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4話 星の下で語られる歴史


シンシアの都市を出てから5時間くらいは経っただろうか。

魔物が多いシンシアからはできるだけ早く離れたい。

駆け足で進んできたが、それでもまだシンシアを抜けるには時間がかかりそうだ。


流石に疲れたな……。

ここら辺で一旦休むとするか。


何より、エメレイが限界そうだ。


「エメレイ、休憩だ。」

「や……やっとですか……。」


エメレイは息を切らし、膝に手をついたまま、今にも崩れそうになっていた。


「はぁ……はぁ……し、死んじゃいます……。」

「足が……!」


ようやく動きを止めたことで、全身の疲労が一気に押し寄せてきたのか、エメレイは地面に座り込んでしまった。

そして、息を整える間もなく、不満を口にする。


「し、慎重に行くって言ってましたよね……? なんですか、あの駆け足は!置いていかれるかと思いましたよ!」


エメレイは息を切らし、涙目で叫んだ。


「大丈夫だ。小休憩もとって、ちゃんとついてこられるようなペースにしている。」

「全然、大丈夫じゃないですよ!はぁ……はぁ……スタインさん、早すぎですよ!」


エメレイは肩で息をしながら抗議するが、スタインは冷静に答える。


「関所を出てから、ここまで魔物の痕跡だらけだ。思っていたよりも魔物の数が増えている。」

「早めにシンシアを離れないと危険だ。」

「……。」

「足に負荷がかかるだろうが、我慢してくれ。」

「……わかりましたけど、もう少しペースを落としてもらえますか? 死んじゃうので!」

「そうか?」

「そうです……!」


さすがにこれ以上は譲れず、エメレイは少しだけ頬を膨らませた。


「まあ、休憩が終わったら、このまま道沿いに移動して、野宿できそうな場所を探す。」

「……はい。」


エメレイは深く息を吐き、体を伸ばした。


休憩を終えて道沿いを駆け足で進むと、最近、誰かが野宿した形跡がある場所を見つけた。


風よけ・雨よけともにに問題ない。

ただ、道に近すぎて人目につきやすいのが気になるが、これ以上の適地は見当たらない。


「エメレイ、大丈夫か?」

「ぜぇ……はぁ……今にも……し、心臓が張り裂けそうです……。」


エメレイは糸切れた様に地面に座り込んだ。

肩を上下させながら、荒い息を吐いている。


相当疲れているようだ。

さすがにこのまま進むのは無理そうだな……。


「とりあえず、俺は周囲の状況を確認してくる。エメレイはここで待っていてくれ。」


「えっ!?」


エメレイは不安そうな顔をするが、スタインは腰につけていたナイフを外し、彼女に手渡した。


「大丈夫だと思うが、何かあったらこいつで身を守れ。」


エメレイはナイフを受け取ると、慌てたように叫ぶ。


「ナ、ナイフなんて渡されても!料理にしか使ったことないですよ!」

「ちょっと!一人にしないでください!」


「大丈夫だ!すぐ戻る!」


スタインはそう言い残し、足早にその場を離れた。

エメレイは不安げにナイフを握りしめ、周囲を見渡しながら小さく震えた。


「本当に、大丈夫なんでしょうか……。」


エメレイは不安げに辺りを見回し、ナイフを握る手に少し力を込めた。

風の音がやけに大きく聞こえる。

スタインはすぐに戻ると言ったが、急にいなくなったりしないだろうか?


そんなことを考えていると――


ものの数分で、スタインは腕いっぱいに枝を抱えて戻ってきた。


「ざっと見渡してきたが、近くに魔物の痕跡はなかった。」

「良かったです!……これでひと安心できそうですね!」


エメレイはほっと胸をなでおろし、緊張した肩の力を抜いた。


「そうだな。」

「枝を採ってきた。暖をとって、食事にしよう。」


スタインは集めた枝を地面に置き、火を起こす準備を始める。


「はい!たくさん歩いて、もうお腹ペコペコです。」


エメレイはぐったりとした様子で、お腹を押さえながら言った。


スタインはそんなエメレイの様子を見て、少し笑いながら鞄を地面に置く。

中から火打ち石と手のひらサイズの壺を取り出し、壺をエメレイに差し出した。


「俺は火を起こす。エメレイはコトルから水を鍋に分けてくれ。」

「コトル?? なんです? これ?」


エメレイは壺を受け取りながら、不思議そうに首をかしげる。


「あぁ。エメレイは見たことがないのか。」


スタインは地面に枝を組みながら、説明を続ける。


「水が湧き出る魔道具だ。」

「これ! 魔道具なんですね!?」


エメレイの顔がぱっと明るくなった。


魔術に興味がある彼女にとって、魔道具という言葉には特別な響きがあるのだろう。

彼女は興奮気味に壺をじっくりと見つめる。


壺の表面には帯状の模様が描かれており、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。

エメレイは慎重に壺を持ち直しながら、小さく呟く。


「これって……どうやって使うんですか?」

「コトルの中身は、常に水で満たされている。」

「新しい水を出したいなら、中の古い水をすべて捨ててから蓋を閉めると、水が出てくる。」

「なるほど……!」


スタインの説明を聞きながら、エメレイは期待に胸を膨らませ、そっと蓋を開けた。

慎重に傾けて、中の水を地面に流す。


壺の中が空になったことを確認し、蓋をしっかり閉じると――


こぽっ、こぽっ


壺の中から、水が湧き出すような音がした。


「……!」


エメレイは慎重に蓋を開け、中を覗き込む。

そこには、新たに溜まった透明な水があった。


「すごい!すごいです!! 水がこんなに簡単に手に入るなんて!」


エメレイは驚きと喜びが入り混じった表情で、興奮気味に叫んだ。

スタインは枝に火を灯しながら、微かに笑う。


「それさえあれば、よほどのことがない限り、飲み水の心配はしなくていい。」

「水を飲むのを極力我慢してましたけど、これがあればもう水を気にせずに使えるってことですか!?」


エメレイは嬉しそうに壺を抱えながら、興奮気味に言った。


スタインはその様子を見ながら、焚き火に木をくべる。

炎がぱちぱちと弾ける音が響いた。


「いや、そうでもない。」

「それも有限だ。飲み水には困らないが、湯水のように使えば、壺の中の魔力が尽きて水は出なくなる。」

「だから、体や物を洗うときには使えない。」


エメレイは少しだけしょんぼりとしたが、すぐにまた目を輝かせる。


「そうなんですね……でも、それでもすごいです!すごすぎるくらいです!」

「旅は水がすぐに尽きる。魔術が使えない者にとって、コトルは欠かせない必需品だ。」

「ですね!でも、なんででしょうか?」


エメレイは首をかしげながら続ける。


「こんなに便利な物なのに、シンシアでは見たことも聞いたこともありませんでした!」

「水を生み出す魔術が使えれば、こんなものに頼る必要はないからな。」


スタインは焚き火を見つめながら、淡々と答える。


「このレベルのコトルは非常に高価だ。それに、都市では水に困らないからまず使われない。」

「まあ、これは貰い物だがな。」

「なるほど…。」

「このコトルってどれくらい持つんですか?」

「飲み水に使うだけなら、10日以上は持つだろう。」

「水が出なくなっても魔力を込めれば、また使えるようになる。」

「10日も!!すごいですね!…。」


エメレイは感心したように目を輝かせた。


そんな話している間に、食事の準備が整った。


温かいスープが、疲れた体にじんわりと染み渡る。

焚き火の明かりに照らされたパンと干し肉を手に取り、エメレイは勢いよくかぶりつく。

口いっぱいに食べ物を頬張りながら、もぐもぐと咀嚼しつつ、ふと思いついたように口を開いた。


「シンシアにいる魔物って、ゴブリンとかですか?」

「亜人族はとっくの昔に滅びてる。ここら辺にいるのは獣型だ。」

「え!ゴブリンっていないんですか?」


エメレイは驚きの声を上げた。


「お母さんがくれた絵本に出てくるので、てっきりいると思ってました!」

「亜人族は人類にとって怨敵だからな、王家によって滅ぼされた。」

「人紀の元年は、亜人族の滅亡が正式に宣言された年だから、もう120年ほど前に滅びたことになるな。」

「滅亡って……。じゃあ、エルフとかドワーフもいないってことですか!?」


エメレイは驚きのあまり、身を乗り出す。


「いないことはない。」

「王家は亜人族を完全に滅ぼす前に、人に近い共存種を"人"とした。」

「エルフもドワーフも、今では人として扱われている。」

「だから、今もどこかにいるだろうが、もはや"人"として暮らしている。」


エメレイはショックを受けたように目を瞬かせた。


「そんな……。 どうして王家はそんなことをしたんですか?」


「人の歴史は、亜人族との戦いの歴史だ。」

「エメレイが想像しているような、人に近い亜人との戦いではない。」

「もっと魔物に近い存在だ。本能のままに人を殺し、犯し、奪う。」

「人々は亜人族に蹂躙され、ただ怯え、逃げ惑うことしかできなかった。」

「後に、王と呼ばれる男が立ち上がるまではな。」


「その男はフェルムテを拠点とし、魔術による圧倒的な力で亜人族を屠ってまわった。」

「大陸各地に点在していた集落を繋げ、大陸に王国を築いた。」

「その過程で、魔術と文明はこの大陸に根付き、繁栄の礎となった。」

「こういった歴史から、人の根底には、決して拭うことのできない亜人族に対する恐怖があった。」

「…亜人族は人にとって、存在してはならないものだった。」

「だから王家は……いや、人は滅ぼした。」


しんと静まり返る夜。

エメレイはただ、焚き火の炎を見つめた。


「……知りませんでした。」

「でも、それほど亜人族を嫌っていたのに、なぜエルフやドワーフは人と共に生きることを許されたんですか?」


「彼らが“共存種”だったからだ。見た目も人に近く、言葉を持ち、理性があった。」

「だが、たとえ友好的であっても、彼らは“人”ではなかった。」

「それだけで、人にとっては恐ろしく不気味な存在だ。」


「それでも、高潔な精神を持つ王家は、共存種を人と同じ存在として受け入れようとした。」

「彼らの種族名を奪い、文化や言葉を統一し、人としての生を歩ませることで―」

「その結果、エルフやドワーフは従来の文化の一部や言葉を失った。人との混血を繰り返すうちに、元の姿を失い、やがて見た目もほとんど変わらなくなった。」


「それが……王家の選んだ“共存”の形だった。」


「共存種の方々は、反対したりしなかったんですか?」


「彼らが望んだかどうかは、わからない。」


焚き火の炎がぱちぱちと弾ける音が、静寂の中に響く。


「だが、人と扱われる、ずっと前から人との共生は行われていた。」

「これは長い歴史の中で少しずつ変化していったことだ。」


「それに共存種だけが変わることを強いられたわけではない。」

「フェルムテ以外のほぼすべての集落に住む人々も同様の変化を求められた。」


「新たな秩序を築くために、多くの血が流れた。」


スタインの言葉に、エメレイは息を呑む。


「中には、見た目のせいで人として認められず、滅びた種も数多くあったそうだ。」


火の粉がふわりと舞い、暗闇の中へ消えていく。


「……。」


エメレイは言葉を失った。


「スタインさんは、歴史に詳しいんですね。」


ふと、話題を変えるようにエメレイが呟く。


「まあ、魔物についてはハンターになるときに学んだからな。」


エメレイは焚き火を見つめながら、少し考えるように口を開く。


「でも、エルフもドワーフもいないなんて……なんだか信じられません。」


スタインは火をくべながら、少し間を置いた。


「人は何千年もかけて、50種族以上の亜人を滅ぼしてしまった。」


「50!? 50種族も!? 」

「本当に滅ぼしたんですか!?」


エメレイは目を見開き、驚愕する。


「亜人狩りでな。」


スタインの言葉は重々しかった。


「それほどまでに、知能を持つ亜人族は人類にとって脅威だった。」

「残念だが、亜人族の淘汰なくして、人類の繁栄はなかった。」


「…本当にそうだったんでしょうか?」


エメレイの問いに、スタインは一瞬、焚き火を見つめる。


「それは……今となっては、わからないな。」

「だが、そうだと信じられている。」

「事実、人は亜人族を滅ぼし、その上に文明を築いた。」

「冒険者やハンターは、もともと亜人狩りを生業とする者たちだった。」

「俺たち、ハンターの存在こそが、かつて亜人族が人にとってどれほどの脅威だったかを物語っている。」


「そうなんですね…。」


エメレイはしばらく考え込むように焚き火を見つめ、ぽつりと呟いた。


「私、歴史はさっぱりで……こんな歴史があったなんて、全然知りませんでした。」


その声には、驚きと戸惑い、そしてわずかな悲しみが滲んでいた。


「その、ハンターと冒険者って何が違うんですか?」


「昔から、ハンターは亜人や魔物の討伐任務を主としてきた。」

「一方、冒険者はもともと未踏の地の探索と亜人探しが主な役割だった。」


「だが、時代が進むにつれて、冒険者は依頼の内容が多岐にわたるようになり、今では戦闘から雑用までこなすようになった。」

「今じゃ、ハンターは冒険者に比べて圧倒的に劣っているがな……。」

「この護衛のクエストも、本来なら旅をすることに長けた冒険者に依頼した方がいい仕事だ。」


「ハンターも冒険者もてっきり、同じものかと思ってました!」

「冒険者ギルドには何回かクエスト依頼したんですけど…。」

「冒険者の方には、まったく相手にしてもらえませんでした。」


エメレイは少し寂しそうに呟いた。

スタインはそんなエメレイの様子を見ながら、静かに言葉を紡ぐ。


「……そうだったな。」


薪がパチリと弾ける音が、静寂の中に響く。

そして、話を断ち切るように短く言った。


「もう歴史の話は終わりにしよう。」

「明日も夜明け前には出る。もう寝るぞ、エメレイ。」


「はい!」


焚き火を消し、スタインとエメレイは、そっと布をかぶり横になった。


静まり返る夜――。


遠くから、小さな動物の鳴き声が響く。

草むらがかさりと揺れ、夜風が木々をざわめかせる。




エメレイはじっと夜空を見つめたまま、ぽつりと呟いた。


「……なんだか、少し怖くなってきました。」


夜の闇は深く、果てしなく続くように思えた。

エメレイはしばらく夜空の星々を見つめていたが、急に体を縮こまらせながら、小さな声で言った。


「寒いし……怖いので、近くで寝てもいいですか?」


「……ああ。」

「で、でも……変なことはしないでくださいね。」


スタインは思わず苦笑した。


親元を離れ、初めての野宿。

寂しくないわけがない。


エメレイが安心して眠れるように、スタインは背中合わせで横になった。


静かな夜の森の中で、満天の星が煌めきを放ち、淡い光が静かに降り注いでいた。


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