異世界美少女エリス<オムニハンドの魔法>
田中啓介はコンビニのアルバイト帰り、疲れ果てた体を引きずるようにして狭いアパートへ向かっていた。冷たい夜風が彼の頬を刺す。
「どうして俺ばかりこんな目に遭うんだろうな…」
自分の惨めさを嘆きながら歩く彼の目に、不思議な光が映った。路地裏の奥で淡い青い光が漂っている。好奇心と疲労のせいで正常な判断力を失った彼は、その光を追った。
そこで待っていたのは、銀髪の美少女だった。
「ようやく会えたわね、啓介さん」
少女は柔らかな微笑みを浮かべている。
「誰だ? なんで俺の名前を知ってる?」
「私はエリス。この世界のどこかで疲れ切った心を抱えた人を見つけて、力を分け与えるのが役目なの」
「力だって? ふざけてるのか?」
エリスはふと手を差し出し、小さな箱を渡してきた。
「これは『オムニハンド』。簡単に言うと、物に触れずに動かせる手みたいなものよ」
啓介は眉をひそめる。
「そんなの、ただの超能力みたいなもんだろ」
「いいえ、触れないけど掴むこともできる、空間に浮かぶ『手』を使えるのよ。試してみて」
啓介は翌朝、その箱を開けてみた。中には何も入っていないように見えたが、指を動かすと空間の一点に歪みが生じ、透明な「手」が浮かび上がった。
半信半疑でその「手」を操作してみると、近くに置いてあったペットボトルが浮かび上がる。
「本当に動かせる…」
さらに実験を繰り返すと、この「手」は彼が意識を向けた場所ならどこでも出現し、軽い物なら自由に操作できることが分かった。
最初、啓介はその能力をささやかな目的に使った。手の届かない高い場所の物を取ったり、散らかった部屋を片付けたり。生活は少しだけ快適になった。
だが、ふとしたきっかけで彼はこの能力の真の可能性に気付く。
啓介がかつて婚約していた相手、夏美は、彼を捨てて他の男と結婚していた。その男、吉岡は、啓介の高校時代からの因縁の相手だった。
「この『手』で、奴らにちょっとした仕返しをしてやるか」
啓介は思いついた悪戯を実行に移した。吉岡が会議中に飲んでいたコーヒーカップをひっくり返したり、夏美が出先で持っていたバッグの中身をぐちゃぐちゃにしたり。
二人が困惑する姿を見て、啓介は小さな快感を覚えた。
次第にエスカレートした啓介は、吉岡の職場で書類を「手」で盗み、混乱を引き起こした。それが原因で吉岡は会社をクビになった。
「ざまぁみろ」
しかし、啓介の行動は自分にも影響を及ぼし始めた。
「手」が暴走し、本人の意図しない場所で物を動かし始めたのだ。自分の部屋の物が散乱し、近所では謎の現象が起きる。
恐怖に駆られた啓介はエリスを呼び出そうとした。すると、再び彼女が現れた。
「啓介さん、楽しんでくれた?」
「助けてくれ! この『手』が止まらないんだ!」
エリスは静かに首を振った。
「あなたがこの力をどう使うか見守っていたけど、残念ね。あなたは自分の小さな復讐心を満たすために使い続けた。そして、その結果がこれよ」
「そんな…」
エリスは手を振り、「オムニハンド」を消した。しかし、それにより暴走は収まるどころか、完全に物理的な法則を無視して周囲の物が破壊され始めた。
「これは…報いなのよ」
最終的に、啓介の部屋は何もかもが消え去った空間となり、彼は一人その中に取り残された。
エリスの声だけが響く。
「力に頼る前に、自分で生きる道を考えるべきだったわね」
それ以来、啓介は二度とエリスに会うことはなかった。だが、彼の心には彼女の言葉だけが残り、ようやく真摯に自分の人生を考えるようになったのだった。