第14話 国王からの手紙
リュシオン王国とマケドニヴァ王国の南西に位置する、帝国スヴィタニアの侵攻を耳にしたマリーゼは、ヨーク卿の部屋を訪れる。
「お兄様、帝国スヴィタニアが、我が王国の南の領土に攻め入ってきたと聞いたのですが」
「ああ、学院でもその話で持ちきりだよ」
「あのお兄様やお父様が、戦地に行かれるようなことにはなりませんよね」
「ああ、バランティノは商業貴族だから、内戦でも起きないかぎり大丈夫だ。ただ┅┅」
そこでヨーク卿は、言葉を止めてしまう。
ヨーク卿が言葉に詰まった事で不安になったのだろう。隣のマリーゼが身を乗り出してくる。
そのマリーゼの艶のある琥珀色の髪をヨーク卿は優しく撫でると、続きを話す事にした。
「帝国スヴィタニアとの国境で、何か問題が起きているようなんだ」
「それはどんなことですか」
「陛下に戦地から報せが届いたはずだから、何か分かれば、お前にも教えるよ」
ヨーク卿は、だから心配するなとマリーゼの手を握りしめる。
トントントン
「どうぞ」
ヨーク卿は、扉を叩く音に返事を返した。
「ヨーク様、失礼致します」
執事が、扉を開けて入ってきた。
「王宮から報せが届きました」
マリーゼは、執事の言葉にギクリと体を震わせる。。
今、戦争の話をしていたところなのに、王宮から報せが届くなんて。
「まさかお兄様に┅┅」
マリーゼは手紙を受け取ろうとしているヨーク卿の腕にしがみつく。
「マリーゼお嬢様宛てでございます」
「え?」
「えええっ」
マリーゼとヨーク卿は互いに顔を見合わせて、早く手紙を読めと、ワタワタし始めた。
『 親愛なるマリーゼ嬢
兄のヨーク卿と共にバランティノ男爵の商団を支えて、よく活躍していると聞いている。
ついては一度顔を合わせて、話を聞いてみたい。兄のヨーク卿と共に、王宮に足を運んでもらいたい。
約束は取り付けなくて構わないので、可能なだけ早く来てもらえないだろうか。
そなたの友 ユーグ▪カペール 』
マリーゼと兄のヨーク卿は、一気に手紙を読み終えた。
「ユーグ▪カペールって陛下のお名前、何でわざわざ私宛に手紙を?お兄様と一緒って、まさか戦地に」
マリーゼは兄を戦地に呼ぶ手紙だと思ったので、頭がパニックになり掛けている。
「落ち着け。戦地に送るだけなら、お前を一緒に呼んだりはしない。
とにかくご不況を買わないように、父上に報告して相談してから行くから、お前は着替えるんだ」
「着替える?何に?」
慌てているマリーゼは、王宮に来ていく服にまで頭が回らない。
「侯爵家のパーティーに着ていった時のドレスでいい」
それだけ言うとヨーク卿は部屋を出て、バランティノ男爵の元へ向かった。
「クロエ、支度をお願い。王宮用ですって」
「┅┅王宮用?かしこまりました」
王宮用のドレスなど扱ったことのないクロエは、自信の無さそうな返事を返した。
◇◆◇
国王陛下からの手紙で呼び出され、父の男爵から急いで参内するように言われたマリーゼとヨーク卿は、王宮に足を踏み入れる。
「ここが王宮なのね」
男爵令嬢の私が、王宮に来る事なんて一度もないと思っていた。
勝手に王宮の中は金ピカなのかと思っていたけど、壁は白い大理石を基調に上品にまとめられている。
男爵邸とは比べ物にならない幅広い階段には、赤い絨毯が敷き詰められている。
上を見上げるとマリーゼが、ぶら下がれそうなほど大きなシャンデリアが目に入る。
(はあ、どこもかしこも、スケールがデカイわ)
そして私の正面には、この国で二番目に権力を握ると言われる人物が立っている。
「ようこそヨーク卿、そしてマリーゼ嬢だな?私はこの国の宰相を務めているマルスだ」
「ご機嫌よう、宰相様」
深々とお辞儀をする。
この方が宰相様ね。名前はよく覚えていなかった。興味もないから。
「ふむ。礼儀は、わきまえておるようだな」
「ありがとうございます」
宰相様は、ジロジロとマリーゼを見た。
「陛下が、お待ちだ」
玉座の間に入ると、こちらにも階段と同じ赤い絨毯が敷き詰められていた。
そして、玉座には陛下が座っている。
マリーゼは兄のヨーク卿と一緒に、絨毯の上を歩いて、陛下の前でひざまずく。
「面を上げよ」
顔を上げると、陛下の鋭い視線と交差する。
「今日はよく来たな、マリーゼ嬢」
「祝福の地リュシオン王国をおさめる万民の父ユーグ▪カペール陛下にお会いできて光栄です」
初めて謁見したマリーゼから真っ先に、陛下に挨拶を述べた。
「2人とも堅苦しい挨拶は良いから、とにかくその椅子に座るがよい」
椅子に座って改めて周りを見る。マリーゼ達がいるのは玉座の間だ。
今ここに居るのはマリーゼを含め4人だけ。マリーゼの右隣に宰相、左に兄のヨーク卿。
「マリーゼ嬢、手紙でそなたを呼んだのは、そなたに戦地の戦士たちを助けて欲しいからじゃ」
「恐れながら、女の身で、私に何が出来ますでしょうか」
「無礼であるぞ」
宰相がたしなめた。
「よい。マリーゼ嬢、実は隣の帝国スヴィタニアが侵略を進めて来たんだが、隣接している我が領土パナムで、長雨が続いており兵士達が立往生しているのだ」
陛下は事情を説明した。
何でも、道は泥でぬかるみ先にも進めず、兵士の隊服にも泥水が入り込み重く身動きが取れなくなると言うのだ。
また長雨の為、持参した食料もカビ易く仕方がないので、カビをどかして食べているという。
なるほど、パールコートが陛下の耳に入ったのか。
「恐れながら陛下は、パールコートの事をお知りになったのではございませんか」
「そうじゃ、ワインを掛けられても、汚れも濡れもしないと聞いた。素晴らしい発明だ」
「恐縮でございます」
パールコートは、水をはね除ける事はあっても、裾から入った泥水はどうにもならない。
靴の表面に日常生活の汚れや雨は防げても、泥水にハマる状況で、泥水の上を歩く事など出来ないと説明した。
「やはり、そんな都合のよい道具はないか」
陛下は万事休すと頭を抱えている。
「だが、そなたらに頼むしかない。少なくとも何のアイデアも出てこない王宮の人間よりは、そなた達に問題点を伝えて、その上で考えてみて欲しいのじゃ」
マリーゼとヨーク卿は顔を見合わせた。
「陛下が仰せなのだ。少なくとも問題を持ち帰り、解決策を考えてみるべきではないのか」
マリーゼは、宰相の強い言葉に、すくみ上がる。
「かしこまりました」
陛下のお言葉にも、宰相の言葉にも何も答えられない兄と妹は、この場を了承して帰るしかなかった。
◇◆◇
「ああ、どうしてこんな事になったのかしら」
男爵邸に戻ってからも、マリーゼとヨーク卿は頭を抱えて悩んでいた。
「お兄様、まさか問題が解決しなかったからといって、お咎めなんてありませんわよね」
「王国の一大事なんだ。引き受けた時点で解決しなければ、男爵家は終わりだよ」
無情な兄の言葉に、マリーゼは怒りがわいてきた。
「こんなの酷すぎますわ」
戦功をあげたい武人も、宮廷の人間も沢山いるはずだ。
二十歳にも満たない小娘に、国の大事を丸投げしないで欲しい。と陛下に言える度胸があれば、今マリーゼは困っていない。
「そうだ、お兄様、とにかく雨の多い地域のことが書かれた本を集めておいて」
「なんだ、どこに行くつもりだ」
「すぐ戻るから」
マリーゼは、馬車に乗ってガストンの店に向かった。
ガストンの店に着き店の前で停まったが、マリーゼはなかなか降りてこなかった。
そして何故かそのまま、馬車で屋敷に戻ってしまった。
ガストンの店に行こうとして、店の前でアイデアが思い付いたのだ。
マリーゼは馬車から下りると、急いでヨーク卿の元へ向かった。
「お兄様、私アイデアが浮かびましたわ」
「私も見付けてしまったようだ」
「さすがですわ」
失敗すれば死も免れない。でもやるしかない。
マリーゼと兄のヨーク卿の肩に、男爵家の未来が重くのし掛かっていた。