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第2話 辺境伯の恋人

 マリーゼを子供だとナメている侍女は、何年経っても同じような嫌がらせをしてきた。


ある日、久しぶりに家族3人で朝食を食べる事になった。


男爵とヨーク卿が話し合って、マリーゼの皿には嫌いな野菜を出さないように工夫してくれている。


家族3人で食事が出来ると知ったマリーゼは、男爵家の台所をのぞいている。


「アロシュさん、いますか?」


男爵家の料理を作ってくれるアロシュに声を掛けた。


「お嬢様こんな所まで、どうされたんで?」


美味しい料理を作りそうな立派なお腹の中年男性が顔を出した。


「今までアロシュさんが、一生懸命に作った食事を食べずにごめんなさい」


マリーゼが、頭を下げている。


「お嬢様、頭を上げてくだせえ」


貴族が、下働きのコックに頭を下げる事などありえないことだった。


「今日は、お父様たちと同じメニューを出してもらえますか?」


「勿論でさ」


アロシュはマリーゼにも、やっと自分の料理を食べてもらえるのかと目を細めて喜んでいる。


「じゃあ、部屋に戻ってますわ」


部屋に向かうマリーゼの後ろ姿を見送ってから、アロシュは急いで台所に向かった。


◇◆◇


 今日のメニューはゾバッタと呼ばれる拳位の大きさの赤い野菜をくり貫いて、チーズリゾットを詰め込んだ物。


そこに、コラドと呼ばれる緑色の野菜で作ったソースをお皿に盛り付けていく。


お肉はコカトリスのオーブン焼きで、肉の中には木の実やハーブが詰められている。


「いただきます」


マリーゼはナイフとフォークを使って、リゾットの入ったゾバッタを一口大に切り口に運んだ。


「マリーゼ、食べられそうか?」


マリーゼが、並べられた苦手な野菜を躊躇ちゅうちょなく食べているのを見て、男爵とヨーク卿は目を丸くしている。


「はい。幼い頃から侍女に、嫌いな物は食べないように、しつけられてきました」


マリーゼは、ナイフとフォークを置いてから話し始めた。


「お嬢様、何を言い出すんですか?」


いつもマリーゼに、辛く当たる侍女が慌て始める。


「でもアロシュさんが、一生懸命作ってくれた料理を食べないのは、勿体ないと思ったんです」


マリーゼは侍女を無視して、男爵とヨーク卿にだけ話し掛けている。


「そうか、そうか」


男爵はマリーゼの意図に気が付かずに、マリーゼが野菜を食べたと喜んでいる。


「偉いぞ。周りの言葉が正しいかどうかは、自分で判断しないといけないからな」


しかし目の前に座るヨーク卿だけは、『嫌いな物は食べないようにしつけられてきた』と言うマリーゼの言葉を聞き逃さなかったようだ。


マリーゼは、兄のヨーク卿がいてくれて本当に良かったと胸が温かくなるのを感じた。


「もう一つお聞きしたい事があります」


「何だい?」


改まった様子に、マリーゼの顔を見てから男爵と兄のヨーク卿は目を合わせて首をかしげている。


「侍女が毎日のように、私のせいでお母様が亡くなったと耳元で囁くんですが、そうなんですか?」


「何を、何を言い出すんですか?私がいつ、いつそんなことを」


侍女は思ってもみなかったマリーゼの反撃に、しどろもどろになっている。


ドンッ


「どう言う事だ?誰がマリーゼのせいで、ヴァネッサが亡くなったなんて戯言を言い始めたんだ」


男爵は料理の並ぶテーブルを拳で叩いて、料理が引っくり返った。


「ひい、私はそんなこと言っておりません。お嬢様の勘違いです」


侍女はその場にひざまずいて、自分の無実をうったえている。


「当時赤ん坊だったマリーゼが誰にも言われずに、そんなことを口走ると思うのか」


ヨーク卿は、侍女の言い訳を一蹴いっしゅうした。


「一番古い記憶は5歳の時よ。私のせいで奥様は亡くなったんだって言ってたわ」


「そんな、そんな5歳の時に言われたことを覚えているはずありません」


侍女の声が、ぶるぶると震え出している。


「この毒婦を奴隷商に引き渡せ。貴族の邸には不適格と書き添えてな」


男爵の大きく厳しい声は勿論だが、貴族の邸には不適格と言う言葉に、侍女の震えは一層大きくなっていく。


侍女は元々ヴァネッサの家の奴隷として買われた使用人だったが、ヴァネッサの遊び相手として侍女になった。


奴隷の中でも貴族階級に仕えられる奴隷は、仕事も楽だが貴族の邸で問題を起こした者は、不適格と言う烙印を押されてしまう。


奴隷の身分証に不適格の烙印がある奴隷の職場は女性なら娼館、男性なら戦場か石切り場と言われている。


「旦那様、お許し下さい。私が悪うございました」


侍女が初めて罪を認めて謝罪したが、それはマリーゼではなくて男爵に向けたものだった。


「誰か、連れて行け」


「はい」


脇に控えていた使用人が出てきて、侍女の腕を掴み外に連れ出そうとした。


侍女は使用人の腕を振りほどいてマリーゼの元に駆け出すと、マリーゼの肩を掴んで耳元で何かを囁いた。


「○○○○と○○○○は○○○○○○○ません」


「┅┅」


あまりの衝撃的な言葉に、マリーゼは言葉を失ってしまう。


侍女から聞いたこの秘密を、マリーゼは長い間、一人で抱え込むことになる。


つまりは侍女の嫌がらせが、最後の最後でまた成功してしまったのである。


「お嬢様に触るな」


使用人は直ぐに、マリーゼから侍女を引き剥がして、部屋から連れ出そうとした。


「その娘が生まれたせいで、ヴァネッサお嬢様が亡くなられたんだ。お前が死ねば良かったんだ」


侍女は部屋から連れ出されるまで、叫び続けていた。


奴隷商人が来るまで、侍女は部屋に閉じ込められた。


そして男爵邸から奴隷商に連れていかれる時も、マリーゼのせいで奴隷商に売られると泣き叫んでいた。


その光景を見ていた領民が噂を広めていって、マリーゼは侍女をいじめて奴隷商に売り飛ばすわがまま令嬢と噂されるようになっていく。


◇◆◇


 15歳になったマリーゼは外に出ると、日の光で金髪に見える流れるような琥珀色の髪と、琥珀色の大きな瞳の美しいレディーに育っていた。


この世界では、女性は16歳で結婚するのが当たり前であり、貴族の令嬢であれば19歳までには結婚していることが多い。


20歳を過ぎて、未婚の女性は行き遅れと言われている。


マリーゼは裕福な男爵家の出ということもあり、15歳を過ぎた今でも婚約者は決まっていない。


そろそろ婚約者を探さなけばならないという気持ちもあったが、今の生活を変えたくない。


最初は読む専門だった暴露記事に、読者として投稿した事が切っ掛けで、いつの間にか記事を書くようになっていたからだ。


そして、ついつい趣味の暴露記事に手を染めてお金を稼いでいく。


実はマリーゼにはお金を貯めて、いつか人の役に立つアイデア商品を開発してみたいと言う夢がある。


「お兄様が羨ましいわ」


マリーゼの兄ヨーク卿は学生でありながら、父親の男爵に似て商才がありホイットニー商団を手伝いながら新たな事業も成功させる金持ちで、貴族女性にも人気が高かった。


私にも、いつか素敵な王子様が現れてくれるのかしら。


そんな夢を抱いていたマリーゼだったが、夢は叶うことなくせっせっと暴露記事がないかネタを探して出歩き、暴露記事を書く日々を送っている。


ネタを探して街を歩いていると、貴族のご婦人が付き添いの侍女と話しをしていた。


「もう堪えられない。あんな夫とは離婚してやるわ」


ご婦人の目からは、ポタポタと涙がこぼれて、ハンカチで頬をふいている。


マリーゼはご婦人と侍女の話を聞いてやろうと、当たり前のように後をつけていく。


ご婦人は離婚して慰謝料を貰い、お金にものを言わせて豪遊する気満々だった。


マリーゼは、自分にそのネタが転がってくるかもと、聞き耳を立てている。


すると、侍女がご婦人の意見に反対することを言い出した。


「奥様、そんな離婚だなんて、旦那様も悲しまれます」


「何ですって!主人には男の恋人がいたのよ。私と同じように苦しませてやるのよ!」


「┅┅っ」


マリーゼは驚きのあまり声を漏らしそうになり、両手で口を塞いだ。


そして同時に男の恋人と聞いて、これはネタになると確信する。


マリーゼはさっそくネタ帳にメモをして、このネタをどうするか考える。


「奥様、まずは離婚弁護士に相談なさってからでないと」


「主人は辺境伯よ。主人からも浮気相手からも、慰謝料をたんまりいただいて離婚するわよ!」


ご婦人は、侍女を引き連れて去っていった。


「辺境伯に男の恋人が」


マリーゼは再度、両手で口を覆って声にならない声をもらす。


まずはお兄様に話して、面白そうだと言われたら記事にしようかしらね。


マリーゼは、いいネタを手に入れたと満面の笑顔で男爵家に戻ると、兄の屋敷に手紙を届けさせた。

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