わりにため息をつく。
(俺は無力だ……風紀委員会に宛てた手紙はムダだったのか……しかし匿名だったし、生徒会長の名を入れたわけじゃないから信じてもらえないのもムリはないか……)
手にしたピコピコハンマーをもてあますようにしているジョーを横目に、
「あの……総統さん?」
竹ヶ花が遠慮がちに声をかけ、
「なにかね?」
総統Xは尊大な態度で応じる。
「あの、さっきの質問の答えは?」
「ああ、なぜこの学校かという事だったかな。それについて質問に質問で答えるようで悪いのだが、君は彼女を見てなにを感じる?」
総統Xは竹ヶ花の肩に手をまわし、もう片方の手であい子を指さしながら、彼の耳もとでささやくようにたずねる。
「か、か、感じるって?」
顔を赤くしてうろたえる竹ヶ花に、
「何をどもっとるんだ」
ツユハルがツッコむ。
「待て、ツユハル。そう言われてみるとなんか、彼女、やけに背筋がピンとしてないか?」
「確かに……あれ? 二宮ってあんなにプロポーション良かったっけ……?」
その松・梅の言葉に、生徒たちの視線があい子へと集中し、あい子は顔を赤らめてその場にしゃがみこんでしまう。
その行為がスリットから伸びる健康的な太ももをよりさらけ出すことになってしまっているのだが、あい子はそこまで気をまわせなかった。
「いったい何がどうなってるんだ?」
松竹梅を始めとして、生徒たちに困惑の表情が浮かぶ。
「ようやく気づいたかね。そう、チャイナドレスは女性をさらに美しく見せる服なのだ。体の線にフィットしていながらも露骨な強調ではなく、さりげない自己主張をする緩やかな曲線、また拘束的とも言えるシルエット・ラインが体を細く長く見せ、様々な動作を優雅に、なおかつしとやかに見せ……いや、魅せているのだよ」
「たしかに、大昔に流行ったっていうボディコンみたいなイヤミな強調ではないよな。まあボディコンはボディコンでいいと思うのでその伝説をこの目で見たい気はするが」
ツユハルが得心したように呟く。
「なるほど。ただ立っているだけでも、なんだか雅やかに見えるしな」
と松飛台。
「で、でも、あるがまま、自然ゆえの美ってのもあるわけだし……別にチャイナドレスじゃなくても」
と言った竹ヶ花に対し、
「バカモノ! 何を言っているんだっ!! 君は、草が伸び放題の庭を美しい庭園だ、などと思うのかい? ただの炭素のカタマリを綺麗なダイヤだ、などとのたまうのかい? 草花は切り揃えられてこそ美しい庭園となり、宝石も原石に手を加えるからこそまばゆく光を放ち、美しく輝くのだ! ゆえに、美には人工的かつ強制的な補整が必要なのだっ!!」
総統Xの言葉はさらに続く。
「私は長いようでそう長くもない人生経験で、あらゆる衣装の中でもチャイナドレスこそが女性をもっとも引きたたせるものだと悟った! ならばこそ、世の女性たちにはチャイナドレスを普段着として着ることにより、その美を日常的かつ恒久的なものとしていただきたいのだっ! そして、この学園を壮大なる計画のスタート地点に選んだのは、私たち組織の活動圏内だったことに加えて、学園の女生徒の皆さんがいわゆるダイヤの原石であり、完璧たるレディーになる資質がありながらも、自らの持つその美しさにいまだ気づいている様子がなかったからであるッ!!」
総統の言葉はまだまだ続く。
「そこで、私はまずは皆さんにチャイナドレスを身につけることによって得られる外見の美しさと、それによって引き出される内面の美しさ、そのふたつの美を揺るぐことのない、己の確固たる自信としてもらい、ゆくゆくは非の打ち所のないレディーとなってもらうために降臨したのだ。まあ、その崇高な理念を理解してもらうために、いささか強引かつ手荒な手段をとってしまった非礼は詫びなければなるまい。だが、君らも確信したはずだ、チャイナドレスによってもたらされる多大なる恩恵というものをっ!!」
と、ハンドマイクがもはや不必要なほどテンション高くまくしたてる。
「そ、そう言われてみれば、チャイナドレスってのも悪くはないような……」
「うん、特に害のあるもんでもないしなぁ」
「まあお化けニンジンみたいなの使うのは、やりすぎとは思うけど」
「でも、ムリヤリ着替えさせられるんじゃなければ、特に否定することでもないし」
総統Xの執念と気迫のこもった言葉に、生徒たちは圧倒されてしまっていた。
(はぁ……生徒たちでもダメか……もう誰でもいい、ギンナンを止めてくれ……)
さらにブルーな気分に落ち込む幹部Jことジョーくん。
そんなとき、
「総統X、その企み待ったぁ!」
総統Xに負けずとも劣らぬ大きな声が、ジョーの背後から校庭へと響きわたった。
(そうそう、そんな感じで……えっ!?)
ジョーがハッとなって振りむくのとほぼ同タイミングで、
「だ、誰だ!」
総統Xは振り向きざまに叫ぶ。
そして、グラウンドにいた全ての者の視線が1カ所に、声の主が立っている朝礼台の上へと集中する。
(ま、また変なのが……)
それが大多数の感想だった。
そんな感想が出るのも仕方がない。
シルバーとペパーミントグリーンのツートンカラーをした特撮ヒーローナイズな衣装をまとった少年がこつ然と校庭に現れ、朝礼台の上に立っているのだから。
(また変なのが……)ってのは、正しい反応なのだ。
なんといっても当の英雄ですら、
(うぅ……恥ずかしい……)
と思ってたりしていた。
『勢いは大事だよ、数破くん』
ノゾムに諭されて、勢いに任せてこの場に登場したのはいいが、
(で、このあとはどうすればいいの?)
ってのが彼の現在の課題だった。
とりあえず様子をうかがってると、
「そ、そこの貴様、なにゆえに我が野望を阻もうとする!」
総統Xが英雄に向かって叫ぶ。
これは英雄にとってラッキーだった。
向こうから質問してくれれば、会話が成り立つからだ。
英雄はビシッと人差し指を総統Xに突きつけると、声高らかに叫んだ。
「総統X! おまえの本当の目的が、チャイナドレスを着た女の子たちの写真をアルバムコレクションしたいだけということはお見通しだっ! この僕が来たからには、おまえたちDCスクエアの野望も計画もすべて叩き潰すっ!!」
なんだかんだと言っても、小さい頃から父親にヒーロー物を見せられてきた悲しい習性か、まさに『立て板に水』といった調子で英雄は一気に言ってのけてみせた。
「な、なにっ!?(ギクッ……なぜ、なぜそこまで知っている?)」
総統Xあせる。
いきなりピンポイントで言い当てられたために、校長室でジョーくんにはぐらかすように語った『蝶は羽化の一瞬~』理論やさきほどの熱く語った演説のカケラすら反論が出てこない。
「妙にうろたえとるな」
松飛台がそんな総統Xの狼狽を見て呟く。
「図星ってことか。まあしかし、そういう写真コレクションってのも、決して悪いもんじゃないよなぁ」
ツユハルが言い、
「おいおい……」
例によって竹ヶ花があきれたように言うと、
「いや、崇高な理念とやらが一気に俗っぽい物になった感は否めないが、65パーセントぐらいはその俗っぽい理念のほうに共感できるぞ」
ちょっと感心したように松飛台が言い、
「お、おまえら……」
竹ヶ花は悲しそうにため息をついた。
〈いいぞ、数破くん。ビューティフル、ワンダフル、マーベラスだよ! やはり思ったとおり君にはヒーローの素質がある! 素晴らしくナイスな大見得の切り方だ! やはりヒーローたる者は悪党連中に人差し指を力強く突きつけて、バシッと一発決めなくてはならないんだぁっ!!〉
陶酔したかのような(いや絶対してるに違いない)委員長……じゃなくって、ノゾム総司令の声がレシーバーから響く。
いっぽう、なんとなくDCスクエア支持派に傾きかけてた生徒たちも英雄の言葉に躊躇し、ざわつき始める。
(チャイナドレスを着た女の子のフォトアルバムって……)
(美とか云々の前に、ただの自分の趣味じゃん……)
(そんなことのために、秘密結社をつくっちゃう行動力をほめるべきか、けなすべきか)
(ある意味すごいわ)
(変態だわ、変態。英語でいうとhentaiよ)
(同意しかけてた自分が恥ずかしい)
そして、そんな彼らの訝しむような視線を肌で感じとったのか、
「お、おのれ! ちょこざいな若造! な、名を名乗れ!」
総統X、場を取りつくろうかのように、またまた叫ぶ。
(な、名前? そんなこと言われたって……)
英雄、自分の格好を見て思考をする。
(本名を名乗れるはずないよな……ただでさえ、ものすごく浮いてるし、この格好……)
「あ、あの、どうしたらいいんでしょう、総司令?」
結局、ノゾムの指示を仰ぐことにする。
〈う~ん、総司令……胸にジ~ンと来る響きだ〉
レシーバーの向こうで、感極まったノゾムがうなる。
「あ、あの~」
〈慌てることはない! 私がいまから言うセリフをそのまま繰り返すんだっ!〉
「そ、そんな! そんな恥ずかしいセリフ言えるわけないじゃないですか!」
〈まだ、なにも言ってはいないんだが……〉
「いえ、たぶんそういうふうになるんじゃないかなぁ、と思ったんで……」
消え入りそうな声で英雄が答える。
そして、ノゾムから聞かされた言葉は、
(ううっ……思ってたより恥ずかしい……)
となるものだった。
〈お兄ちゃん、開き直っちゃお! ゴーグルがあるから、誰もお兄ちゃんとは気づかないはずだし! サエを信じてっ!!〉
サエに励ますように言われて、
(……そうだよな、この格好で現れても誰も僕だと気づいてないみたいだし。よしっ、サエちゃんの言葉を全面的に信じよう!)
そんな楽観的な思考のもと、英雄は深呼吸すると、高らかに名乗った。
「学園の風紀を守る正義の特別風紀委員、その名も、ペパーミント・ヒーロー!!」