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第8話 泥んこドレス

 マリーゼの侍女アン(マリーゼが拐われた事は隠された)を拐ったのは、黒幕の舞台女優マーガレットと彼女のファンによる犯行と判明した。


マリーゼは誘拐事件の暴露記事を書いたホットラブの記者は、マーガレットなのではないかと疑っている。


だがマーガレットが逮捕されてからも、相変わらずホットラブに暴露記事が掲載され続けている事から、別人と考えるしかない。


「ここに居たのか」


突然声を掛けられて顔を上げると、目の前にヨーク卿が立っていた。


ここは侍女のアンと話しながら、お茶を楽しんだ硝子張りのテラスである。


「お兄様」


ヨーク卿が、マリーゼの前の席に腰を下ろした。


「大丈夫か」


テーブルの上にあったマリーゼの手の上にヨーク卿は自分の手を重ねる。


「私はアンに、何かして差し上げる事は出来なかったのかと考えておりましたの」


「こらっ、巷ではお前はわがままし放題の悪役令嬢なんだから、自分を裏切った人間のことで苦しむのは止めてくれ」


「そうですわね。最近、ますますホットラブ暴露記事の私に対する悪役令嬢ぶりが評判になってきましたし、受けて立ちますわ」


「それでこそ私の可愛い妹だ」


ヨーク卿はマリーゼの心まではわからないが、早く元気になって欲しいと願った。


そこにお茶をとりにいった侍女が戻ってきた。


「ホットラブ誌を買いに行った者から預かったのですが」


マリーゼは侍女からホットラブ暴露記事を受け取り読み始める。



【マリーゼ嬢の代わりに誘拐された侍女は、普段からマリーゼ嬢にいじめられていた。


男爵家から逃げ出したところを誘拐犯に捕まったのだ。


誘拐されたマリーゼ嬢付きの侍女が、既に退職して、いじめの事実は隠蔽されている】



「私がアンをいじめていたですって。ムカつきますわ」


マリーゼはホットラブ暴露記事をぐしゃぐしゃに丸めて、大理石の床に投げ付けて、靴でガンガン踏みつけた。


翌日には、また新しい暴露記事が発売されたので、嫌々ながら購入して読むことにした。



【男爵領が裕福なのは、バランティノ男爵が商才に富んだ人物で、人を大切にしてきたためだろう。


ところが、幼い頃からマリーゼ嬢を猫可愛がりしてきた男爵が、彼女の言葉で輸入品の仕入れを独占して儲けている。


この仕入れ商品の独占によりライバル店が、続々と倒産して、店員が路頭に迷っている】



「倒産した店の名前を書きなさいよ。何でもありになってきてるわね」


マリーゼはホットラブ暴露記事をビリビリに細かく切り刻んで、窓から投げ捨てた。


そして、男爵領の悪役令嬢から、いつの間にやら王国の悪役令嬢にランクアップしてしまった。


「見ててごらんなさい。私を悪役令嬢だと言うなら、その本気を見せてやりますわ」


言葉とは裏腹に、最近、悪夢を見て寝不足のマリーゼは、また眠れない日がやってきそうな予感がしていた。


◇◆◇


 マリーゼの悪評が日々垂れ流されたせいで、バランティノ男爵の商団(ホイットニー店)にも影響が出始めてきている。


最初は、商品の返品程度だったが、返品が返品を呼んで、在庫が山積みとなっているとボヤいているのを、ヨーク卿経由で聞いた。


しかも悪評に尾ひれがついて、悪い噂が街中に流れ始めている。


ホットラブ暴露記事には次々と悪い続報が掲載されていく。



【男爵家の使用人から新たな情報が届いた。


お茶会で出されたお菓子が余り使用人に分け与えたところ、


そのお菓子が突然腐り始め、危うく食べそうになったと恐怖を話してくれた。


使用人たちは口を押さえて逃げ出した。


他にも、マリーゼ嬢の采配で庭の花がすべて枯れてしまい、その花の処分に困った庭師が捨てて、男爵にクビにされた。


使用人の権利を守れと言いたい】



そんな事実は無いのに。相変わらず、ひどい記事だわ!


マリーゼは抗議したが、一度広まった悪意のゴシップは、それを楽しむ人間と、それで苦しむ人間がいる限り収まらない。


あきらかにマリーゼを憎む人間が存在している。


まるで抜けられない蜘蛛の糸に絡まっているようだとマリーゼは思った。


「今は反論しても無駄だわ。私と男爵家の店は一蓮託生。だったらやってやりますわ」


◇◆◇


 男爵家の経営する店舗の商品は、綿花で作られた色取り取りの織物である。


男爵領だけでなくて王国でも、良質な綿花で作られた綿織物は、服飾店でも人気の商品だった。


マリーゼは兄のヨーク卿に頼んで、商団の中で機織りや縫い物が出来る者を探してもらっている。


危機に瀕した男爵家の商売を復活させる為に、アイデアを試す為に。


実はマリーゼは、暴露記事を書く他にも、アイデア商品を考えることが好きだったので、自分のためにも商団のためにも挑戦したいと思っている。


「返品された綿織物に、最初から生地の端にポイントの刺繍やレースをほどこして販売するのよ。それには、刺繍や縫い物の職人が必要ってわけ」


「最初から?」


「そうですわ。一般領民の着る綿花のドレスや男性服は無地一色や襟のカラーだけでしょ」


「まあ、カラフルな色使いと、刺繍やレースを使った服は貴族の令嬢のドレスだけだろうな」


ヨーク卿の口振りから、それが当たり前なのだろう。


「だから領民でも買える綿花の織物生地に、最初からワンポイントの刺繍やレースをほどこして、少し割高に売り出すのよ」


「領民の服にも個性を提供していくわけか。うん、いいかもな」


ヨーク卿は、妹マリーゼのアイデアに感心してうなずいた。


「そう言えば、お兄様のお知り合いが、紳士服の色が地味でつまらないと、言ってましたわね」


「女性達によると紳士服の色が、黒、茶、グレーばかりで、暗くて、つまらないってことらしい」


「お兄様、ナイスですわ。女性用に販売してきた色取り取りの綿織物で紳士服を作り、店頭に飾りましょう」


◇◆◇


 マリーゼのアイデアで作られた、返品された綿織物に最初から生地の端に、ポイントの刺繍やレースをほどこしたドレスが店頭に並べられた。


「あら、これって綿のドレスよね。ちょっと見ていかない?」


ホイットニー商団の店の前を通ったご婦人が、友人を誘って店に入ってきた。


「こんなに綺麗な色の服なんて、貴族の着ているドレスでしか見たことないわ」


連れの友人も綿で作られたカラフルなドレスを手に取って、夢中で鏡に合わせて見ている。


「値段はいつもの服より少し割高だけど、気に入らない服を2着買うより、この服1着でいいわ。これを下さいな」


ご婦人は気に入った服を見付けて、店員に声を掛けた。


こうして最初のお客さんが入ると、次々にお客さんが入ってきてマリーゼのアイデアが大当たりした。


今までなかった新しいアイデアで、店は連日大賑わいで、品切れ、完売が続いた。


そして男爵領では、ワンポイントの刺繍とレースをほどこしたドレスを着た女性と、カラフルな男性用の服を来た人々で街が賑わっていた。


男爵家の店が賑わうと、マリーゼに対する根も葉もない噂は鳴りを潜めて、しばらくは平穏な日々が訪れた。


街には相変わらず、ホイットニーの店の商品を身にまとった人々で、賑わいを見せていた。


「あんたの服もホイットニー店で買ったんでしょ?」


「勿論よ。気に入った色の服が買えるなんて、今まで考えられなかったのにね」


今日も道行く人が、ホイットニー店のカラフルな服を着て、お互いの服を褒めたり自慢したりしている。


そこに突然、子供達の集団がやってきた。


「やっちまえ」


「服を狙うんだ」


子供達は、お洒落でカラフルな男女の服に目掛けて、手にした泥団子を投げ付けてきた。


「きゃー」


「やめろっ」


カラフルなドレスや男性服が、だんだん泥で汚れていく。


楽しげな昼下がりの街中が、突如として阿鼻叫喚の世界に様変わりした。


そしてまたしても、ライバル記事のホットラブが、男爵家の話題を振りまいていく。



【泥塗れの服にご注意


ホイットニー商団の服を着ると、あなたも泥団子の標的にされるかも。


もしかして、泥団子は、新しいドレスやスーツを買わせる作戦かしら?】



それから街中ではホイットニー店の服を着ると、泥団子の標的にされると、大々的に噂が広まっていく。


その日から、ホイットニーの店に、客の姿はなくなった。


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