第5話 暴露記事ホットラブ
舞台は大成功して、契約したお金もガッポリ入って、ウハウハだわ。
喜んでいたのも束の間、ホットラブの暴露記事に、舞台女優とカスタム卿の暴露記事を書いたのは、バランティノ男爵家の令嬢だと掲載されてしまった。
しかも2人の恋路を邪魔して、家庭まで壊したと書いてある。
ホットラブの記者は凄腕だわ。
どうしてマリーゼが書いたってバレたのかしら?
まさかセバスチャンが、内通者?
しかしバランティノ男爵家の令嬢だと掲載されたのを黙って放っておくマリーゼではなかった。
さっそく、暴露記事コレットを使って反撃したのである。
【ホットラブの記者様に物申します。
ご自分の名前を明かさずに、人の名前を詮索するのは卑怯だと思われませんか?
まあ、ご自分の足で記事を書けないから、コレットの後追い記事をしてくださっているのですね。
あと、お2人の恋愛の邪魔をしたと考えていらっしゃるなら不倫は正しいとお考えなのですね。
さすがです。
ですが、不倫を正当化しておいて、家庭まで壊したと言ってしまったら、あなた様の文章に矛盾が起こってしまいますわね。
とても残念です】
◇◆◇
コレットの記事を掲載した翌日、カスタム卿の妻だと言うご婦人が、男爵家を訪れてきた。
パッと見は、上品で物静かな印象である。
正直、自分がまいた種だけど、目まぐるしくて目眩を起こしそうだとマリーゼはため息をついた。
「バランティノ男爵家の娘、マリーゼと申します」
どんな話か分からないけれど、まずは丁寧に挨拶を交わす。
貴族のたしなみですわ。
「あなたがマリーゼ様なのですね。お会い出来て本当に嬉しいです。私は、キャロルと申します」
あら?カスタム卿の妻だと聞いたけど、名前だけ?
貴族間で挨拶を交わす時には、○○家や家門の分かるフルネーム、○○の妻と名乗るものだけど。
「キャロル様、どうぞお座りになって下さいませ」
「私、カスタム▪ド▪バラン男爵の妻です」
分かってました。
文句言いに来たんですよね。
心の耳栓したので、どうぞ。
「正確には、マリーゼ様のおかげで、やっと主人と正式に離婚できるようになりました」
「ええ?」
話を聞くと、カスタム卿の浮気癖は結婚当初から酷くて、家にも帰らず浪費も酷かったとか。
しかも人気女優と言うことで、マーガレットを虐めるな、離婚しろと街中でファンから石をぶつけられたこともあったと言う。
「何ですか、それ。任せて下さい。もっと徹底的にやってやりますわ」
マリーゼが怒りに任せてソファから立ち上がると、キャロルも立ち上がりマリーゼの側に寄ってくる。
「ありがとうございます。でも、もう充分です。慰謝料もたっぷり貰えそうなので」
キャロルの晴れ晴れとした顔を見て、マリーゼの怒りは収まった。
キャロルの帰った後で、マリーゼは今回は大きな騒ぎにもならず良かったと、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし、人気舞台女優の熱烈なファンが、妻のキャロルにしてきたことを思えば、暴露記事を書いたマリーゼの身に危険が迫る事も充分に予想出来たかもしれない。
けれど、キャロルの幸せそうな顔を見て、勝手に一件落着した気分になってしまっていた。
◇◆◇
人気舞台女優マーガレットと、パトロンのカスタム卿の不倫。
責められるべきは、不倫をしたマーガレットとカスタム卿よ。
マーガレットのファンは、妻キャロルに嫌がらせの手紙を書いて、街中で石を投げて暴言をはいたと言う。
マーガレットとカスタム卿の不倫の暴露記事を書いたマリーゼを、ファン達が放っておく筈がなかった。
マーガレットのファン達は男爵邸の前に陣取り、彼女を中傷する記事を書いた記者を出せとわめきたてたのだ。
マーガレットの不倫をネタにパトロンであるカスタム卿を脅して、マリーゼがお金を巻き上げたと言う、嘘の暴露記事まで書かれてしまった。
更に事態は悪化してマリーゼは男爵から、外に出ては危険だと外出禁止を言い渡されてしまう。
「外に出れないなんて、冗談じゃありませんわ」
ネタ探しで外を散策するのが日課だったマリーゼにとって、外出禁止はまるで罰を受けているのと変わらない。
ファンの言い分は、好きになった人が、たまたま既婚者だっただけなのに、純真なマーガレットをおとしめたと言う。
本当にそう信じているのなら、頭がお花畑ですわね。
とにかくマリーゼは、ファンから恨まれてしまっていた。
「その記事を書いた記者は私です」と名乗り出る訳にもいかない。
自分が出頭した所で、何も変わらないだろう。
むしろ悪化するかもしれない。
マリーゼが行った事は確かに人の恋愛や家庭を書いた事とはいえ、オブラードに包みソフトな物語風に書いてある。
実際に不倫騒動の被害者であるカスタム卿の妻キャロルからは、お礼まで言ってもらったのに。
そもそも、マーガレットとカスタム卿が何も言ってこないのに、何故ファンが大騒ぎをするのかしら。
「マーガレットのファンが、まだ邸の前にいるわ」
マリーゼは窓辺に立って、外の景色を眺めようとしたが、表玄関にはファンが押し寄せていた。
「お嬢様、外に出られたいのならお任せ下さい」
マリーゼ付きの侍女アンが、主の心をくみ取って脱出の手伝いをしてくれると言う。
「さすが私の侍女ね」
マリーゼはずっと家に閉じこもっている訳にはいかないと、侍女アンに誘われるまま2人で裏口から抜け出すことにした。
アンが馬車を用意してくれていたので、乗り込んでしまえば、ファンにも見付からないだろう。
「やっと外に」
ドガッ
馬車に乗り込もうとしたところで、男が待ち構えていてマリーゼは頭を棒で殴られて、気絶してしまった。
◇◆◇
「大変です。マリーゼお嬢様が拐われました」
男爵家の使用人が、バランティノ男爵の執務室に飛び込んできた。
「何だと!?部屋にいたのではないのか」
執務室で今後の対応を相談していたバランティノ男爵とヨーク卿が、使用人の肩を掴んで揺さぶる。
「お嬢様と侍女のアンが、裏の門からこっそり抜け出して、馬車に乗り込もうとしたところを気絶させられて、馬車ごと正面玄関の方向へ連れ去られたんです」
「くっう」
使用人の言葉を聞いて、男爵はめまいを起こしそうになるが、それどころではないと踏みとどまる。
「父上、大丈夫ですか」
ふらつく男爵を見て、ヨーク卿は男爵の腕を支えた。
「気にするな。それよりもマリーゼを助け出さなければ」
ヨーク卿も男爵の言葉にうなずいた。
「すぐに捜索隊を出そう。マリーゼを連れた馬車は、方角から、おそらくは王都方面に連れ出されているだろう」
男爵はもう大丈夫だと、ヨーク卿の支える手を外したが、マリーゼを思うと手の震えが止まらない。
「王都だと┅┅まずいな」
「父上?どういうことですか」
男爵が顔をしかめたので、ヨーク卿が怪訝そうに問いかけた。
「あそこは今、王家直轄地だ。離宮があって、王族の方々が暮らしている」
騎士を連れ立って、男爵家が立ち入れば問題になるだろう。
「あ、あの」
使用人が、マリーゼを心配して鬼気迫る親子に圧倒されて、やっとのことで口をはさむ。
「何だ?何か他にも知っているのか?」
男爵の口調は、知らず知らずのうちにきつくなってしまう。
「お嬢様の連れ去られた馬車をヨーク様のご友人のマーティン様が、追い掛けて行かれました」
「マーティンが、その場にいたのか?」
ヨーク卿は、思いもよらない人物の名前に目をパチクリさせた。
「はい、偶然通りがかったらしく、お嬢様が乗っていかれる馬車を慌てて追い掛けておりました」
「それで、マーティンはどうした?何か手がかりになりそうなことは言っていなかったか?」
ヨーク卿は、何でもいいからマリーゼを救出する手がかりが欲しかった。
「馬車を追跡して行ったので、何も」
ヨーク卿も男爵も、わざとではないのだが、使用人に渋い顔を向ける。
「マリーゼは、無事でしょうか?」
「ああ、無事を祈るしかないが┅┅マーティン▪コルドバ伯爵であれば信頼出来る」
「そうですね」
「コルドバ伯爵の邸に行くぞ」
「はい」
使用人は、馬車と馬を用意する為に、先に走っていった。
「父上、私はマーティンの後を追いしょうか?」
ヨーク卿は男爵に断りを入れて、また駆け出して行こうとしている。
「待ちなさい。今からでは追い付けまい。情報を集めて、迅速に動くのだ」
男爵家は、息のつまるような暗い空気に包まれていた。