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8話 貿易都市ネーデリカ


船が静かに港へと着岸し、貿易都市ネーデリカの街並みが視界に広がった。


「エメレイ、着いたみたいだぞ。」


スタインがそう言うと、エメレイはぐったりとした体を起こし、ようやく顔を上げた。


「や……やっとですか……。」


エメレイはまだ少しふらつきながらも、ほっとしたように息を吐いた。


「この長い船旅が終わるこの日を、どれほど待ちわびたことでしょうか……。」

「途中で船酔いが収まって、本当によかったです……。」


「出港して十日ぐらいは、ずっとあの調子だったしな。」


「うぅ……たくさんご迷惑をおかけしました……。」

「スタインさんには、もう頭が上がりません…。」


エメレイは申し訳なさそうに肩を落としながら、ちらりとスタインの顔を窺う。

スタインは少し呆れたように、しかしどこか優しげな口調で言った。


「気にするな。看病くらい、慣れてる。」

「ほら、行くぞ。」


そう言って、彼はさっさと歩き出す。


「はい!」


エメレイは嬉しそうに微笑み、その後を追った。


港では、異国の品を積んだ大型船が次々と荷を降ろし、商人たちの威勢のいい声が飛び交っていた。

活気あふれる取引の様子に混じり、荷車が忙しなく行き来し、港の喧騒を一層賑やかにしている。


港を抜けると、目の前には広大な市場と石畳の大通りが広がっていた。

異国情緒あふれる建物が立ち並び、様々な国から来た商人や旅人が入り乱れるように行き交っている。

露店には色とりどりの布、香辛料、貴金属、異国の果物が所狭しと並べられ、空気には焼き立てのパンや香ばしい肉の匂いが漂っていた。


エメレイは周囲をきょろきょろと見回しながら、ふと思いついたように言った。


「スタインさん、食べ物やコトルはともかく、オメトリアじゃなくてこっちで買い物したほうがよかったんじゃないんですか?」


「そうでもない。ネーデリカは鉄の国オルゼンに属する都市だ。今までいた水の国セリシアに比べて、全体的に物価が高い。」


「えっ、そうなんですか?」


エメレイは驚いたように目を丸くする。


「この都市は特に高い。貿易の要衝として物流が集まる一方で、鉄や工業製品が価値を持つ都市だ。水や食料などは他国から輸入に頼る部分も多い。」

「その分、輸送コストが上乗せされて物価が高くなる。」

「だから、必要な日用品はオメトリアで安く仕入れたほうが良かった。」


「なるほど……。」


「都市自体が交易で発展して、自給自足の仕組みがほとんどないことの弊害だな。」


「でも、街の活気はすごいですね!」


エメレイは興奮した様子で、賑わう市場を見つめる。


「まずは、この地域一帯の正確な地図を手に入れる。」

「この先はエメレイの本に載ってる大雑把な地図だけじゃ、まともに旅はできないからな。」


エメレイはきょろきょろと周囲を見回しながら、首を傾げる。


「でも、こんなにお店があると地図を売ってる店を探すのも大変そうです。」


確かに、市場には雑貨屋や武具屋、交易品を扱う露店がずらりと並び、どこを見ても人で溢れている。


「そうだな…。」


スタインは足を止め、近くの商店を見渡した。

その時、エメレイが目を輝かせながら、ある一角を指さした。


「スタインさん! あれ見てください! 魔道具があんなにたくさん!」


市場の一角には、大小さまざまな魔道具が並ぶ店があった。

エメレイは目を輝かせながら、小走りで店の方へ向かおうとする。


「おい、そんなものを買う金はないぞ。」


「ちょっとだけ!ちょっとだけ見るだけですから!」


エメレイは期待に満ちた表情でスタインを見上げる


「本当に……見るだけだぞ。」


スタインは小さく溜め息をつきながら、渋々歩を進めた。


「わかってます!」


エメレイは嬉しそうに笑いながら、魔道具店の入口へと駆け寄った。


「わぁ、すごいです……!」


店内に入ると、所狭しと並ぶ魔道具の数々に目を輝かせる。

棚には魔法陣の描かれた巻物や、不思議な光を放つ道具が整然と並べられていた。

かすかに魔力を帯びた空気が漂い、まるで別世界に足を踏み入れたかのような感覚に包まれる。

エメレイは興奮気味に店内の奥へ進もうとした。


しかし――


スタインの動きが止まった。


エメレイが振り返ると、彼は扉の近くでじっと立ち尽くしていた。

スタインの視線の先にいたのは、金髪の短髪の女性だった。


その横顔は、スタインの記憶に深く刻まれた、あの日の面影と、何一つ変わらなかった。

髪型はお下げから変わっているものの、忘れられない、愛らしい顔。


胸が強く締め付けられる。


どうして……ここに……?


彼女は店の奥で何かを見ているのか、まだスタインには気づいていなかった。


今まで意識的に避けてきた記憶が、一気に押し寄せる。

スタインは息を詰まらせ、視線を逸らした。

何も言わず、逃げるように店の出口へ向かい、扉を押し開ける。


「えっ?」

「ちょっと! まだ何も見てないですよ!?」


「……。」


「どうしたんですか? スタインさん!」


エメレイが戸惑いながら呼びかけるが、スタインは足を止めることなく、外の通りへと歩き出す。


金髪の女性は店の奥で興味深そうに手に取った魔道具を眺めていたが、背後から聞こえた「スタインさん!」という少女の声に、思わず指を止めた。


「……?」


彼女はゆっくりと振り返り、店の入り口へと視線を向けた。


彼女の視線の先、店の入り口近くにいたスタインの背中が見えた。

ちょうど扉を押し開け、店を出ていこうとしている。


「……スタイン……?」


彼女は無意識にその名を呟いた。

しかし、スタインは振り返ることなく店を後にした。


エメレイが慌ててスタインを追いかけ、疑問を投げかける。


「ちょ、ちょっと! 待ってください!」

「スタインさん、さっきの金髪の方を見てから、なんだか様子がおかしいですけど……。」

「あの綺麗な人って、スタインさんのお知り合いなんですか?」


しかし、スタインは何も答えず、ただ沈黙したままだった。


その時――


「……もしかして、スーくん?」


穏やかで、それでいて懐かしさを滲ませた声が響く。


スタインは一瞬だけためらったが、声のする方へゆっくりと振り返った。


そこにいたのは、金髪の短髪の女性。

彼女は懐かしむようにふっと微笑んだ。


「やっぱりスーくんだ。久しぶりだね。」


何か言おうとしたのか、スタインの喉が微かに動く。

スタインの顔には、驚きと動揺が混じった、どこか苦しげな表情が浮かんでいた。


――スタインさんのこんな顔、初めて見る。


スタインは言葉を失ったかのように立ち尽くしていた。


金髪の女性は、優しく微笑みながら一歩近づく。


その瞬間、スタインがわずかに後ずさった。

逃げるように、距離を取る。


それを見て、エメレイの胸がざわついた。


「……俺に優しくしないでくれ。」


スタインは低く、かすれた声でそう言った。

その言葉には、拒絶が滲んでいた。


金髪の女性の表情がわずかに曇る。


「……スーくん?……」


彼女がもう一歩踏み出そうとしたその瞬間――


「ちょっと!」


エメレイが思わず声を上げ、スタインの前に立つ。

彼女は見たことのないスタインの態度に、なぜだかわからないが胸が締めつけられるような気がした。


「スタインさんが嫌がってるじゃないですか……!」


金髪の女性は、少し驚いたようにエメレイを見つめる。


「……なに? この子?」


「あなたこそ、スタインさんのなんなんですか?」


エメレイはまっすぐに問いかける。


「私……? 私はただの友達。」

「あ!もしかして、あなたがスーくんの新しい彼女さん?」


一瞬、空気が固まる。


エメレイの顔が一瞬で真っ赤に染まる。


「へっ!? ち、違います! そ、そんなんじゃ!!」


慌てふためくエメレイの姿を見て、女性はクスリと笑った。

スタインは何も言わず、ただじっと視線を伏せたままだった。


「かわいい。」


女性はクスクスと楽しそうに笑いながら、優しく首を傾げる。


「冗談だよ。それに……」

「スーくんは、年上好きだからね。」


その言葉に、エメレイは目を丸くした。


「え!そうなんですか!」


驚きと興味が混じった声に、スタインはピクリと肩を揺らし、ため息をつくように低く呟いた。


「スエラさん、やめてください。」


しかし、その言葉を聞いて、金髪の女性――スエラは、少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「スエラさん、か……」


彼女はそっと目を伏せ、懐かしむように呟く。


「もう、“スーちゃん”って呼んでくれないんだね。」


スエラの寂しげな言葉に、その場の空気が重くなる。

スタインは視線を落としたまま、何も言わない。

エメレイは気まずい空気を払うように、少し強めの声で割って入る。


「えっと……!」

「私はエメレイって言います。スタインさんには、クエストで旅の護衛をしてもらってるんです!」


金髪の女性は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐにふわりと微笑んだ。


「へぇ、そうなんだ。それで一緒に旅を……。」


金髪の女性は、優しく目を細めながら呟いた。


「スーくん、ハンター続けててくれたんだ。」


どこか安心したような、懐かしさを滲ませる声だった。

スタインの表情が僅かに曇る。


「……。」


しかし、彼は何も答えず、ただ視線を伏せたままだった。


「手紙のやりとりもしなくなって、すっかり疎遠になっちゃったけど……」


少しだけ寂しそうに視線を落とし、けれどすぐに顔を上げる。


「元気だった?」


柔らかく、優しい声だった。


「…はい。」


スタインは短く答えた。

それを聞いたスエラは、ふっと微笑み、どこか安心したように頷く。


「そっか。よかった。」


穏やかな声。

けれど、その微笑みの奥に、かすかに滲む寂しさをエメレイは感じ取った。


「エメレイちゃん。ちょっと二人だけで少しだけお話したいの。」


ふんわりとした口調だったが、その声にはどこか真剣な響きがあった。


「お店の中で、ちょっとだけ待っててもらってもいいかな?」


エメレイは一瞬、スタインの顔を見た。

彼は何も言わず、ただ静かに視線を伏せたまま。


少し迷いながらも、エメレイはゆっくりと頷いた。


「……わかりました。」


スエラは優しく微笑みながら、静かに言った。


「ありがとう。」


名残惜しそうにスタインをちらりと見た後、彼女はそっと店の扉を押し開けた。


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