第3話 暴露記事コレット
兄のヨーク卿に手紙を出してから数日後、マリーゼはヨーク卿と一緒にカフェでランチを楽しんでいた。
ヨーク卿が貴族女性に人気なのは、男爵家の嫡子で商才があり金持ちだからだろう。
だが、それだけではない。
ヨーク卿は、柔らかそうなウェーブの金髪に青い瞳、繊細な絵筆で描かれたような細い鼻筋。
そして男性にしては豊かな赤みを帯びた唇は、妹のマリーゼでさえ魅入ってしまう。
また自分の価値を高める為に、貴族のお坊っちゃんとは思えない鍛えぬかれた筋肉を常に維持している。
「お兄様!今日はお会い出来て嬉しいわ」
「僕もだよ。最近なかなか会えないから心配していたんだけど、何か楽しいことでもあったのかな?」
ヨーク卿は、マリーゼを一目見て何か良いことでもあったのだろうと、感じ取っていた。
「そうですわ、ちょっとね。あ、そうだわ。これご覧になって!」
マリーゼは満面の笑みで、カフェで頼んだ紅茶を口にふくんでから、メモを広げて見せた。
「実は辺境伯の恋人が男なんですって。奥様がお怒りで、離婚沙汰になりそうなのよ」
「また、暴露記事にするのかい」
「勿論ですわ!お兄様、辺境伯についてご存じのことがあったら教えて」
「う~ん。辺境伯の年齢は確か、40台半ばで、ご両親は亡くなっていたと思うよ。伯父さんから辺境伯を継承したとか。そして┅┅」
ヨーク卿は、辺境伯について記憶を探りながら、語り始めた。
しかし、マリーゼは退屈そうにヨーク卿の話を聞いている。
(やっぱり、お兄様の話には、ネタとしての価値はないわね)
「その浮気相手の方が、気になるわ」
マリーゼは、ヨーク卿の話しを途中で止めにはいる。
ヨーク卿は苦笑いしながらも、浮気相手について詳しく説明してくれた。
「それがね、ちょっと面白いんだよ」
「何ですの?」
マリーゼは、興味津々でヨーク卿の話に耳をかたむけた。
「辺境伯の浮気相手は、奥様の連れ子だそうだよ」
「え?まさか、そんなことってありますの?」
マリーゼは驚いて思わず立ち上がった。ヨーク卿も驚いたと言ってうなずいている。
(まさか、辺境伯が奥方の連れ子と浮気だなんて。これは使えるわ)
マリーゼは、記事にしようと即決した。
すぐにメモを取り始めると、ヨーク卿が慌てて止める。
「ま、待ってくれよ」
「どうして?これは絶対ネタになりますわ!」
「落ち着いて!その辺境伯は男爵家より上の高位貴族だぞ」
それを聞いて、マリーゼの気分が一気に盛り下がる。
浮気相手が男で奥方の連れ子なら、どんな物語にするかと妄想し、さらに面白くなりそうだったが、相手が高位貴族では悩んでしまう。
「それは、やっぱり駄目よね?」
でも諦めきれない。絶対に面白い記事にする自信があるのに。
マリーゼが残念そうにうなだれると、ヨーク卿は浮気相手のことを話し始めた。
「面白いことにね、その連れ子も辺境伯に熱をあげているそうなんだ」
「は?連れ子ってまだ子供じゃありませんの?」
「うーん確か16歳じゃなかったかな。そして、その連れ子は奥方の連れ子なんだけど、辺境伯に息子はいないから、次期領主になるべくして育てられた貴族男子なんだよ」
マリーゼは、高位貴族同士の禁断の恋かと、テンションが上がった。
しかも相手は男。ネタとしては申し分ない。
高位貴族の醜聞ネタはウケそうだし、マリーゼは記事にどう書くか考えるだけでも楽しかった。
しかし格上すぎて、男爵家の存亡にも関わる。
(せっかく面白いネタだと思ったのに)
マリーゼはこのネタを封印して、他のネタを探す事にした。
◇◆◇
マリーゼは、新しく発行されたコレット暴露記事を手に持って、カフェに向かった。
カフェでお茶を待つ間に、持ってきた記事に目を通している。
「何よ、これ」
【衝撃の事実を目撃せよ。
私の記憶が確かなら、辺境伯には妻子がいたはず。
ところが関係者の話によると、辺境伯には、熱愛中の恋人がいるらしい。
絶賛浮気中なのだ】
いつもマリーゼが掲載している暴露記事コレットに、辺境伯が浮気していると掲載されてしまった。
「どうしてよ!」
マリーゼは叫びながら、カフェで泣きわめいた。
浮気相手の記事を載せたのは、いつもネタを掲載してくれる記者のセバスチャンである。
コレットは、セバスチャンが個人で発売発行している人気暴露記事である。
マリーゼは、少し落ち着きを取り戻すとカフェを出て、セバスチャンの仕事場に向かった。
セバスチャンの事務所は雑居ピルの2階にあり、階段を上っていく。
マリーゼはノックもせずに扉を開けると、セバスチャンを見付けてズカズカと事務所の中に入っていく。
「勝手に記事を掲載するなんて、酷いじゃありませんの」
「待ってくれ。これは辺境伯の奥方からの情報提供で、彼女の希望通りに書いた記事なんだよ」
セバスチャンを責め立てたが、マリーゼのネタを、奪った訳ではなかったようだ。
しかし浮気相手の正体については、書かれていない。
記事にしたと言う事は自分の息子が、旦那の浮気相手だと気付いていないのだろう。
しかも辺境伯夫人がネタ元って事になる。
(だったら、まだネタは使えるわね)
しかし浮気相手が連れ子だと知られたら、奥方が黙っていないだろう。
マリーゼが記事を書く上でいつも悩むのが、それを書いて関係者や家族がどう思うかと言う事だ。
けれど、その心配や不安を乗り越えなければ、暴露記事なんて書くことは出来ないと、覚悟も決めている。
それでも辺境伯と奥方の連れ子の醜聞になるかもしれず、そんな記事をありのまま書く勇気はなかった。
(どうするべきかしら?)
マリーゼはネタを元にして、どうにか記事に出来ないかと考えた。
そこで思いついたのが浮気相手の青年をモデルにして、ちょっといい恋愛小説を書けば、売れるだろうと確信したのだ。
そして、すぐに行動を開始する。
マリーゼは部屋に閉じこもり、辺境伯と奥方の連れ子をモデルにした恋愛小説を書き上げた。
そして一番の理解者である兄のヨーク卿に、原稿を見てもらう為に部屋を訪れた。
「ねえ、お兄様!私、辺境伯の実話を元にした恋愛小説を書いたの。読んでいただけますか!」
マリーゼは、ヨーク卿に原稿を手渡した。
ヨーク卿は、時々うなずきながら黙々と原稿に目を通していく。
「う~ん、まあ、ギリギリ匿名小説って感じだけど、内容は面白いな」
マリーゼは、セバスチャンにネタを提供してもらったことを説明し、彼の情報を元に書いた恋愛物語だと説明した。
こうして、辺境伯子息と騎士(男)の恋愛物語をでっち上げたのだ。