第16話 準男爵
ヨーク卿とマリーゼの元に王宮から手紙が届いた為、2人は急いで内容を確認する。
『 親愛なるヨーク卿、マリーゼ嬢
先だってのパナム領の兵士達の窮状を立て直した件、この国の王として改めて礼をいう。
ついては、2人に直接会いたいと思うので、参内して欲しい。
ユーグ▪カペール』
陛下からの手紙。
ヨーク卿によると、報償があるのではないかと言う話だった。
ただ、騎士や兵士の報償式は既に終わり、マリーゼ達が呼ばれなかったということは、報償には値しないということではないかと思う。
期待していって何もなかったらガッカリだし、変に期待しないでいこうという話になった。
ただ王宮で陛下に謁見するのであれば、それ相応のドレスを作っておけと男爵からアドバイスがあった。
◇◆◇
早速、ホイットニー商店にドレスを見に出掛けた。
「お嬢様、いらっしゃいませ。本日は王宮にいらっしゃるドレスをお決めになられるのでございますね」
いつもホイットニー商店で、ドレスを決める時にアドバイスをくれる、ミス ヴァレリーが出迎えてくれた。
ホイットニー商団は、3つのコンセプトのお店に分かれている。
王宮や高い身分の貴族用の、派手で豪華な高級服飾店。
男爵家や大金持ちの商人が着るちょっと良い生地を使った服飾店。
そして一般階級が気軽に着られる手頃な店。
3タイプの服飾店だけでも合わせて15店舗を経営している。
「ええ、王宮用のドレスなんて一生必要ないと思ってたから、どんな物にすればいいのかアドバイスが欲しくて」
「王宮用に貴婦人の皆様が買われるような高級ドレスを、ホイットニー本店から取り寄せました」
さすが高級ドレス、生地の光沢が素晴らしい。
ドレスの生地に手で触れると、なめらかなだけではなくて、ひんやりとして心地よくずっと触っていたくなる。
「このドレスなら、濃い青色のサファイアを胸元に着けて頂くと洗練されます」
「ええ、ミス ヴァレリー。あなたの説明を聞いてしまったら、買わずにはいられないわ」
ミス ヴァレリーの勧めてくれるドレスを全部注文して、男爵家に届けてもらう事にした。
◇◆◇
数日後、ヨーク卿とマリーゼが王宮に行く時を見計らったように、ホットラブ暴露記事が発売された。
【パナム領地が帝国スヴィタニアの侵攻と長雨で、窮地に立たされている。
帝国スヴィタニアの侵攻では、パナムの領地民が命を落としている。
それだけではない。長雨の影響で、主産業であるパナ豆の種蒔きにも影響が出ている。
このような時に、男爵令嬢が身分にそぐわない最高級ドレスを買い漁り、王宮に行くと浮かれている。
筆者はドレスを買うお金があるのであれば、パナム領地に援助すべきではないかと願う】
ホットラブの記事を読んだ後に、ヨーク卿とマリーゼは、無言で馬車に乗り込み王宮に向かった。
ホットラブ暴露記事でどんなに批判されていても、出発を見計らったように発売されては、今から他のドレスに着替える時間もないだろう。
ヨーク卿とマリーゼは、あきらめて王宮に向かったのだろうか?
定刻通りに到着した馬車を下りて、2人は王宮の中に入り、まずは宰相の元へに挨拶に向かう。
「宰相閣下、またお会い出来て光栄です」
「おお、2人とも待っていたぞ。変わりないか」
元からヨーク卿を気に入っている宰相だが、マリーゼも頭の回転が早く礼儀正しい様子から、兄と同じくらい気に入られたようだ。
「はい。宰相閣下のお陰でつつがなく暮らしております」
「陛下も、2人に会うのを楽しみにしておられたぞ」
玉座の間に着くまで、宰相は2人に親しげに話しかけてくれた。
それを目にした宮廷の人間は、ヨーク卿とマリーゼ嬢を宰相閣下にとって重要な人物と考えただろう。
「ヨーク卿、並びにマリーゼ嬢が参内致しました」
「通せ」
玉座の間の扉を開けると、左右に重臣達が並んでいた。
ヨーク卿とマリーゼは、予想外の自体にチラッと目配せした。
「祝福の地エリュシオン王国をおさめる万民の父、ユーグ▪カペール陛下にお目にかかれて光栄です」
ヨーク卿の挨拶と同時にマリーゼは深く頭を下げた。
「かしこまった挨拶は不要じゃ。面を上げよ。よく来たな」
「ありがとうございます」
陛下への挨拶が終わり、2人が顔をあげると左右から声が聞こえてきた。
「まさかあんなドレスで来るとは」
「やはり悪役令嬢と噂されるのも仕方ないのか」
重臣達のヒソヒソ声に宰相閣下が、厳しく問いただす。
「何の真似だ。陛下がお呼びになられたご兄妹に何か話があるなら、口に出せ」
(さすが権力第二位の宰相ですわ。嫌みにも切れがありますのね)
「いや、あのマリーゼ嬢は、華やかで、豪華なドレスを好まれると聞いていたので」
「私も王宮に参内するには、少し地味な出で立ちのように感じられまして」
重臣達は、しどろもどろで釈明をする。
「ふむっ、確かにバランティノ男爵家と言えば、ホイットニー商団を抱える家柄、年若いマリーゼ嬢が、そのような地味なドレスできたのには何か理由があるのか」
陛下は、穏やかな声でマリーゼに問いかけた。
「陛下に謁見する為、失礼のないドレスを用意したのですが、袖を通す事が出来ませんでした。
先日のパナム領地が未だ復興もかなわず、お心を痛めている万民の父である陛下に、
私が派手なドレスや豪華な宝石を付けて、お会いする事は出来ません」
話し終わると、マリーゼはまた頭を下げた。
「バランティノ男爵は、パナム領に昨年の売れ残りで処分に困っていると言い訳をして、一般階級の領民に、行き届くだけの服を送ったそうだ」
陛下は、2人が知っていたかと尋ねておられるのだ。
「知りませんでした」
2人は素直に答えた。
「この親にして、この子あり。さすがバランティノ男爵の子供達だ。
男爵もパナム辺境伯の立場を考慮して、内緒で衣料品を送ったそうだ。
辺境伯から内緒で聞いた話だがね」
陛下の話に、脇を固める重臣達は、静まり返っている。
「陛下、私達が愚かでした」
「ん?何故じゃ」
ヨーク卿の思わぬ返答に皆が驚いた。
「実はコルドバ伯爵からパナム領の惨状を聞いていたのですが、私達の援助がパナム領主のプライドを傷付けるのではないかと躊躇しておりました」
これはヨーク卿とマリーゼの本心だった。
「ふむっ、そなたたちが躊躇するのも分かる。では援助ではなく今、パナム領で困っていることを解決するアイデアはないか」
陛下は私達兄妹が、パナム領を助けたいと思っている気持ちを信じて、その方法を提示してくれている。
「兄のヨーク卿がご提案した、泥水の上を歩いた履き物を覚えておられますでしょうか」
「勿論じゃ。素晴らしいアイデアであった」
「ありがとうございます」
ヨーク卿は、軽く頭を下げて感謝した。
「実は雨の多い地域の本から見付けたアイデアだったのですが、そこにパナ豆ではないのですが、似た事例がございました」
「おおっ、それを話して聞かせてくれ」
「はい。長雨で畑が水浸しで種蒔きが出来ない場合、別の場所や容器に種蒔きをします。またパナム領は、元々は雨が多い地域ではないと聞いています」
「そうじゃ、この時期に長雨が降ることは珍しく、対応が遅れているのだろう」
「雨が止んで道が乾き畑だけ水浸しなら、畑の土を道に掘り出して乾かせます。
畑の土地を乾かして、肥料で整えてから、別の場所で成長させた芽を畑に植え直します」
「おおっ、余にも分かったぞ。種蒔きの時期は変えられないから、場所を移すのだな」
「陛下の推察通りでございます。ただ、パナム領の長雨が近く終わる事が前提のアイデアでございます」
「それなら心配はいらぬ。雨の降る間隔が空いて、畑以外は乾いて来ていると言う話を聞いたばかりじゃ。
そなたたちの話は、まるでパナム領を、その目で見てきたようじゃな」
「恐れ入ります」
「聞いたであろう。直ちに使者を出して、パナム領を救うのだ」
「ははっ」
控えていた騎士が玉座の間から出ていったのが、マリーゼの目の端に映る。
「さて、ここにバランティノ男爵がいないので、男爵の陞爵は後で任じるとしよう。
此度のパナム領の領地を守るにあたり、多大な功績をあげ、また今回も兄妹で食料問題のアイデアを授けてくれた。
その忠誠心は疑う余地がない。よってヨーク卿に準男爵を任じる」
「私が準男爵┅┅」
驚きのあまり、ヨーク卿は放心している。
「えへん、ヨーク卿、いや、バランティノ▪ヨーク準男爵、礼を述べるのだ」
放心しているヨーク卿に、宰相が助け船を出す。
「ありがたき幸せ。陛下に忠誠を誓います」
「これからも期待しておるぞ。そしてマリーゼ嬢にも同じだけの褒美を取らせたいのだが、ご令嬢なので高位貴族との婚姻を授けるのはどうじゃ」
「大変光栄なのですが、相手が望まぬ結婚を強いてしまうのは心苦しいので、お気持ちだけ頂戴致します」
「さすが利口な令嬢だ。いつか余の手助けが必要になった時には言うがよい」
「ありがたき幸せ」
ヨーク卿とマリーゼが、心から喜んでいる事を感じて、陛下も喜んでくれた。
そう言えば、このドレスの種明かしをするのを忘れるところでしたわね。