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第18話 ヨーク卿

 脇腹を刺されてから3日後、傷もふさがり直ぐに目覚めると思ったヨーク卿は、寝たまま目覚めない。


男爵はベッドに運んで寝かせると、翌日の朝には目を覚ました。


心配なので、男爵には侍女が付いて看病をしたが、侍女の目を盗んでヨーク卿の部屋を覗きに行っている。


そして目を覚まさないヨーク卿には、マリーゼがベッタリと張り付いている。


「お嬢様、交代しますから、少しお休みになって下さい」


侍女のクロエが声をかけても、マリーゼは取り合わない。


見かねた執事が、マーティンに使いの者を出したところ、馬車を飛ばしてマーティンがやってきた。


「ヨーク卿は?」


「傷はふさがったのですが、血が流れたこととナイフで刺されたショックで目が覚めないのではないかと、お医者様が」


「分かった」


マーティンはヨーク卿の状況だけ聞くと、マリーゼがへばり付いているヨーク卿の元へ行く。


「マリーゼ」


マーティンがマリーゼの肩に手をかけて声をかけると、マリーゼが振り向いた。


「マーティン様」


お化粧を落とさずに3日泣き通しなのか、顔は干からびた涙と鼻水でガビガビ。


髪も、所々からまってひどい状態で、百年の恋が冷めたかは分からないが、マーティンは驚いて肩に置いた手を思わず離してしまう。


「マリーゼ嬢」


マーティンがマリーゼの名を呼んだ瞬間、ヨーク卿が目を覚ました。


「お兄様、お兄様、お兄様」


言いたいことは沢山あるはずなのに、何も言葉が出てこなくて、またヨーク卿にしがみついて泣いてしまった。


「マリーゼ、顔を見せておくれ」


寝ているヨーク卿の体にしがみついて離れないマリーゼが、顔を上げた。


「ほら、可愛い顔が泣きすぎて、不細工になってるぞ」


「お兄様が無事なら、マリーゼは不細工でもかまいません」


マリーゼは、流れる涙を止めることが出来ない。


「マーティンまで呼んだのか?僕は大丈夫なのに」


ヨーク卿は、ボロボロのマリーゼの髪を撫でながら、マーティンに話しかけた。


「君は3日間眠りっぱなしで、マリーゼも付きっきりで執事が心配して、私を呼んだんだよ」


マーティンは自分が呼ばれた経緯を説明した。


「そうだ、犯人は」


「起きたらダメです」


マリーゼは、起き上がろうとするヨーク卿に抱き付いて、ベッドに寝かし付けた。


「僕はもう大丈夫だよ。それより犯人は」


「お話し中失礼します。犯人は憲兵に引き渡したのですが、尋問では何も話さないそうです」


奥に控えていた執事が、ヨーク卿の質問に答えた。


「ヨーク、その尋問、私に任せてくれないか」


マーティンは、自らヨーク卿の脇腹にナイフを刺した男の尋問を買って出る。


「君に頼めるなら、心強い」


「じゃあ、また来るよ」


マーティンは部屋を出ると、男の収監されている憲兵所へ足を向ける。


憲兵所の門から入り、ヨーク卿をナイフで刺した犯人の担当者を呼び出す。


「どちら様ですか」


担当者なのか、若い憲兵隊員のようだ。


「騎士団所属のコルドバ伯爵だ。ヨーク卿を刺した犯人が犯行を自供しないと聞いてきた。少し会わせてもらえないか」


「お会いになるのは、かまいませんが、我々の尋問にも答えない奴です」


会ってもいいといいながら、憲兵でないマーティンに会わせたくない様子だ。


しかしマーティンは、騎士団所属の伯爵貴族で、平民の憲兵が断れる相手ではなかった。


「ここで、お待ち下さい」


マーティンは尋問室に通されて、犯人の男を待つ。


「入れ」


扉の外から声が聞こえたかと思うと、扉が開いて、がっしりした体格の男が憲兵隊員に連れられてやってきた。


「ありがとう。少し話をさせてもらうから、君は席を外してくれ」


「はあ」


憲兵隊員は嫌そうに返事をすると、男を椅子に座らせて机につながる手錠をかけると、尋問室から出ていった。


カチャ


するとマーティンは部屋の中から扉の鍵を閉めてしまう。


「君が、マリーゼ嬢を狙って、ヨーク卿を刺した奴か」


「ふん」


男は、今度は誰だと、値踏みをする目付きでマーティンを見回した。


「君が軍隊の尋問に耐えられるとは思えない。誰かの指示でマリーゼ嬢を狙ったのであれば、白状したまえ」


カチカチカチ


マーティンの片手には最初から尋問をする気でいたのかペンチが握られている。


そのペンチの刀をカチカチ鳴らしてから、手錠でつながれた男の指を何の躊躇ちゅうちょもなくペンチではさむ。


「おい、何する気だ、おい、ぎゃあああああ」


ガチャガチャ


「おい、扉を開けろ、何の悲鳴だ」


悲鳴を聞き付けて、さきほどの憲兵隊員が。扉の外に駆け付ける。


「何でも話す。痛い、痛い、隠しごとなんてしませんから、助けて」


男は口から悲鳴を漏らしながら、何でも話すとわめき始める。


「魔法ポーションをかけてやる。でも、嘘をついたら他の指も全部ペンチで潰すからな」


「ひいぃ」


凄みのあるマーティンの声に、指の痛みと恐怖から、男は、尿を漏らした。


マーティンは男の指に、魔法ポーションを振りかけた。


すると、グシャリと潰れた指の先が、再生されていく。


「これで回りの血を拭き取れ」


マーティンは、ポケットからハンカチーフを出して、男に投げ付ける。


「はい」


男は、ハンカチーフを受け取ると急いで机と床の血を拭き取った。


マーティンは扉の前に立ち鍵を開けて扉を開いた。


「一体何を」


憲兵隊員が尋問室に入ると、男が漏らした尿の臭いが充満していた。


「着替えさせてやってくれ。その後で、もう一度話しを聞かせてもらう」


「付いてこい」


憲兵隊員はマーティンには、もう返事もしなかったが、逆らえないことは分かっていたので、男を着替えに連れていく。


マーティンも、外で着替え終わる男を待つ。


しばらくして、服を着替えた男が、憲兵隊員に連れられてやってきた。


「そちらの部屋は使えませんので、隣の尋問室をお使い下さい」


「ありがとう」


憲兵隊員は尋問室に入り、先程と同じように、男を椅子に座らせると机につながる手錠を男の手首にかける。


マーティンは机を隔てて男の前に座りペンチを目の前に置いて、尋問を始める。


「では何故、マリーゼ嬢を襲おうとした」


マーティンの声は、相手の背筋が凍りつくほど冷たかった。


「街に出回ってる暴露記事を見たんだ。そこにパナム領の窮状と男爵令嬢が派手なドレスで、王宮に遊びに行くと書いてあって」


バシンッ


「ひいいっ」


男がそこまで話すと、マーティンの手のひらが、男の頬を叩く。


「マリーゼ嬢の服と、お前に何の関係がある。適当な事を言うな」


そんな理由でナイフで人を刺そうとするなんて、人柄も良いマーティンには理解出来ない。


そんな理由で友人のヨーク卿がナイフで刺されたなんて、到底、許せることではない。


「ひぃ、暴露記事を読んで、飲み屋で男爵令嬢の話になったんだ。いつの間にか俺らはパナム領の窮状は全てマリーゼ嬢のせいだって、思い込んでいたんで」


男の話では、誰がマリーゼをこらしめてやるかで盛り上がったらしい。


いつの間にか、男がマリーゼを脅かしてやることになっていて、ナイフまで手渡されたと言う。


その中には、男の仲間も一人いたが、他の男2人は見知らぬ顔だったと言う。


マーティンは直ちに酒場の場所と名前、仲間の居所を聞いて憲兵と共に取り押さえに出発する。


男の仲間は、何が起こったかも分からない様子で、自分は何も知らない、その場で話を聞いていただけだと言い張った。


◇◆◇


 男達が捕まった話は、翌日には王国中に広まっていた。


 ただし一般階級の者が貴族を刺して、罪の告白を民衆広場の処刑台の上で行うとだけ、噂を流した。


裁判では貴族を刺した平民で、死刑は免れないと思われた。


しかしバランティノ男爵家の働き掛けで、懲役5年と軽い刑罰で済まされた。


ただし、その刑罰が確定するのは、民衆広場の処刑台の上で、事実を話すことが前提だった。


「あの男が貴族を刺したって」


「その貴族に、恨みがあったのかもな」


男は犯した罪を民衆の前で告白する為に、処刑台の上に立たされている。


「ああ、マリーゼ様をかばって刺されたらしい」


「ええっ、よりによってマリーゼ様をかばって」


「ヨーク様がご無事だったから良かったようなものの」


民衆の反応は、命を狙われたマリーゼよりも、ナイフで刺されたヨーク卿の心配しているようだ。


実際に刺されたのがヨーク卿なので当たり前だが、ホットラブ暴露記事によって評判が落ちていた為に、マリーゼに同情する者はいない。


「男爵家の嫡子を殺そうとした罪は重い」


ざわめく民衆の声が聞こえてくる。


それでも、誰も騒ぎ立てないのは、今この瞬間も被害者であるヨーク卿が、犯した罪を公にすると決断し、それを実行しているからだ。


勿論、罪人の処刑や罪の自白といったイベントを楽しむ者達もいる。


しかし多くの善良な民衆は、罪人の罪と行動を見届ける為に集まったのだろう。


そしてこの裁判は、目撃者がいたことと、刺された被害者のヨーク卿によって、罪を告白すれば死刑は免れると公表されていた。


その為、男爵領の全ての人間が集まったのではないかと思われる程、群衆が集まっている。


民衆は真実を知る為に、ここに集まってきたのだろう。


「静まれ、皆の者。この者の罪を告発する」


見届け人として立ったマーティンは、声を高らかとあげた。


「私コルドバ伯爵の友人である、ヨーク卿はこの男にナイフで刺されて、危うく命を落とすところだった」


「やはり、ヨーク卿がマリーゼ様をかばったのか」


常日頃から悪役令嬢と評判のマリーゼよりも、次期領主であり商才もあるヨーク卿は、民衆から絶大な人気を誇っていた。


民衆はどよめき立つ。


「狙われたのは、妹君のマリーゼ嬢だ」


「それがどうした? パナム領の民衆は種蒔きも出来ずに苦しんでいるんだぞ、誰のせいだ」


「そうだ、そうだ、男爵令嬢が、派手なドレスを着て王宮に遊びに行ってるから、罰が当たったんだ」


処刑台の前にいた2人の男達は、民衆に聞こえるような大声を出している。


「みんな、聞いてくれ。罪深いのは、刺した男ではなく派手なドレスで遊び歩くマリーゼ嬢ではないのか」


2人の男が、マリーゼに対して明らかな悪意をまぜながら、民衆を煽動していた。

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