第13話 怪しげな店
「ホットラブ暴露記事にお嬢様の話が出ていました」
侍女のクロエが、慌てた様子で部屋に入ってくる。
ホットラブ暴露記事に、マリーゼの事が書かれているのは日常茶飯事。
なのにクロエがこれ程慌てているということは、内容が最悪だと予想される。
「はぁ~あ」
マリーゼは思わずといった様子で、ため息をもらす。
ラップの開発に成功した事もあり、少しの間だけホットラブ暴露記事の存在を忘れて過ごす事が出来ていた。
ソファに腰かけて、読みたくないけど読むしかないという姿勢で、紙面に目を通し始める。
【まさかあのバランティノ男爵令嬢が┅┅。
マリーゼ嬢は最近、魔女の集会場にもなっている怪しげな店に連日通っている。
しかもそこの年配の男と懇意にしており、一緒にいるところを何度も目撃されている。
まさかマリーゼ嬢が、魔女で年上キラーだとは考えたくもない】
「はあああ?」
ため息ではなく何言ってるんだこいつ?と言う悪態が口から出そうになった。
結婚前の乙女に、結婚詐欺の汚名を着せておいて、次はオヤジキラー。
どんだけマリーゼを好きなのか。
少しも休む暇をくれないライバル誌に辟易する。
「待って、これって┅┅」
マリーゼはコレット誌に掲載する、逆襲する為の文章を考え始めた。
いつものように片手にペンをとると、マリーゼは器用にクルンと指先でペンを回した。
そして、黙々と記事を書き始める。
【他誌で怪しげな店の年配者と紹介されていたのが、今回、ホイットニー商店から発売される新商品の発明者でもあるガストン氏である。
彼はアイデアの天才で、今回のアイデアは私達の食生活を画期的に躍進させると、マリーゼ嬢が語ってくれた。
それは、いつでも何処でも食品の保存が可能な、魔法道具ラップである。
保存の難しかった食品が、家でも外でも保存が可能になる。
興味がある方は、ホイットニー商店か怪しげなガストン氏のお店で、商品をご確認される事をお勧めする】
マリーゼはコレットに掲載する文章を一気に書き上げると、ペンをテーブルの上に置いた。
「ふんっ、私が黙ってやられると思ったら、大間違いですわ」
マリーゼはクロエに出来立ての記事をコレット暴露記事(記者セバスチャンの個人会社)に持っていくように指示した。
◇◆◇
コレット暴露記事掲載から数日後
コレット暴露記事に掲載した『いつでも何処でも食品の保存が可能な、魔法道具ラップ』のお陰なのか、ホイットニー店がお客さんで、にぎわっていた。
「まあ、これがラップなの?透明だから容器に入れた食材の様子も見れて便利ね」
ホイットニー商店にご友人と来ていたご婦人が、ラップに興味を持っている。
「容器を開けたら、腐ってたなんてことが、よくあるのよね」
「そうそう、試しに買ってみようかしら」
「500リセルなら、試しやすい価格ね」
「隣の家の奥様にも頼まれたから、4本頂くわ」
ご友人同士やお店でたまたま顔を合わせただけの他人が、商品の話をしながら、どんどんラップを手に取り買っていく。
店の様子を見ていたマリーゼは、ガストンの店が気になったので、行ってみることにした。
◇◆◇
あら、店の外にまで人が溢れてる。
まあ、ホイットニー商店と比べれば小さい店なので仕方がない。
人の波が退いたところで、店の奥に入ってガストンに声をかける。
「ご機嫌よう。好調みたいで良かったですわ」
「おおっ、マリーゼ嬢、発売したばかりの商品がこんなに売れると思わなかったので、驚いているよ」
ガストンは、ラップをカウンターに持ってくるお客さんにお金を貰って、品物を袋に入れて手渡す作業を、マリーゼと話しながら手早く済ませていく。
(さすがですわ)
マリーゼは、ガストンの手慣れた対応に、心している。
「何か困った事はありませんか」
「おおっ、実は、購入前に試せるようにラップを数本とハサミをミニテーブルに置いといたんだ。
ハサミを他の客が使っていて、待っている間に、ハサミがないと切れないのねって声を、何回か聞いたんだよな」
「ふ~ん、ガストン様も私もラップはハサミで切るのが当たり前と思ってたけど、ハサミで切るのを面倒だと思ってる人がいるのかしら?」
「う~ん、そうだな。ハサミはラップ専用じゃないし、いざラップを使おうって時にハサミを誰かが使ってたり、見付からなかったりって意味かと思ったんだけどな」
人の困ったは、アイデアを出すチャンス。
「ガストン様、私これで失礼しますわ」
「あ、おい」
ガストンがいきなり帰ると言うマリーゼの背中に声をかけたが、マリーゼは挨拶もそこそこにガストンの店を出て、近くの店を見回り始める。
領地内のお店を見て、買い物をしながら、何かアイデアになるものを物色するのが好きなマリーゼ。
「ハサミを他の人が使ってる。ハサミが紛失して見付からない。ハサミがなくてもラップが使える方法を考えればいいのか」
マリーゼがアイデアを考えている時は、周りが見えなくなりブツクサと一人言を呟く癖が出てしまう。
「ふうっ、あんなに便利な道具なのに、まだまだ工夫が必要なのね」
一通り店を物色したマリーゼは、店の外に待たせていた馬車に乗り込み、椅子に腰かけた。
「う~ん」
マリーゼは帰りの馬車の中でも、ラップを切るアイデアを考えているようだ。
筒の端にヒモを付けて小さなハサミを付けておくのはどうかしら?
包丁を逆さまにした状態で、ラップをピって切るのは、その包丁が必要ね。
専用のペーパーナイフもハサミと同じ。
専用か┅┅。
「そうだ。これだわ」
マリーゼはとうとう、ハサミを使わずに切る商品のアイデアを思い付いたようだ。
◇◆◇
「少しお客さんも、落ち着いて来たみたいね」
マリーゼは、ガストンの店に顔を出していた。
「おお、それでも充分な売上だぞ」
「それじゃあ、新たなアイデア商品が出来上がったので、置いてもらえるかしら?」
「新しい商品?うちで取り扱えるものなら歓迎だが」
ガストンが行う商品開発は、まずアイデアを出すだけでも一苦労だったので、マリーゼのあまりにも早い商品展開に少し困惑気味だ。
「新しいって言っても、ラップをさらに便利にする道具なの」
カウンターの上で、ラップの筒の両脇に歯刀を取り付けて、ラップを引き出して、ピッと簡単に切って見せた。
「おいおい、ハサミ無しで切ったのか」
ガストンは早速、自分でも使えるのかためしてみる。
ピッ
「簡単に切れるもんだな。いや、ハサミより素早いじゃないか」
「ええっ、この間、ハサミがないと切れないって話をして、だったらハサミがなくても切れるアイデアはないか考えてみましたの」
「マリーゼ嬢、あんたは本当に凄い。脱帽だ。この商品を店に置かせてくれ。頼む」
「私が置いて頂けるように、お願いにきたのですわ」
それからガストンに、ラップと歯刀の1セットを580リセルで売って、歯刀だけを300リセルで別に売るようにと相談した。
歯刀は一度購入すれば、ラップが使い終わっても、次のラップに取り付ける事が出来る。
ガストンはマリーゼの言うがままに、やってみると快く承諾した。
◇◆◇
ホイットニー商店もガストンの店も新たにラップを簡単に切る歯刀の発売を始めて、ラップと歯刀を買い求める客で連日大行列が出来ている。
ガストンも店の切り盛りは一人でやっていたので、嬉しい悲鳴をあげていた。
だが、実はラップは今のところ、まだ長期保存の魔法道具としては完成されていない。
それでも実際に、ラップだけの機能としても、食材が通常よりも長持ちする事が研究で明らかになっている。
これに魔法道具としての薬品効果がプラス出来れば、長期保存も可能になるのだが。
ホイットニー商団の研究員に確認したところ、ガストンの協力のおかげで、もうすぐ完成するようだ。
ガストンは優秀な魔法薬剤師でもあるらしい。