第4話 舞台女優とパトロン
辺境伯子息と騎士(男)の恋愛物語は、上手く書けていたようで、読者からの反響も良かった。
名前は変えたし辺境伯も登場しないから、大丈夫だと思っていたのだけれど、考えが甘かったことを思いしることになる。
辺境伯子息と騎士(男)の恋愛物語を発行して、しばらく経った頃、中年のご婦人が男爵家を訪れた。
手にはコレット暴露記事を丸めて、ぐちゃぐちゃに握りしめている。
「この記事を書いた方を呼んでちょうだい」
言葉遣いとは裏腹に、顔は凄味を帯びて、言葉もトゲトゲしく聞こえる。
「少々、お待ち下さい」
ご婦人の対応をした使用人は、ただ事ではないと思って、急いでマリーゼの部屋に向かった。
「貴族らしいご夫人が、コレット暴露記事をお持ちで、記事を書いた方に会いたいとおっしゃっています。お怒りのご様子でした」
「私の書いた暴露記事の関係者ってことよね」
暴露記事を書いている限り、文句が出るのは仕方がないと分かっている。
マリーゼは玄関に向かった。
「コレットの記事を書いているマリーゼと申します」
マリーゼは相手の出方を見るためにも、丁寧に挨拶をした。
「男爵家の娘ごときが、辺境伯家の恥を暴露するなんて、何て女なの」
侍女と夫の浮気話しをしていた辺境伯夫人が、怒鳴りこんできたようだ。
「あの┅┅その」
暴露記事を掲載して、浮気されている奥さんに乗り込まれたのは初めてで、マリーゼはビックリしている。
不安で泣きそうになったが、ここで引き下がるわけにはいかない。
マリーゼは、他にもネタを手に入れているのだから!
「お怒りのところ申し訳ないのですが、奥方様の浮気相手は、この方ではありませんか?」
マリーゼは、懐で温めていた暴露記事を辺境伯夫人に見せた。
すると、夫人は顔を真っ青にしてガタガタと震え出す。
「何故、それを」
「辺境伯の物語を書く上で、偶然知ってしまったのです」
マリーゼは、勝ったと思いニヤリと笑った。
そして、これが問題になるなら口外しないと約束すると言ったが、夫人は諦めるつもりがないようだ。
それならと、マリーゼは開き直って逆に脅し始める。
「あなたのご主人の浮気相手はただの男ではありません。あなたの連れ子ですよ」
マリーゼは夫人が信じられないだろうと、ゆっくり話して聞かせた。
「私は、それを暴露するのは、はばかれるので、辺境伯子息と騎士の物語に作り替えたのです」
「そんなデタラメな話し信じられないわ」
夫人は真っ青な顔で、最後の抵抗を見せている。
「あなたの浮気は現実ですが、辺境伯子息と騎士が結ばれるのは、ただの恋愛小説です。どうですか。面白そうでしょう?」
マリーゼの話しに夫人は怒りのあまり興奮しすぎて、その場で倒れてしまった。
◇◆◇
後日
辺境伯夫人から、マリーゼ宛に手紙が送られてきた。
『辺境伯子息と騎士の物語はフィクションだから、お好きにして下さい。
けれど、辺境伯夫人については一切物語にしないようにお願いします』
辺境伯夫人の手紙は、短い文章で要点だけがつづられていた。
多分、マリーゼと関わりたくない心情からだろうか。
「やったわ。これで心配はなくなった。夫人には申し訳ないけど」
マリーゼは夫人が倒れられたのにはショックを受けたが、すぐに次のネタを探し始めることになる。
早くいいネタを探さなきゃ!
◇◆◇
次にマリーゼが見付けた暴露記事のネタは男爵領のみならず、王国でも大人気の舞台女優マーガレットと、彼女のパトロン、カスタム卿のゴシップである。
マリーゼはこの題材で、どんな物語を作り上げていくか悩んでいた。
(マーガレットの舞台は観た事があるけど、美しくてお人形さんみたいな印象だったわ。
でも、歌が下手過ぎて驚いたのよね。
まあ、完璧な者に人気が出るとは限らないし、歌手じゃなくて良かったわ。
2人を主人公にするのは、問題ないけど、奥さんが悪者になるのは嫌なのよね。
ここはお兄様と話して、創造力を膨らませるしかないわ)
マリーゼは、早速、兄のヨーク卿に手紙を出した。
◇◆◇
妹を猫可愛がりしている兄のヨーク卿は、学業そっちのけで、翌日には近くのカフェでマリーゼに会っていた。
「どうした?僕に会いたかったのか?」
ニコニコ顔で、何でも食べろとヨーク卿は、メニュー表を開いて見せる。
「勿論ですわ。面白い話を聞いたので、お兄様にもお伝えしたくてお呼びしましたのよ」
マリーゼは兄をおだてて、のせる方法を心得ているつもりだが、実際にはヨーク卿はそんな事は心得ていて妹に甘いだけだった。
「男爵領でも舞台をやった女優のマーガレットって分かりますか?」
「マーガレットを知らない男はいないよ。お前程ではないが、美人だからな」
「じゃあ、マーガレットに恋人がいたら、お兄様はショックかしら?」
マリーゼは、ヨーク卿の顔をうかがった。
「美人に恋人がいるのは当たり前だ。妻にもらう人なら別だが、それ以外の美人は眺めて楽しむものだよ」
「さすがマリーゼのお兄様。実は、マーガレットにはパトロンがいるのですけど、その人と恋仲らしいのよ」
「ああ、思い出した。カスタム卿だったな。確か愛人のマーガレットが妊娠して、別れ話しで大騒ぎになったとか」
「へぇ、それって凄いゴシップじゃない。でも、あまり知られておりませんね?」
「そりゃあ、舞台女優にスキャンダルは命取りだし、パトロンのカスタム卿が火消しをしたんだろう」
「それじゃあ、妻子とは別れたのですか?」
「いや、どちらとも別れたって話しは聞かないな」
「お兄様、未来のお義姉様を泣かせないでね」
「僕は、未来の義弟はいらないからな」
「もうっ」
「はははは」
ヨーク卿は、満更嘘でもないぞと、マリーゼの頭を撫でた。
◇◆◇
それは美しき舞台女優と、彼女を支え続けたパトロンとの恋物語。
勿論、ただの恋愛物語では終わらせません。
パトロンのカスタム卿には妻子がいるんだから、凝らしめないといけませんわ。
マリーゼはさっそくペンを手に取る。
【美しい花々が咲き乱れる庭で出会った二人。
一目見ただけで、二人は恋に落ちました。
互いの名を呼び合い、口づけを交わして愛を確かめ合うのです。
けれど悲劇は突然訪れます。
愛の証に子供を望んだ舞台女優が、娘を生んだのです。
カーム卿が妻に二人の仲を明かして、どうしても彼女とは別れられない。
せめて、娘を引き取りたいと妻に訴えました。
愛するカーム卿にそう告げられて、絶望した妻は崖から身を投げしてしまいました。
妻を失い残されたカーム卿は、男手一つで娘を育てることに決めました。
ですが、娘は美しく成長すると自分の美貌を武器にパトロンを物色するようになりました。
カーム卿は、これも妻がありながら舞台女優を愛しパトロンになった自分の罪なのかと生涯苦しみました】
マリーゼは創作の苦しみを味わいながらも、カスタム卿ならぬカーム卿の恋物語を作り上げました。
ふふふんっ、偽名でも皮肉たっぷりに書いたから、誰の事かはバレバレね。
マリーゼの物語が掲載されるのは暴露記事コレットで、偽名を使いながらも誰のことなのかバレバレなのが、人気の秘密である。
2人の恋物語は大反響で、マーガレットが立った同じ劇場でも別の女優と男優を使って、舞台をやりたいと話しが舞い込んできた。
マリーゼは自分の名前を出さない約束で、舞台に2人の恋愛物語を使う許可を出した。
勿論、劇場の売り上げの3%を貰う契約を取り付けた。