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健気に我慢していたら、婚約者に捨てられたので…

健気に我慢していたら、婚約者に捨てられたので…

作者: ククリ

世界観はナーロッパ

好き嫌いが別れるヒロインとヒーローの話

 高位貴族へ嫁入りする娘が処女であることは、この国では当たり前の条件だ。

 しかし、自分の婚約者が手当たり次第に女遊びをしているのを眺めていると、貞操を守る意味がよく分からなくなった。そう考えだしてしまうと、他のありとあらゆることが理不尽に思えてしまった。


「きっかけは、そんなとこかしら?」


「君が変わった理由を聞いただけなのに、全部俺のせいだったことに申し訳なさしかないなぁ…」


「嫌なら、結婚まで一切触れないようにしますが?」


「それはダメ」


「ほんと、最低」


 うちは凡庸な伯爵家だ。凡庸な貴族の娘らしく、薄い金の髪にコバルトブルーの瞳を持って、特別美しくもなく生まれてきた。

 一つ特異なことがあるとすれば、父の仕事の付き合いで公爵家の春のガーデンパーティーに、毎年家族で招かれていたことだろう。

 私が八歳の時、所作とテーブルマナーに及第点を母からもらえたことで初めて参加したのだが、なぜかその時そこの嫡男に見初められた。(ちなみにこの時、マナーもクソもない三歳の弟は、この嫡男の侍従になることから連れていってもらえていた)

 婚約の話はとんとん拍子に進んだ。私も嫌ではなかった、なぜなら同い年の彼は理知的で、緑がかった黒髪に翡翠のように綺麗な瞳、精悍な顔立ちをしていたからだ。単純に一目惚れをした私は、両親と義両親になる人たちに求められるままに、愚直に貞淑で完璧な淑女を目指すことになった。

 彼が十五歳にさしかかった頃からだろうか。精悍さが増した彼が、徐々に軽薄になり、他のご令嬢と隠れて逢瀬を楽しむようになった。

 しかし、躾けられた貞淑さと惚れた弱みで、苦言を呈すこともできない。それに、機嫌を損ねて婚約解消をされることの方が辛かった。義母様から譲られるはずの伝統のティアラを頭にのせて、彼とバージンロードを歩くのは私しかいないのだと信じてもいた。

 しかしながら、真実蓋を開けてみれば、婚約理由の【見初められた】というのが嘘だったのだと分かる。賢い彼のことだ、都合が良かったのだろう。わたしのような凡庸で、極めて従順そうな伯爵家の娘が。


「まぁ結局、あなたはクソ真面目な私を捨てて、新興貴族の頭と股の緩い女とできちゃった婚するんだけどね」


「こんなに遊び歩いているのに、結局そんな女に落ちちゃうの?俺が?」


「落ちちゃうのよ、笑っちゃうことに。しかも、本気の恋ですって。それでね、私はというと失意のうちに辺境の同格の貴族の家の後妻になるの。大事にしていた処女を七十二歳のお爺ちゃんに奪われて、当たり前だけど子どもは後継の問題で産ませてもらえなかった。嫁いで半年後に、あなたたちが離婚したって新聞で読んだら、心の底から人生が惨めに思えて川に身投げしたのよ。そして、どういうわけかまた人生やり直してるの」


「とんでもない話に変わってきたな…。前の俺は、君の後を追ったのかな?」


「さぁ?今だって女遊びをやめないあなたが、私の顔を覚えていたのかも怪しいけどね」


「ひどいなぁ、こんなに愛しているのに」


「あと半年後に私を捨てる男の言葉を、本気になんてしないわよ」


 そんなことより続きをしましょう?

 そう誘えば、前世と同じく精悍な顔立ちをした婚約者が困ったように笑いながら、優しく口付けをくれた。

 今世も十五歳の時に、婚約者が浮気を始めた。

 浮き名を流し始めた頃に、知らない女の子と隠れるように何度もキスしているの見つけてしまった。

 その瞬間、頭が割れるように痛み、その場で気を失った。その後、なぜか公爵家の一室で目覚めたとき、前の人生を全て思い出していた。心配そうに私の横で看病してくれていたらしい婚約者に、泣きたくなった。


(彼女以外誰でも良かったのなら、私を大事にしてくれなくて良かったのに)


 もしくは、どうでも良くて相手にもしていなかっただけなのだろうか?そう思ったら、自分の身につけた貞淑さに、心の底から反吐が出た。あなた以外に嫁ぐのなら、綺麗な体なんていらなかったのだから。


『私も、キスしてもかまいませんか?』


『え?』


 了承の返事を待たずに、自分から彼に口付けていた。この時まだ少し初心だった彼は、私からの口付けに酷く狼狽えて、顔を真っ赤にさせていた。もう、なんだって良かった。繕わなければいけない恥も外聞も、十九歳になれば何の意味もなくなるのだから。

 あんなに待たせておいて、あなたは私に一目と会うことなく紙切れ一枚で切り捨てる。ひどい男だ、本当にひどい男。

 なのに、まだ愛していた。


『このまま…肌を重ねてしまいますか?』


 啄むように何度も口付けて、彼の目元の涙ぼくろに口付けた後、そう耳元で囁く。

 彼の喉が、ゆっくり唾を飲み込んだ。それが、この爛れた婚約関係の始まりだった。

 避妊は一応しているが、捨てられる直前は孕ませてもらおうと考えている。前世できなかったことを、全てやり遂げたい。赤ちゃんを産んで、育てて、孫まで見て死ぬのだ。その未来に、あなたがいないのだけが残念だ。


「ねぇ、何考えてるの?」


「あなた以外のこと」


「言葉遣いが粗野になったのも、俺のせい?」


「ん〜、これは親への反抗」


「全部、俺のせいにしといてよ」


「やぁよ」


 彼の私室で繰り広げられる秘事は、二週に一回の婚約者の茶会の席で行われている。

 公爵家も伯爵家も憤慨しつつも、何も言わない。何も言わないのを良いことに、今日も外泊だ。ちなみにあの日は、母には泣かれて、父には怒られた。意外だったのは、義両親は私に謝ってくれたこと。

 弟とは、あの日から口を利いてもらえていない。まぁ、この弟も前の時は婚約者の味方に回ったから、私も情も何も感じていない。


 ことが終わって、いつものように彼がシガレットケースから一本の煙草を取り出した。ベッドから抜け出して、月夜に照らされているテラスのカウチに座って、静かに火をつける。美味しそうに吸うソレに、少し興味が出た。

 彼と揃いのガウンを羽織り、私も素足のままテラスへ行き、隣に腰掛けた。


「私も、吸ってみたいわ」


「俺は、煙草を吸う女の子はあんまり好みじゃない」


「じゃあ、隠れて吸おうかしら」


「…本当に、君は変わったな。昔は、俺の嫌がることなんて一つもしなかったのに」


「そういう風に生きていたら、結局あなたは私を捨てたんだもの。だから、我慢するのはもうやめるの。どうせ破滅するなら……笑って、死にたいわ」


 そう微笑み、惚けた顔を晒した彼の手元から煙草を奪った。見よう見まねで肺いっぱいに吸い込んだら、むせてしまった。まぁ、でも気分は悪くなかった。

 涙目になった私を、彼は呆れたように見つめて、背中をさすってくれた。前の人生では考えられないことの連続に、頭がクラクラした。


「半年後、もし俺が婚約解消しなければどうするんだ?」


 いつも軽薄に笑いながら話す彼が、珍しく真剣な眼差しで聞いてきた。それと同時に、私から煙草を優しく取り上げて、灰皿にそれを押し付けて消す。火の消えてしまった煙草を見つめながら、そんなあり得ない未来を想像してみるが、うまく描けなかった。

 言葉に困って、テラスから月夜に浮かび上がる公爵家の庭園に視線を移した。シンメトリーに整えられた荘厳な庭の中心には、立派な噴水がある。昼間に見れば美しいだろうそれらは、今はぼんやりと浮かび上がっているだけだった。


「一年後に婚約解消が伸びたんだと思うだけかしらね…」


「きみは、本当にどうしようもないな」


「女遊びをやめないあなたに、言われたくないわよ」


 この男が何を考えているのかが分からない。

 肌を何度も重ねて、前よりもあけすけな会話をするようになっても、彼が私のことをどう思っていたのか全く分からない。底の知れない男だと思うが、私は等身大の彼が欲しかった。きっと今世でも、それは望めないのだと気づきながら、悪あがきのように彼をベッドに誘っている。虚しい?まさか、惨めに泣くよりマシだろう。

 

 例えば、学園であなたと遊んだ女の子たちに虐められたこと。

 例えば、茶会の日にあなたの色で揃えた装いを、肝心のあなたに笑われたこと。

 例えば、私が着ることのなかったウェディングドレスを、彼女が着たこと。

 全部、全部許してあげるから、その日が来るまでは…どうか私に愛を囁いていて。

 そう言葉にできたら、私はいつ死んでもいいわ。


「賭けをしましょう」


「どんな?」


「あなたが本気の恋に落ちる相手の名前を、当ててあげる。明日、手紙に書いて金庫にしまっておくわ。私たちが婚約を解消する日に、手紙を開けてね」


「君が負けたら、俺と結婚してくれよ?」


「負けたらね」


 あり得ない、そう笑えば彼も笑った。


「君が勝ったら?」


「何もいらないわ」


 欲しかったものは、もう全部もらったもの。


 終

前世では好きな子に手を出せなかった拗らせ男子と一途で鈍感で真面目だった女子

生まれた子が自分の子じゃなかったと分かって、大急ぎで好きな子を迎えに行ったら手遅れだった話。人生をやり直す何かをしたのは、男の方。

頑なに婚約者の名前を今世では口にしない彼女に、察して何も言えない男のもう二回りほど拗れたやり直しの物語。

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