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第19話 アメデとスファン

 処刑台の前には、狙われたマリーゼに罪をなすり付けようと民衆を煽動している男達がいた。


既に処刑台の置かれた舞台に立っていたマリーゼを襲った男が、扇動する男達を見付けて、鼻の頭を指でこすった。


次の瞬間、マーティンは、男の合図を受けて号令を発する。


「あの者達を捕らえよ。共犯の疑いがある」


突然の逮捕劇に民衆に紛れていた憲兵達が男2人を囲むように、大きな輪を作る。


「なんだ、これは。俺達が何をしたって言うんだ」


民衆に化けた憲兵に囲まれた男は、直ぐに捕まり縛り上げられた。


「ここに問います。この者達が、あなたにナイフを渡し私を殺せとそそのかした男達ですか」


男2人が無事に確保されてから、マリーゼが処刑台の舞台に立つ男に問いかけた。


「マリーゼ様の言う通りだ。見知らぬこの男達にそそのかされて、俺はマリーゼ様を刺そうと待ち構えていたんだ」


男は膝を付き頭を床に付けて、後悔している姿勢を見せる。


そして民衆が見守る中で、罪の告白が行われたのだ。


「俺は愚かにも、暴露記事ホットラブに書かれた虚偽の内容を信じてしまった。


マリーゼ様がパナム領を蔑ろにして、派手なドレスを買いまくり王宮に遊びに出掛けていると聞いて待ち構えていた。


しかも間違えて男爵家の嫡子ヨーク卿を刺してしまった。その時のマリーゼ様は、驚くほど地味なドレス姿だった」


男は自分の経験したことを目の前の群衆に語りかけた。その時、民衆は男の言葉を聞き逃すまいと、耳を傾けていた。


「パナム領のことに心を痛めて地味なドレスを着ていたこと。マリーゼ様とヨーク卿のアイデアで、兵士が帝国からの侵略を防げたこと。


そして今起きているパナム領の食料問題を解決する提案をして王国から帰ってきた時に、俺が襲いかかったことを後から知ったんだ」


男は王国からの使者に依って真実を確かめて、初めて自分の過ちに気付いたのだ。


「もう一つ、身元が分からないが、俺にホットラブ暴露記事を見せてマリーゼ様を悪役にして、ナイフを握らせたのが、そこに捕まっている2人の男達だ。


全て事実であることを魔法契約書の元に誓う」


魔法契約書とは、契約魔法用紙の上に読み上げる文章を書いて読み終えて、内容が嘘だと燃えてチリとなる。


主に誓いを立てて、善処を求める罪人の告白等に用いられる。


余談ではあるが、結婚前の契約書にも使うことが可能だが、それを使ったところで、結婚生活が上手くいくことはないだろう。


「あの記事が嘘だったなんて」


「パナマの為に働きかけていたのか」


悪し様にマリーゼを悪く言っていた民衆は事実を突き付けられて、マリーゼの悪口を言い合ったお互いの顔を見て、気まずい思いをしている。


◇◆◇


 時は遡り、男が処刑台の上で罪を告白した日の1週間前。


ヨーク卿を刺した男の名はジャメル。


ヨーク卿に関しては、意識を取り戻したばかりだが、魔法ポーションのお陰で、傷は回復したと言っていいだろう。


医師から命に別状はない。静養すれば、直ぐによくなると言われた。


そうして、マリーゼはやっと自分のベッドで休む事が出来るようになる。


それまではヨーク卿が、いくら大丈夫だ、問題ない、直ぐに良くなると言っても、ヨーク卿のベッドに張り付いて離れなかった。


◇◆◇


 マリーゼが部屋で休んだ翌日、マーティンの勧めでジャメルと取り引きをすることになった。


憲兵が引き連れてやって来たジャメルは、かなりやつれて、自分の犯した罪にやっと気が付いた様子。


「お前にナイフを握らせた男達の居所は?」


マーティンが、ジャメルを脅し始める。


勿論、捕まえた当初に、知り合いの一人は捕まえて、他の2人は名前も居所も分からないと聞いていた。


「本当に知らないんだ」


ジャメルはどうしたら信じてもらえるんだと涙ながらに訴えた。


「ジャメルさん、他のお2人が捕まらなければ、あなたが主犯として処刑されますよ」


マリーゼは、地獄の真っ只中にいる気分であろうジャメルに優しく話しかける。


「男爵令嬢様、私が間違っていました。でも、本当なんです。本当に知らない男達だったんだ」


「マリーゼに近付くな」


涙でぐちゃぐちゃの男が、マリーゼに近付くのをマーティンが自ら、2人の間に割り込むようにしてさえぎる。


「大丈夫です。この方も被害者ですもの。処刑されてしまうのはお可哀想ですし、機会を与えて頂くことは出来ませんか」


マーティンの脅しと、マリーゼの慈愛に満ちた言葉に、ジャメルは自分がマリーゼを刺そうとしたことを心から後悔した。


「何でもする。この命をかけて償います」


ジャメルはマリーゼに向かって、腕を後ろに縛られたままで頭を下げた。


「では、裁判所では、男2人にホットラブ暴露記事を見せられて、脅されてマリーゼ嬢を刺そうとしたと告白しろ」


マーティンは、筋書き通りにジャメルを誘導していく。


「はい、そう言います」


「裁判で、男爵家ではお前の命乞いをしてやる。条件は民衆広場での罪の告白だ」


ジャメルはそんな事でいいのかと危ぶんだ。


「お前にナイフを握らせた2人は、マリーゼ嬢の命を奪おうとしたが、失敗した今、おとしめようとするはずだ」


「なるほど」


ジャメルは、自分の役割を理解したようだ。


ジャメルの罪の告白で、マリーゼ嬢の潔白が白日の下に晒されることを、2人の男達は黙っていないだろう。


犯罪者の仲間の居所が分からないと言うので、舞台を整えて男が自白する場におびきだして捕らえてやるのだ。


「勿論、それでホットラブ暴露記事の記者が捕まれば安心だが、多分、その男達も雇われた者達だろう」


マーティンは、マリーゼに振り返る。


コクリ


マリーゼは、これからが本番だと拳を握り締めてうなずく。


こうして手筈を整えて、処刑台での罪の告白と捕り物が、順調に進んだというわけだ。


◇◆◇


 民衆広場で捕らえた男達を尋問したが、よく飲む酒場にホットラブ暴露記事と手紙、そして金が届けられたという。


ガッシリとして、口を歪ませて喋る男が、主犯格のアメデ。


常にアメデの話に口裏を合わせている印象のスファンと言う男は、庶民には似つかわしくない眼鏡をかけている。


ホットラブについて尋ねたら、男達は青ざめて「あれは俺達が書いたんじゃない」と首を横に振った。


これはどういうことだろうか? 恐らく黒幕がいる。


伯爵以上の貴族か? ただの記者なのか?いや、平民にあそこまで手の込んだことが出来るとは思えない。


恐らく黒幕は貴族の誰かだろう。


そしてこのホットラブ暴露記事に書いてあったようにマリーゼを貶めて、今回の事件をでっち上げようとしたのだ。


マリーゼへの攻撃が隠れ蓑で、本当の狙いがバランティノ男爵なら、商売敵と言う線も考えられる。


「その手紙を出せ」


憲兵と共に尋問に立ち合ったマーティンが、即座に問い詰めた。


「家だ。机の中にしまってある。本当だ」


アメデの証言で、借家の部屋へ向かう。


部屋は何者かに荒らされた後で、机の引き出しは床の上に転がっていた。


結局、肝心のその証拠である手紙が何者かによって回収されていた後だった。


「くっ、遅かったか」


マーティンが悔しそうに拳を握りしめてうなる。


しかし、この手紙は重要だ。


何故ならこれは黒幕がマリーゼを陥れようとした証拠になる。


アメデの記憶による手紙の文面は、



『マリーゼ嬢による派手な生活で、男爵領が危機にひんしています。男爵が民衆から、今までの2倍の税金を徴収する気です』


というものから始まった。


次にホットラブ暴露記事について書き連ねてあったと言う。


ホットラブ暴露記事については、


『悪役令嬢マリーゼの暴虐非道を止める為に発足された』と書かれていた。


それから最後には、


『これを見た善人が自らを犠牲にして悪人を処罰して欲しい。


これはせめてもの資金にあててもらえば幸いだ』



「ふんっ、まさかその内容を信じて、悪を成敗する為だとか言わないよな」


いつもは上品なマーティンが、足を高く上げて、アメデとスファンの肩と腹を蹴り上げる。


「ひぃ」


「助けて」


その時、スファンの眼鏡が床に落ちて、マーティンが踏んづけてしまう。


「コルドバ伯爵、落ち着いて下さい」


それを見ていた憲兵が止めにはいる。


「そんな本当に、貴族を刺すなんて思わなかったんだよ」


スファンは両腕を小さく折り曲げて震えている。


「ああ、俺達は男爵家に恨みもないから、こんな大事になるとは思わず」


アメデは、スファンに負けじと言い訳を始めた。


「うるさい、黙れ」


男達の言い訳にマーティンの怒りが爆発して、憲兵が止めに入るのを邪魔だと退かして男の襟元を掴む。


「くるしっ」


それを更に締め上げて黙らせる。


「この男達は裁判にかけられマリーゼ嬢の殺人教唆と、ヨーク卿の殺人未遂で裁かれるでしょう」


憲兵がマーティンをなだめる為に、男達の今後の処遇は酷いものになると伝えている。


マーティンはそれを聞くと少し落ち着いてうなずいた。


そして憲兵にこの男達を護送するように命じたのだ。


「それから、今の話を資料にまとめてくれ。そして誰が、手紙の差出人か調べてくれ」


「はい。直ちに」


憲兵が部屋を出ていくのをマーティンは見届けてから、もう一度、スファンの顔を見返す。


「見覚えがあるような」


「ご冗談でしょう。私に貴族様のお知り合いなどいらっしゃるはずがございません」


スファンは、マーティンの言葉に卑屈に答えた。


マーティンはそれ以上思い出せずに、護送書類をしたためて残っていた憲兵に渡した。

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