第9話 スワンドロ嬢の嫌がらせ
マリーゼは、自室で次のアイデアを練っている。
泥団子による襲撃は、大打撃だった。
大人気だった商品が売れなくなり、店に人がいなくなる程よ。
つまり、泥団子の襲撃を逆に宣伝に使えたら、物凄い事になる筈だわ。
「お兄様、泥団子で汚れてしまった服を、逆に宣伝に使いたいんだけど、どんなドレスなら売れるかしら?」
マリーゼは頭が煮詰まると兄のヨーク卿の話を聞くと、ヒントになることが多いので、相談することにした。
「汚れない服があったら、凄くないか」
ヨーク卿は思い付いたことを、いつもそのままマリーゼに伝える。
「泥団子で汚れない服ってことね」
「まあ、泥団子じゃなくても、パーティーで目立つ色の食べ物が、スーツに付くと最悪だからな」
「さすが私のお兄様」
マリーゼはヨーク卿に抱き付いた。
ヨーク卿は久しぶりにマリーゼに抱き付かれて、嬉しくなりマリーゼを持ち上げてその場でクルクル回りだす。
「キャーお兄様!」
◇◆◇
新しいアイデアは、服が汚れないためのパールコートよ。
雨粒を弾き返す葉っぱの表面の成分を付着させるアイデアを、男爵家の商団に相談して作ってもらうことにする。
最初の試作品では、パールコートをほどこした生地に泥水をかけると、ところどころまだら模様になってしまった。
何度も試作する間に、生地にする前の糸にパールコートをにじませて、生地を織ると汚れが付かないことが分かった。
何度も試作を重ねて、やっと新しく汚れない服として発売することになった。
これ程、素晴らしい商品なので、爆発的に売れると思っていた。
ところが暴露記事に泥団子まみれの服と掲載されたホイットニー店の売る服を、一般階級の人達が避けるようになっていた。
「お父様、店頭に飾る絹織物で作った服のサンプルにだけ、パールコートをほどこして販売して下さい」
「綿織物で売れないのに、高価な絹織物で試すなんてダメだ」
いつもなら直ぐに提案を聞いてくれる男爵が、失敗続きで消極的になっていた。
それでもマリーゼが半ば泣いて脅して地団駄を踏んで、我儘を言うと提案を受け入れてくれた。
男爵は売れなければ諦めるだろうと考えていた。
マリーゼの言う通りに一通りのカラーバリエーションで、パールコートの絹織物で高級紳士服と高級ドレスを店頭に飾った。
けれど、誰一人として、ホイットニー店に、買い物に来る貴族はいない。
それなのに、悪役令嬢と名高い嫌われ者のマリーゼの元に、侯爵家の社交パーティーの招待状が届く。
「店には来ないのに、いつもは誘ってこないパーティーに招待なんて、何が目的かしら?」
過去にもパーティーに行って、嫌がらせをされた記憶のあるマリーゼは、招待状を見てニヤリと笑った。
勿論、しっかりと仕返しをしてきたが、今度は侯爵家のパーティー。
嫌がらせをされたからと、仕返しをして大丈夫だろうか?
ダメだとしても、そもそも仕返しをせずに、我慢なんてする自信がありませんわ。
◇◆◇
初めて招待された侯爵家は、やはり男爵家とは比べ物にならない。
侯爵家の門の前に立ちマリーゼは思った。
門から玄関までの距離が遠すぎますわ。
「いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました」
出迎えてくれたのは侯爵夫妻と、若い侍女の2人だった。
侯爵夫人はにこやかな笑顔で歓迎してくれて、他の人達は少し遠巻きにマリーゼを観察している。
「バランティノ男爵家の娘マリーゼでございます。本日はお招き下さり、ありがとうございます」
「さあ、堅苦しい挨拶は抜きにして、楽しんでいってね。マリーゼ嬢を案内して差し上げて」
「かしこまりました。こちらでございます」
マリーゼは侯爵夫人と軽い挨拶を交わした後、侍女によって邸の奥へと案内された。
奥の扉を開けると、パーティールームには、貴族達が集まり歓談している。
「うわぁ。すごいですわ」
パーティールームの庭に面する壁は取り払われて、4本の太い大理石の柱で支えられていた。
一階とは言え、広間と庭がつながっているなんて、男爵家では考えられなかった。
庭全体にいろんな種類の薔薇が咲き誇っている。しかも一つの花があんなに大きいなんて。
さすが侯爵家のお屋敷だわ。
「どうぞ、お楽しみ下さい」
侍女に言われて、マリーゼはパーティールームの中を見渡しながら歩き回る。
そうすれば、マリーゼを今日ここに招待するように仕向けた人が、声を掛けてくるはずだと確信していた。
「マリーゼ嬢、お久し振りね」
ほらね。思った通り、声を掛けられた。
「お久しぶりです。スワンドロ伯爵令嬢」
そこに立っていたのはスワンドロ伯爵令嬢で、マリーゼを招待するよう仕向けたのは彼女のようだ。
「ご機嫌よう。マリーゼ嬢、そちらのドレスもホイットニー商団の泥団子ドレスですか」
そう言えば、過去に招待されたパーティーで、何かと嫌がらせをしてきたのが、この伯爵令嬢スワンドロ嬢だったかも。
「まあ、スワンドロ様のお名前にも泥団子が付いておりますものね。おほほほほ」
マリーゼは、スワンドロの名前をからかって笑いとばす。
「何ですって。男爵令嬢風情が、侯爵家のパーティーに顔を出すなんて図々しいのよ」
スワンドロは手に持った赤ワインを、マリーゼのドレスにぶちまけた。
「あら、手が滑ってしまったわ。ごめんあそばせ」
「何の事ですか?」
マリーゼが、ニヤリと笑った。
「そんな赤ワインをドレスにかけた筈なのに、何故?どういうこと?」
自分の見たものが信じられないスワンドロ嬢は、手に持った空のグラスとマリーゼのドレスを何度も、交互に見ている。
赤ワインを掛けられたはずのマリーゼのドレスは、パールコートのお陰で汚れていない。
「まあ、手を滑らせたのではなくて、私のドレスにワインをわざとかけたと、お認めになりましたわね」
マリーゼが、パーティー会場中に聞こえる大きな声を張り上げた。
「あっ、あっ、いいえ私、何を言いますの。だってあなたのドレスにワインなんて、かかってないじゃありませんか」
スワンドロは周りに集まってきた人に、マリーゼが嘘を言っているのだと、マリーゼのドレスに指をさしてうったえている。
「ほら見て、マリーゼ嬢のドレスは汚れておりませんわ。私に濡れ衣をきせる気なんですわ」
スワンドロは汚れていない理由は分からないが、マリーゼのドレスが汚れていなければマリーゼを悪者に仕立てられると考えた。
「あららら?でも私もスワンドロ令嬢が、ワインをかけた筈なのに、ドレスが汚れていないとおっしゃったのを聞きましたわ」
そこに主催者でもある侯爵令嬢フランソワ▪アレグレットが姿を現した。
濃い金髪に青い瞳。そして細い腰を引き立てるドレス。
そのドレスには、レースと宝石をふんだんに使って、裾をたなびかせながら主役さながらに登場した。
なんか、マリーゼより悪役令嬢っぽいんですけど。
「あらららら?確かにスワンドロ令嬢がワインを、わざとかけておりましたのに、汚れておりませんわね」
フランソワ▪アレグレットは大きな青い目をパチクリさせて、マリーゼの白地に青い糸で刺繍された上品なドレスを見回した。
「それにしても素敵なドレスですわね。何故、ワインで汚れてませんの?」
フランソワの問いにマリーゼは、ドレスを摘まんで、丁寧にお辞儀をしてから答えた。
「ホイットニー商団のパールコートと呼ばれる、汚れない処置をほどこした絹織物で作られたドレスでございます」
マリーゼは待ってましたと言わんばかりに、パールコートのドレスの裾を広げて、クルンとその場で回転して見せた。
「こんなに素敵なドレスが汚れないですって?白い絹織物なのに信じられない。皆様、お聞きになりまして?」
フランソワは何かのスイッチでも入ったかのように、話し続けている。
「パールコートって名前も素敵ね。ドレスでもお店でも、そちらの名前を付けて売り出せば良いのではなくて?あ、早速ドレスを注文させて頂きますわ」
興奮したフランソワは、その場でドレスの注文をしてきた。
「勿論ですわ。後日、お好みのデザインを教えて下さいませ。お屋敷にお伺い致しますわ」
「あらららら、邸に来てくださるの。楽しみにしているわ」
フランソワはマリーゼに好意的で、実際にドレスも仕立てさせてくれそうだ。
「私もドレスをお願いするわ」
「私も注文します」
フランソワの注文に触発されたのか、次々にマリーゼの周りに人集りが出来て、ドレスの注文をする声が飛び交った。
「かしこまりました。デザインをご覧頂くのは後日となりますが、まずは皆様のご注文を順番に承りますわ」
マリーゼはにっこりと笑って、貴族令嬢とは思えぬペンさばきでドレスの注文を受け付けた。