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1話 出会い


布の隙間から漏れた光がチカチカと目に差し込み、男は不快に感じて目を覚ました。

しばらくして、気だるい体をゆっくりと起こし、鞄の中の水筒を探す。

鞄の奥で見つけ出した水筒の蓋を開け、ゴクゴクと渇いた喉を潤した。


「目を覚まされましたか?」


物音が聞こえたのか、御者が布越しに男に声をかけた。


「...ああ。」

「ちょうどよいですな、もうすぐシンシアに着きますよ。」


男が手で布を払い、馬車の外の様子を伺う。

シンシアの城壁と関所前で待機している長い馬車列が視界に入った。


*馬車列の長さからして関所で相当な足止めをくらっていそうだ。

*近年、シンシア周辺で魔物が活発になっているという噂は、どうやら本当だな。


*番が回ってくると、衛兵によって馬車の積み荷は物の見事にすべてひっくり返された。シンシアの城主は魔物を恐れる臆病者。どこで耳にした言葉が頭に浮かんだ。


*それにしても馬車の中は最悪だ。あたり一面に物が散らばり、整然としていた車内の姿は見る影もなかった。毎回これを繰り返される御者のことを思うと、気の毒に思えてくる。


「そんな顔しないでください、慣れてますから。」

「小さな魔物もいます。積み荷に紛れ込んで街に入り込んだら、大騒ぎになりかねませんし。」

「大変だな・・・」


男がつぶやくと、金を受け取った衛兵が御者に出発の合図を送る。 馬車は目的地である宿屋へ向けてゆっくりと動き出した。


「そういえば、スタインさんはハンターさんなんですよね。シンシアには魔物狩りに?」

「……ああ。」


荷台に座り込んでいたスタインは、手元のライフルに視線を落としながら答えた。


「これはありがたい。ご存知でしょうが、シンシアは近年、例を見ないほど魔物が活発になっております。」

「襲われて命を落とす者が後を絶ちません...ハンターも同様にです……。どうかお体にはお気をつけて。」


布に映る小太りな男性のシルエットが、荷台に座るスタインに向かって軽く頭を下げた。


「俺を下ろした後、積んでる商品を市場に売りに行くんだったな。」

「ええ、そうですが…?」

「こんなありさまだ、片づけ、手伝うよ。」

「これはこれは、どうもご親切に。」


しばらくして、馬車は宿屋の前に止まった。

スタインは、衛兵に荒らされた荷台の片づけを終えると、御者に別れを告げた。

御者を見送った後、宿屋に入り、宿泊手続きを済ませた。部屋に入ると、背負っていた荷物をチェストに収め、ベッドに腰掛けた。


*ひとまずはだな。あとは仕事と飯か――

*仕事には当てがある。


スタインは再び受付に戻り、受付のおばさんにギルドの場所を尋ねた。


*気のいいおばさんが親切にもギルドまでの道のりを紙に書いて渡してくれた。大雑把な地図ではあるが、これがあるのとないのとでは天地の差だ。


ギルドへの道を歩いていると、次第に市場の賑やかな声が耳に入ってきた。


*市場か……飯でも買っておくか。


そう考え、足を向けると、どこからか少女のはつらつとした声が聞こえてきた。


「これとこれ、あとこれも!」


露店の台に身を乗り出した、青い長髪の少女が次々に商品を指さしていた。

活気あふれる声と仕草から、見るからに元気いっぱいな様子が伝わってくる。


「嬢ちゃん。そんなお金あるのかい?」


店主らしき男性が困ったような表情で問いかける。


「はい!バッチリです!」


少女は自信満々に胸を張ると、目を輝かせながら続けた。


「私、これからレセルト魔術学院に行くんです!旅道具が必要なものでして!」


耳の上で外にハネた髪が特徴的なその少女は、嬉しそうに店主に話しかけた。


「レセルト……。」


少女の後ろを横切りながら、話を盗み聞きしていたスタインは、どこかで聞き覚えのある単語に反応し、ぼそっとつぶやいた。


*たしか昔、酒場で聞いた詩の中に出てきた賢者レセルト――。

*レセルトは彼の故郷であり、その名にちなんで名付けられた地名だった筈だ。


*詩人の話によれば、レセルトはシンシアを含む南部地方から遥か遠くの北東の地で生まれ、その英雄伝も近年になってようやくこの地に伝わってきたらしい。


*そのレセルトに向かおうなんて、最近の子はすごいな。

*金が莫大にかかる。ちらりと少女を見たが服装を見る限り上流階級には見えなかったが..


「スタインさん!先程はどうも!」


考え込みながら歩を進めていると、丁字路の突き当たりで偶然、先刻別れた御者と再会した。

市場での荷下ろしを終えたのか、馬車の中はすっかり空になっていた。


「ああ!ちょうど今、飯でも買おうかと立ち寄ったところだ。」


スタインは馬車の側方へ歩み寄りながら、そう答えた。


「そうでしたか!もし、夕飯にお困りならシンシア名物のシチューなんてどうですか? あそこの角にあるフォリトさんのシチューは格別ですよ。」


御者はそう言いながら、右側に並ぶ商店の一角にある酒場を指さした。


「酒場か……」


スタインは顎に手をやり、短く考え込んだ。


「教えて貰っておいて悪いが、酒場は苦手でな。……名物は、機会があればいただくとしよう。」

「いえいえ、引き止めてしまってすみません!」


御者は手綱を軽く引きながら、にこりと笑みを浮かべて頭を下げた。

御者の視線がふと後ろへ向き、スタインの歩調に合わせていた馬車が、後方の馬車を塞いでいることに気づく。


「では、私はこれで!」


短く告げると、手慣れた動作で手綱を引き、馬車を前へと進めた。


*酒場か……いい思い出がない。

*御者には悪いが、とりあえずそこらでパンでも買うか。


スタインは市場でパンを一つ買い、大雑把すぎる地図を片手に歩き出した。

固くて歯が立たないパンを噛みしめながら、角を間違えては戻り、ようやくギルドの扉にたどり着いた。


二階建ての堂々とした造りが、通りからもひときわ目を引く。


「ここか……」


一歩前に出てギルドの扉を叩こうと手をあげるが、ふと動きが止まる。


*この扉を叩くとき、いつも憂鬱な気分になる。

*失ったものが頭をよぎるからだ。傲慢で、惨めだった自分を思い出す...

*一瞬にして苦い記憶が頭を支配する。


しばらくの間、扉の前で立ち尽くしていると、静寂を破るように扉が内側からゆっくり開かれた。

若い男女が談笑しながらギルドを後にする。

彼らの姿に、何かを重ねそうになる思考を振り払い、スタインはギルドの中へ足を踏み入れる。


*……まずは受付で、ラキアから移動してきたことを伝え、シンシアでの活動を正式に認めてもらうか。


受付でラキアから来たハンターであることを伝えると、脇の小部屋へ案内された。

席に座ると、部屋まで同行してくれた片眼鏡をかけた女性が向かいの席に腰を下ろし、静かに問いかけた。


「改めて、お名前とランク帯、番号をお願いいたします。」

「スタイン・アーボルト。Dランクで番号は7732。」

「確認いたしますので、銃をお渡しください。」


片眼鏡の女性は落ち着いた口調でそう告げ、スタインに手を差し出した。

スタインがライフルを手渡すと、女性は白い手袋をはめた手で慎重に受け取り、膝の上にそっと置いた。

銀色の銃身を指先で優しく撫でると、銃身の彫刻が淡い水色に発光する。


女性は片目をつぶりながら片眼鏡を通して銃身を覗き込んだ。

すると、彫刻の光の中から、スタインの情報と番号が浮かび上がる。

彼女は確認するように小さく頷いた。


*この魔術による彫刻と解読は、ギルドにしか扱えない特殊な技術だ。 そして、この彫刻料がとんでもなく高い。


*一年前、銃身が割れたときに銃を新調し、彫刻を施したのだが、その費用で六か月分の貯金が吹き飛んだ。

*見積もりの三倍だぞ、詐欺集団め……。


スタインは苦い記憶を思い出しながら、目の前の片眼鏡の女性をちらりと見た。


「確認が終わりましたので、お返しいたします。今後ともお付き合いの程、よろしくお願い申し上げます。」


片眼鏡の女性はそう言うと、丁寧にライフルをスタインへ返した。

銃を受け取ると、彼女は深々とお辞儀し、そのままクエストボードまで案内してくれた。


*ランクはSからEまで。クエストボードを端から端まで見てみるが……やはりCランク以上のクエストばかりだ。

*ハンターの大半がDランクに偏っているせいで、新規依頼は朝一番の張り出しと同時に奪い合い。――今この時間には、すでに取り尽くされた後だ。


*ラキアでもそうだったが...。

*シンシアは魔物が活発だから、無限に仕事があると思ってきたが、どうやら見当違いだったらしい。

*正直、期待外れだ..。

*……とは言ったもののラキアよりかは幾分かマシだ。

*Cランクのクエストが多く張り出ている。近いうちに、ギルドがDランクを搔き集めて、この溜まりに溜まったCランクのクエストの消化イベントでもやるだろな。たぶん。

*帰るか・・


ギルドから出ると、すでに日が落ちかけていた。


*やるかどうかも分からないギルドのイベントをあてにするわけにはいかない。

*結局、早朝のクエスト争奪戦に参加するしかないか・・・。


スタインはため息をつきながら足を速め、宿屋へと戻った。

風呂に入り、歯を磨き、翌朝に備えてさっさと寝ることにした。


*長旅の疲れからか起きれなかった。くそが。

*一応ギルドへ向かってみたものの、案の定、クエストボードはすでに食い尽くされていた。


呆れながら眺めていると、昨日対応してくれたギルド職員の女性が声をかけてきた。


「おはようございます。」

「あ..どうも。」

「スタイン・アーボルトさん。あなたにご指名のクエストが1件、ございます。」

「えっ?」


唖然としていると、職員の女性は脇に挟んでいたファイルから1枚のクエスト依頼書を取り出し、静かに差し出した。


「こちらがご指名のクエストになります。ご確認ください。」


*シンシアに来たのは昨日が初日。

*そもそも、有り余ってるDランクで、指名クエストなんてあり得ない話だ。


疑念を抱きながらも、スタインは恐る恐る依頼書を受け取り、依頼者の名前を確認した。


*依頼者:エメレイ・フォリト……

*知らない名だ..。


*報酬額:金貨2万!?高すぎるだろ。期間が……1年半。依頼内容はレセルト魔術学院まで依頼者を護衛すること。なお、道中において受諾者に発生する一切の費用は、受諾者の負担とする……


*…… よし、見なかったことにしよう。 報酬は破格だがレセルトまでの道中自費って、いくらかかるんだよ。自費と期間を考えると稼げない、渋すぎるクエストだ。それにレセルト・・・レセルト?


*もしかして……これって……あの子か?


よく見ると、依頼書の文字全体がどこか丸みを帯びている。


「……依頼者がどんな方か教えてくれないか?」


片眼鏡の女性は少し考えた後、微笑みながら答えた。


「たしか……髪色が青色の、とっても元気なかわいらしい女の子でしたよ。」


*……無理だ。

*あの子が1人でこの依頼を?

*だとしたら、なぜ俺の名前を?


*このクエストを受ける気は一切ない。

*だが、頭の中を支配する疑問を晴らすため、俺は依頼書に書かれた住所へ足を向けた。

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